妖怪退治

龍神が世界を飛び回り何かしていたが、それはさておき次の目的地は紛争国家のある亜人弾圧地域に決まった。

しかし【ストーリーモード】では肉体の復活地点は固定され、戦闘不能になった場所でしか蘇る事ができない。

そのため俺は【スキップ】機能を使い時間を早回しして、魔族との戦いで集まった冒険者たちが散るのを待つ事にした。

ほとぼりが冷めるまでに何か月、もしくは何年か必要かもしれないが、ストーリーモードが追加されて以降のスキップ機能は年単位での調整が可能らしく、項目に何年スキップしますかという表示が追加されていた。

最初のあの何の説明もなく世界を創造させられたアプリとは思えない、実に親切な設計だ。

俺はとりあえず一年だけ時間をスキップさせ様子を見る事にした。

設定した一年間のスキップには凡そ一時間かかるらしいので、二度寝でもしてベッドで横になると、今度は部屋にチャイムの音が響き渡った。

……まさか会社の人間じゃないだろうな。

社畜だった俺が急に有給を取ったんだし、部下の宮川あたりが訪問しに来てもおかしくはない。

あいつは俺の家を知ってるし。

居留守がバレないようにそっと玄関まで赴き、扉に設置されているドアスコープを覗き込む。

するとそこにいたのは、いつものように黒髪が美しい美少女A、もとい戸神黒子だった。

どうやら会社関連ではなかったらしい、よかった。

いや、良くないか。

妖怪退治に誘いに来たと考えれば、会社の人間よりもヤバイかもしれん。

「突然失礼します斎藤様。戸神です」

「はいはい、今開けますよ」

俺が扉を開けて戸神お嬢さんを出迎えると、何やら神妙な面持ちでボディガードの黒服を控えさせていた。

明らかに何か問題を抱えてそうな表情だ。

まさか本当に妖怪退治か?

命の残機ざんきが無い現実のおっさんを戦いに巻き込むのはやめてほしい。

「斎藤様、実は折り入って話があります。……斎藤様なら既にご存じかと思いますが、例の妖の件です」

「あ、ああ、はいはい。例の妖ですね。とりあえずここで立ち話もあれなので、中へどうぞ」

例の妖ってなんだよ。

斎藤様ならご存じかと、とか言っているが俺は何も知らないぞ。

この前までただの一般人だった社畜に、何を求めているんだこのお嬢さんは……。

この力が最近手に入ったものだとは知らないだろうという事を考慮に入れても、それがどうして例の妖とかいう存在に繋がるのか。

何やら危険な臭いがぷんぷんするぜ……。

しかしそんな危険な臭いがする中でもお客はお客、その上美少女となればなおさら玄関で棒立ちさせる訳にはいかない。

とりあえずということで、黒服たちを連れておっさんの狭いワンルームへと上がり込んだ戸神お嬢さんを案内して、ちゃぶ台の前に座らせた。

あり得ないくらいの豪邸に住む戸神家のお嬢様にはこの部屋が物珍しく感じるのか、しきりに辺りをキョキョロしている。

すまんな、これが独り身社会人の現実だ。

「……これは驚きました」

「いやはや、部屋が狭くて申し訳ないです」

「いえ、そうではありません。斎藤様のお部屋には防御結界も、妖から身を隠す隠蔽結界もありませんでしたので、ちょっと驚いてしまって……。てっきり普段から警戒は怠らないものとばかり……」

いやいや、普通の部屋にそんなものある訳ないだろ。

一体おっさんの部屋をなんだと思ってるんだ。

まるで俺が妖に襲われるのが常識みたいに言わないでください、怖くて夜も眠れません。

あ、もしかしてアレかな。

式神が音信不通になったのはこの部屋に防御結界が張り巡らされていて、俺がその力を使って身を隠していたとか思っているのだろうか。

完全な勘違いですよそれ。

「防御結界ですか……」

「あっ、もしかして! ふふふ、私分かっちゃいましたよ。その辺の妖くらい、対策せずとも斎藤様なら一撃、という事ですね?」

あ、うん。

まず妖と戦った事がないんですよね。

そこから説明してくれると俺は嬉しいんだけど、かといってここまで期待を寄せてくれるお嬢さんになんて言えばいいか分からない。

ここに戸神家の爺さんやあの喧嘩少年がいてくれれば、「そんな訳あるか」くらい言ってくれるんだけどなぁ。

肝心な時に居ないものだ。

しかしよくよく考えてみれば、式神という未知の兵器を使う一族とはいえ、戦士レベル3の時の俺と互角のこの少女ですら対抗出来得る敵というのが、その妖とかいう謎の生命体だ。

今の俺ならばもしかしなくとも、本当に一撃で退治できてしまうのでは。

あれ、なんだか余裕だったりする?

