斎藤健二がガルハート領の魔族を打倒してから五年後、王国の聖騎士団寮のとある天才少女騎士が王都の話題をさらっていた。
曰く、
曰く、つい先月など、王都を襲った強大な魔物を単騎で討伐した。
曰く、何やらその少女は八歳の時にも既に魔族の討伐に多大な貢献をしたらしい。
曰く、幼少の頃に自身を導き、聖騎士となる切っ掛けとなった少年を今も探している。
などなど、その噂は今や絶える事がない。
そんな一躍時の人となった王都の超新星、ミゼット・ガルハートは今日も今日とて騎士団寮の一角でその人生を歩んでいた。
「ミゼット・ガルハート! ミゼット・ガルハートはいますか! ミゼット!」
「はいはーい。ここにいまーす」
「はぁ……、またあなたですか。これで何回目なのです……」
この団の長を務める聖騎士団長は、毎度の如く繰り返されるトラブルに頭を抱えた。
場所は聖騎士団の訓練場。
一人で剣の自主練を繰り返しているように見える少女の周りには、同じく同僚として団に所属する聖騎士の面々が仰向けになって倒れ込んでいた。
一見すると厳しい訓練の疲れから倒れ込んでいるように見えるその光景、実は全員ミゼットに真剣勝負を挑み散っていった男たちなのである。
何を隠そうこの問題児、一人では効率が悪いからと騎士団の訓練をサボり勝手に魔物の討伐に向かい、さらに帰ってきて早々勝手な行動に業を煮やした聖騎士団の面々に丁度いいから模擬戦に付き合えと挑発し返り討ちにしたのだ。
これだけ見れば団の規律を乱す者として排斥されかねないのだが、そうもいかない理由があった。
それは何故なのかというと、単に全ての行動が結果に結びついているからである。
一度王都から飛び出し魔物退治に向かったかと思えば、実はその魔物が発見でき次第早期に討伐しなければ王都にすら被害を齎す危険指定生物であり、大金星。
また、都市の大きさ故に凶悪な犯罪者も多い王都の警備のため、騎士団として巡回中に突然いなくなったかと思えば、今度は指名手配されていた悪人を都合よく捕縛。
ミゼット程の問題児ではないが、素行が悪いとされる聖騎士団員が突っかかればそれも返り討ちにし、その団員は自分の未熟を恥じ更生された。
しまいには都合よく度重なる社会貢献により、王侯貴族の覚えもめでたい程である。
故に怒るに怒れない、そんな超絶にぶっとんだ天才少女騎士が彼女だったのだ。
もっとも、これでも最近は大人しい方であり、幼少期に比べたら大人になったと言われている。
なにせ返り討ちにした騎士団員に、お疲れ様と言いながら回復魔法をかけて回っているのだから。
「で、今度は何が起こったの? なんだか新しい冒険の匂いを感じるわ!」
「ぼ、冒険ですか……。五年前、あなたが聖騎士団の門を叩いてきた、……いえ殴り込んできた時にも感じていましたが、やはりあなたにこの王都は狭すぎるようですね」
模擬戦に敗北し周りに打ち捨てられている聖騎士団員と、それと同様に他所で起こしたトラブル、いや大金星を鑑みて溜息を吐きながらもそう愚痴る団長。
……とはいえこの団長、五年前のある日、まだ八歳だったミゼットが聖騎士団に殴り込みをかけてきた無茶苦茶な少女の才能を見出し、今日まで支えてきた理解者でもあった。
もちろん当時はまだ今のようにズバ抜けた実力もなく、多少魔法と剣の覚えがある程度の小娘に過ぎず、取るに足る所といえば家が伯爵家である事くらいのものである。
それに聖騎士といえば王国では超エリート職業として軍の切り札にも成り得る重要な役職。
とてもではないが、家柄が伯爵家だというだけでコネ採用される事などありえない。
だから当時、まだ団長ではなく一兵卒とそう変わらない程度しかなかったこの者も、かっこいい聖騎士に夢見た可愛い女の子が見学しに来たとしか思わなかったし、他の者もそうとしか取らなかった。
だが、ミゼットという少女の規格外ぶりはここからだった。
なんとこの少女、あろうことか目の前でいきなり殴りかかってきたのである。
当時の台詞をそのまま伝えるとすれば、『本物の聖騎士がどれ程の物か興味があるわ。稽古をつけてあげるからかかってきなさい』である。
