魔法


 その日の夜、俺はいつものように泣きじゃくる母さんを振り払って日課のランニングと筋トレに出かけていた。途中にある公園の遊具は、金をかけずに色んなトレーニングが出来てありがたいものだ。

 と、ベンチに置いてあるスマートフォンがチカチカ光っていることに気が付く。

 木下にドン引きしておいてアレだが、俺もLINEの友だちリストは多くない。

 それにこの時間の大概の通知は母さんからの『今なにしてるの』『ひま』『ゲーム準備してるね』『まだ帰ってこないの』『さびしい』『誘拐された?』とかなので基本無視。

 だから通知に気が付いたところで普段はスルーするんだが、光っている色が不在着信を示すものだった。

 首にかけたタオルで汗を拭いながらスマートフォンを開くと、留守電も入っていなければLINEで追加メッセージが来ているわけでもない本当にただの不在着信。

 如月きさらぎからだ。なら雑談だとは思いつつ……こういうケースこそ本当に緊急の可能性だってある。誘拐を不安がる母さんのLINEが無駄に頭をよぎったこともあり、かけ直した。

『……ん』

「大丈夫か?」

『え、なにが?』

 ……どうやらゆうだったようだ。

「いや、なんでもない。不在着信があったが、何か用事か?」

『うん』

 まあ、緊急性が無いなら良い。スピーカーフォンに切り替えて、ベンチで腹筋しながら通話を続けることにした。

『今、なにしてる?』

「筋トレ」

『へー。上裸だったりするの?』

 くすくすと、からかうような吐息をマイクが拾っている。

「公園でそんなことできるか」

『筋トレって家でもやれるくない?』

「狭いアパートだからな。それに、ランニングの途中にある公園に筋トレ用の遊具がそろっているから、都合が良いんだ」

『かっこいいことしてるのね。部活もやってないんだし、鍛えてる意味なんてある?』

「あると言えばあるし、ないと言えばない。俺が何かをする時に、体力はあればあるほど良いと思っているからやってるだけだ。毎日やることに意味があるものは、長く続ければ続けるほど効果が上がる」

 まあ、筋トレを毎日、っていうと語弊があるが。今日は腹筋と懸垂の日、明日あしたは腕立てとかの日、次は丸一日お休みの日、みたいに分けている。その方が効率が良いんだ。

『ねえりょう、なんか筋トレ中っぽい吐息入っててウケるんだけど』

「腹筋中に着信よこしたお前のせいだ」

『そうかしら。……そうかも。ふふっ』

 お前の方もガンガン拾ってるけどな、音。

 何かのページをめくる音から推測して、テストの準備だろうか。

 いくら如月でも、一週間前ともなれば対策の一つくらいするだろうし。

『涼真、テストって何点取れれば良いと思う?』

「自分の目標点」

『うわ即答だし。てかそれなら赤点回避できればいいんだけど。意識低すぎ?』

「別に構わないんじゃないか。如月にとっての勉強の価値は、他の人間とは違う」

『ま、そうね! なんたってもう、一人で生きていけますし?』

「そうだな」

 百万以上のフォロワーを抱え、一挙手一投足が経済効果をもたらすような存在になっているのだ。テストの点数など、今更さいな話だろう。

 ……ただ、そんな話は如月にとっても分かり切ったことのはずだが。なんで今そんな話をするのだろう。そもそも用事は?