実は俺、レベルの無いこの世界ではめちゃくちゃ強いのでは。

もちろんチンピラを相手にした想定ではなく、世界全体としてみてだ。

「ははは。まあ、その辺の妖だか妖怪だかには負けませんよ、ええ。こう見えて鍛えてますからね。妖とやらが現れたらこう、光の剣でサクッと真っ二つにしてやりますとも!」

「まあ! それは心強いです! それでは早速ですが、例の妖についてご説明させていただきますね!」

美少女の前で見栄を張り、条件反射で大口を叩いてしまった。

あ、やべえこれどうしよう。

この言い方だと俺が妖との戦いにノリノリみたいじゃないか。

完全に墓穴を掘った。

くっ、人を乗せるのが上手すぎるぞこのお嬢さん!

あまりにも腹黒い、腹黒すぎる!

その輝く笑顔の裏に闇の人格を幻視してしまう!

「よ、宜しくお願いします。それで、その妖というのは……?」

「ええ、実は知っての通りここら一帯は太古から居を構える九尾の大妖怪、『玉藻御前たまもごぜん』の縄張りではあるのですが、実は最近になってその九尾を封じる結界が弱まってきているのです……」

その後の話によると、大筋はこうだ。

どうやら大昔にはこの周辺地域全体を縄張りにしていた『玉藻御前』とかいう狐の大妖怪がいて、大暴れしていたらしい。

それを危惧きぐした当時の陰陽師一家、目の前のお嬢様のご先祖である戸神一族がこの地の龍脈を利用し封印を行った。

当時は優秀な陰陽師何十人規模で九尾を押さえつけ、動きを一時的に止めた所で人柱いけにえとなる陰陽師を封印の素材に使い、なんとかこの地の奥底に幽閉する事ができたのだという。

しかし最近になってその封印に陰りが見え始め、徐々に九尾の力が漏れ出してきた事で妖怪が活性化しているらしい。

だが封印を再度施そうにも相手の力があまりにも強大なため、一筋縄ではいかず難航しているのだとか。

話をまとめると、だいたいこういう事のようだ。

「それで今日は封印のせいで活性化してしまった妖を討滅すべく、斎藤様のお力を借りに来た次第でございます。本当は一週間前にすぐにでもお力を貸していただけたらと思ったのですが、なにぶん式神の反応が途切れてしまい見失ってしまったので……」

戸神黒子は面目無さそうに言うが、それはまあ仕方がない事だろう。

そもそもその時、俺はこの惑星には存在していなかった。

たまに帰宅する事があってもそれは一時的なもので、すぐに【ストーリーモード】を再開していたため足取りを追うのは困難だっただろう。

とはいえ、妖怪退治か……。

一体どんな魔物かモンスターか知らないが、まあ漏れ出した力で活性化した雑魚が相手だというのなら、そんなに危険な事もないだろう。

こっちには以前は無かった切り札の光弾や聖剣招来がある。

まず負ける事はあるまい。

ここはひとつ腕試しとして、この世界の妖怪の力を見極めてみるのも良いかもしれない。

今までの人生では妖怪なんて一度もお目にかかった事はなかったが、万が一活性化して増えているとかいうその妖怪に一人で直面してしまった場合、手に負えない相手だったら詰むからな。

こうして妖怪退治の専門家がついてくれている時に戦ってみるのも、逆に考えれば安全な方法だという事になる。

「いいでしょう。毎回とはいえませんが、報酬次第では引き受けるのもやぶさかではありません」

「もちろん報酬はお約束します。……前金として五百万、成功報酬として五百万という形でどうでしょうか?」

「…………」

黒服が何事もないかのように、スッと五百万をちゃぶ台に出してくる。

ふむ、五百万か……。

え、五百万!?

驚いて黙りこくってしまった俺に何を勘違いしたのか、戸神家のお嬢さんはさらにとんでもないことを言い放つ。

「やはり、この程度の金額ではお気に召しませんか。だからあれほどお父様には報酬が少なすぎると進言していたのですが……。すみません斎藤様、いまの手持ちではこれだけしか用意できませんでした……」

「イエイエイエ、トンデモナイ! ゴヒャクマンデ、ケッコウデゴザイマス!」

片言になった俺は戸神家に妖怪退治の報酬である前金五百万を受け取り、あまりの金額に心臓をバクバク鳴らしながらも依頼を承諾した。

あれ、もしかして妖怪退治ってめちゃくちゃ儲かる!?

