好きになってもいいですか


 俺は朝が弱い。それはもうすさまじく弱い。

 小学校の頃は寝坊ばかりでクラス中に笑われたことも多かった。

 色々と恥をかいたけど、直らないのはしょうがないと諦めていて──その時にある動画に出会った。調べていたわけでもなくたまたま、朝寝坊解消法という言葉がレコメンドに上がってきたんだ。

 実際にその方法が正しかったかと言われると、残念ながら効果は無かった。

 ただそこで学んだのは朝寝坊の対処法ではなく、世の中調べたらなんでもあるんだな、ということだ。それが、俺が何かを頑張りたいと思った時に努力をし続けられる、一番のモチベーションかもしれない。

「こういう筋トレ続けてたらこれだけ強くなれました」と先達が言うのなら、俺もそうなれるように努力しようという気も起きるって寸法で。

 ──まあ、朝弱いのは結局、何重もの方法を試してもダメなのでいまだに目覚ましの物量作戦で攻めているんだが。

 と、じりじりうるさい目覚ましの中で、珍しくスマートフォンの通知が響いた。

 寝ぼけ眼をこすってみれば、これまた珍しく木下からのLINEだった。


みなみ :おはようございます!

みなみ :鬱陶しかったらやめます

みなみ :あ、朝の挨拶のことです


 ……なんだ????


五代りょう:おはよう

五代涼真:挨拶鬱陶しいと思うヤツだと思われてんの俺


 なんか即既読になった。


みなみ :いえ全然!!


 朝から元気なエクスクラメーションだな。

 しかしおかげで最初の目覚ましから1時間半、ようやく目が覚めた。

 シャワーを浴びて出てくると、追加でLINEが入っていた。


みなみ :今日も頑張ります

みなみ :また学校で!


 LINEの文面から読み取れる感情には限界がある。木下が何を考えているのか、微妙に分からないところはあるが……とりあえず学校で様子を見てみようか。

 俺の知らないところで木下に何かあったっぽいことくらいは読み取れるし。

「面倒ごとに巻き込まれたか、もともとあった爆弾が破裂したか……」

 だとしたら、まだ木下に関わる理由はある、か。

 昨日雑賀さいかに言われて思ったことがある。あいつらには言わなかったが、俺は木下を簡単に誘いすぎだ。個にして完璧を目指す男としては、あまり褒められた行為じゃない。

 木下にできることはしたし、ほどほどに手伝って終えられたのなら俺にとってもおせっかいが余計なお世話にならなかった成功体験だ。

 あの子が俺のしたことを恩に感じてくれているというのなら、俺から何かに誘いすぎたり頼りすぎたりしても、内心の迷惑を押し殺して付き合ってくれるだろうし。

 他人に頼るのも良くなければ、知らず他人に寄りかかるのはなお良くない。

 ただ、そう反省した直後でも、この明確な変化のあるLINEは見逃せなかった。

「木下、そうじゃなくてもちょっと不安なところ多いし」

 だから、まあ、うん。もう少しくらいならまだセーフライン、だよな?

「よし、じゃあまずは朝のルーチンをこなすところからだ」

 立ち上がり、振り向けば。

 そこにはお弁当を作り終えた母さんが、泣きそうな顔でこちらを見ていた。

「もう行っちゃうの……?」

「そりゃあ、学校だからな。お弁当、ありがとう」

「どうしよう……お弁当を作るとりょうくんが笑ってくれるの。でもお弁当を作るとりょうくんが行っちゃうの」

「弁当作らなくても行くんだよ……」

 こんな顔されて弁当すら拒否するの、割と無理なんだよ……。今日の弁当はどんな意匠が込められてるのか知らんけども。

「はあ。母さん、眠い中わざわざ俺のために起きてくれてありがとう」

「うん……りょうくんのためだもん」

「分かった分かった」

 母さんを自分の部屋に連れていって、そのままベッドに転がす。

 なにをする気かって? 出かけようとするとグズるから二度寝させるんだよ。

 こんな親子他に居るか???????

「りょうくん……」

「母さんは頑張ってるよ、本当に。いつもありがとう。感謝してる」

「うん……ぅん……」

 よしよし落ち着いてきた、イイ感じだ、このままゆっくり二度寝せい。

 なんだこの子守歌。もとい親守歌。まあいい、よし寝た。

 さあ、学校だ。朝から疲れる。

「……りょうくん……最近、楽しそう……」

 思わず一瞬、動きを止めてしまった。

 楽しそう。……そうだろうか。そうかもしれない。

 昨日も雑賀に話したが……俺は今まで付き合ってきた人たちの中で、どうやら木下きのしたのことを相当気に入っているみたいだから。

 だとすると……より一層気を付けないとな。ちゃんとやれよ、俺。


    