『……羨ましい?』

「なんでそうなる。如月の成し遂げたことには敬意はあるが、俺には俺のやり方があるんだ。それに、お前に嫉妬とか、アホだろ」

 羨ましいもなにも、如月が自分をかして一人で生きていきたいという目標を立てたのに対して、SNSを用いた作戦を考えたのはほかならぬ俺だ。

 それが今の如月を見て羨ましく思うなど、滑稽以外のなんでもない。

『一人で生きてけるようにって、涼真は言ってたじゃん。実際あたしの親サイアクだったし、弁護士通してもう二度と会わないようにしてるけど』

「ああ」

『でも……別にあたし、独りで生きていきたいわけじゃないんだからね』

「ん? ああ。自分の人生を一人で完璧に出来れば、周りの誰にも振り回されたりはしない。そのうえで友達や知り合いが多いのは良いことだと思うが」

『そういうことじゃないんですけど……』

 でかいめ息がまた、マイクに拾われて公園にまでやってきた。

『あたしはただ、あんたが』

「俺が?」

『……一人寂しい生活するくらいなら、まあちょっとは考えてあげてもいいかなって? ほら、あたしは一人でももう生きていけるし? あんたの分の余裕くらいあるし?』

「あいにくと俺は如月にたかろうとするほど人として終わった覚えはない」

『そんな言い方しなくても良いじゃない!』

「なんで怒るんだよ……お前、あんまり誰彼構わずそんな誘いするなよ。いくら今余裕があるからってこれからも同じとは──」

『誰彼構わないわけないじゃん腹筋割れて死ね!!!』

 ぶつっと通話が切れた。

 腹筋が割れて死ぬってなんだ、物理的にぱかっと割れるってことか。……というかそもそも、あいつ衝動的に通話切ったっぽいが、結局用件に入る前の雑談で終わったな。

 仕方がないのでかけ直す。ミファドミファレファソレ──出た。早いな。

『謝れ』

「悪かった。だがむやみな優しさは身を滅ぼすからな、俺の父親のように」

『……』

 また切れた。もう一回。今度はミファドミファレファソレミファのミすら言わずに出た。

『謝れ』

「悪かった。一人で生きていくついでに俺のことまで考えてくれる余裕には恐れ入った。だが俺も如月に頼って生きるのは完璧とは言えないので断る」

…………いつまで粘るの』

「粘るって言い方おかしいだろ。ある程度の金銭を得て、それを元手に俺が自らの人生に合格点を与えるまでだ」

『じゃあ三年以内に出来なかったら妥協する?』

「しねえよ、ていうかリミット短いなおい」

…………はぁ』

 面倒臭そうな溜め息だな。

『もういい、寝る』

「ゆっくり休めよ。……あと俺に連絡する時は不在着信だけ残すな。なんかあったのかと普通に心配する。用件があるならLINEでもなんでも入れて──」

 そう言っているとまたしてもぶつっと切れた。あの女。

 かけ直そうとして一瞬迷う。もう寝るつもりなら、次会った時に言えばいいかと。

 そう思っていると、ぴこんとLINEの通知。相手はAiri。如月


 Airi :毎回心配して掛け直せばーか


 ……この文言。最初の不在着信含めて全部わざとかよ。

 起きているようなので送るだけ送る。


五代涼真:結局用事はなんだったんだ

 Airi :涼真ここで言ったらLINEで済ますじゃん

五代涼真:直接話すような大事な用件ならそんなことはしない

 Airi :声


 ……声?


 Airi :聞きたかっただけ

五代涼真:用件が、か?

 Airi :腹筋割れて死ね


 だから死なねえよ。と思っていると、しばらくして追いLINEが届いた。


 Airi :寝る。涼真もとっとと帰って寝ること


 心配してるのはどっちなんだか。溜め息をついて、筋トレを終えた。

「さて、と……」

 ベンチに置いてあるスマートフォンの横には、俺のかばん。外出筋トレはランニングを兼ねていることも相まって、普段は持ってこない荷物。タオルで汗を拭ってから鞄を開くと、携帯ランタンと教科書とノートが入っていた。

 母さんが寝ている隣で、夜遅くまで明かり付けて勉強するのも気が引ける。かといって、深夜までやっている店に入るような金ももったいない。

 というわけで、公園の椅子と机でテスト勉強である。受験の冬に発明した勉強スポット。

 最大のデメリットは非常に虫が鬱陶しいことで、本当は冬以外やりたくないんだが、今回の試験だけは気合を入れて臨む必要があった。

「……やるか。お前ら、せめて邪魔すんなよな」

 はやくもランタンにつられてやってきたにらみながら、俺はテスト勉強を開始した。

 これから二週間は、少なくともこの生活を続けねばならないが……。

 ──気づいたら高校生……クラスの邪魔者になってました……。

 あの諦めきった寂しそうな顔を、どうにかすると決めたのだ。

 五代涼真は完璧な男。決めてしまった以上は完璧にこなす。これは白鳥のバタ足だ。

 たとえ今回の手助けはほどほどに収める心積もりであったとしても、そのステップ一つ一つで手を抜くのは完璧とは違うだろ。


    


 試験明けの解放感というものは、やはりというべきかクラス全体を満たすようだ。

 かんした空気は心地よい疲労と達成感をはらんでいて、みなが口々に互いをいたわっている。ある種の祭りのようなもので、数日はその空気が続く。

 あれから木下きのしたとは連絡を取ったり取らなかったり。友達を作るとはいったものの、もう二年の五月ともあってタイミングが難しい。

 だから俺は、この試験明けまでゆっくり待つことにしていた。

 何をと言えば、とある人物の到来だ。彼は俺を目の敵にしていて、定期考査の結果が出る度に俺の教室に殴り込んでくる。

 そろそろ来る頃だ。

「五代!!!!!!!!