前金五百万を受け取った俺は早速ポケットに入っているスマホに札束をかざし、次元収納を行った。

既に次元収納に関しては喧嘩少年との試合で披露しているので、今更隠す事もない。

「それでは斎藤様、私も個人的に相手をしなければならない妖がいますので、周辺の妖退治の方はお任せします……」

「ええ、お任せください。この斎藤、精一杯期待に応えて見せますとも」

「ええ、宜しくお願いします……。では、私はこれで……」

「ん? おっと、大丈夫ですか?」

さすがに将来を期待されている陰陽師一家のお嬢様ともなると多忙を極めているようで、そう言って戸神黒子は立ち去ろうとするが、少し立ち上がった所で体から力が抜けたように膝をついてしまう。

立ち眩みだろうか……。

いや、それにしては顔色が悪いな。

というかこの感じ、どこかで見た事あるぞ。

えーっと、これはアレだ。

俺が会社で三連続で徹夜して、部下の宮川の失態を尻ぬぐいしていた時の症状に似ている。

簡単に言うと過労である。

「過労かな?」

「い、いえ。これくらいなんともありません。斎藤様のお手を煩わせる訳にはいきませんので、お気になさらず」

そういって彼女の肩を支える俺の手を退けようとするが、その手に籠っている力は余りに小さい。

確か彼女の実力は戦士レベル3だった頃の俺と互角のはずだ。

その地球人にしては圧倒的な実力を持つ戸神黒子の力が、まるで年相応の女の子のような見た目通りの力しか発揮できていない。

明らかに弱っているようだ。

さすがにここまで弱っているとなると、過労だけでは済まされないだろう。

力の使い過ぎか何かだろうか?

とりあえず回復魔法を試みる。

「仕事とはいえ、根を詰めすぎると妖怪退治どころではなくなりますよ。……痛いの痛いの飛んでいけぇ~」

「め、面目ありません。正直な話、治癒の異能は助かります。どうやらここ一週間で増えた妖を討滅するために、霊力を使い過ぎてしまったようです」

相変わらずセンスの無い呪文詠唱を終えると、多少ではあるが体力が回復したようだ。

しかし霊力の使い過ぎねぇ……。

俺には会った事もない妖怪の脅威なんて微塵も理解できていないが、それでも高校生くらいの女の子一人がここまでしないといけない理由なんてあるのだろうか。

もっとこう、高校生って自由に勉強して、部活して、遊んで青春を謳歌するものだろう。

戸神家という陰陽師一家に生を受けた以上、多少は厳しい修行や訓練で時間を持っていかれる事はあるかもしれないが、しかし何も命まで危険にさらす事はないと思うんだよね。

このままこの力無き少女が次の妖へと挑めば、想定している妖怪とやらが異世界での魔族や魔物のような危険性を持っていた場合、最悪の場合死に至る事だってあるはずだ。

正直、『命を大事に』が基本方針の臆病なおっさんとしては、このままこの少女を放っておきたくはない。

無理に彼女の抱えている問題に突っ込んで俺が死んでしまっては元も子もないが、幸い今の俺には異世界で手にした聖騎士の力が備わっている。

この非力な少女でも相手にできるような妖怪の、たかが一匹や二匹を俺が追加で相手にしたって、どうとでもなるだろう。

よし、実力的には大丈夫そうだし助けてやるか。

社畜として同じ経験を味わった事のあるおっさんの、ただの気まぐれってやつだ。

「ふむ。それなら俺が戸神さんの代わりにその妖怪とやらを相手にしますよ。恐らくその辺の雑魚よりは強力な個体なんですよね? ここは俺の力、借りたくありませんか?」

「…………宜しいのですか?」

俺らしくないニヒルな笑みで決め顔を作り、半ば強制的に協力を申し出る。

まあ彼女がどう断ろうが、既に俺の気まぐれは方向性を決めてしまっているため、方針を変える事はありえないんだけどな。

宜しいも宜しくないもなく、俺が決めた事を勝手に実行するだけだ。

「ははは、こういう時にこそ年長者の助けを借りるものなんですよ。社会を上手く渡っていくための秘訣です。処理しきれない仕事っていうのは、任せられる者に押し付けて生きるのが長生きするコツなんですよ」

