ミゼットの冒険
ギルド長の案で連れてこられた伯爵家で、クレイ・ガルハートを治療してから数日が経つ。
俺は伯爵家の嫡男であるクレイを治療した功績により、その翌日からガルハート伯爵家にお世話になる事になった。
それも表向きにはクレイやミゼットたちと同様、伯爵家の一員として。
主な筋書きとしては元伯爵であるウィルソン・ガルハートが貴族として素養のある子供を養子にと引き取り、クレイのように家督を継ぐための継承権こそ無いにしろ、将来的にはそのクレイの右腕となれるよう騎士爵を与え鍛えるという事になっている。
騎士爵というのは世襲性の無い一番下位の貴族位の事だ。
ここ数日で色々と詳しい話を伯爵やギルド長から聞いたが、どうやらこの国では上位貴族である伯爵家には貴族位を与える権限があるらしい。
これがもう一つ上の位である侯爵とかになると、子爵や男爵といったワンランク上の貴族位まで認める事ができるらしく、権限も広がるようだ。
ちなみに先ほど表向きにはと言ったが、そういったからには勿論裏向きの話もある。
「ほらケンジ、今日はお兄様を連れて冒険者ギルドに行くわよ。そこで強そうな冒険者を仲間にして、魔物を狩るの! そうやってお父様やお爺様をビックリさせてあげるんだから!」
「ダメですよお嬢様、まだお勉強が終わっていません。それと町へは使用人を連れて行かないと危険があるので、勝手に出歩かないようにと奥様から仰せつかっています」
「使用人はあなたじゃない、何の問題があるの?」
そう、使用人である。
あくまでも養子として引き取られたという表向きの話は、神官でもないのに回復魔法が使える俺の存在を教会から守るために、ギルド長であるウィルソンがでっちあげた嘘だ。
いや、実際に俺の名前をケンジ・ガルハートとして国に登録し、名乗る事ができるようにしたようなので完全な嘘ではないが、実際はこうしてミゼットのお守りをする付き人らしい。
ただ当然身分は保証されるし、そればかりか使用人としての給料の代わりに、買いたい物があれば伯爵や伯爵夫人がお小遣いをくれたりするので、居心地はそんなに悪くはない。
仕事内容はともかく、俺に対しても愛情はそれなりに注がれているらしい事が分かった。
またお小遣いの他にも俺個人の資産として、高位冒険者であるガイの治療をした正規の報酬が王国の金貨で十枚分支払われている。
正式なレートが分かる訳ではないが、だいたい地球の物価で言うと銀貨一枚で千円から二千円、金貨一枚で十万円くらいだ。
ガイの治療で受け取ったのが金貨十枚なので、俺は一度の回復魔法で百万円近くを得た事になる。
物凄いボロい商売だ。
教会が自分たちの利益を守るために神官を囲い込むのにも納得した。
まあ、そんな訳で俺はこのガルハート伯爵家のお世話になり、日々ミゼットの無茶ぶりに振り回されながら、あの手この手で軌道修正をかけているところである。
とはいえ今日のミゼットは何故か冒険者ギルドに拘っているらしく、中々引き下がってくれない。
困ったぞ。
「ふふふ、さすがのケンジもこうなったミゼットにはお手上げのようね? あなたが我が家に来てからというもの、娘もケンジに嫌われたくないから勉強を真面目にこなしてたけど、そろそろ元気が抑えきれなくなったようだわ」
「そうだね。確かに妹がこんなに長く大人しくしていたなんて、昔のミゼットからしたら考えられない事だよ」
そう言って伯爵夫人とクレイは談笑する。
というか、これですら今まで大人しかった部類なのか!?
馬鹿な、この幼女の行動力は化け物か!