 おはよう、と笑顔の挨拶が飛び交う教室の中。

 今日もいじめもないし派閥同士のあつれきもない。他のクラスには良いうわさを聞かないところもあるが、うちは比較的治安が良い。

 その理由は幾つかあるが、一つを挙げるなら──。

「よう、涼真。オレの聞いてくか?」

「朝からやってるのか。なんなんだそのトークへの熱量は」

「楽しいじゃんか、オレの語りで観衆の感情を操るんだ」

 肩をすくめる雑賀なおみち。彼がクラスの雰囲気を察知する能力にけているのは、きっとクラスの治安が良い理由の大きな一因だ。

 口は悪いし、他人を傷つけない性格というわけでもない。木下の件だって、俺にやらせる気満々だった。実際俺がそれにまんまと乗っかってしまったのはあるが……ある種、俺の性格を知っているがゆえのやり口なんだろう。

「評判が良いものをあとで聞くよ」

「はー、ったく嫌なヤツだぜ。そんな特別扱いがいつまでも通ると思うなよ」

「そうか? 俺が聞こうとすると、俺をダシにして女子を集めるお前の方がよほど嫌なヤツだと思うが」

「あーあーあー聞こえなーい、またあとでなー」

 ひらひらと手を振って輪の中に戻っていく雑賀を見送って、一つ息を吐く。

 自分の席に行く前に、ちらっと木下の席に目をやった。相変わらず朝早くから登校しているらしい彼女は、予習の真っ最中。

 あのLINEの件もあったから気になっていたが、今のところはいつも通り──。

「……ぁ」

 視線に気が付いたのだろうか。それともタイミングが合っただけなのか。

 顔を上げた彼女と目が合うと、彼女は少し驚いた様子。

 普段なら、ぺこりとしゃくの一つでもして予習に戻るのだが、今日は違った。

「ぇ、っと。おはよう、ございます」

 珍しい笑顔だったから驚いた。俺が知っているどれとも違う、照れたようにはにかんだわいらしいもの。幸福感と羞恥が入り混じったような、アイドルがやりそうな笑顔。

「ああ、おはよう。朝から予習?」

 俺の席に向かうため、木下の席の横を抜けるまでの、そのほんの少しの時間。

「はい。何事も、一歩一歩。それしかできませんけど……それで良いんだって、思えて」

 座っている彼女と立っている俺だから当たり前なんだが、彼女の上目遣いがどうにも慣れなくて頰をいた。木下の瞳の奥にある、期待のような色。

 とはいえ言っていることは本当に立派だし、俺はちょうど昨日、木下のそういうところが好ましいんだと雑賀に言ったばかりだ。

「ああ。それが木下の良いところだと思うよ、俺も」

「ぁ……はいっ!」

 なんだろうこの、大会優勝したアスリートみたいなはじける笑顔は。

 LINEで心配したのとは真逆で、俺の知らないところで良いことでもあったのか。

だいさんにそう言ってもらえて……うれしいです。ほんとうに」

「そうか。それは良かった」

「ふへへっ……はい、良かったです」

 くすぐったそうな笑み。知らない笑顔ばっかり出てくるな今日。

 こんなにころころと表情が変わり、それもこんなに全部可愛い子だったか?

 何があったのか聞こうか一瞬迷うが、問題は……ないか。

「顔色も良いな、木下」

「えっ……そ、そうですか?」

 頰に手を当てる木下。それで分かるのかお前は……。別に手鏡貸しても良いけど……。

「でも、もしそう見えるのなら……」

 心当たりを探るように泳がせた視線が、俺の目と合って止まった。

「ん? 俺なんかした?」

 少なくとも昨日の今日は心当たりがない。

「あ、いえ、すみません」

 我に返ったように目をらす木下だった。

「んー……?

 マジでなんだ?

 と、口にしたところで鐘が鳴った。行かないとな。

「五代さん?」

「いや、またあとで」

「あ、はい。また……」

 小さく手を振る木下の席を離れ、自分の席に。木下が振っていた手をきゅっと自分で握っていたことと、なにやら寂しそうに視線を下に落としたのを見て、考える。

 さっきの話していた時の笑顔との落差も含め……俺が何かしたのか?

 昨日の今日……昨日の放課後のことを誰かが木下に話した……とか?

 いや、聞かれても良いことしか話していないはずだし、尾ひれ背びれが付いているなら木下があんなに俺に好意的に接してくれるわけがない。

 逆にあれか? 何かで追い詰められてまともに話せるのが俺だけ説とかもあるか?

「考えることが多いな……」

 五代りょうは完璧な男。そう内心で唱えながら、今後のことを思案した。


    


 今日の弁当はタコさんウィンナーと甘い卵焼きにふりかけという全体的に控え目な可愛らしさのものだった。これで控え目だと認識している俺がヤバいかもしれない。

 20メートル後方からついてくる系女生徒をき、今日は例の女教師とも遭遇した。

 なんでも、雑賀から「俺が先生を捜している」と聞いたとか。

 ……あの野郎、絶対に自分が助かるために俺を売ったな。覚えてろ。

 努めて笑顔を絶やさず、なんとか彼女をしのいだ俺がほっと一息いているところで、ばったりと出くわす新たな顔見知り。

「──あっ。五代さんっ」

 後ろから声をかけられた瞬間は「今度は誰だよ」とビクつきそうになったが、そこは完璧な男五代涼真。何とか身体からだを押さえ込み振り向いて、そこに居たのは木下みなみ。

 俺たちのクラスとは程遠い4階の廊下で会うとは思わなかったが、ほっと一息。

「ど、どうしたんですか」

「木下に会えてよかったなって」

「えっ……」

 ささくれた心に一しずくの清涼剤。勝手に人をいやし認定するのもどうかと思うが、実際本当に木下で良かった。これでまたぞろ面倒な相手だったら、俺の昼休みをいよいよHELL休みに改名しなければならないところだった。