俺はそれができないから社畜だった訳だが、それはそれ、これはこれだ。

何もこの少女にまで同じ道を歩ませる事は無いだろう。

すると突然、戸神黒子は笑いだした。

「ふ、ふふ、ふふふふ……。本当に斎藤様は面白い人ですね。サボるのが大切だなんて、そんな事を言う人には初めてお会いしました」

「はははははは」

「ふふふふふふ」

俺たちは何が可笑しいのか笑い合う。

どうやら彼女の緊張もだいぶほぐれたようだ。

あまり責任を感じてなんでもかんでも背負ってしまうと、どうしても無理をして失敗する。

人間このくらい適当に生きて余裕を持った方が人生上手くいくんだよ。

ミゼットではないが、人生の教訓その一、である。

「それで、俺はどこに向かえば?」

「ええ、それでは今からご案内いたします。相手は九尾の大妖怪の分け御霊、『玉藻御前』の娘である一尾の妖狐『紅葉もみじ』です。……一尾とはいえ相当の力を持っていますので、くれぐれもお気を付けください」

どうやら九尾の娘とかいう妖怪が相手だったようだ。

いや、どう考えても中ボスみたいな妖怪じゃんそれ。

そんな強敵相手にこの体調で挑もうとしていたのか?

大丈夫かこのお嬢さん、将来本当に過労死するんじゃないかと心配になる……。

一尾とはいえって言っているところを考慮すると、たぶん尻尾の数が増えれば増える程に九尾に近づき強くなるんだろうけど、それでも九尾そのものが大昔の陰陽師数十人で戦って、一時的に行動を阻害するのがやっとだった強敵だろ?

この状態で挑むとか、命を捨てに行くようなものだ。

……なんだか釈然としないが、まあようするにその一尾とやらをなんとかすればいいんだな。

よし、おっさん頑張っちゃうぞぉー。

戸神黒子に対し、一尾討滅にあたっての協力を半ば強引に約束させた俺は、今にも倒れそうだったお嬢さんを黒塗りの高級車に担ぎ込んで目的地へと向かった。

一尾がどんな妖怪かは知らないが、とりあえずまず戦うのは俺だけだ。

今のこの、力を使い果たし疲労困憊といった状態のお嬢さんを戦闘に参加させる気はない。

まあそうは言っても己の性分っていうのは人間中々変えられないもので、たぶん注意したところでこのお嬢さんは自分も戦おうとするだろう。

故にそうならないよう、なるべく迅速に妖怪をなんとかしなくてはならない。

頼りになるのは今まで培ってきた基本職で覚える事のできるスキルの力と、新たに加わった聖騎士の力。

そして今現在取得しようとしている新職業の力だ。

異世界の魔族戦で【戦士】と【神官】を融合させ誕生した複合職【聖騎士】だが、当然二つが一つになったという事は今俺のキャラクターが就いている職業は二つ、【聖騎士】と【錬金術師】だけだ。

故に職業枠にはあと一つの空きが生まれており、キャラクターメイキング画面のアプリを操作する事で、新たな力を得る事ができるようになった。

だが新戦力となる職業を目的地へと向かいながら色々調べてみたが、車の中でいくら画面と睨めっこしてもピンと来るものはない。

当然新しい職業に就いて基本スキルを自動で覚えれば今より強くはなるが、聖騎士の時のように複合職として昇華しそうな、緩い条件で転職の条件を満たす基本職が見当たらないのだ。

聖騎士は複合職として完成してしまっているので、必然的に錬金術師と相性の良い条件を探すわけだが、……これがまた錬金術師という職業はクセ者だった。

ただレベルを上げて融合させれば良かった聖騎士とは違い、錬金術師と合成させて生まれる複合職には、レベルだけでなく所持アイテムの有無や錬金経験の有無が影響するらしい。

キャラメイク画面の解説によると、錬金アイテムである体力回復ポーションと魔力回復ポーション、そして毒麻痺眠りに対となる解毒剤を用意し、暗殺者を融合素材にする事で複合職業【忍者】が生まれる。

当然ながらこれら全ては自力で錬金したものでなければ効果が無い。

何故かは分からない、それはアプリに聞いてくれ。

また超レア素材を集めて作られる賢者の石や、または超高位の魔導書の錬金経験があれば魔法系の職と融合させる事で、複合職【大魔導士】が生まれるようだ。

このように錬金術師はステップアップに経験やアイテムがモノを言う変わり種の職業なので、ただレベルを上げてはい融合、という訳にはいかないようなのである。

しかしせっかくレベルを上げたこの職業を今からリセットするには忍びないし、なんとか今後も活躍できそうな、尚且つ条件の緩い複合職の前提を探したところ唯一条件に引っかかるものを見つけた。