ちなみにミゼットの勉強内容は国語と算数だ。
クレイはその他にも伯爵家嫡男としての教養のため、地理や歴史、そして魔法なんかを習っているようだけど、まだ八歳くらいのミゼットは時期尚早ということでここら辺は先送りになっている。
というより、今までのミゼットに勉強へのやる気がなく、知識面での教養を全く鍛えてこなかったので後れを取り戻しているといった方が正しい。
だが悲しきかな、ミゼットは勉強へのやる気は皆無だが頭の出来はかなり良いらしく、ここ数日で一気に後れを取り戻してしまった。
今回もその事に気を良くした両親が彼女に甘くなり、たまには遊ばせてもいいかと思い提案した事が発端になっている。
両親からのゴーサインを得た彼女は、冒険がしたくてたまらないらしい。
「そうよ。ここしばらくずっとお勉強ばかりだったから、久しぶりに遊びたいの。ケンジの教え方はとても分かりやすいけど、いつまでも修行をサボっていたら立派な騎士にはなれないわ! 私は将来、この国で最強の聖騎士を目指すんだから、こうして勉強ばかりしている暇はないの」
というのが将来への妄想を膨らませる幼女の弁である。
聖騎士というのは戦士系の近接戦闘技能と神官系の回復魔法を会得した複合職であり、この国ではエリート中のエリートとも言える超優待職らしい。
ちなみにキャラメイクで【聖騎士】を作るためには、職業戦士でなくとも剣士でも闘士でも何でもいいから近接戦闘職をマスターし、同様に神官系の回復職をマスターすれば選択可能と出ていた。
珍しく複合職にしては選択するための条件が緩かったので、俺も一応それを視野に入れて今の職を選んでいたのでたまたま条件を覚えている感じだ。
しかし職業が一つしか選べないこの惑星の人が実際に聖騎士になるためには、恐らく神官かもしくは戦士の職業を取得し、もう片方の職業を職業補正無しの自力で鍛えなければいけないため、本来はもの凄くハードルが高いのだろう。
そんなエリート職につこうとするミゼットの心意気は買うが、だからといってそれが実現可能かと言われると、また別問題である。
「お嬢様、聖騎士になろうにも回復魔法はそう簡単に覚える機会がないですよ? 多くの神官や、それに準じた技能を持つ職の人は教会に囲われていたり、または別の理由でコンタクトが取れなかったりしますし」
そう、ネックになるのはここだ。
治癒の筆頭と目される回復魔法を覚える職業は教会から中々出てこないし、野良の神官を捕まえるのもそれはそれで大変。
それと回復魔法とは別の回復手段を持つ希少職や複合職なんかも、また教えを乞うためにコネを作るのが難しいだろう。
聖騎士が選ばれた者にしかなれない理由の一端が、ここにある。
しかしミゼットはそれを聞いても何ら動じた様子は見せず、言い返した。
「大丈夫よ、回復魔法ならケンジが教えてくれるわ」
「えっ」
「ケンジが魔法を教えてくれる以上、あと私に足りないのは強さだけなの! だから今日からは鍛えて鍛えて鍛えまくるわ。それじゃ、冒険者ギルドに行くわよ!」
そう言ってミゼットは駆け出し、護衛として数人の使用人が彼女に付き従っていった。
あれ?
いや、そういう事?
もしかしてこの元気な幼女の人生計画では、俺という存在は道連れにする事が確定しているの?
