不吉の兆し
最近魔物が多い。
森へミゼットと共にレベル上げへと出かけている時にも思ったのだが、ホーンラビットなどの弱い種だけでなく、数段上位の強さを持つ巨大な暴れイノシシや怪鳥、強さはそれほどでもないが瘴気の影響を受けた魔物であるゴブリン等が、森の浅い場所にまで現れるようになってきた。
こちらはレベル上げが捗って大変助かるのだが、日々の生活に命を賭けている冒険者やこの町の住民、そしてこの町そのものを管理する伯爵にとってはそうではない。
町と隣接する森に異常があるならば大問題だ。
彼らからすれば森で何か異変が起きているのでは、と思うのが自然だろう。
当然、冒険者ギルドに所属する斥候職冒険者の調査や、伯爵家が持つ騎士たちによる町の警備強化などは進められているが、状況は芳しくないらしい。
そうなれば徐々に周囲へと不安は広がっていき、ギルドや伯爵家は本腰を入れて調査に乗り出す事になった。
その結果分かったのが、どうやら近いうちに魔物の大暴走、つまりはスタンピードが起こるらしいという事だ。
また、森の深部にはワイバーン等の人間にとっては超脅威となる大型の個体がいるため、よほど優れた高位冒険者でないと近づく事すらできない。
よってなぜ今回スタンピードが起こるのかという、肝心の原因の方は分からないが、ただ森では深部から漏れ出してきた個体がチラホラと見かけられるため、どうやら奥の方で何か異変が起きて町の方角へと魔物が逃げ出してきている、という事までは分かった。
なので今回のスタンピードも、そういった事情から「もしかしたら起こるかも」という推測の域をでない。
だが推測できる以上、準備をして構えるのが責任者の務めだ。
現在森への侵入は一旦禁止令が出され、Cランク以上の中級冒険者からでないと踏み入れる事すら許可されない事態になっている。
「という訳だミゼット。私は冒険者ギルドへと作戦会議に出向くが、くれぐれも狩りには出掛けるな。町へ出かけるのも禁止だ。分かったな?」
「分かりましたお父様」
ガレリア・ガルハート伯爵はそう娘に言い聞かせ、忙しそうに出かけていく。
どうやら娘想いの父は、いつ魔物のスタンピードが起きても守れるよう、娘を町で一番防御の堅いこの伯爵家にしばらく幽閉するつもりらしい。
俺が父親でもそうするだろう、賢明な判断だ。
しかし肝心の暴走幼女の方はこの程度で止まるだろうか。
俺はその事が気がかりで仕方がない。
チラリとミゼットの方を横目で確認すると、……なんとこの幼女は笑っていた。
「ねえケンジ」
「なんでしょうかミゼットお嬢様」
声を掛けられた。
嫌な予感しかしない。
「あなた、この前森でウォークライボアを狩ったわよね?」
「狩りましたね」
「その後も、森の深部から逃げ出してきたと話題の怪鳥、ホークレイも倒したわよね?」
「……倒しましたね」
質問に答えると、ミゼットはクスクスと嬉しそうに笑う。
ちなみにウォークライボアというのは通称暴れイノシシの事で、怪鳥ホークレイと同じく普段は森の深部にいる強力な野生動物、もとい魔物だ。
どちらも最近の狩りで出現し襲い掛かってきたため、俺が魔法とスキルを駆使してなんとか倒している。
普通にこれらの魔物をソロで倒そうとすれば、前衛にしろ後衛にしろ職業レベル20以上は必要なんじゃないだろうか。
俺の場合は職業を三つ重ね掛けしているため、現在のレベルである9でも既に三倍であるレベル27くらいのパラメーター補正がある。
まあ三つ全てを近接職である戦士とか、後衛職である魔法使いにした訳ではないので、純粋なレベル27よりも能力値が平均的でどっちつかずな訳だが、それでも補正は相当なものだ。
故にソロでこれらの魔物を退治できた訳だが、……それがいったいどうしたというのだろうか。
いや、むしろ何を企んでいるのか聞きたくない。
もう異世界に隠居して二か月近くになるが、だんだんとミゼットの性格が読めてきた。
これは絶対、ロクなことじゃない。
「私は思うのよ、力があるのに何もしないのは罪な事だってね。ケンジと私が力を合わせれば、スタンピードの問題だって解決できるかもしれないわ」
「いや、無理です」
ほらきたぁああああ!
