完璧な俺の青春ラブコメ


「──それじゃあ、五組男女バスケ優勝! を祝いまして! 打ち上げェ!!」

 雑賀の声に合わせて盛り上がる、四十人弱が入れる広いカラオケボックス。

 慣れた様子で司会進行をしていく雑賀は、相変わらずのトーク巧者だ。

 周囲の感情を操るのが楽しい、というのは本人の弁だが、まさしくこのカラオケボックス内の空気は彼の感情によって動かされているように見える。

 一曲目からぶち込まれたのは誰もが歌える有名な、〝勝利〟を喜ぶアップテンポな盛り上げ曲。フリードリンクをみんなで掲げて、最初からクライマックスなテンション感。

 言い出しっぺの法則とばかりに最初からみんなの前でマイクを持って歌わされている雑賀はご満悦。みんなで騒ぐだけで楽しいタイプの人間だから心配は要らないだろう。

 俺も、いつマイクが回ってきても大丈夫だ。毎日練習してるからな。

「河野、楽しんでるか?」

「うん。さっき雑賀に相談して、どの曲ならみんなで楽しめるか絞ったとこ。おれの仲良いグループのやつらも大丈夫そうだ」

「そうか。なら良かった」

 周囲を確認しても、特に白けた様子だったり何をしていいのか分からなかったり、なんてクラスメイトは居なそうだ。サッカー組は結構負けてしまったみたいだから少し気落ちしては居るけれど、言ってしまえば〝優勝記念〟は口実だ。

 雑賀も分かっているだろうから、ことさらサッカー側をあげつらったりバスケ側を持ち上げたりなんてかつなことはしないだろう。

 と、そこでLINEの通知。

「少し出てくる」

「お、分かった。すぐ戻る?」

「ああ」

 隣に座っていた河野に一言告げて部屋を出た。

 俺たちの広いホールルームがある地下から地上階に出て、外へ。

 五月の日和がれいな木漏れ日を形作る街路樹の下でスマホを取り出して、LINEを起動。一人、仕事のために抜けてしまった如月に連絡を入れる。

「こっちはみんな楽しんでるよ」

『そ。何よりね。疎外感ってほどでもないけど、やっぱり少し後ろ髪は引かれるわ』

「仕方ないさ。クラスみんなで、って話なんだから」

『そうね。まー、球技大会出られただけでもよしとするかー』

「大活躍だったな、如月」

『当然でしょ。あたしが人前で無様さらすわけがないじゃない』

「違いない」

『……あんたと、同じだから』

 ぽつりとつぶやかれた言葉。俺と同じ──人前で無様は晒さない。

「ああ。Airiだもんな」

『そうよ。Airiだからよ。あんたが、だいりょうであるように』

 含むような言い方だった。言葉の裏に何かを感じて聞き返す。

 何か、本当は別のことを言いたいのではないかと。殊更声を明るくして聞いてみた。

「どうした?」

『……ねえ、涼真』

 見上げた空は、まだ沈まない太陽が今日に未練を残したように、強く照り付けている。

『あんたに釣り合う女ってさ。やっぱり完璧な女だと思わない?』

「……」

 釣り合う、か。今日は、二度目の問いだ。

『……答えてよ』

「悪い、如月」

『っ』

「俺はその質問に対する答えを持ち合わせてない。俺は、自分に相応ふさわしい誰かなんて、今日まで考えたことが無かったからだ。自分が完璧であることしか、目指してなかった」

『そ。……じゃあ考えて』

「ああ。答えられずにいるのは、完璧な人間とは言えないからな」

『……そうね』

「──如月、大丈夫か?」

 声色が揺れているように思えて問うた。

 一瞬、息をんだようにブレスが入って、それから小さな否定が聞こえた。

『大丈夫よ。あたしは……あんたに助けてもらうような関係に戻りたくない』

「そうか。……そう約束したからか?」

『うん。それに、そうしたいからよ』

 ふっと笑って、如月は声のトーンを高くした。

『さて、涼真には宿題を押し付けたし、あたしはそろそろ仕事に戻るわ』

「そうか。頑張れよ。応援してる」

『当たり前でしょ。あたしが頑張るのも……あんたがあたしを応援するのも』

「ああ」

 相変わらずの如月きさらぎ節だと笑って、そろそろこの会話も終わりの雰囲気。

 仕事も忙しいだろうし、こちらから言うべきことをさらっと伝えておこう。

「如月」

『なに?』

「ありがとう」

 木下のことだ。といっても勝手に俺と如月の会話を聞かせたことに、ではない。そのおかげで結ばれた縁のことに、だ。木下と如月の間であった何かがきっかけなのだろうが、俺だって部外者ではないはずだから。

 向こうから、盛大なめ息が聞こえてきた。

『蹴りたいなあ、あんたの背中』

「いつでも蹴れるさ」

『そう思ってるのはあんただけよ。近づくのに、どれだけ時間かけたんだか。……うじうじ言ってても仕方ないわね、切るわ』

「ん。……また学校で」

『そうね、また学校で』

 どちらからともなく通話が切れて、一瞬スマートフォンに目を落とす。

 如月から送られてきたスタンプに、同じものを返して顔を上げた。

 完璧な男に釣り合うのは、完璧な女かどうか……その答えが、

「宿題、か」

「え、今日宿題出てましたか!?