八歳の女の子にこうまで言われてしまえば団員も引くに引けない。
しかも殴りかかってきた時の不意打ち──華麗な右ストレート──は意外な事に団員にクリーンヒットしていたのだから。
これが難なく躱せていれば世間を知らない貴族の子供が騒いでいるだけ、で終わる。
しかし、こうも見事に攻撃が決まってしまっては、実力という面で不信感を持たれぬためにもとりあえず勝負を受けざるを得なかったのだ。
しかもこの少女の質の悪いところは、それを十分に分かった上で実行しているところである。
当然不意打ちが成功した時に、最大の効力を発揮するよう伯爵である親は連れてきているし、コネのある貴族なんかも引っ張り出してきていた。
公衆の場でコケにされたあげく攻撃もまともに喰らってしまえば、この挑発は受けざるを得ないといった所だろう。
ちなみにコケにされたのは現在における騎士団長、もとい当時の一兵卒である。
そして実際の模擬戦となると、さらに驚愕するべき事が起きた。
なんとこの少女、既に回復魔法と剣による攻撃スキルを両立していたのだ。
まだ聖騎士と呼ばれる者だけが使える専用スキルには目覚めていなかったようだが、それだけの才能を見せつければ当然周りは反応する。
そして尊大な挑発のわりには持久戦を意識した戦い方をし、存外にしぶとい。
確かに実力では上回っていたが、団員として採用されたばかりの一兵卒では結局、倒し切る事ができなかったのだ。
当然この結果には他の貴族たちも驚き、また試合を受けて立った本人も唖然とした。
そして全てが作戦通りに上手く行ったとばかりにニコリと微笑み、あれよあれよという間に聖騎士団員の見習い、その資質は十分にありと認められてしまう事になってしまう。
なにせ新人とはいえ、仮にも聖騎士として覚醒した者が手玉に取られたのだ。
これで見習いにも認められないのであれば、見習いの選考基準とはどれ程のものなのだという話になる。
全ては少女の計算通りという形で当時は幕を下ろしたのであった。
余談だが、当然ただの八歳ではここまでの結果を残すことはできないし、斎藤健二と出会う前のミゼットでも無理だっただろう。
しかし実際には斎藤と出会い、無謀にも冒険者として活動しレベルを上げ、天性の才覚からスキルを開花させ、さらに伯爵家というバックが尽き、過去にも魔族の討伐に貢献したという名声があってこそのものであった。
「ああ、今思い出しても頭が痛い展開だわ……」
「そうかしら?」
「あそこまで計算ずくのあなたに、ここで自覚がないのがさらに恐ろしいわ……」
きょとんとする天才少女に末恐ろしいものを感じ、腕をさする騎士団長。
しかし彼女とてここまで上り詰めた才覚の持ち主。
ミゼットが今日までどれだけ訓練し、問題を起こしているように見えて結果を残すために努力しているのか、それが分からないはずもなかった。
端から見れば幸運に恵まれているように見えても、その幸運は実力で勝ち取ったものであると理解しているのだ。
「まあ良いわ。それで私を呼んでいたのは何かしら? ずいぶん急いでいるように見えたけど」
「その件なのだけど、あなたが注意して見ておいてほしいっていう国境の警備隊から連絡が入ったわ。……ガルハートの姓を名乗る冒険者が現れたと」
その言葉にミゼットは驚愕し、次の瞬間不敵に微笑む。
彼女からしてみれば『ついに来た』といったところであろうか。
だが情報を持ってきた当の聖騎士団長からすれば、これはある意味由々しき事態だ。
なにせこの国の大貴族の一角である伯爵家と同じ姓を、あろうことかたかが冒険者が名乗り上げているのである。
これは当然取り締まりの対象になるし、最悪事と次第によっては死罪も免れないだろう。
それだけ貴族という特権階級には権力が集中しているのだ。
これが他国の貴族であり、たまたま同じような名前で被っていた、とかならまだ救いはある。
だが相手はこの国から出ようとしているただの冒険者でしかないという情報が入っているため、その線も薄いであろう。