えぇ~……。
「まあ、俺もそろそろレベル上げをしようとしてたし、好都合か」
走り去るミゼットを追いながら、俺は呟く。
ここ数日でだいぶ身分は安定したので、実はどこかでレベル上げの機会を伺っていたのも事実だ。
幸いミゼットについていった伯爵家の護衛は質がよく、鑑定で見ても「逃げろ!」とか「命が惜しくないのか?」とかいうヤバイ文章が出てくるので、そこら辺のモンスターを相手に後れを取る事はないだろう。
これなら俺も、安心してレベル上げができるというものだ。
◇
暴走幼女が自らの更なる躍進を求めて、冒険者ギルドにやってきた。
幼女と少年が護衛を引き連れてギルドに入室したことで、周りからはかなり奇異の視線を向けられている。
ある者は冒険者に依頼をしに来たのかと訝しみ、またある者は貴族の護衛の強さを感じ取り興味を持つ。
しかしそのどれもが常識的な反応で、暴走幼女ミゼット自身が共に戦う仲間をスカウトしに来たなどとは夢にも思っていないだろう。
かくいう目の前の冒険者もその事実に困惑しているようだ。
「ねぇ、あなた強そうね! その鋼鉄の装備と筋肉に覆われ鍛え抜かれた巨躯、私の仲間になるに相応しいわ! 一緒に魔物討伐にいかない?」
「あぁ? 何だおま……、え、幼女?」
うん、当然そうなるよな。
相手は恐らく、今までそこそこの活躍をしてきた冒険者なのだろう。
その動きの所作や手入れの行き届いた装備で、歴戦の戦士であることが容易に窺える。
そんな男に新人が身の程を弁えずチームの募集をかけたとなれば、一言説教でもして冒険者の流儀っていうやつを教えてやろうと思うのだろうが、残念ながら振り返った場所で仁王立ちしていたのは幼女だ。
冒険者の男からしてみれば、何が何だか訳が分からないだろう。
子供のイタズラにしては自身満々だし、なぜか後ろでは目つきの悪い伯爵家の使用人兼私兵の護衛が威圧している。
状況は理解できないが、男からすれば貴族の私兵に喧嘩を売るなんて事になれば踏んだり蹴ったりだ。
結局彼は仁王立ちする謎の幼女からは視線を逸らし、まるで今のやり取りは最初から無かったかのように無言で立ち去り、自分に余計な火の粉が飛び火しないうちに退散していった。
……ちなみにこれ、今日冒険者ギルドに来てから三度目の募集の出来事である。
「もう、なんなのよ! 皆だれもかれもが私を無視するわ。やっぱりもっと強そうな護衛じゃないと、舐められてしまうのかしら?」
「そういう問題じゃないと思いますけどね」
「そうかしら?」
そうだよ。
むしろこの護衛より強い人間を連れて来たら、もうメンバーを募集する必要がないよ。
というか森の浅いところでホーンラビットを狩るだけなら、この護衛は過剰戦力だよ。
そんな事をつらつらと思い浮かべるが、たぶんミゼットには理解できないだろう。
ミゼット自身の才能には光る物があるが、いくらこの幼女でもレベル3の俺より弱いうちから鑑定も無しに護衛の力を推し量る事はできまい。
たぶん今連れている護衛なんて、見た目が屈強な冒険者たちに比べたら取るに足らない戦力だと思っているはずだ。
子ども故の短慮というやつである。
だがこれで冒険者が忙しい身である事は分かっただろうし、いくらミゼットでも仲間も無しに狩りを行うなんて愚行はしないと思う。
予定が狂ってしまったし今日のところは諦めて屋敷に帰るだろうと、目の前で思案気な顔をして唸る幼女を見てそんな事を思ったのだが、……どうやら俺の考えはまだまだ甘かったらしい。
「今度からもっと強い護衛を連れてくるとして、今日のところは仲間が集まらなくても仕方ないわ。……それじゃ、二人で魔物を退治しにいくわよ! ついてきなさいケンジ!」
えぇ!? そこは普通、戦力不足を感じて引き返すところだろう!?
なんで戦力不足を理解しながら当初の計画通りに、まるで何事もなかったかのように狩りへ出かけるんだ?
