閑話 セバスの独白

「ではここまでで何か質問はございますか?」

「セバス、この魔神が生まれたという創造神話には、仮説ではなく真実として認識されているだけの根拠が何かあるの?」

信じられている通説に対する根拠ですか……。

常々思いますが、やはりシームンお坊ちゃまは賢い。

ただ教えてもらった事を漠然と受け入れるのではなく、その説明に不明瞭な所があれば追及し、できるだけ多く納得できる材料をお探しになられる。

内容も決して的外れな質問ではなく、国の歴史研究者等がまず着眼点にするであろう大切なポイントを押さえておられるようだ。

そう、高い教養のある研究者たる大人が注目する点に、この五歳であるシームン坊ちゃまが既に勘付いておられるのです。

これが天才と言わずして何と言うのであろうか。

いえ、これまでの行いに鑑みれば、天才というのも生ぬるい程の神童でございましょう。

「おお、良い所にお気づきになられましたなシムーン坊ちゃま。実はこの神話は当時から生き続けているハイエルフのララ・サーティラ様が生き証人となっておられます。……サーティラ様程ではないにしても長寿なエルフは代々、過去の記録というものを補完し管理している事が多く、特に創造神話に関してはその文献も確実性の高いものが多いのです」

「なるほどねぇ〜」

シーム坊ちゃまは聞かれた事を忘れないうちにメモをして、授業の要点をノートに書き留める。

五歳児が文字を完全習得している事がまず異常であるのに、要点までも分かりやすくまとめるとは……。

私が執事としてラルカヤ家に仕えて数十年程になりますが、……よもやたった数ヶ月の授業で教えるべき事がほとんどなくなる程の神童に出会うとは、夢にも思っていませんでしたよ。

嫡男であるガルノックお坊ちゃまも優れた才をお持ちですが、やはりシムーンお坊ちゃまと比べるとどうしても見劣りしてしまうでしょう。

ご当主であるウィズベルト様もこの件に関しては大変頭を悩まされていて、どちらが次期当主に相応しいか決めあぐねているようなのです。

普通、嫡男が存命である時に次男が家を継ぐというのは考えられません。

序列は絶対であり、それは王族であれ貴族であれ、そしてラルカヤ家であれ変わる事はないはずでした。

しかしそれを覆してしまう程の才が、この御方にはあった。

ですが幸いな事に、シムーンお坊ちゃまは家督の継承や英雄の力にはそれほどこだわりがないようで、常日頃からご自身の兄であるガルノックお坊ちゃまに「兄さん、家の事は任せたよ」と声をかけているようなのです。

おお、なんという事か。

シムーン坊ちゃまはこの歳にして、継承権を揺るがしかねない自らが不和の種になる事を自覚しておられたのです。

……神童、いや、もはや小さき賢者といって差し支えのない程の慧眼けいがんでございました。

いったいこの御方は、将来どこまで上り詰められるのだろうか。

老い先短い私が、その栄光の道を最後まで見届けられないのが残念でなりません。

そしてそれからしばらく、あと一ヶ月も持たないであろう残り僅かとなった私の授業続け、最後に再び質問時間を設けようとした時でした。

「ところでセバス」

「なんでしょうかシムーンお坊ちゃま」

「つかぬ事を聞くけど、ここら辺にスラムってないかな? ちょっと用事があるんだけど」

……今、なんと?

いけません、いけませんぞシムーンお坊ちゃま。

あなた様はいずれ栄光の道を歩むはずの英傑えいけつ

スラムなどに赴いて、万が一にでも悪影響を受けでもしたら、それこそ人類の損失に他なりません。

第一、スラムに一体何の用事があるというのです。

あそこには秩序を失った盗賊紛いの荒くれと、教養の無い堕ちた人間しかない。

決して、シムーン坊ちゃまが赴くには相応しくない穢れた土地なのです。

「いやぁ、そう言わずにさ、教えてよ。ちょっと今のままだと冒険の仲間不足……、じゃなかった、治安維持に問題があると思うんだよね」

「治安維持、ですか?」

「うん、そうだよ」

このラルカヤ家は王の懐刀というだけあり、当然王都の一等地に居を構えているのですが、事治安維持に問題があると言うのであれば詳しく聞く他ありません。

これがただの子供の戯言であれば一考にすら値しないのですが、相手はかのシムーン坊ちゃま。

大人顔負けの慧眼を持つこの方が治安に問題があるというのであれば、注意してしかるべきでしょう。

「詳しくお聞かせください」

「実はね……」

それから聞いた話は、目からうろこが落ちるような話でした。

まず貧富の差が激しいスラム街を放置していると、その身を清潔に保てない者から疫病えきびょうといわれる体に悪い小さな微生物が蔓延する可能性を助長し、いずれは王都に多大な災厄をもたらしてしまう事。

次に、その貧富の差を解決するために、まずはスラム街の者達のごく少数から仕事を与える事で、安価での労働力を確保し、さらにその光景を見た住民に「生きる希望」を与える事ができるという事。

生きる希望を得た者達は自らが率先して仕事を探し、結果的に王都は栄えさらに発展していき、住民達の不満が薄まる事で暴動に繋がるリスクを減らせるという事。

その先駆けとして、スラムの子供達を自分専属の冒険者として登録させ、最終的にそれを見たスラムの者がマネをする好循環を作り上げるという事。

どれもこれもがシムーンお坊ちゃまにしか思いつけない、素晴らしい発案でした。

なぜなら今まで誰も、スラムと疫病の概念を結び付けた上で、さらにそのスラムを有効活用しようとする者などいなかったのですから。

普通は病気にかかるのは運次第であり、体調が悪ければ回復魔法を使用するというのが常識なのです。

「……まさかそこまでお考えとは」

「いや、まだ全然穴だらけの計画なんだけどね。結局スラムからある程度不満を取り除いたところで、リスクが完全に消える訳じゃないし。冒険者もそう簡単な仕事ではないはずだよ」

確かにリスクはあります。

ですが先ほど想定していた意味も無い危険とは違い、今度のリスクには見返りがある。

国の不穏分子の排除、そして冒険者になった者による市場の活性化、都市の防衛力強化、……数え上げればキリがありません。

さらに言えば、この計画を事前に計算しているシムーンお坊ちゃまが、スラムの状況を知っていながら悪影響を受ける事は考えにくい。

ここまで来れば、実行してみる理由としては十分でしょう。

そうと決まれば、私はこの素晴らしい計画をご当主様にご報告しなければなりませんね。

きっとご当主様も度肝を抜かれる事でしょう。

ふふふ、年甲斐も無くみなぎってまいりましたよ。