何かを期待しているこの少女には悪いが、状況は絶望的だ。
唯一の救いは既に他国に渡っている事だろうか。
さすがの伯爵家といえども、他国までは手が届かない。
だがそんな団長の思惑を余所に、ミゼットはくすくすと笑いながら言葉を零す。
「そろそろ尻尾を出す頃だと思っていたのよ。むしろ私の目を五年も掻い潜ってきた事を称賛したいくらいだわ」
「……最近は成長して少しは落ち着いてきたと思ったのですが、この少年の情報となると相変わらずね」
ミゼットはこれまで斎藤の尻尾を掴むためにあらゆる手を講じてきた。
一つは噂を流す事。
王都で噂になっている通り、一度噂が流れればその注目は当然謎の少年にも向く。
これは成功すれば非常に効率の良い手と言えるだろう。
だが実際の結果はあまり芳しくない。
この噂を信じている者はいても、ミゼット・ガルハートの偉業の一つである魔族討伐の代償として少年は死んでしまったと伝えられているため、大した成果は得られなかったからだ。
この背景には父であるガレリア・ガルハート伯爵の影響があった。
彼もまた自分の娘のために少年は犠牲になったと思っている節があり、貴族としてその死を最大限に活かすために娘の功績として利用したのだ。
故に噂の力はアテにならなかった。
そしてまた、この聖騎士団長もまた、少年は既に死んだものとして捉えている。
なぜなら国境を渡った冒険者であるケンジ・ガルハートは十歳ほどの少年であるとの情報を受けているからだ。
当時八歳のミゼットに対し少年が十歳程であったならば、五年後の今は十五歳、既に成人していてもおかしくはない年ごろの青年のはずだ。
それが十歳であるならば、それは噂の少年を語った何者かの偽装工作であると考えるべきである。
そして同時に、その事をミゼットに伝える。
しかし────。
「関係ないわ」
「関係ないって、あなたねぇ……」
しかし、ミゼットはその情報をだからどうしたとばかりに一刀両断した。
「たぶんあいつを実際に知っている私にしか分からないかもしれないけど、あいつは色々と変なのよ」
「変?」
全容が見えない言い方に、首を傾げる。
少年が十歳であり
これがどう繋がるというのだろうか。
「そう、変なの。絶対にありえないと思うような事を、平然と乗り越えてくる奴だわ。それが情報でも、状況でも、外見年齢でも、なんであれね。いままでだってそうだったわ。だから国境警備についた騎士の見解は意味を成さないのよ。むしろ重要なのは────」
────重要なのは、その名前にある。
と、彼女は語る。
なぜならこの状況で最もあり得ないのは、その名前なのだから。
良い悪いは別として、結果的には父に隠蔽され絶対に表に出る事のないあいつの名前が出た。
その事に意味があるのだと、そういう事のようだ。
「本人がいる可能性は高いけど、居ない可能性もある。だけどついに尻尾を出したのは確かよ。この好機を逃す手はないわ」
そう呟く少女の瞳には、どこか暖かくも強い輝きが宿っていた。
また、斎藤健二の情報を得てからというもの、ミゼットの聖騎士団の生活は一変する。
要人警護の任で名の知れた暗殺者を捕縛したり、強大な魔物の討伐をしたりと、そういった今までの事は他の者たちに任せ、本人はずっと訓練場に籠り自分の剣に磨きをかけているのだ。
まるで今の自分の力を試すように、目指すべき目標に相応しいか確かめるように、その訓練は苛烈を極めた。
既に聖騎士団には長期の休暇申請を受理してもらっており、本来ならば訓練場にいるのはおかしい事なのだが、本人はそんな好奇の視線を気にもせず黙々と剣を振るう。
そのあまりの真剣さに周りの者は声を掛けるどころではない。
ただ唯一、彼女の理解者である聖騎士団長を除いては。
「どう、ミゼット」
「まだダメね……。これではあいつに鼻で笑われるわ」
自分の力を再確認するも、どこか悔し気な表情で苦笑いをする。
ミゼットは既に聖騎士団でもかなり上位の戦闘力を持つのだが、この年齢にしてそれ程まで極まった剣を持っていてもまだ納得がいかないらしい。