 相変わらず声がデカいな……。彼はいつも俺と点数を競っている男子で、名をおうという。俺をライバルと呼び、声がデカい。いつもは鬱陶しいんだが、今回ばかりはありがたい。

「全教科満点というのは誠か!!!!???

「ああ」

「くっ……うっ、あぅ……!!

 泣くな泣くな。男泣きするな。

「俺は自己ベストをたたき出した!! 9科882点だ!! 今度こそ勝利したと思った!! だがやはり、俺に立ちはだかるのはライバルの貴様なのだな、五代!!!」

 あぶな。今回だけは負けられなかったんだが。

 動揺を表に出さないよう一呼吸入れて、いつも通りに言葉を返す。

「そうか。期末でまた」

っっっっ!!! それでこそ我がライバル!!! 次こそは、次こそは負けん!!」

 だっと廊下を駆けていった。

「……はっ。ろ、廊下を走ってはいけません!」

 流石さすがの木下も王寺の登場には一瞬あっに取られていたようである。

 まったく、人の点数バラすなこんなところで……。と、普段は思っているんだが。

「はへー……五代くんー。全教科満点なんてすごいねー」

 隣の席から、優しい声色。このぽわぽわした印象の少女──たちかわは、クラスでの俺の隣人にして、今日のターゲットでもあった。

 ターゲット、というのがどういうことかと言えば。

「ああ。今回は結構頑張ったし、ヤマもたくさん当たったんだ」

 そうほほみかけてから、指を一つ立てる。

「あと、もう一つ実は、助かった事情があってね」

 立川は緩く首をかしげ、彼女の仲の良い女子グループが集まってきた。

「? なにかあったの?」

「あー、五代くんとお話ししてるー」

「全教科満点とか、ちょっとすごい通り越してキモいぞ五代くーん」

 キモい……。いや、傷ついている場合じゃなかった。

「今回少し、苦手な教科を木下に教えてもらってさ。助かったんだ」

「えっ、木下さんって……あの木下さん?」

「あの人、勉強とか教えてくれる人なんだー……」

「五代くんだから教えてくれたとかじゃなくてー?」

 木下の認識は、やはりこういう感じか。常に周囲に壁を作っているように見えている。

 だとすれば、このグループの子たちに話すので正解だ。

「教え方もうまかったし、聞いてくれるなら誰でも、って言ってたよ」

「へー!」

 顔を見合わせる彼女たち。

 と、そこで王寺を注意しに行っていた木下が教室に戻ってきた。

 俺をキモいとか言った、アグレッシブな子が一番に駆けていく。

「木下さーん!」

「えっ、あ、は、はい」

「勉強教えて!」

「えっ……」

「やっぱり五代くんだけ?」

「い、いえそんなことは……というか、五代さんのことをどうして……」

 ちらりと木下がこちらを見ると同時、もう二人いた女子も木下の方へ向かっていって。

「あ、あの、良かったら私もいいかな……?」

「五代くんに教えるくらい頭いいとは思わなかったー」

「えっ? えっ?」

 急に好意的に話しかけられたせいか、めちゃくちゃテンパっている木下が少し面白くて笑ってしまう。おめめぐるぐる、って言葉が似合いそうだ。

 ……うまくいくといいな。

 俺が穏やかな心持ちで居ると、ふと影が差した。

「ふーん……あたしが居ない間に、随分人間関係が変わってるじゃない」

 顔を上げれば、難しい顔で腕組みしている如月きさらぎ。そうか、今日は登校してきてたな。

「ん? ああ。今から変わるとこじゃないか?」

 改めて木下を見やれば、囲まれてあれやこれやと矢継ぎ早に質問をぶつけられている。

 俺が調べたところ、あの面々は比較的穏やかな気質で性格も良いし、木下がパシリのごとき扱いを受けることもないはず。早くも木下の表情が自然なものに変わってきているところを見ると、俺のもくは少なくともすでに一定の成功と言っていい。

「ふっ……」

 思わず笑みがこぼれた。と、何が不満なのか面白くなさそうな如月の声。

「ふ───────ん???」

「どうした?」

 如月が不機嫌な時によくやる、むすっとした顔。拳を握りしめている。

「ねえりょう

 かと思えば急に笑顔になった。しかもなんか、攻撃的なやつ。

「あたしのこと見てる方が楽しいと思う。わいいし」

 は? なに?