「……魂魄こんぱく使い、か」

「何か言いましたか、斎藤様?」

「いや、なんでもないです」

つい口に出してしまったが、魂魄使いという基本職業がレベル次第では錬金術師とそのまま融合できるらしい。

ただ肝心の転職先である複合職の方だが、これは名前からして地雷の予感がしてならなかった。

なんと魂魄使いと錬金術師を融合して生まれる複合職の名前は、【悪魔】なのである。

まあ確かに悪魔と言えば人間の魂などを使役したり、または自分の都合の良いように弄ったりと伝承や伝説には事欠かない。

あくまでも魂をアイテムと見做す悪魔のそれは、錬金術師との融合っぽいと言えばそれっぽいが、職業として認識していいのかこれは。

まさか【悪魔】に転職しただけで何かしらのペナルティが発生するとか、そんな仕様はないよな?

どうにも不安だ……。

しかし他に代案もないので、俺は若干引き気味になりつつも仕方なく魂魄使いを選択する事にした。

魂魄使いの初期スキルは『魔力強奪』というらしい。

どうやらこのスキルは相手に触れたり、または傷を負わせたりすると相手の持っている魔力を奪い取る事ができるようだ。

奪った魔力はそのまま自分の物にできるようなので、『聖剣招来』と組み合わせればダメージを与えれば与えるほど、無尽蔵に強くなる聖剣を作成できてしまう訳だ。

なんだこのスキル、あまりにも凶悪すぎるぞ。

まあ俺以外の異世界人はその仕様上職業を一つしか持てないため、本来この組み合わせが実現することは万に一つも無いし、そもそも魂魄使いに就くための修行方法も謎だ。

よしんば魂魄使いになったところで基礎パラメーターは低いわ、直接的な攻撃手段は無いわ、そもそも魔力を強奪させてくれる相手が居なければレベルが上がらないわで、大成する見込みが全くない。

それほどドマイナーな職業が俺にとっては強力な武器となり得るのも、ひとえに基本職業を無条件に取得でき三つも所持できるから、というところが大きいだろう。

だが、何はともあれこれで準備は整った。

あとは妖怪退治に挑んで問題を解決すればいいだけである。

「斎藤様、目的地が見えてきましたよ。あのほこらが九尾の分け御霊である一尾が封印されている場所です」

戸神黒子が指さすその先には、狐の石像の前にお稲荷さんが置かれまつられている祠があった。

ふむふむ、あそこがそうなのか……。

というか封印されているとは言うけど、俺には何にも感じないぞ。

妖怪と聞いて色々警戒していたが、異世界で魔族に出会った時のように違和感とか、瘴気っぽい何かとか、そういうのは一切感じられない。

むしろ祠の周囲に自然があり空気が美味しく感じられるくらいだ。

はて、どこにそんな強い妖怪がいるんだろうか?

全く以って謎だ。

「おかしいですね、ここにもいません。斎藤様の方はどうですか?」

「俺の方も見当たらないですね。全く以って、手がかり無しです」

「そうですか……」

え~、現在この地に赴いた者たち総出で、どこかに逃げたと思わしき一尾の妖怪、紅葉を捜索中。

戸神家のお嬢さんも黒服も俺も、みな森の中を駆けずり回ってその足取りを追っている所だ。

そもそもからして何故こうなったのかというと、この一尾が封印されているという祠にやってきたは良いが、既にその封印が破られとっくに妖怪が野に放たれていたというのが事の発端である。

封印が弱まっているのはお嬢さんも把握していたらしいのだが、まさか既に破られていたとは思いもしなかったらしい。

ここから先は戸神家の言い訳になるが、一尾というのは大妖怪である九尾の系列の中でも最も力が弱く、そこまで厳重に管理しなくともどうせ己の力で破ってはこれないだろうと、そう思ったのが失敗だったようだ。