そうやってすぐ俺を巻き込もうとする!
そもそも俺は斥候職じゃないから調査とか無理だよ。
というか安易に命かけすぎだろ、もっと命を大事にしてくれよ暴走幼女。
くっそー、教訓その四に「慎重になるべし」とか追加しておくべきだった。
「無理じゃないわ。既にケンジは模擬戦で家の騎士に勝っているじゃない」
「あれはまだ若い騎士の方だったので、経験不足からたまたま私の姿に油断してしまったのでしょう。本気で戦えば、どちらが勝っていたかは分かりませんよ」
「いいえ、それは嘘ね。私にはあの騎士が本気で戦っているように見えたわ」
実はミゼットの言っている事は正しい。
戦ったのは伯爵家の騎士の中でも強い部類ではなかったが、かといって弱い部類でもなかった。
お互いに全力を尽くした結果、戦士の身体能力と光弾スキルや回復魔法を駆使する俺に彼は敗れてしまったのだ。
ミゼットは無駄に頭が良く目利きができる上に、相手の本質を見極める力が高いようなので誤魔化すのが実に困難である。
「それに私だって強くなったわ。お父様が用意してくれた鑑定の魔法具では剣士の職業も手に入れていたし、そのおかげで剣の扱いがとても上手になった。まだまだ成功率は低いけど、回復魔法だって成功する事があるわ」
「左様ですか」
既にミゼットの視線は俺へと完全にロックオンされており、口元に笑みを浮かべながら自信満々に語り出す。
どうやらもう俺を逃がす気は無いらしい。
「だから私はもう立派な冒険者なの。その冒険者の私とケンジがこのまま手をこまねいて見ているなんて、この世界を創造した神様、……えーっと、名もなき創造神様に顔向けできないわ! そう思わない?」
いえ、思いませんが。
その世界を創ったとかいう創造神は目の前にいますよ。
ええ、私ですとも。
しかしそんな真実がこの局面において通用するはずもなく、幼女は意気揚々と旅支度を進めてしまった。
護衛は一応門を警戒して目を光らせているようだが、普段から屋敷の者の目を盗み勝手な行動をする暴走幼女の前では、いともたやすく膝を屈する事になるだろう。
主に警戒面という点において。
俺はそんな暴走幼女ミゼットを見つめながら、……まあ、今すぐにスタンピードが起こる訳でもないし、今日だけは気が済むまで冒険させ、帰ったらこってり伯爵に叱ってもらおうと思うのであった。
……ちなみに、主に叱られるのは八歳のミゼットではなく、その付き人である俺であるのは言うまでもない。
◇
貴族の服から冒険者の装いへと着替え、すぐに旅支度を終えたミゼットは腰に子供用の剣を提げて屋敷を出立した。
やはり屋敷の構造を知り尽くしたこの幼女にとっては門兵の警戒など無に等しいらしく、なんでもないかのようにあっさりと別口から抜け出している。
伯爵もまさかここまでミゼットに行動力があるとは思っておらず、屋敷の出入り口は警戒してもミゼット本人を警戒するための人員を割いていないのが、今回の敗因だろう。
まあそもそも、今は伯爵家と冒険者ギルドで様々な協議が行われており、戦える人員の多くは森の調査や伯爵の警護、その他多くの者も己に与えられた仕事を全うすべく忙しく動いている。
たぶん嫡男でもない幼女一人のために人員を割くほど余裕がない、というのが現状だ。
そしてついに町すらも飛び出し、森へとやってきたミゼットはぐんぐんと奥へ進んでいく。
奥へ行くにつれて魔物も強くなるため、飛び出てくる魔物はミゼットには荷が重い。
既に一対一でも対応するのが困難になってきたため、基本的には俺が戦い倒していく。
森の奥へ進んでいるとはいえまだまだ浅いところなので、今のキャラクターレベルからすればこの程度の事は造作もない。
まさに無双である。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……。ケ、ケンジ、ちょっと休憩!」
「お屋敷に帰りますか?」
「まだよ! まだ何の手がかりも掴めていないわ。ただちょっと、魔物が強いから休むの」
一応ミゼットの手に負えなさそうな全ての魔物は俺が処理していたが、ミゼット本人にとっては弱い魔物であっても相当キツかったようだ。