ミゼットの思考は臆病なおっさんにとって理解し難く奇天烈怪奇だが、しかし問答無用で走り去っていく幼女をこのまま見送る訳にもいかないので、仕方なく後を追従する。
別に俺はいくら戦闘不能になってもリトライできるから狩りに抵抗はないが、この世界の人間であるミゼットの命は一つしかない。
よくこんな無茶ができるなぁ。
まあいざとなったら護衛がなんとかしてくれると思うし、ミゼットの命さえ守ってくれれば俺の事は放置でいいので、レベル上げをしに行く事は賛成なんだけどね。
ただその思考に至るまでの過程に理解が追い付いていないというだけであって。
そして全力で町の外へ向かう幼女は、門を守護する兵士の制止を振り切り森へと向かう。
途中で護衛が一人兵士に事情を説明し銀貨を握らせている所を見たので、たぶん帰り際に何かあったらすぐに対応してくれという合図だろう。
ミゼット一人の為に色んな人が巻き込まれていくな。
まあ、この暴走幼女らしいといえばらしいけど。
「ケンジ、きっとあれが敵よ」
「ふむふむ」
森へと辿り着くとミゼットはさっそくホーンラビットを発見し、子ども用の短剣を抜き構える。
この森は確か、俺がはじめて【ストーリーモード】を始めた時にワイバーンに襲われた森だな。
あの時のように深い場所での探索ではないのでワイバーンは出ないだろうけど、一度自分の頭を食われた場所だと思うと感慨深いものがある。
なんかこう、俺は戻ってきた、みたいな感じがして。
ちなみに先ほどからミゼットが言っている魔物というのは、ホーンラビットのような人間を襲う全ての動物に当てはまるらしい。
この惑星の人間には魔物と魔族の区別がついていないらしく、創造神のマナを狙って瘴気を生み出すのが魔神や魔王といった存在であるという事実は認識されていないようだ。
もしかしたら一部の人間、例えば魔王と戦った勇者や、龍神などの高位生命体から事情を聴いた人間なんかは知っているかもしれないが、ごくごく少数だろう。
一般人にとっては強い人型の魔物が魔族で、弱いのが魔物という程度でしかない。
ちなみに人間種が魔族に対しての知識が乏しいという情報は、クレイ少年が勉強していた王国の歴史から学んだ。
だいぶ話が脱線したが、ようするにただの動物であるホーンラビットもミゼットにとっては歴とした敵であり、彼女にとっては命を賭けた闘いなのである。
ミゼットとホーンラビットは睨み合う。
「…………ッ!」
「……! ……!」
お互いに実力が拮抗しているのか、睨み合ったまま動けずにいる。
それでも無理やり攻勢に出ようとしてピクリと動けば、ウサギもピクリと動く。
まさに一進一退の攻防だ。
しかしレベル上げをしに来た俺からすればただ見ていても暇なので、緊張感漂わせるウサギ戦は護衛の人たちに任せて、こちらはこちらで勝手に狩りをする事にした。
何もミゼットから獲物を横取りしなくても、俺の敵は目の前にいるウサギだけではない。
例えばこう、後ろからミゼットを狙う別の野生動物とかが主な狩場なのだ。
◇
伯爵家の屋敷で借り受けた短剣を振るい、森のホーンラビットやその他の野生動物たちを次々に仕留めていく。
「ピギーッ!?」
「ピョゲェエエ!」
「ピギィイイ!?」
一匹狩ればその声につられて臆病な動物が反応し、動き出した気配からわらわらと芋づる式に獲物が見つかる。
臆病ではない好戦的なホーンラビットなんかも、目の前で狩られていく仲間や魔物を見て次第に逃げ出そうとするが、あいにく職業を三つ持っている俺の身体能力からは逃れられない。
もう既に何匹もの魔物が俺の前に屈し、その命を散らしていた。
そして未だ後方でウサギとにらめっこをしているミゼットを余所に、黙々とレベル上げを進めていると、ついにスマホが振動する。
アプリがキャラクターのレベルアップを知らせてくれたらしい。
ポケットからこそこそとスマホを取り出し、キャラクターのステータスを確認する。
【レベルアップ!】