もちろん九尾の影響で封印にガタが来る頃だから、ならばこちらから討滅に向かってしまおうという判断そのものは正しかったが、如何せん一足遅かったようである。

既に一尾の姿は何処にもなく、どこかに行ってしまったと考えるのが妥当だそうだ。

「まあ、いないものはいないんだし、一尾の事はまたあとで対策を練ればいいんじゃないですかね」

「そうですね、確かにこのままでは埒が明きません。一旦休憩にしましょう」

そう言って彼女は黒服に携帯椅子を用意してもらい休憩を取る。

おお、あの黒服プロだな。

自らが仕えるお嬢様が疲れて休む事を見越していただけでなく、座りたいタイミングで椅子をスッと差し出したぞ、スッと。

その動きには何の迷いもなく、実に見事だった。

他の黒服も負けじとお茶やお菓子を用意しているようで、彼女が何不自由なく休憩できるよう最善を尽くしている。

はぁ~、これが戸神家に仕える使用人のレベルか。

たぶんガルハート伯爵家よりも一人一人の質が良いんじゃないかな。

もちろん戦闘力面では異世界側が圧倒しているけど、こちらの方は気遣いの差が顕著に出ている。

「さてと、俺は俺でコンビニのおにぎりでも食べて休憩しますかね」

次元収納から取り出したおにぎりを手に取り、ビニールを剝いて口に運ぶ。

運ぶが、噛み応えが無い。

……あれ?

なんかおにぎり消えてるんだけど。

どしてどして?

辺りを見回すが、どこにもおにぎりを落とした形跡はない。

……良く分からないが、消えてしまったものは仕方がない。

もう一度次元収納からおにぎりを取り出し、今度は慎重に、それはもう慎重におにぎりを凝視しながら口に運ぶ。

すると────。

「(スッ……)」

「…………」

するとどうした事だろうか。

なんと何もない空間から穴が開き、小さな子供の手がおにぎりに伸びて俺の大切なツナマヨ(税込み120円)を強奪していくではないか。

そしてあろうことか、そのままおにぎりは穴へと引きずり込まれていく。

「ってバレバレじゃぼけぇ!!

「…………ぬぐぁぁっ!?

穴に引きずり込まれそうになったおにぎりを死守するため、俺は引っ込んでいく子供の手を握って逆に引きずりだした。

甘い、甘すぎるぞおにぎり泥棒。

貴様が誰かは知らんが、ツナマヨが欲しければ自分で買え!!

「このおにぎりは俺のだ! 人からごはんを取ったら泥棒! この言葉の重さが分かるか!?

「ぬぁぁぁっ! 後生じゃ、後生じゃからその食料を儂に分けてくれぃ! せっかく封印から出てきたのに、人間の町は変り果て森には動物も果実もない! このままでは餓死してしまう!」

……え、封印?

なんか今封印から出てきたって言わなかった?

引き摺り出した子供をよく見てみると、茶髪の髪の毛の上には狐耳がピョコンとはみ出ており、お尻にはもふもふの尻尾が力無く垂れていた。

まさかこいつは……。

「…………なっ!? 斎藤様、御下がりください! それは妖でございます! それも恐らく今回のターゲットとなる一尾の狐です! 結界術一の型、鉄牢!」

「あわ、あわわわわ……。お、陰陽師が、陰陽師がおるぅうううう!?

まさかとは思ったが、どうやら正真正銘の一尾の狐だったらしい。

ただなんというか、そんな結界術とか使わなくてもたぶんこいつ逃げる力も無いんじゃないかな。

食料となる生き物どころか果物も無く、見るからにこの辺りを彷徨って餓死寸前まで弱っているのが見てとれる。

そりゃあ力を取り戻したら何をするか分かったものじゃないけど、さすがにこの弱った子供の妖怪を力の限り叩き伏せるのはなんというかこう、……弱い物イジメのような気がしてならない。

というか、現に戸神お嬢さんが陰陽師と気づいた一尾は怯えてるし。

たぶん自分が封印された事でトラウマにでもなっているんだろう。

話を聞く限り一族の中で最も弱かったらしいからね、こいつ。

「はぁ……。なんだかなぁ……」

「斎藤様、早く御下がりください! 幼い女の子の姿をしていますが、その妖怪は尋常ではない強さと、そして人を欺く知恵を備えております!」

「いや、言ってる事は分かるんだけどね」

一応逃げないように掴んだ手を離さずにはいるが、妖怪の抵抗力を試すために一瞬だけ『魔力強奪』を行ったところ呆気なく成功した。

これ以上強奪したら死んじゃいそうだからしないけど、たぶんこの一尾とかいう妖怪、完全に力を取り戻したところで俺の敵じゃないと思うんだよね。

「後生じゃぁぁぁ! 後生じゃから殺さないでおくれぇ! 大昔に悪さをしたのは悪かった! あれは母様かかさまの力が怖くて、仕方なく命令に従っていただけなんじゃぁ!!