「それは……はい。わたしも……あなたに会えて嬉しいです」

 照れながらの笑顔は大変可愛いんだが。

「そう言われるとなんかこっぱずかしいな」

「うぇ!? だ、だって今五代さんも!!」

 俺のせいか? ……確かに俺のせいか。

「色々と疲れてたんだ。すまん」

「謝る必要は、ないと思うんですけど……でも、お昼休みはいつもお忙しそうですよね」

 くすくすと笑った木下は、何かを思い出したように指を立てる。

「そうそう。聞いてください五代さんっ。わたしも最近知ったのですが、お昼休みに五代さんが居なくなるのはもう学校の七不思議の一つなんだとか。七不思議ですよ七不思議。そんなものがあるなんてわたし、初めて知りました。あと六個もあるそうですよっ」

「そうか。俺は一個最初からネタバレくらってるのか、この学校の七不思議……」

「ふふっ。五代さんは自分のことですから、そうなっちゃいますね」

 後ろ手を組んで、音符が出そうな勢いで俺の隣に並んで話をする木下。

 上機嫌、だよなあ……? と思って彼女を見ていると、目と目が合って、木下はニコッとほほむ。うん、間違いなく上機嫌だ。上機嫌どころの騒ぎではない。

 というより今の木下になんか小言くらっても、雑賀さいかあたりは喜んで言うことを聞きそうだなと思った。なんというか、人としての魅力がぐっと高まっている気がする。

 マジで何があった。

「あ、……あの」

 何かに気付いたように顔を上げた木下きのしたと、もう一度顔を見合わせる。今度はすっと目を逸らして、躊躇ためらいがちに口を動かして。

「七不思議、あと六個……探してみます?」

「えっ?」

「ああいえ、その! 確かに時間の無駄かもしれないので全然無理にとは! ほんと何言ってんだろ、こんなの頑張っても別に何が得られるわけでもないのに。というか、五代さんに手間を取らせるつもりはもう無くて……」

 七不思議かー。考えたこともなかったが、この学校に本当にあるのか。

 学校を散策してみた記憶をさかのぼると、面白そうなのは給水塔周りとか──。

「あの……本当に……鬱陶しいと思われたくはなくて……わたしも別に、五代さんと少し話せる立場をいいことに遊びほうけたいなどと、そんな打算をしているのではなく……せっかくの期待を裏切るつもりは……」

 ん? 気が付いたら目の前でおさげ髪が悲し気に揺れている。

「木下?」

「はい……。ごめんなさい……」

「え、いや、こっちこそ悪い。あまり聞いていなかった」

「……それ、は……聞かなかったことに、という……?」

 これは重要なこと色々言ってくれてたっぽいな。なんかめちゃくちゃそう感漂う顔。

「給水塔周りとか防災倉庫の中とかが七不思議っぽいなーって勝手に想像してたんだ、あまりそういううわさとかを一緒に話すような相手もいなくて」

「……え?」

「木下がそういうのに興味持つのは意外だったけど、面白いと思う。木下さえよければ一緒に探したいなと思うんだけど……どうだ?」

「あ……はい! はい、是非!」

 良かった。今の木下にあんな泣きそうな顔させるとか人としてどうなんだ俺は。

 しかし七不思議なんて、今時あるんだな。漫画の中だけだと思っていた。

「色々とマップとか自作してみるのもいいかもしれません。校舎も幾つかのゾーンに区分して、調べた箇所から塗り潰して、検証用にコピーを作って──」

「やたら頼もしいな……」

 頭の中に既に展開予想があったのか、次々と案を出してくれる木下。

 たまに早口になるのはこうと似てるな。どっちからも怒られそうだが。

 ただ、隣を見て思う。こんなに鼻歌とスキップでもしそうなくらい楽しそうな木下が見られたのは、俺にとっても良かったと。本屋で会った頃からは考えられない状況だしな。

 と、そんな時だった。

 行く手を塞ぐように現れた、仁王立ちの似合う女こと如月きさらぎ

 木下にせよ如月にせよ、なんでこんなひとの無い場所に来るんだ。準備室とか応接室とかしかないぞこの辺りのフロア。

「ずいぶん楽しそうじゃない」

 なんだその悪役みたいな台詞せりふ

「あなたは……」

 少し驚いた風に目を丸くする木下。一応聞いておくか。

「……流石さすがに知らないことはないよな?」

「な、わたしをなんだと思ってるんですかっ。クラスメイトの名前と顔くらい把握しています! だいたい、前の席の人ですよ!?