『戦士』がレベル4になり、挑発スキルを覚えました。
『神官』がレベル4になり、光弾スキルを覚えました。
『錬金術師』がレベル4になり、錬金術スキルを覚えました。
怒涛のレベルアップにより、新しいスキルを三つ取得した。
スキルを使おうと意識すると、どういう効果があるのかなんとなく分かる。
挑発は大声に魔力を乗せて生き物の注目を集め、意識をこちらに向けるスキル。
次に、光弾は闇属性の魔力を持つ生き物や魔法に対して超特効を持つエネルギー弾のようだ。
試しにその辺のホーンラビットの死体に向けて放ってみたところ、頭に焼け焦げた穴が開いた。
どうやら爆発力はないが貫通力のある、一点突破攻撃らしい。
そして最後に、錬金術スキルは道具に魔力を通して物体の形状を変化させたり、合成したりすることができるようになるスキルらしいが、錬金に関しては今のところ特に出番はないだろう。
俺はレベルアップによって上昇した身体能力やスキルを確認し、ひとまずの成果を得た事からニヤつく口元を押さえて狩りを中断した。
さて、ミゼットお嬢様の方はどうなったかなっと……。
「ふっ、私の勝ちね。なかなか手ごわい相手だったわ」
「おお、お見事ですミゼットお嬢様。初めての戦いで魔物に勝つとは……」
俺の言葉につられてミゼットがふふんと胸を逸らすと、タイミングを見計らったように護衛がぱちぱちと拍手する。
いや、でもこれは自慢するだけあるな。
ただのホーンラビットといえば弱そうに聞こえるが、まだ八歳の幼女であるミゼットには職業がないだろうし、当然その恩恵も得られない。
その上体格も幼女そのものなので、運動能力はかなり
それなのに自力で魔物に勝利するとは、中々どうして見どころがある。
だが完勝とまではいかなかったのか、ところどころに擦り傷や切り傷があるようだ。
傷の形状からしてウサギの角にやられたものではないようだから、たぶん攻撃を避けるために飛んだり跳ねたりコケたりしているうちに、徐々にダメージを負っていったのだろう。
本人は気にしていないようだが、このまま傷を放置しておくと護衛の人たちから威圧が飛ばされそうなので、初戦を勝ち抜いたご褒美も兼ねて回復してあげることにした。
「わぁ、傷が治っていくわ。これが回復魔法……」
「ちょうどいいですし、いずれ聖騎士を目指すのであれば私の使う回復魔法をよく見ておいた方がいいですよ」
見ておいた方がいいですよとは言うが、果たして見て覚えられるものかどうかは全くの不明だ。
なにせこの魔法はキャラクターメイキングの時に自動取得した力なので、どういう原理でどう鍛えたら覚えられるのかとか、そういう事は一切知らない。
ただなんとなく、見ないよりも見た方が経験になりそうだから言ってみただけである。
「当然よ。それに今のでなんとなくやり方は分かったわ。お兄様の魔法の練習を覗き見していた時に魔力の操作は覚えたから、魔法発動の基本はできているはずよ。回復魔法に通用するかは分からないけど、あとは練習あるのみ! もういいわよケンジ、後は家に帰って自分で試してみるから」
いやいやいや、そんな簡単に覚えられるわけがないだろう。
ははは、こやつめ。
さてはおっさんをからかっておるな?
だがそう思う俺を無視して、ミゼットはどうやればできそうだとか、ああやればいいんじゃないかとか、一人で自問自答を繰り返す。
ふっ、若いうちは根拠のない自信に振り回され、自分は何でもできると思い込むものだ。
おじさんの若い頃を思い出すよ。
どれどれ、そんなに魔法が習得できそうだというなら、レベルが上がった事で性能も僅かに改善されたであろう鑑定さんの
得意分野くらいはいつも通り鑑定できるはずだ。
【ミゼット・ガルハート】
もう少しで回復魔法を覚えそう。
魔法と戦いの才能がある。
かなり弱い。
「ブフォッ!?」
「ちょ、何よケンジ! いきなり吹き出すなんて汚いじゃない!」
「ゲホッ、ゲホッ」
え、おいマジかよ!