「こ、この女狐め! そうやって斎藤様の同情を誘おうとして……! 小賢しい!!

いや、うーん。

二人の言い分はとっても良く分かるというか、なんというか。

上司の権力が強く、命が惜しくて馬車馬のように働いていた社畜妖怪である一尾の言い分も分かるし、悪さをしてきたクセに今になって許してもらおうとか虫が良いという、戸神黒子の言い分も分かる。

さて、どうしたものか。

……あっ、そういえばあの手なんかどうだろうか。

「そうか、この地でこいつが許されないという事であれば、俺がこいつを弱っているうちに日本から追放すればいいんだ。そうだこれでいこう」

「どういう事ですか斎藤様?」

思いついたアイディアに戸神お嬢さんが食い付くが、要はこういう事だ。

俺がこのまま一尾を自宅まで連行し、日本での戦利品として次元収納にしまい込み、異世界に連れて行ってしまえばいいという事である。

そうすれば悪逆の限りを尽くす強大な上司である九尾からも逃げられるし、もう日本で悪さをする事も不可能。

仮にこいつが俺を欺くために嘘をつき何かを企んでいたとしても、既に頼りになる上司の九尾は別世界のどこか遠くの存在って訳だ。

完璧な作戦である、これで行こう。

問題は次元収納に生き物が入るかどうかだが、まあたぶん大丈夫だ。

だっておにぎりはいつまで経っても腐らなかったし、腐らなかったということは時間が止まっているという事でもある。

さらに時間が止まっているという事は、次元収納内部に危険が有っても無くても肉体に影響を及ぼすことは無いという事だ。

うむ、どこにも穴は無いな。

「まあ、ちょっとこちらの事情で特殊な封印、もとい追放の異能が自宅で使えるんですよ。それを執行しますので、ここは俺を信じて任せてもらえると助かります」

「で、ですが……」

「要はもう悪さができないようにすればいいんですよね? なら、これで問題はないはずです。もちろんそれまではこの俺が拘束を解かずに、衰弱させた状態のままにしておきますから」

戸神黒子はしばらく俺と一尾を見て考え込んだようだったが、いくらもがいても俺の手から逃げ出せない一尾を見て一言「分かりました」と呟いた。

ふむ、なんとか信用してもらえたようだ。

この借りはいずれ、他の雑魚妖怪を張り切って退治する事で埋めさせてもらうとしよう。

ひょんな事から衰弱した一尾を保護し異世界に追放する事になった俺は、とりあえずその日は解散という事で自宅に戻ってきた。

弱っているのに俺から逃げ出そうと……、いや、陰陽師である戸神黒子に恐れを抱き逃げ出そうとする一尾だったが、さすがに力を失い過ぎていたのかもがいているうちに疲れ果てて寝てしまっている。

黒塗りの高級車の中でスヤスヤと丸まって眠る一尾は、どう見てもただの子ども妖怪だ。

こいつがどんな悪さをいままでしてきたのかは戸神家のお嬢さんから聞いたが、やはりというか悪さの内容が小賢しく、そこまで悪行を働いたという印象は受けなかった。

曰く、幼い外見で相手を油断させ、人に近づく事で陰陽師などの妖怪を討滅する者たちの動向を探り、九尾への内通者として動いていた。

曰く、姿を消し隠れるのが上手く、よく食料や宝を盗む事であらゆる地で被害を出していた。

曰く、逃げ足が速く討滅するのが困難であった。

などなど、大雑把に言うとそんなところだ。

正直俺から言わせてもらうと、やっぱこいつ九尾に良い様に使われてただけなんじゃないか、という感想しかない。

なんというか大した悪さをしてないし、自分の力で陰陽師などの異能者と戦う力が無いから内通したり、生きるために他人の食料を漁ったり、見つかったら逃げたりと小賢しいことこの上ないな。

こいつの一つ上の姉である二尾なんかは、普通に人間と戦い殺して奪っての戦闘狂らしいので、たぶん末っ子の一尾だけが特別弱かったんだろう。

やっぱりあの時殺さなくて良かった。

まあ実際に万全の状態で戦えば、九尾の娘としての血が流れる妖怪である以上、同じく万全の状態である黒子といい勝負はできそうではあるが、俺にはこいつがそういう選択を取るとは思えない。