 後ろ手を組んだ如月が腰を曲げて、ぐっと顔を俺に近づける。

 岬で白ワンピの少女がやりそうな、美少女にしか許されないポーズ。

「ほら、誰もが振り向くさいきょーの美少女。人呼んでカリスマシンデレラAiriが、あなたのためだけに笑顔をプレゼントキャンペーン。えへっ」

 ……。……っぶなれるとこだった。なんだこいつ突然可愛いことして。

 俺の完璧が崩れるだろ。

 確かに如月は、こんなに強気で女らしい魅力にあふれているのに、こういうというか無邪気な笑顔がよく似合うやつだったけども。

 女に魅了されて鼻の下を伸ばすのは完璧な男のやることじゃないんだよ。

 なんとかアホづらにならないようにこっそり舌をんで耐えながら別の話題を探した。

 それとなく視線を巡らせれば、視界に舞い戻るいやし系あわあわ木下。

「木下、頑張ってるな」

「ぬゎんでそうなるのよ!!!!

 机バァン!!

「おかしくない!? 今完全にあたしと涼真の空間だったでしょ!? だけだったでしょ!? 誰きゅうに、知らないやつの名前出さないでくれる!?

「知らないわけあるかよ、後ろの席だろ」

「知らない知らない知らない!」

 いや、知らなくないだろ。というか、できれば如月にも木下と仲良くしてほしいんだけど。あとあと楽、っていうと打算が過ぎる気もするが……境遇的に共感できると思うんだけどな。如月も、去年はだいぶ逆境にさらされてたわけだし。

「……ちきしょー、なんで顔色一つ変わんないのよ、こちとらAiriだぞぅ、ちきしょー」

 俺の顔色変えに来てたのかよ、こっわ。女子に見惚れるなんて、俺の完璧を傷つける最大級の爆弾なんだが??? お前、俺の主義も目的も分かってるはずだよな???

 と、俺がさっきのやたら可愛い如月を思い出して戦々恐々としていると。

「よぉ、このあと暇かよ?」

 ひょっこり現れたのは雑賀さいかだった。ナチュラルに髪をかき上げる姿は堂に入っていて、流石はクラスのオピニオンリーダーといったところか。

 と、亜衣梨は首を傾げた。

「え、涼真とデートだけど」

 お前しれっとなに言ってんの?

「勝手に俺の予定決めないでくれないか?」

「イヤ。ムカつくし。今日帰ったらあたし三日後まで登校できないし。その間あたしに嫌な気分で過ごせってこと? 完璧なだい涼真が?」

「どういう理屈だよ……」

 助けを求めるように雑賀を見れば、雑賀は雑賀でなんだか微妙な顔をしていた。

 頰の裏を舌で突きながら、よそ見している。

「あー、なんか涼真忙しいらしいぜ? オレで妥協しない?」

 斬新なナンパだなおい。

 そんな雑賀の誘いを受けた亜衣梨は亜衣梨で、目をしばたたかせてから吹き出した。

「あはは、なんそれ。なおみちもずいぶん面白くなったのね」

「まー、ユーモアセンスは磨いたな? どう? オレと来ない?」

「悪くはないけど、残念。あたし、妥協はできないタチだから」

「……ま、そうか。そうだな」

 ウィンクとともに振られる雑賀は、あっけらかんと両手を頭の後ろにやった。

「ほら行くわよ涼真」

「楽しんでこいよ、涼真」

「なんでそうなるんだ」

 今更になって俺と一緒に出掛けようとする辺り、如月が何を考えているのかもよく分からないし……雑賀は雑賀でどういうメンタルなんだこれ。怖ぇよ。

 そんなことをぐだぐだ考えていると、如月が俺の腕を引いて教室の外へ引っ張る。

 ……まあ、予定があるわけではないけれど。

「──やっぱり如月さんと五代くんって付き合ってるのかな」

「──お似合いだよねえ、あの二人」

「──ていうか、あのAiriと並べるのなんて五代くんくらいじゃないの?」

 なんか色々邪推されてるし、こういうのは如月にとってマイナスにしかならないと思うんだがな──と思っていたら、教室を出るぎわに女子に囲まれている木下きのしたと目が合った。