「へえ。その辺りは流石、如月とは違うな。他に知ってることは?」

「えっ……? れいな人だな、とは……。学校ではいつも誰かと一緒に居るなと思うくらい人気な方だとも。あとは、なんか結構ネットの有名人? らしいことは」

 結構ネットの有名人、ね。ふふっ。

「あ、笑わないでください! だって仕方ないじゃないですか知らないんですから!」

 もー、と瞬間湯沸かし木下がむくれて俺を見上げて抗議する。

 さて、木下の認識はそんなものなわけだが、その木下を嫌いと言った如月の反応は──あれ、思ったよりブチキレてるな。

「──ずいぶん!!! 楽しそうじゃない!!!!

「ああ。だが見ての通り普通の友人だ。如月が気にすることは何もない」

「っ……わざわざ見せつけてくれてどうもありがとう!!」

 きっと俺をにらむ如月。ふむ、木下を如月が嫌う理由は、この会話である程度ふっしょくできたと思ったんだが。俺と木下の関係は、如月が心配するようなものではないと。

 それとも、知らないって言われたことがプライドにさわった、とか? いや、如月はそんな安い女ではないはず。

 だとしたら、如月が何か本音を隠していて、木下を嫌う理由が別にある……とか。

「二人きりで何してたのよ」

「俺がここ通ろうとしてたまたま会っただけ。そういえば木下は何してたんだ?」

「えっ!?

 なんか驚いたようにおさげ髪が飛び上がった。どうなってんだ。

「えっと、えっと」

 俺と如月の視線を受けて、彼女はびしっと近くの扉を指さした。

「こ、ここに用がありまして!!」

 化学準備室だった。

「木下、化学取ってたっけ」

「や、と、取ってないですけど! な、なんとなーくどういうことしてるんだろうと言いますか、気になるなーと思って!」

「へえ? 昼休みを返上して? わざわざこんな遠いところに?」

 片眉を上げた如月の、疑惑の視線。

 実際確かに木下の言い分はめちゃくちゃうそっぽい。だが俺は噓をつくような何かを隠している方が気になった。機嫌がいいから放置していたが……やっぱり何かあるのか?

 朝のLINEといい……。

「なっ……じゃ、じゃあ如月さんはどうなんですか!?

「あたしは涼真を捜してたの」

っ〜〜〜、よ、用事ならどうぞ!」

「別に用はないわ」

「えっ?」

「会いたかったから捜してた。そしたらなんか余計なものがくっついてた」

「余計なもの!? わ、わたしのことですか!?

「それ以外ある? 化学準備室に用がある人とはここでお別れね」

「わ、わたしは!」

「なに」

「ほんとはそのっ……だいさんを捜してました!! ようやく見つけたんです!! 用はないですけど離れたくないので!! それでいいですか!!」

「はあ……そんなこったろうと思ったわよちくしょう……」

「あ、あれ? わたし今なんかすごいこと言った……?」

「ねえりょう、あんた木下と──ちょっと涼真!!」

 やっぱりある程度調べるべきか? ここで変に手を抜いて木下が面倒なことに巻き込まれている可能性を放置したら、それこそ今までやったことになんの意味も──ん?

「どうした。化学準備室の件は片付いたのか?」

「……まったく聞いてなかったってわけね。ええ、化学準備室の件は無くなったわ」

 いらちを込めた如月の瞳。木下はなんか顔真っ赤になって如月を睨んでいるし。かといって木下の変化が如月起因ということはないだろうから、別に今は良いんだが。

「大事な木下さんがぼこぼこに言い負かされてるってのに意識を飛ばすなんて、意外と木下さんにもう興味なかったり?」

「ぼこぼっ……!?

 衝撃を受けている木下はさておき、首を振る。

「木下が如月のことどう思っているかは最初に聞けたから、如月が木下の障害じゃないことは分かってる。如月は自分の好き嫌いを周りに見せつけて政治で動かそうとか考える人間じゃないから、裏から木下を追い詰めている可能性もないし」

「っ……あたしのこと分かってるみたいな言い方しないでくれる?」

「確かに俺が知ってるのは半年前までのお前だけど、同時に試験範囲がそこまでなら世界一位れる自信もある」

「黙れ。半年で色々変わってるから残念でしたー」

 べー、と舌を出す如月。変わってないように思うけどな。

「えっと……五代さん」

 つい、と裾を引く感覚に振り向くと、あどけない表情で木下がつぶやいた。

「お、お二人は……、お付き合いをされていたんですか……?」

「なっ!?