九尾一族の中で最も力が弱く戦いの危険性を理解しているこの一尾は、きっと俺と同じく『命を大事に』の方針で生きているはずだ。

そういう奴だからこそ戦える力があるのに戦わない。

人に紛れ生活した事で陰陽師がどれだけ脅威なのかも理解しているし、姉やその親である九尾すらも封じられる可能性を悟っていたこいつは、自分の力を『逃げる』、『隠れる』、『紛れる』に特化させた。

なんとも臆病な妖怪も居たものである。

余談だが、そんなしょうもない考察を車の中でする俺の横で、戸神黒子は今日の出来事を深く考えており、時折一尾をチラりと見ては溜息をつき、またチラりと見ては溜息をついていたりしていた。

たぶん妖怪退治を生業とするお嬢様である以上、大昔に悪さをしたと伝えられている大妖怪の娘に、この討滅のチャンスを逃がしていいのかを考えていたのだろう。

だがチラリと見れば気持ちよさそうに眠りこけているわ、またチラリと見ては鼻ちょうちんを出してニヤけているわで、討滅しなければという気がそがれているに違いない。

一尾の姉である妖怪や大妖怪である九尾なんかは残虐な性格らしいので、戸神お嬢さんも俺も手加減できないと思うが、こいつはちょっと特殊というか、例外だからなぁ……。

まあ、そう不安にならずとも俺がしっかり異世界へ送り付けるので心配はしないでほしいものだ。

そんな訳で自宅に戻ってきた俺は、さっそくこの一尾を次元収納すべくスマホを取り出した。

「おい、起きろ。収納するぞ」

「……んぁ。……やめてくだされ母様、紅葉に戦いは無理でするぅ。……むにゃ」

どうやら寝ぼけているらしい。

寝言の内容から察すると、九尾である玉藻御前の命令で戦いに出撃させられる夢のようだ。

社畜妖怪も大変だな、夢でもこき使われ働き詰めにされるとは。

まあぶっちゃけこいつが起きていようと、そうでなかろうと、次元収納する方針は変わらないのでこのまま収納してしまう事にした。

ちなみに収納はあっさりと成功した。

こう、スマホをかざして念じるとふわっと消えたよ、ふわっと。

「これで良し。さて、それじゃ本来期待されていた仕事の方にも着手しますかね」

前金として五百万も貰っているので、さすがに妖怪退治をしない訳にもいかない。

どこに妖怪がいるかなんて知らないけど、まあ適当にほっつき歩いたら出るだろう。

移動中の車内で聞いた話だと、霊力が高い人間に妖怪は吸い寄せられるっていうし、たぶん俺がぶらぶらしてるだけで向こうからやってくるはずだ。

俺に霊力があるかは不明だが、たぶん魔力と同じようなものだろう。

魔力なら異世界でのレベル上げによりかなりの容量を保有しているので、きっと大丈夫。

「そんじゃ。コンビニでおにぎりを再調達するついでに、町をほっつき歩きますかね」

俺は軽く肩を回しながらコンビニに向かいつつ、すっかり日も暮れてあたりが暗くなり人通りが少なくなった路地裏や、よく心霊スポットとして注目される墓場や廃病院などをメインにほっつき歩く。

そしたら出るわ出るわ、浮遊霊のような半透明の人型や人魂のような火の玉、明らかに怨霊と思わしき実体を持った女の子の霊などなど。

選り取り見取りである。

しかもこんなにうじゃうじゃ出てくるというのに、霊力もしくは魔力の無い人間にはこいつらが見えていないのか、妖怪が真横を通り過ぎても一般人はちょっと寒気がした仕草を見せるくらいで気づいた様子がない。

俺にはくっきりと見えているんだが、……これが霊感という奴だろうか。

どうやら俺はレベルが上がって霊感のパラメーターまで上昇してしまったらしい。

もちろんこの雑魚妖怪たちは明らかに人を害すような感じがするし、現にトラックを運転中の人間に憑りついて居眠り運転状態にしたりと、悪さばかりしている。

当然見かけた妖怪は全て討滅した。

ある時は聖剣でサクッと両断し、またある時は光弾で遠距離討滅。

実体があろうとなかろうとおかまいなしにスキルは奴らを消し飛ばし、そして同時に魂魄使いのスキルにより魔力を強奪していく。

いくら戦っても魔力が衰える気配がない。

まさに無限ループだ。

そうして三日程かけ、夕方や夜の時間帯を中心に町を徘徊し討滅して回ったところ、ようやく目につく妖怪は全て討滅する事ができた。