「ぁ……五代さん──」

 なんだかすがるような目のような気もしたが、ここは千尋の谷に突き落としてでも友人とのきずなを深めてもらうフェーズである。

 当初の目的通り友達作りがうまくいくことを願ってサムズアップだけしておいた。

 ……如月、力が強い。


    


「はー、息抜きって大事ね!!」

 調布駅。特急も止まる市の中心街が、俺たちの学校の最寄り駅だ。

 駅前の百貨店の中を堂々と歩きながら、如月は満足そうに伸びをする。

 制服の上からでも分かるプロポーションの良さが、より際立つ動きだ。

 こいつはこのまま銅を流し込んで像にした方が人々の幸せが増す気がする。

「あんたは最近息抜きしてる?」

 くるっと振り返って、なんの感情も乗せないさらっとした問い。

 息抜きか。あまり考えたことはなかったが。

「一度緩めると戻らない気がするから、あまり考えてないかな」

「相変わらず不健全ね。趣味の一つでも持ちなさいよ。というかインスタ更新しろ」

「気の向いた時に写真を上げるツールだろ。義務でやるもんじゃない」

「だとしても月一更新ってなによ。雑誌か」

「需要のないところに労力つぎ込んでも仕方ないだろ、読者一名だし」

「あんたの需要なんて一名で十分よ」

「斬新な悪口だな……」

 一名さんがなんか言ってる。とはいっても、インフルエンサーAiriのアカウントが俺をフォローしているわけではないが。

 なんか、「あ」とかいうアカウントだ。「ご」を「あ」がフォローしてる。

 如月の別アカウント。

「あの『あ』とかいうアカウント、口うるさいんだよなあ。催促してくるし」

 コメントがだいたい文句である。

「仕方ないでしょ。ほんと思いつきみたいな写真ばっかりなんだから。急にナメクジとか上げないでくれる? スタジオで悲鳴上げたんですけど」

紫陽花あじさいと雨とナメクジは相性抜群だと思ったんだが」

「まだ五月なの!! というか、あたしが見るの分かってるでしょ!」

「自由に撮って上げろって言ったのお前だろ……というか、スタジオで見るなよ」

「あんな時間に上げるあんたが悪い」

「インスタの通知切っておけよ……ただでさえばかみたいに通知ありそうなのに」

「Airiの方の通知は全部切ってるわよ」

 ん? ……は?

「じゃあなにか? インスタの通知=俺の写真の通知ってこと?」

「……」

 あ、そっぽ向いた。

「道理で爆速いいねが付くわけだ。写真家で食ってこうかな」

「思い上がるな!!!!

 叫ぶ如月きさらぎ。周囲の注目。「あれAiri!?」とかいう声。向けられるスマートフォン。おいおい無許可か。チンピラ風の兄ちゃんに声をかける。

「写真撮るなら一言くらい許可取ったらどうだ?」

「へっ? あ、ご、ごめんなさい!! 一枚良いですか!?

「……え、ええ」

 なんか撮影会が始まってしまった。これはこれで迷惑だな……。

 何人かと一緒に写真を撮った如月が戻ってきて、なんだか妙な顔。

「どうした、写真映りに不満でもあったか?」

「そんなことはないけど……。勝手に撮られるくらい当たり前になってたから」

「ん? ああ、余計なことした?」

「んーん。……なんかむしろごめん、目立って」

「別に俺は今更だが」

 Airiの活動当初は色々付き合っていたのだし。

 もう十分一人でやっていけるってなって、離れただけだ。

「ねえ、涼真。最近、なにしてる?」

 俺を見上げる如月が、そっと自分の唇をでながら、思案するように言った。

「いつも通りだが」

「あたしの知ってるいつも通りは、あたしのパシリよ」

「せめてカメラマンと言え。別に、その前と変わらないんじゃないかな」

「……そ」

「如月?」

 何が言いたいのかと眉を寄せると、如月は小さく首を振った。

「べっつに。あたしが居ない時のあんたを、なーんにも知らないなと思ってるだけ」

「……誰だってそうじゃないか?」

「そうだけど、それじゃ嫌な時もあるの。あんたには分からないだろうけど」

 そう言って、ちろっと舌を出した如月は笑った。

「おなかすいたわ。パンケーキ食べたい」

 この自由っぷり。

「お前は変わらず、俺の知ってる〝いつも通り〟だよ」

「そうね。あんたの前では、変わってないわ」

 そう言って、如月は隣に並んで歩きだした。