七歳になりました
俺が転生した記憶を取り戻してから二年が経ち、七歳になった。
この二年間で俺は原初魔法を地道に訓練し続け、もうそろそろ戦えるだろうと思った所で、一年前の六歳くらいになった時から魔物狩りを続けている。
狩るのはもちろん王都周辺の弱い魔物だ。
屋敷を抜け出すのは少し骨が折れたが、なんとかあの手この手でスラムに赴くという大義名分を得て、そこから城壁の外に踏み出し外出に成功した。
ちなみにこの魔物狩りなのだが、当初の予定ではスラムの子供を仲間にして鍛え上げ、その中からパーティーメンバーを選び冒険に出かける予定だったのだが、この案は実現しなかった。
やはりスラムの住民というのは信用が無いのか、以前セバスにこっそりと提案した作戦を実行には移せたものの、俺の傍につけるには不安が残るとして却下されたのだ。
まあ、これは仕方がない。
代案として屋敷に勤めている兵が見守る中でのパワーレベリングのような結果になってしまったのだが、まあ魔物が討伐できてレベル上げ可能になるなら文句はないので、今はこのやり方で落ち着いている。
俺が魔物と戦えさえすれば何も問題ないのだ。
また、この二年前から始まっているスラム変革作戦なのだが、ウィズベルト父さんがこの作戦を国王に伝えたところ大層気に入られてしまい、さらに今のところ実際にスラムの空気が変わってきている事も実証されつつあるので、これは大々的にやるべき事だとして国が本腰を入れ始めてしまった。
国を跨いだ組織である冒険者ギルドではあるが、国王は資金援助をする代わりに国内での冒険者登録の無料化を実施したのだ。
もちろん一時的に登録料が無料になる代わりに、税金として依頼達成料金から少しずつ元を回収しているのだが、この政策のおかげで冒険者ギルドには埋もれていた有能な冒険者が増え、さらにスラム街から浮浪者が減ったという好循環が生み出された。
みんな纏めて万々歳というやつである。
いつになるかは分からないが、将来的には徐々にやり方が浸透していき、他の国にもこの政策が実施されていくだろうとの見込みだ。
こうして冒険者の敷居が下がれば、例えば能力があるのに登録できない少年A、という構図が無くなる。
俺の邪なレベル上げ計画が齎した副次的な成果ではあるが、どこかの誰かがこの変革で少しでも助かればいいなと思う、今日この頃である。
まあ、少年Aが仮に回復魔法とか持っている無一文だったりした場合、登録料が払えないせいで詰んだ、とかになったらそれこそ人類の損失だ。
全部が俺の成果とは言いづらいが、今回は運よく上手く行って良かったと言ったところだろう。
◇
「お兄さま頑張れ〜! きゃ〜っ!」
大天使である妹様の声援を受け、俺は手を振りながら微笑みを返す。
あぁ〜、癒されるぅ〜!
「ははは、シムーンはフォズにモテモテだね。羨ましいよ」
「ふむ。私との戦闘訓練の最中、妹の声援にかまけている余裕があるとは驚きですね。……もう少々ペースを上げましょうか」
おっと、いくらフォズが可愛いからといって余所見している場合ではなかった。
なにせ今は年に一度だけあるララ大先生との訓練試合中なのだから。
「……うおっ、今のは危なかった」
迫りくる大先生の拳をギリギリで避け、一度体制を立て直すために大きく後ろに下がり距離を取る。
一瞬ヒヤっとした。
そもそも、大先生がその気になったら今の俺なんか一瞬でノックアウトだ。
ガルノック兄さんはともかく、妹に不甲斐ない姿を見せる訳にはいかないし、気合を入れなくては。
集中を開始した俺は丹田にあるエネルギーを意識し、体に循環させる事で身体強化の原初魔術を発動する。
「……少し見ない間に物凄く腕を上げましたね。正直、改めてこの眼で見ても信じられない練度です。……これだからヒト族の成長速度というのは
どうやら二年間欠かさず続けて来たこの魔力循環の練度だけは大先生も驚愕するところだったらしい。
まあ、これは俺の唯一誰にも負けないと言っていい武器だからな。
魔力という存在を知らない日本人の記憶がある故に、この世界に来てこの身体に宿る膨大な魔力をより鮮明に感じ取る事ができた。
そのアドバンテージを活かし、時間さえあればこうして魔力を練っていたのだ。
そりゃあここまで条件が整っていれば、熟練度も達人級になるよな。
だが、こうして努力が認められたのは素直に嬉しい。
「ですが、驚くのはこれからですよ」
「……ッ!」
俺は循環させた魔力循環をさらに鮮明に意識し、血管の一本一本、細胞の一つ一つに行きわたるようにイメージする。
こうする事で身体強化はさらに尋常ではない効果を齎し、異常なまでの強化効率を発揮するのだ。
この世界ではまだここまで人体を細かく意識できる者は居ないだろうから、今のところこの超・身体強化が出来るのは俺だけだろう。
神話の時代から生き続ける大先生には職業レベルという面で大きく後れを取ってしまっているが、こと現代知識の応用に関してはこの世界で俺の右に出る者は居ない。
さあ、今の俺の全力がどこまで通用するのか、勝負だ。
「ハァッ!」
「なっ、速い……!」
木剣を持った俺は一瞬で大先生に詰め寄り、不意打ち気味に上段から思い切り振り切る。
もちろん職業レベル差があるので対応できない速度ではないだろうが、まさかこんな七歳の子供の攻撃がここまで鋭いとは思いもしなかったはずだ。
その証拠に大先生のみならず、エルフの里からやってきている族長の護衛らしき近衛エルフ達も驚きの表情を浮かべているのが雰囲気で伝わった。
しかし俺の木剣が届くか届かないか、といったところで急に突風が発生し、俺の身体は大きく吹き飛ばされてしまう。
う〜ん、やっぱり不意打ち程度では一本取れなかったか、惜しい。
「くっ、……やはり地力が違い過ぎるか」
「いえ、それでも十分です。攻撃が届かなかったとは言え、私に魔法を使わせたのですから。それにそこまで原初魔法の練度を高めているのであれば、そろそろ次のステップに移っても良い頃でしょうね……」
大先生は俺を褒めた後にぶつぶつと考え込み、『魔力知覚』がどうだの、『精霊』がどうだのと独り言を唱え始めた。
なにやらこれは結構凄い事のようで、後ろに控えていた近衛エルフ達が
ふむ、一体なんなのだろうか?