「そこまで追い詰めなくたっていいじゃない。既にあなたは『聖剣招来』並びに、『聖盾招来』まで会得しているのよ? 聖騎士の奥義よ、その二つは」
「ええ、確かに奥儀ね。でもこの練度ではダメだわ。『聖剣招来』なんて、五年前のあいつにもできた事よ。……いえ、それどころかあの時に見た強大な光の剣に比べれば、比べる事すらおこがましい」
団長から見れば既に極まっているとさえ見えるミゼットの剣も、彼女本人からすると、どうやら全く納得のいくものではないらしい。
そもそもの前提として、その少年とやらが聖騎士のスキルを身に着けていたかも怪しいものではあるが。
「仮にあなたの知る少年の話が本当だったとして、それでも思い出は美化されるものよ」
「美化も何もないわ。……だって、私が見たあの光の剣は遥か天高く森を突き抜けていたのだもの。美化でどうこうなる問題じゃないわ」
「なっ……!?」
衝撃の発言に、聖騎士団長は
もしそれが本当だったとしたら、聖騎士のスキルを極めているどころの騒ぎではない。
歴史上に存在するかも分からない程の究極の一撃だ。
それこそ、年若い少年の寿命、生命力を全て『聖剣招来』に捧げて放てるかどうかの攻撃である。
とてもではないが、常人の発想ではない。
しかし同時に合点も行く。
この話による剣の威力が本当だった場合、やはりかの少年はミゼット・ガルハートを超える天才ではあるが、その天才少年は魔族から彼女を守るために命を賭けたのだと。
そしてその代償として、死んだ。
これはこの件により間違いないものになった。
とはいえ案の定ミゼットは彼の死を認めていないので、口にする事は無いが。
「……満足いかないけど、それでも修行はここまでね。そろそろ旅支度をしないと、あいつがまたどこかへ行ってしまいそうだわ」
ミゼットはもう一度『聖剣招来』により生み出した光の剣を振り、その威力を確かめると一度休憩を挟む事にした。
ようやく収まりが付いたらしい。
だが既に辺りは暗く、特に任の無いまともな騎士であれば眠りについている時間である。
この時間帯まで訓練を続けたミゼットもそうだが、それに付き合う聖騎士団長も中々ものだ。
「ついに行くのね」
「ええ、行ってくるわ」
「そう……。全く、これでもかという位、あたなは最初から最後までかき回してくれたわね。こいつめこいつめ!」
「ちょ、やめなさいってば!」
ミゼットのただならぬ雰囲気を感じ、なんとなくこのまま帰ってこないのではないかと感じた聖騎士団長は彼女の頭をぐりぐりと撫でる。
これでも精一杯の愛情表現なのだ。
撫でられている側もその辺は分かっているのか、口ではこう言いつつも表情は明るい。
どうやらこの二人は、これはこれで良い師弟関係を築けていたようである。
そしてふとじゃれ合いが終わる。
場はしんと静まり返り、団長は言葉を紡いだ。
「……私はあなたの話に出てくる少年の事は知らないけど、あなたの事はよく知ってるわ。なにせこの五年間、誰よりも迷惑をかけられて、誰よりもその活躍を見てきたんだからね。そんな私からの激励よ、受け取りなさい。……自信を持てミゼット・ガルハート! あなたはこの国最高の聖騎士である! 今までの偉業に、誇りを持て!」
鋭く重い気合に、夜の冷たい空気がビリビリと震える。
この言葉にはこの五年の間に積み上げてきた思い出。
それからミゼット・ガルハートという聖騎士が今まで助けてきた人々、解決してきた任務。
その全てを見てきた聖騎士団長からの、自分という師からの『卒業』というエールが込められていた。
全て分かっていたのだ。
なぜならこの傑物には、この王国という箱庭はあまりにも狭すぎたから。
ミゼットにもそれは伝わったのか、彼女はいつものように不敵に微笑みこう言った。
「ええ、確かに受け取ったわ。……今までありがとう、師匠」
先ほどまでの悶々とした暗い表情の少女はいなくなり、そこにはいつもの自信あふれる無敵の天才少女騎士が居た。
そしてこの日から彼女は旅支度を初め、数日後、ついには旅立つ事となる。