嘘だろ幼女、嘘だと言ってくれ!
なんでもう回復魔法覚えそうなんだよ、おかしいだろ!
鑑定がひらがな表記から漢字表記になった感動も吹っ飛ぶくらい動揺する。
まだ職業の取得には成功していないようだけど、戦いの才能も一緒にあるみたいだから、もしかしたらあと何日か狩りに出たらそれすらも取得しそうな勢いだ。
これが人としての才能の違いというやつなのだろうか。
人間を作りたもうた神は何て不公平なんだ、おっさんは悲しいよ。
作ったのは俺だが。
「ど、どどど、どうやらそのようですね。回復魔法のコツをお嬢様は体得しかけているご様子。ほんの小さな傷はそのまま残しておいて、自宅で回復魔法の練習に使うといいでしょう」
動揺しすぎて思考と呂律の回らない俺はなんとか平静さを保とうとし、そのまま真実を口走る。
だがこれがまたいけなかったようで、ミゼットは訝し気にこちらを睨み、口を尖らせた。
「あら、どうして私が覚えそうだって分かるの?」
「勘です」
「……勘なの?」
「勘ですね」
「本当にそうかしら。……まあいいわ、今日は私の初挑戦が実った日よ。この魔物を冒険者ギルドに持っていて、お爺様を驚かせてあげるんだから!」
明らかに訝しみ納得していないようだったが、どうやらそんな事よりもウサギに勝利した事が嬉しいらしく、獲物を護衛に預けたミゼットはルンルン気分で町へと引き返していった。
◇
元気のありあまる暴走幼女が初めての魔物討伐を終えて以降、ミゼットは自分の力でも魔物を倒せるという実感と、誰の手も借りずに魔物を倒せたという成果を祖父のギルド長や両親、そして兄に褒め称えられますます機嫌を良くした。
自分が魔物を倒せば家族が喜び自分が愛されると、一連の狩り行動をそう紐づけ味をしめたミゼットはその後も毎日のように俺を供に森へと向かい、冒険者顔負けの勢いで狩りを続けていく。
実際にもうミゼットは低ランクの冒険者顔負けだ。
回復魔法の使い手という希少性を考慮されて渡された冒険者ギルドのギルド証、つまりは俺の持つCランクのギルド証に対抗して、つい最近Fランクとして冒険者ギルドに登録したミゼットはいち早くおっさんに追いつこうと、必死でFランクの魔物納品依頼をこなしている。
そのために当然日々の訓練は欠かしていないようで、その成果もあってか回復魔法は実を結び始めているし、足の捻挫くらいなら今のミゼットでも時間をかけて回復させることができるくらいだ。
たかが捻挫かよと思うかもしれないが、要はコツは既に掴んだのであとはその規模を大きくすればいいだけ。
たかが捻挫、されど捻挫という事である。
大事なのは微弱ながらも回復魔法が発動したという事実の方だ。
また訓練の主な内容として、近接戦闘の得意な伯爵家の私兵からは剣を教わり、自主練習で魔法を習得、そして勉強は俺に教わり最後に成果のまとめとしてギルドの依頼をこなす。
どんな英才教育だよと言わんばかりの布陣だ。
いったい伯爵家はどこまでミゼットの成長ぶりを知っているのだろうか。
戦いの場にはいないミゼットの家族や、頻繁に変わるミゼットの護衛に今の暴走幼女の実力を正確に把握できているとは思えない。
普段から常に一緒にいる俺から言わせてもらうと、もうこの幼女の夢である聖騎士が遠い夢の出来事じゃなくなってきているという、そんな予感がしてきてならないのだ。
既に初めての討伐を終えてから一週間経つが、ミゼットの成長は止まる所を知らず、というかブレーキが壊れた暴走車両のような勢いで強くなっていくばかり。
いやまあ、この国のエリート職業である聖騎士になる事そのものは良いんだけどね。
問題はその後だ。