 突然の声に振り返れば、歩き途中で固まってしまったような木下の姿。

「いや、大丈夫だよ。心配しなくていい」

「そ、そうですか。良かった……」

 ほっと溜め息を吐いて、それから木下は俺がスマートフォンを握っていることに気付いたようだ。自分の持っているものと見比べて、ほほむ。

「五代さんも、お電話でしたか」

 なるほどどうやら、抜けてきた理由は同じらしかった。

「そんなとこ。宿題は今、電話相手から押し付けられた感じ」

「ええ……?」

 そんなことある? とばかりに脱力した顔。

「宿題は自分でこなさないと意味がありませんよ」

「ああ、違う違う。言い方が悪かったな。そいつの宿題を肩代わりするんじゃなくて、俺がそいつに提出しなきゃいけないんだ」

「なる、ほど……えっと、お手伝いしましょうか?」

「宿題は自分でこなさないとな」

「ふぐぅ……!

 笑うと、木下は胸を押さえてよろめいてしまった。

「ご、五代さんに何か返せそうだと思うと……なんか……変に……」

「ははは。気持ちだけはありがたく受け取っておくさ」

 ちらっと見ると、復活した木下は少し顔を赤くして不満そう。夕日に照らされているせいか、余計に赤く見えてしまって、また少し笑ってしまった。

「そんなに笑わなくてもよくないですか!?

「ごめんごめん。おかしくて」

 返せそうだ、か。

 俺がやったことは俺のおもった通り、正しく彼女を幸せにできたらしい。そう木下に言われた時、果たして救われたのはどっちだったか。

「っと、俺が居たら邪魔だな。通話はすぐに終わるのか?」

「邪魔だなんてそんな。ただ……お母さんに、今日はいつもより遅くなりそうって伝えないとって思って」

 お母さんに、連絡か。

 俺と夜に練習していた時は、一度も家を気にしたこともなさそうだった。それが今変わっているというのなら、こんなにうれしいことはない。

「五代さん」

「ん?」

「改めて、ありがとうございました。お母さんとも、仲直りできました」

「そりゃ良かった。少し気になってたから」

「その少しのおかげで、本当に救われた気分です」

 照れくさげに微笑んで、木下きのしたは俺に向き直った。

「あの、思ったんです」

「ん?」

「五代さんは前に、わたしに教えてくれました。努力の方向性のお話」

「……木下が、何を頑張ればいいのか分からないって言ってたやつか?」

 そう問うと、彼女は小さくうなずいた。

 フードコートで勉強した帰り道のことを思い出す。確かに俺は、友だちを作ろうとそう言った。

「わたし、五代さんの優しいところが好きです。あなたが、『見ていられないから』とわたしに声をかけてくれたから、今の幸せなわたしが居ます。あなたと、こうしてお話をできているわたしが居ます。こうやって、向かい合うだけで嬉しくて、それをそのままお伝えできてしまうような……わたしが」

 だんだん語尾が小さくなっていって、なんか頭から湯気が出始めたぞこの子。

「やー、俺もすごい照れるな」

「だったらもっと照れた感じを出してください!!!!

 じゃなくて、と彼女は無理やり遮るようにして続ける。

「……あなたの優しいところ、無理に直そうとする努力……やめませんか?」

「えっ?」

 その言葉は、考えたこともないことで。

「お父さんがどうこう、というお話は、わたしは詳しく知りません。でも、あなたのしてくれたことだけは、よく知っています。だから……その、えっと」

「木下。その肯定は、嬉しい。でも」

 如月はきっと、俺のことを誰よりもよく知っている。

 俺の未来をあいつが予見したなら、きっとそうなってしまうとも思う。

 だから、俺のこれはどうにかしたいものに変わりはない。

「だから五代さん!!」

「うぉ」

「あなたの幸せな方向に行かなくなりそうな時、これ以上は難しいと思った時……ほかにも、色々あった時……わたしがなんとかしますから!」

「……木下、が?」

 強く頷いて、彼女は言った。

「どのみち五代さんと離れて生きていける気がしませんし」

「凄いこと言い出したな」

「だったらせめて、役に立ちたいです」

「……そう、か」

 宿題の答えは、まだ分からないけれど。

 目の前でやる気に満ちた表情の彼女が言ったもろもろは、確かに考えたこともないことで。役に立つとか立たないとか、そういう関係を望んでいるわけではないが──ほんの少しだけ、胸の内で期待してしまっている自分が居た。

「……ありがとう、木下」

「っ……はい!」

 どうなるかは分からない。ただ、やってみようと思った。

 隣でこんな風に笑ってくれる子は、今まで一人だって居なかったから。


おしまい