 めんらう如月。よく言われたことではあるけれど、質問されるのは久々だ。

「いいや。単にお互い目的があって活動していただけだ。周りにはやされて、そうなるのも良いかと思った時もあったけど──」

「……」

 むすっとした表情の如月をいちべつして、続ける。

「俺と如月のやりたいことは違ったから、そうはならなかったんだ」

「やりたい、ことですか? 五代さんの?」

「ああ。俺は……完璧な男になるのが人生の目的だからな」

 軽く笑って言うと、木下はきょとんとした顔。ひるがえって如月はめちゃくちゃ不快そうに表情をゆがめた。

「その子に、言うんだ。それ」

 確かに俺の目的を知っている人は片手の指にも満たないし、俺自身も自覚があるくらいふわっふわした具体性のない目的だから、ふいちょうするつもりもないが。

 木下なら、いいかなと思った。俺の情報をなんでもかんでも話したがるみんなとは違う、なんて理由もあるが、それ以上に、なんとなく分かってくれそうだなと思った。

「そう、ですか。だから頑張ってるんですね……何事も、ずっと」

 目的のための努力、というものがあるのなら、俺にとって目的というゴールは遠い。

 テストのための勉強、球技大会のための練習。そうしたゴールのための努力を、同じように人生単位で続けないと届かないものだという自覚があるからこそ。

 一日一日を無駄にしないことが、俺にとっての、目的のための積み重ねだ。

 って言っても普通はピンとこないだろうし、俺自身も最適解が分からないままがむしゃらにやれることをやっているだけだから、さっきも言ったようにふわっふわしてる。

 口にしたところで五代くんも変なところあるんだね、なんて笑われるのがほとんどだ。

 別に笑われるのが嫌だから口にしないわけではないが、俺自身も自覚のある曖昧なものを口にするのは、それこそ完璧な人間のすることではないから。

 こんなふわっふわしたままでも伝わる相手にだけ、伝わればいいと思っている。

「ま、そんな感じ」

 小さく笑えば、木下きのしたも小さくうなずいてくれた。

「応援してます、わたし!」

 如月亜衣梨という女を支える人生も、きっとそれはそれで悪くないんだろうけれど。

 それを選ばなかったことが、現在につながっている。

「……気にいらない」

 ぽつりと、呟かれた言葉。

 びしっと如月は木下を指さして告げる。

「あたしやっぱりあんた嫌い」

「なんですか突然。わたしのこと好きな人なんて殆どいませんから気にしませんけど」

 悲しいんだよ言い返す台詞が。

「あっそ! 言っとくけど! 涼真のこと分かったような口きいても、どうせこいつのことは他の誰にも理解できないから」

「如月さんに理解できていたら、こうなってないんじゃないですか」

 うわ、臨戦態勢なんだけど木下こっちも。

「っ!! 涼真!!」

「ああ」

「……後悔してもしらないんだから!」

 ぷい、ときびすを返して帰っていく如月を見送る。

 しかし、こう、あれだ。

「木下のこと好きな人、増やす方向で頑張ろうな」

「あ、はは……はい。でも、五代さん」

「ん?」

 木下は、なんだか大事なものを抱えるみたいに両手で胸を押さえてしみじみ呟く。

「わたしのことを好ましいと思ってくれる人が、たった一人でも居るだけで……心は満たされるものなんだとも学びましたから」

 ふむ……。

「……あと、もう一つごめんなさい五代さん」

「なんだ?」

 木下は、如月きさらぎの去っていった方を睨んで言った。

「わたし、如月さん嫌いです」

「なるほどー?」

 如月と同じこと言ったな、とは絶対に言わないでおこうと誓った。

 しかし問題が増えたな。しかも原因が俺。

 せめて互いの心が傷つくことのない、じゃれ合いくらいのけん友達まで落とさないと、完璧な男なんてとてもではないが到達できない。

 妙に難易度が高そうだが、今回は泣き言を言える立場ではない。

 まあいい、やってみせる。


    


 その日の夜のこと。

 木下から連絡が来て、また一緒にバスケの練習をしようということになった。

 球技大会、もう明後日あさってだしな。

 この時期になると、夕方の5時を回っても空が明るい。ランニングを習慣にしていると、こうした四季折々の変化を感じられるのも楽しいところだ。雨はクソ。

「……お、もうやってるのか」

 目的の公園に辿たどり着くと、見覚えのある自転車が一台、ベンチの前に止まっていた。

 そして、球を突く音が遠くからでも聞こえてくる。

 見れば案の定、木下がまっすぐリングをにらんでレイアップの真っ最中だった。

 ……ん、あれ。あいつ。

「ふぅ……あ、五代さんっ」

 リングに通したボールをキャッチした彼女と、振り返りざまに目が合う。

 にこっと自然なほほみが、普段と違った印象の服装と相まってやたらわいらしかった。

「さ、先に始めてます!」

「ああ」

 何やらそそくさと練習に戻る木下の頰がほんのり赤らんでいる理由は、およそ察せる。

 だって練習着可愛くなってんだもんよ。

 あ、ジャージやめたの、なんてしつけな質問をする俺ではないが、やっぱり照れくさいのではないだろうか。もうだって、急にあかけてるしな。

 オフショルの白Tはアシンメトリーで、右肩だけリボンみたいに結ばれている。もう片方の肩からはインナーの赤いタンクトップがのぞいていて、そもそもTシャツの丈が短いものだからおなかがちらちら見えている。

 パンツは一見ミニスカートにも見える、可愛いキュロット。白く細い足が強調されていて、全体が健康的で可愛らしい印象に仕上がっていると来た。

 果たしてこれは木下のセンスか? ひょっとして友達から一式借りてきてないか?