まだ現段階では職業の重ね掛けと、初期レベルに大きな開きがある俺の方にアドバンテージがあるが、いずれその差もミゼットの才能と成長速度の前では小さなものになっていくだろう。
こちらには創造神としての力があるために、実際に負ける事はないだろうが、それでもキャラの実力が拮抗していけば、抑えのなくなったミゼットが今よりも暴走する事は想像に難くない。
もしそうなった時に、その時になって俺にミゼットを止める力があるか、本当に、いやもう本当に不安なため、ついに俺は現代に戻り一つ策を講じる事にした。
その策こそがこれ、……少女マンガである。
なぜ少女マンガなのか。
答えは簡単だ。
少女マンガには華があり、乙女としての成功があり、悪をくじき弱きを助ける王道の正義がある。
少女マンガだけに言えることではないが、ようするに日本のこれは情操教育の塊なのだ。
俺はいずれ手に負えなくなるかもしれないミゼットに対して、来たる日の為に情操教育というルールを課す事にしたという訳である。
まるで攻撃力の高すぎる抜き身の刀身に鞘を設けるかのごとく、慎重に作戦決行の時を待った。
すると俺の部屋にバタバタと小さな足音が近づいてきて、ノックもせずに扉が勢いよく開かれる。
ガルハート伯爵家で無敵の暴走幼女、ミゼットお嬢様の登場だ。
「私が来たわよケンジ! さっそく冒険の準備をしなさい!」
「おはようございますお嬢様、今日も元気が宜しくて何よりです」
「当然よ。……あら、それは何かしら?」
俺の部屋に問答無用で押し入ってきたミゼットは、ベッドの上で寝転がり悠々自適にマンガを読む俺に目を向けた。
早くもマンガに興味をそそられたようだ。
好奇心旺盛なこのミゼットなら、未知のアイテムには必ず何かアクションを起こすと思ったが、予想以上に食い付くのが早いな。
「これは少女マンガというものです」
「しょうじょまんが? なにそれ、面白いの?」
表紙に描かれた綺麗な女の子と美男子の絵、そしてツヤツヤと光沢を放つマンガのカバーが幼女の好奇心を刺激する。
ふふふ、作戦通り。
書店で絵柄をメインに厳選に厳選を重ねて買ってきた甲斐があった。
「ええ、とても面白いですよ。これは私の故郷の聖書のような物です。……強く賢い聖騎士になるためには必須のアイテムといっていいでしょう」
「へぇ~なんだか楽しそうね。それに聖騎士になるためのアイテムだって言うなら、今の私にピッタリだわ。ケンジの故郷の事も知りたいし、見せて」
「ぐはぁっ!」
思い付きででっちあげた聖騎士になるためのアイテムという嘘が効いたのか、ベッドで横になる俺を蹴飛ばしマンガを強奪された。
うむ、やはり教育が必要だな。
このままでは強い力をところかまわず振りかざす災厄の聖騎士になりかねないぞ。
病気の兄を助けようとしたり、両親を喜ばせようとしたり、俺の故郷の事を知ろうとしたりと、心根そのものは善良であるが故にこのまま放っておくには惜しい。
情操教育をかけるなら今である。
「うーん、文字が読めないわ……。むむむ……」
絵柄はミゼットの好みにあったようだが、肝心の文字が読めないようで四苦八苦している。
まあそりゃそうだ、使われている文字は日本語だからな。
なぜかアプリの不思議パワーでこの世界の文字と言葉を使いこなせる俺ではあるが、その反対はないのだろう。
この惑星の人にとって、日本という存在はそれこそ異世界だろうし。
「貸してくださいお嬢様。それは私の故郷に伝わる古代文字なので、この国には伝わっていない可能性が高いです。私がお嬢様のためにお読みして差し上げますので、どうぞこちらへ」
「あら、気がきくわね」
ベッドの前で胡座をかくと、俺の足を座布団のようにしてミゼットが座り込む。