もし新しい技術の習得に関わるような何かであれば、是非ご教授頂きたい所だ。
力っていうのはあるだけあって損はないからな。
「お兄さますご〜い! いまビュンッ! って移動したよ? ビュンッ! って!」
「ああ、僕も見ていたけど、あんな隠し玉を持っていたなんてすごいじゃないかシムーン。いったいどうやったんだい?」
訓練が一時中断したと見たのか、見学していた兄妹が俺に詰め寄って来た。
う〜ん、原初魔法を使えない兄さんはともかくとして、少し前あたりに僅かだけども原初魔法を成功させ、二年間俺の講義を受けている妹様は分かるはずなんだけどなぁ……。
とはいえ、妹様はまだ五歳。
普通はこんなもんか。
その後、俺は新たに使用した超・身体強化の原理を二人に解説し、何のことかやっぱり理解できていない妹様と、原初魔法の適性がなくて残念そうにしている兄さんを尻目にララ大先生の復活を待ったのだった。
「ちなみにだけどシムーン、あなたの職業は剣士だったかしら?」
少し経ってから、大先生は俺に現在の職業について聞いてきた。
恐らくこれはアレだ、先ほどの剣術を見てその技の威力から『剣術スキル』を体得していると思っているのだろう。
だが悲しきかな、俺はそんな剣術などという戦闘スキルを使いこなすタイプの職業にはついていない。
本当だったら前衛系のいずれかの職業レベルを上げて、加速度的に強くなっていこうとしたのだが、どうにも適性が無かったのだ。
さっきの剣
小さい頃から剣を振り、訓練を続けて頑張った記憶の戻る前の俺には申し訳ないが、どうやらこれが才能という奴らしい。
「いえ、僕は剣士の職業にはついていないですね」
「あら、では戦士かしら?」
「いえ、全然方向性が違います」
言いにくい。
とてつもなく言いにくい。
俺の職業が戦闘面では何の力も発揮しない、錬金術師だったなんて……。
おかげ様で記憶を取り戻した当初から、鑑定という錬金術師の初期スキルを覚えていたが、なんとこの生産系の職業というのは戦闘パラメーターの伸びがとても悪い。
唯一魔力という点においては魔法職並みにグングン伸び続けるのだが、そもそもアレだけ戦闘訓練をしていた俺がなぜ錬金術師になったのか、というのがそもそもの問題だったりする。
いや、心当たりはあるんだ。
一般的に認知されている錬金術師という職業が覚える、鑑定、そして錬金という技術。
これはこの世界の人がそれ相応の知識を蓄え、そして世界の理をある程度科学的に理解していく事がスキル習得の最低条件となるらしい。
ここで思い出してみよう。
俺の、いや前世での科学技術の水準を。
そう、なんとこの世界の人間よりも、魔力の運用という側面を無視すれば圧倒的に高水準だったのだ。
それは高校で化学式やら物理学を習い、平均的な大卒生として社会に飛び出した俺という、この世界基準で賢者にも匹敵するだろう知識量をたった五歳の少年が得てしまったのだとすれば説明がつく……。
もうお分かりだろう。
シムーン少年がちょっとやそっと訓練してきた剣士としての練度より、俺の錬金術としての知識量の方が世界的に見て優先されてしまいこうなってしまったのだ。
鑑定の水晶とかいう職業適性を確認するための魔道具が出した結果を、家族が首を傾げて見つめていたのはいい思い出だ。
唯一セバスだけは「五歳にして錬金術師の才が!? やはりシムーンお坊ちゃまは天才であられた!」とか騒いでいたのだが、彼は俺の事を
だが悪い事ばかりでもなく、おかげで戦闘タイプの職業ではないと認識された俺は、王家の懐刀であるラルカヤ家の当主になる可能性をぐっと減らし、ガルノック兄さんの将来を脅かす事ない立ち位置になれたのは
とはいえ、ここまでの近接戦闘能力を見せつけておいて、職業が錬金術師ですとは中々言い出しづらいのも確かである。
いや、確かに魔力量が重要となる原初魔法を使いこなしている手前、整合性が取れているといえば取れているのだが、これだけ剣術を頑張っていた俺がまさか生産職についていたなんて知られたら、疑問に思われてしまうだろう。
セバスの報告で俺を天才として扱っている家族ですら、「いや、なんかおかしくない?」って思う案件なんだ。
それが様々な人間を見て来たであろうララ大先生を相手にするとあらば、より疑念が深まってしまうのは確実だろう。
さて、どう言い訳したものか。
そう言い淀んだ所で、なんと妹のフォズが満面の笑みで真実を語り出した。
「あのねあのね! お兄さまは錬金術師っていうすっごいのなんだよ! 不思議なこといっぱい知ってるの!」
「ほう……」
ああああああ!