 ……まあ、そこは別にどっちでも良いか。今目の前で可愛いのは木下だし。

 とはいえ向こうが完全に意識してしまっているなら、あとで触れるとしよう。

「……よし」

 ぼんやり木下を眺めながら準備運動を終えて、俺も合流する。

「始めようか、木下」

「あ、は、はい!」

 どこかほっとしたような、残念なような、曖昧な顔をした木下の表情が面白かった。

 あとでしっかり触れるからな、首を洗って待っていろ。……などと相手を賞賛するに似つかわしくない決意をしつつ、今日は軽くパスの練習から始めていった。

「──結構打ったし、少し休むか」

「はいっ」

 パス練から、走っている相手にパスを出してレイアップ、なんて実践的なものを交えてしばらく動いてから、一息。

 手頃なところにあったベンチに腰掛ける。

 木下も一息いて俺の前に立って──ん?

「ん、座りなよ?」

「あ、は、はい。そうですよね!」

 別に一人分のサイズしかないわけでもない。普通のベンチだ。

 木下は俺から微妙に距離を空けて腰かけた。……ふむ。

「俺、汗臭いかな?」

「い、いえそんなことは!」

 ぎゅっと近くに座った。今度は服越しにふともも同士がくっつくくらい。

 そして次の瞬間飛び下がった。またおもしれー女やってんな。

「木下?」

「い、いえいえいえそのわたしの方が汗臭いかと」

「そんなわけあるか。木下は素朴なせっけんみたいない匂いするよ」

「うぇえっ!?

 仲の良い女子相手なら良い匂いはめ言葉by雑賀さいか。と思ってさらっと言ってみたんだが、言ったあとでこれなんかやっぱりキモくないか。

「ご、だいさん……?」

 見上げればそこに、街灯に照らされた木下の不安げな顔。

 俺は結構難しいツラをしていたらしい。

「ごめんごめん。セクハラするつもりはないんだ」

 完璧ポイントが削れた音がした。

 んー、でも、今さらっと出たってことは普段から言ってるはずだな、俺。

 今回だけ完璧ポイントにひびが入ったのは──。

「い、いえいえいえいえその、わたし、わ、わたし……そう、言ってもらえるなら……」

 すすす、とまた近くに寄ってきた。

 真っ赤な耳の後ろ、結んだ髪の隙間に覗く白い首筋に、外灯に反射した汗が僅かにきらっと輝いた。ほんの少しうつむきがちな横顔。まつ毛が長くて、憂いを帯びた瞳の色と合わせてれいなものだ。上気した頰との感情のコントラストが夜の公園に映えていた。

「あー……」

 なんか分かったわ。木下はもう、ただ助けるだけの〝一般的な女子〟ではないんだ。

 努力を積み重ねることをいとわない、俺にとってもありがたい同志……っていうと変だけど。つまり普通の女子に接するようなコミュニケーションを取る必要はないんだな。

 雑賀の借り物の言葉じゃなくて、俺の素直な感想でいい。

 ってことで。

「木下は綺麗だよ」

「ななななななんですぅ!?

 あれ。

「綺麗じゃなくなった」

「ひどくないですか!?

 雰囲気ぶち壊しのかんしゃくじみたツッコミは、綺麗とは正反対の可愛い反抗。

 写真撮ってインスタに上げればよかったな。それは盗撮か。俺の脳内にとどめておこう。

「ぁぁぁの! い、今のどういう意味なんですか!」

 ばんばんとベンチをたたいて抗議する木下きのした

「や、ツッコミが激しすぎて雰囲気消し飛んだなって意味で」

「どう考えたってその前の台詞せりふですよ!! 分かってるくせに!!」

 いや、木下って日に日にからかうと可愛いから……。

「綺麗って方?」

「っ、そ…………そぅ、です……」

 目を合わせてそう言うと、また羞恥に瞬間湯沸かし木下。

「五代さんは、かけらも照れなくて……慣れてて……ずるいです……」

「ごめんごめん」

「謝ってほしいわけじゃ、ないんですけど……」

 唇をとがらせる、いまだに恥ずかしさの残った不満顔。

 目線を合わせてくれなくなった代わりに、耳がまたこっちを向いている。

「静かな横顔がすごく綺麗で驚いたんだよ」

「っだ、だから急に言わないでください!」

 わたわたと慌てる木下。んー……俺もまだまだだな……自分の言葉で、というのは意外に難しい。一日一読書感想文でも始めるかな。

「もう……なんなんだか……」

 ぽつりと独り言をこぼしつつ、手元にあったポカリに口を付ける木下だった。

「服もやたら可愛くなってるし」

「ぶふぉっ」

 あーあ。

「ご、ごだいさぁん……!」

「ごめんって。言うタイミングを計ってたんだ」

「計ってて今なの、絶対わざとじゃないですかぁ……!

