あとしまつ
体育館の天井は高い。だから、天井に届くなんていうことは、本来あり得ないのだけれど……それでも不思議と天まで届くのではないかと感じることはあって。
たとえばそれは、今しがた放たれた
ぱしゅっと小気味良い音を立てて、ネットを綺麗に
無理もない話だ。球技大会でスリーが入ることなんてあまり多くないしな。
そして何より、それを決めたのがバスケ部でもなんでもない可愛い女の子なんだから、当たり前と言えば当たり前だ。
歓声と同時に自陣に戻っていく五組の面々の中、彼女はこちらに振り向きざま、両頰の横でピースサインをこちらに向けてみせた。
やりました! とでも言いたげな満開の笑顔に、俺は軽く笑みと手を振り返しておく。
と、どかっと隣に座る男が一人。
「なんだおい、あれ。
「なんだお前」
「
「なんだお前」
とんでもない
「べっつに……はー、失敗したな今回マジで」
「木下がクラスに溶け込めたんだから万々歳だろ、お前も」
「まーそれはな。クラスの雰囲気悪くなんのはオレも歓迎しねーし」
試合展開は上々。今回の球技大会、女子もそこそこいい成績が出せそうだ。
木下も、度重なる得点で積み重ねた信頼からか、パスも
「シュート決めて五代涼真にエヘ顔ダブルピースするような女が、パス貰えてんのも不思議なもんだが。それ以上にそれが木下みなみってのがマジ……いや、ていうかあれ本当に木下チャンか? 別人だったりしねえ? もっと暗くて誰彼構わず嚙みつく女だろ」
「お前木下のことも嫌いなの?」
「いやオレが嫌いな人間は世界で唯一お前だけ」
「ああ、そう……」
その即答断言もなんともリアクションしづらいな。むしろ感情が重い。
「はー、見ろよあれ。明らかになんか吹き込まれてんぞ木下チャン」
「吹き込まれてる……?」
どういうことかと思って、飛び交うボールから木下へと意識を向けると、ベンチの友だちから何やらアドバイスを受けている木下の姿。
……なんか瞬間湯沸かし木下になった。めっちゃこっち見てくる。なんだ。
「木下チャン、もう絶対お前のこと大好きじゃん」
「ああ」
「ああじゃねえよ死ね。マジで死ね」
「いや……正直俺も戸惑っているしな……」
「ああ? 戸惑うも何もあるかよ。自分でプロデュースしたあんな好き好き感
「ちょっと気があればとりあえず食っとく、なんてお前のようなポリシーは俺にはない」
「ゴミがよ」
好き放題言いやがる。
そうこう話しているうちに木下はまたボールを貰って、今度は一瞬迷った末に綺麗なゴール下へのパスを出した。クラスメイトがきっちり決めて、良アシストだな。
なにやら木下はこっちをちらっと見て、曖昧な表情。ほっとしたのか、残念なのか。
「……大丈夫かな、あいつ」
「保護者かよ。ほっとけ平気に決まってんだろ。好きな男の前でシュート入った時の無茶ぶりでもされてんだろ」
「詳しいなお前」
「中学時代とかよくあっただろ。無いの? 童貞?」
「ここぞとばかりに
「はあ?」
当たり前だろ。女子の試合をこんなにじっくり観戦なんてしたことがない。
「木下だから見てるだけだしな」
「お前、言動に気を付けろよマジで。オレの殺意がヤバいのもあるけど」
「雑賀の殺意なんてどうしろっていうんだ」
「それよりも、木下チャンが闇討ちに遭わないようにしろよ。五代涼真に気にかけられて妬まれてどうこう、とかあり得そうな話だし。……なんか、木下チャン主人公の少女漫画とか読んでる気分になってきたわ」
「どういうことだよ。というかお前、漫画は子どもの読むもんだって言ってたくせに」
「だから小学校の頃に読んだ姉ちゃんの少女漫画だよ」
「ひょっとして、少女漫画の男キャラクターに影響されてこんな風になっちゃったんですか? 雑賀
「
「少女漫画のイケメンが、女教師に付け狙われるかよ」
「確かに、はははははは!!」
指さして爆笑すんな、殺そうかなこいつ。
と、木下がボールを相手から
跳んだ時の姿勢も綺麗なものだ。リングに向けた真剣な
「ん?」
シュートが決まった直後、何やら必死でベンチに目を向ける木下。ベンチの女子に目をやると、何やらめっちゃ俺たちの方を指さしている。
なんか真っ赤な木下が俺たちを見た。ぷるぷる震える指でこっちをさした。
人を指さしちゃいけません、って怒る方が木下らしいが──と思っていたら指をさしたわけじゃなかったらしい。
「ば、ばぁん」
銃撃の
「お前のハートも
「俺に言われてもなあ……」
ぼやいていると、なんかブザーが鳴った。お、メンバーチェンジか……あ。
「なんかあいつ、変なオーラが見えるの気のせいか?」
「気のせいなわけねえだろ死ね」
「お前からくない?」
雑賀の当たりの強さはともかく、なんか
「あいつら、仲良くなれるはずなんだけど……俺のせいなんだよなあ、あれ」
「自覚があるのは良いことじゃねえか、二股野郎」
「まだ一股すらかけてない」
「〝まだ〟ってやばくない???」
いや、だって、まだって言うしかないじゃないか……。
試合が再開されて、残り時間はあと少し。
開始直後、如月から木下に鋭いパスが通った。
「……大丈夫そう、か?」
嫌いだったらパスも出さないのではと思ったが、木下も驚いたように受け取って、そのまま綺麗なシュートを放つ。放物線を描いて生まれる一瞬の沈黙。
ぱすっと決まった瞬間、木下は笑顔をこちらに──あ、如月が俺と木下の対角線上に現れてなんかいえいいえーいってやりだした。木下が完全に見えなくなった。
なるほど、これが月食か。
「如月さん!!!!!」
「なに。良いパスだったでしょ」
「それとこれとは話が別です!!」
「別じゃないんだけど。良いパスだったでしょ、ってアピールしただけだし。あんたは知らないかもしんないけど、あそこに涼真いるのよね」
「知ってますが!??!?」
仲が良いんだか悪いんだか……。
「まあでも、試合に心配は無さそうか」
「涼真お前、メンタル鋼か?」
「一応、完璧な男だから」
「いや最低な男だぞ今」
「
点数状況は上々。そろそろ俺たちも試合が始まる頃だ。
あ、そうだ。
「雑賀。俺に恥をかかせる方法が一つあるが、聞くか?」
「めっちゃ興味あるわ」
「今から始まる試合に無様に負ける」
「ざけんな。オレまでダサいわ。こっちもプライド懸ってんだよ」
「へぇ。クラスいちの人気者、みたいな?」
「いや? 五代涼真と唯一対等に話せるイケメン」
「対等とかそういうのやめろよ。話せる話せないで言えば、俺には
「イケメンはオレだけじゃん」
「河野泣くぞ」
やれやれ。
ビー、と試合終了のブザーが鳴り響いた時、チームワークだけは抜群だった
如月が手を上げると、一瞬なにをするのかよく分かっていない顔の木下。
ただ、すぐにはっとしてぱちんと手を合わせていた。
小学校の頃には、やっていただろうしな。……あれ、どうなんだろう。存在は知っててもやったことないとか、そういう悲しいエピソードが出てきたりするんだろうか。
そのあと、上げたままの手をぶんぶんこちらに振る木下と、その対角線上にまたしても割り込む如月に笑って応えながら、俺も最後の試合へと向かった。
俺も雑賀も恥をかくようなことは無かった。