なんで真実を語っちゃうんだ我が妹よ!
ほら、大先生の目がスッと細められて、明らかに訝しんでいるじゃないか!
「確か錬金術師になる為には、大量の知識と世界の理に対する正しい認識が必要だったはず……」
「うっ……」
ですよねー!
やっぱり気になりますよねー!
「それを修行に明け暮れるはずの七歳の君が既に職業を手に入れるまでに習得した……。なるほど……」
「…………」
うんうんと頷き、細められた目のまま大先生はしばらく無言になる。
これは俺に納得のいく説明を行えと言う事なのだろうか。
いや、きっとそうに違いない。
しかし案ずるなかれ。
もしもの時の事を思い、こういう時のために必殺の言い訳を用意していたのだ。
俺は両手を広げ、悠々と語り出す。
「実はある日突然、枕元に現れた神様からお告げがあったんですよね」
「…………」
「そう、あの日は僕が英雄への進化とは何か、という疑問について考察していた時でした。その時にあろうことか、神様が夢の中に現れたのです」
さも平然と嘘を吐く俺を冷めた目で見つめる大先生。
だがこんな事ではくじけない。
くじけないったらくじけない。
「お告げの内容は、魔神と龍神についてでした。神様は自慢するように語っていたのです、魔神も龍神も元々は創造神によって生み出された一匹の魚で、長い年月をかけて進化を重ねて今あるべき姿になっていったと、それはもう大層嬉しそうに。そこで僕は尋ねました、……では、人間が進化をする為にはどうすればよいのかと」
ほんとペラペラとよく回るな俺の舌は。
自分でもドン引きである。
しかし俺の大嘘を聞いている大先生はだんだんと細めていた目を見開き、真顔になっていった。
おや?
まさか本気で信じているのだろうか……。
護衛の近衛エルフ達は何をバカな事をって表情だけど、大先生だけ明らかに態度が違うぞ。
ちなみにこの大嘘、もとい考察は俺が転生前に電車内で見たおっさんの独り言から抜粋したものだ。
おっさんは確かこう言っていた、「うおお! お前さっきまで魚だったのにこんな立派な龍になりやがってぇ!」と。
おっさんのやっていたアプリゲームがこの世界の過去のものだとするならば、あの戯言にももしかしたら一考の余地があるがあるんじゃないか、と思ったのが今回の言い訳の始まりである。
「僕の質問に対して、神様はこう言いました。それを教える事はできない。しかし、答えに自分で辿り着くのであれば話は別だろう。私がそれを可能にするための知識と力を君に与えるから、頑張ってみなさい。……と、そういう話があったのです」
「それで得られたのが、錬金術師の職業だと……?」
「はい」
そんな訳ないだろ神様に会った事なんて前世を合わせても一度たりとも無いわ。
……っていう俺の内心はさておき、大先生はなぜかこの穴だらけの推測を聞いて納得した表情を見せた。
えええええ……、そこで騙されちゃうんですか。
案外ちょろいのでは、この人。
今後も悪い人に騙されないか不安である。
「進化の内容について、精霊神様から聞いた内容と完全に一致している……」
「はい?」
「いえ、こちらの話です。……いいでしょう、お告げの話はとりあえず分かりました。ですがそうと分かった以上、あなたには別の意味で興味が湧いてきましたね。……シムーン、今度エルフの里にいらっしゃい。ウィズベルトには私の方から話を通しておきますから、そこで話をしましょう」
最後にそう締め括り、大先生はこの話を終えた。
しかしまさか俺がエルフの里に招待されるとは思わなかった。
確かあそこって世界樹っていう巨大な樹があるんだっけか。
強力な精霊達が多く存在するエルフの聖地だっていうし、楽しみだ。
なにはともあれ、確証の無い大
めでたしめでたしである。