 それはそう。……いや、本当に可愛いんだよ。服もだけど、なんだろ、全部。

 大きく深呼吸した木下が、視線をらして──無人のリングを見やる。

「……目的は、頑張ること……なんです、よ?」

「ん?」

 急に何を言いだしたのか一瞬分からなくて首をかしげると、その答えはすぐに出た。

「五代さんが言ってくれた、一生懸命なのが……その。わ、わたしの魅力っていう……それをはき違えるつもりはなくて」

「ん、うん。そうだな。動きやすそうだし、実際運動着だろ、これ。可愛いだけで」

 そう言うと、徐々に湯沸かし木下が小さくうなずいた。照れが強まってきたらしい。

「ダンス部のももさんから借りたんです。あの……最近仲良くしてくれてて」

 ああ、うん。あのグループね。木下を、ある種放り込んだともいえる。

「きょ、今日の目的は!」

 絞り出すように、上気した頰とともに木下が言う。

 見れば、全然目は合わせてくれないけども。

「練習を頑張ること、と……えと……か、かわ……いくも、ありたい、とぃぅ……

 最後の方はめちゃめちゃ消え入るような声だったけど、隣に居ただけあってしっかり聞き取れた。可愛くありたい……なるほどな。

 その目的はもしかしたら、この服じゃなくても十分達成されていたかもしれないけれど……今の木下の可愛さを引き出したのは、この服の話題であることも間違いない。

「じゃ、目的は完全達成だな」

「っ……」

 真っ赤になって身動きできずにいる、けなで可愛らしい少女に掛けられる言葉を探す。

 自分の魅力に気が付いたのはきっと、鏡をちゃんと見られるようになったからだ。自分という人間を、まっすぐ見られるようになったから。

 よくわかったな、その通りだ。木下みなみという女は、凄く魅力的なんだ。

 とはいえ俺も、それを知ったのはついさっきのことではあるのだけれど。

「俺の保証がどれだけのものかは、分からない。でも、俺が会ってきた女の中でも木下の魅力は図抜けてるから。だから俺が魅力的だと言えるのは服というよりも、そうやって可愛くもあろうっていう意気込みの方だけど……それで良ければ、大成功」

「ぅ、ぁ」

 慣れないことをしたせいか、凝り固まってしまっている木下に笑いかける。

「ほんと、発見だったな」

 もう暗くなってきた都会の夜空に、あまり星は見えないが。

 見上げて思い返すのは、最初の頃。

「本屋で会った時は全然知らなかったからさ。木下のこと」

「あ……」

 ちらっと、木下が俺を見た気がして振り向いた。少しだけ頰の熱が引いて、困ったように彼女ははにかむ。

「……そう、ですね」

 頰に手を当てて、深呼吸をして、木下は少し考えてから、自嘲するように笑った。

「あの頃は本当に、顔色が悪かったとか、疲れているように見えたとか、五代さんに言われて……本当に色々、心配させてしまっていましたね」

「それがどうってわけじゃないけど。つまり発見というよりは、変化ってことかな?」

「真に受けるのも恥ずかしいですけど、そうなんだと思います」

 そう言って夜空を見上げて、木下は笑った。

「恥ずかしいのは確かなんですけど……でも良い変化があったのなら……ぁ」

 ぽつりと小さなつぶやきは相変わらず響く。何かを思いついたような、そんな零し方。

 どうしたのかと彼女を見れば、木下はちらっと俺をうかがうように見て。

「木下?」

「……いえ。きっかけに、心当たりが一つ」

「へえ。聞いても?」

 最近の変化、その理由。

 俺に向き直った木下は、珍しくいたずらっぽくほほんでちろっと舌を出した。

「秘密ですっ」

 ──何をしたら、女の子は綺麗に、わいくなるのか。

 その答えを俺が知ることになるのは、もう少しだけ先のことだった。


    


 ──やられた。

 楽しい球技大会練習の翌日のことだ。

 昼休みに放送室に入った俺を待っていたのは、化学教師のおおぬき先生であった。

「あらぁ。ふふふふふふ、雑賀くんがお休みって聞いて残念だったケド……まさか、五代くんが来てくれるなんてぇ……うれしいわぁ……」

 雑賀に、今日のお昼の放送のパーソナリティを代わってくれと頼まれて、頷いたのが運の尽き。

 おい昨日と今日で落差が激しすぎるだろ。木下と二人だった翌日が大貫先生と二人きりってお前。そんなことある?

「え、ええ……今日は、よろしくお願いします」

 努めて笑顔を向けながら、狭い放送室に充満するキツい香水の臭いに全てを悟った。

 雑賀さいかめ、これが嫌で俺に押し付けたな……!?

 うちの高校の昼放送は、放送部の打診を受けた生徒がパーソナリティを務め、監視ないし監督役として先生が持ち回りで放送室に詰めている。

 放送部員がパーソナリティを務めるとも限らない、というのは面白いところだが、基本的には人気者が身内のノリで笑いを取るため、俺は興味が無かった。

「えっと、大貫先生。今日はどういうテーマなんですか?」

「そうねぇ……」

 すすす、とパイプ椅子を俺に近づけてくる教師。クソ、昨日と今日で隣に座る人間の落差が激しすぎる。どうせ隣に座るなら木下が良いです! 恩を盾に言うこと聞かせてるみたいになるから絶対本人には言わないけども! あいつの横顔見てたいです!