いくら職業剣士を取得し日々訓練を重ねているとはいえ、この幼女はまだ八歳だ。
レベルが低く職業によるパラメーター補正も小さいだろうし、まだまだ狩りを続けるには肉体の成長が足りないのだろう。
とはいえここは異世界であり、いくら幼くともレベルがそれを補う程に高ければ話は変わってくるんだけどな。
十歳に設定した子供の俺が、騎士に打ち勝ち大人の冒険者でも苦労する魔物をなぎ倒しているように、職業レベルを極めんとする者はだんだんと常識が通用しなくなってくる。
まだ三職業の合計値が27である俺ですらこれなのだ。いずれ様子を見に行こうと思っているこの世界の【勇者】やその他上位職がどれ程の化け物であるかは、もはや想像すらもできない。
「よし、休憩終わり。もっと奥に行くわよ! 今日中にスタンピードの原因を掴んでやるんだから」
「しかし、ここから奥にいけばさらに魔物は強くなりますよ?」
「大丈夫よ。だってどんな敵が相手でも、ケンジは負けないもの」
ミゼットからの厚い信頼が謎だ。
いったい俺のどこをどうとったら負けないという発想になるのだろうか。
こちとら冒険初日にワイバーンに食われた創造神様だぞ。
何度でも復活するこのキャラは無敵ではあっても、今のところはまだ最強ではない。
俺が負けなくたって、ミゼットを守り切れず戦闘不能になってしまったら意味がないのだ。
キャラクターの修復にだって多少時間がかかるからな。
「……くれぐれも、無茶はしないでくださいね」
「私が無茶をしたらケンジが絶対に守ってくれるから、それも大丈夫よ」
守れる保証はどこにもない。
そう言いたいのは山々だが、俺の力を信じ切っている彼女に真実を告げるのを
今のミゼットにいくら言い聞かせたところで、彼女は聞く耳を持たないだろう。
きっと笑い飛ばすはずだ。
そんな多少の不安が頭を過りつつも、まあいざとなったら戦士スキルの挑発を連発して魔物の注意を引き付けておけば、ミゼットが逃げるくらいの時間は稼げそうだと思い直した。
今の実力ならワイバーン相手に一撃でパクリと食われることもないだろうし、しょせん相手は知恵無き獣だ。
その気になれば、野生動物相手にやりようはいくらでもある。
その後はミゼットと共にぐんぐんと森の奥へ奥へと進んでいき、徐々に強くなっていく魔物を倒しに倒しまくり、良質な戦闘経験を得た事でレベルがまた一つ上昇したところで洞窟のような場所を見つけた。
「あれは何かしら?」
「さあ、洞窟ですかね」
「うーん……」
ミゼットは腕を組み唸る。
きっとこの洞窟が怪しいんじゃないかとか、そういう事を考えているのだろう。
なぜそう思うのか。
それは今現在、俺も同じ事を考えているからだ。
創造神としての力なのか、はたまた本能なのかは怪しいところだが、あの洞窟からは瘴気に似たエネルギーを感じる。
ゴブリンを初めて見た時も感じたのだが、どうやらこの身体は魔神の影響によって起きた深刻なエラー、つまりはマナの不正利用への拒絶反応のような物がある。
俺が特に意識しなくとも、そこに瘴気があれば自然と違和感を覚えてしまうのだ。
たぶんこんな違和感を覚えるのは創造神である俺や、その加護を強く受けた龍神などの亜神や勇者クラスの人間だけだろうけど。
「あの洞窟、怪しいわ」
「いえいえ、怪しくないですよ」
「いいえ、どう考えても怪しいわ! 調査よ!」
これだけ濃い瘴気があるという事は、それすなわち洞窟に発生源となる何かがあるか、もしくは何かがいるという事である。
だからこそ危険を感知してミゼットを止めようとするのだが、瘴気を感じなくとも明らかに怪しい人工的な洞窟に好奇心を刺激された幼女は、そのまま駆け込んでいってしまった。
……まあこうなるだろうとは思っていたが、なってしまったものは仕方ない。
せめて俺が先行して探索し、なるべくミゼットに危険が生まれないよう守ってあげるとしよう。
洞窟へ駈け込もうとするミゼットを追い越し手で制した俺は、そのまま自分の背に彼女を隠しながら一本道を進んでいくのであった。