「ふふ、照れなくていいのよ。手取り足取り教えてあげるからぁ」

「は、はは。ありがとうございます。どうか端的に……」

 ふとももさするな。おい。

「ほら、明日あした球技大会じゃない? だから意気込みとか、質問とかぁ……そういうのを放送部が集めてきてるからぁ……一個一個、だいくんが優しく答えてあげて?」

「なるほど。分かりました。さくさく行きましょう」

 呼吸するたびに肺に充満する香水の臭いがマジでキツいのでね。鼻も痛い。

 はあ……とにかく心穏やかに行こう。

 静かに放送のスイッチをオンにして、俺は口を開いた。

『お昼の放送を始めます。今日は二年五組雑賀なおみちに代わり、同じ二年五組の五代りょうがお届けします。どうぞよろしく』

あ゛あ゛い゛い゛わ゛ぁ゛

 鼻に抜ける艶声を出そうとしてアザラシみたいになってるぞ先生。

『雑賀を楽しみにしていた人には申し訳ないが、俺なりに頑張らせてもらうよ。さて、明日は球技大会ということで、色々と面白いお便りが届いているらしい。放送部のまきさん、報告ありがとう。それじゃあ最初の一枚は──ふむ。きのこ派のKさんから』

 わー、とか、きゃー、とか外から聞こえてくる。歓声か悲鳴か分かりづらいが、雑賀宛に送った手紙が俺に読まれることへの拒絶とかでなければいいな。

 まあ、もし文句だったら悪いが雑賀に言ってくれ。俺も雑賀に文句はある。

『さて、きのこ派のKさんのお手紙を読み上げていこうか』

【二年目の球技大会も楽しみ! 一年生も楽しんでほしいし、三年生も最後の球技大会を充実させてほしいです!】

『へえ、二年生なんだね。俺もこの人と同意見だな。みんなに楽しんでほしい。一年生にとっては、運動系のイベントはこれが初めてだろうしね。じゃあ手紙、続き読みます』

【本題なんだけど、最近好きな人がぽっと出の女にうつつを抜かしているので、ここでバシッと奪い返しに行こうと思うの。パーソナリティ、背中押しなさい!!】

『彼氏ならとんでもない話だけど、好きな人ってことは恋人ってわけではないのかな? それにしては奪い返すって言ってるな……いや、どちらにしてもキミのやろうとしていることは応援できるから、頑張ってほしいね。きのこ派のKさん、頑張ってね』

 青春真っただ中、って感じだな。とはいえ、こういう投稿をしてくるってことは、青春を楽しんでいる人なんだろう。

『じゃあ、次のお手紙行こうか。差出人は……ちょっと、こんなことある? たけのこ派のKさんからのお手紙です。さっきのと合わせてこいつら絶対あいれないだろ。放送部の巻田さん、面白い手紙ってこういうこと???』

 廊下から少し笑い声が聞こえてきた。盛り上がってるのは救いだが。

【初めて投稿させていただきます。たけのこ派のKと申します。今回は球技大会がテーマということで、皆さんと共に楽しめることを、とても嬉しく思っています】

『だいぶ丁寧な投稿文だけど……初投稿でラジオネームがこれなの奇跡か? いや、ひょっとしてきのこ派のKさんは常連で、たけのこ派のKさんが真っ向からけん売ってるのか? ごめんね、事前知識がなくて申し訳ない。まだまだだな、俺も。えーっと』

【ある人に負けたくありません】

 ……ある人ってきのこ派のKさんだろこれ。違うのか? ひょっとしてきみがきのこ派のKさんの言うところのぽっと出の女じゃないのか?

【球技大会の練習も頑張って積み重ねてきました。球技大会で勝つのが正しいのかは少し分かりませんけれど、でも、負けたくはないんです。がんばります】

『なるほど、難しいが……その負けたくない人とたけのこ派のKさんのクラスが戦うなら、勝つことに意味はあると思うよ。俺の中で、ある人=きのこ派のKさん説がものすごいノイズとして頭に残り続けてしまっているので、そこは違ったら申し訳ないんだけど』

 背中を押しなさいと言ったきのこ派のKさんと違って、たけのこ派のKさんの手紙には、パーソナリティにどうして欲しいみたいなことは書いていない。

 でも何かしら反応を返すべきだろうと思って、考える。

『少し気になるのは、たけのこ派のKさん自身が球技大会での勝利にあまり価値をいだせてなさそうなところかな。もしかしたらきみの中では既に別のゴールや別の競技があって、そっちで勝ったり、目的を果たしたりすることに意味があると思ってないだろうか』

 だから、そうだな……。

『球技大会は楽しいし、真剣にやる方がもちろん良いけれど、きみの本当の目的がなんなのかを考えてみるのがいいかもしれない。……それがきのこ派のKさんの好きな人とかぶってないことを切に祈るが……。えーっと、うん。きのこ派のKさんとたけのこ派のKさんがぶつかり合う運命に居ないことを祈るよ。マジで。二人とも頑張ってほしいね』

 これで良かっただろうか。パーソナリティ、難しいな……こうして誰も居ないところで話す練習は少ししておくべきだな、今後のためにも。

「素敵だったわよ、五代くん……」

 誰もいないところね。誰もいないところ。