それをだっこするかのように幼女を抱え込んだ俺は、両手でマンガを開きパラパラと朗読していく。
そしてまず最初に、一巻である『幸薄な男爵家少女編』が読み終わる頃にはミゼットの興味をがっしり掴んだようで、さっそく次の話はないのかと急かされる。
当然すぐさま二巻へと移り、『意地悪な悪役令嬢編』へと移行。
さらに三巻の『逆ハーレム編』が中盤まで差し掛かったところで、屋敷のメイドから昼食の案内が届いた。
ミゼットがあまりにも熱中していたため俺も必死になって読んでいたが、どうやらいつのまにか時間を忘れ没頭していたらしい。
「お昼ごはんなんて後でいいわ! 早く続きを読みなさいケンジ。私は早くあの意地悪な公爵家の女を倒すところが見たいのよ!」
「ふむ。ですがお嬢様、昼食はしっかり取らないと強くなれませんよ。……それに気づきましたか、この聖書にはある教訓が隠されているという事実を」
「きょうくん?」
人差し指を一本立て、少し間を開けてから語り出す。
「教訓その一、乙女たるもの強く賢く美しく、決して誇りを捨てない事」
「ああ! それって男爵家の女の子が初めて王子様に会った時に言われた言葉ね!」
「左様です。ですからまずはお嬢様は強さだけでなく、お勉強によって賢さを磨き、常に振る舞いを気にして美しくあらねばなりません」
教訓その一に反応し、目を輝かせる幼女をここぞとばかりに洗脳するおっさん。
すまんな物語の王子よ、おっさんにそのイケメンパワーを貸してくれ。
「教訓その二、騎士は強きをくじき、弱きを助ける存在である事」
「それも知ってるわ! あの意地悪な令嬢から少女を守る侯爵家の御曹司の言葉よね!」
「左様でございます。……そして最後に教訓その三、自らの持つ権力や力に溺れぬ事。これら三つ全てが聖騎士を目指す上で不可欠な、ええ、とても不可欠な教訓なのです」
「ふふん、当然よ。私はあの意地悪な女のように、権力を振りかざし人を攻撃したりしないわ」
全ての教訓を聞き終え、俺の腕の中で胸を張るミゼットを見てニヤリと笑う。
まず教訓その二だが、強きをくじき弱気を助けるという事はそれすなわち、聖騎士の姿を体現した「優しさ」への理解。
そして最後の教訓その三では、無暗に権力を振りかざす事への愚かさや危険性を示唆している。
まだ幼いミゼットにその事が分かるかは不明だが、大まかな内容についてはマンガで理解しているはずだ。
その証拠に権力を悪用する悪役令嬢にだいぶご立腹の様子だし、これで一先ずは情操教育、もといおっさんの洗脳を終えたとみて良いだろう。
あとはこの熱が冷めないように、日を空けつつも少女マンガ全五巻をミゼットの前で朗読すればいいだけである。
ふっ、他愛もない。
いくらこの幼女が賢くともしょせんは子ども。
これで俺への暴力も、そして無茶ぶりも鳴りを潜めることだろう。
……潜めるよね?
潜んでほしいなぁ。
◇
ミゼットに教訓を与えてから早一ヶ月、最近では無茶ぶりや無鉄砲な行動で他者を振り回す事が少なくなってきた。
人前では美しくあろうとお行儀よくはするし、勉強にも精を出す。
さらにこの町で伯爵家が支援する孤児院の子供たちが貧困に見舞われていると知れば、なんとかならないのかと幼女なりに知恵を絞って視察に向かう。
彼女は教えられた教訓の「優しさ」を大切にして、精神的に大きく成長しているようだった。
まあこれはどれもこれも、俺以外の人間には、という点に限定されるが。
なぜそんな事が分かるのか。
それは当然、この元暴走幼女のミゼットの成長の裏には、常に俺へと課せられた過酷な重労働が存在しているからだ。
「ケンジ、明日はまた孤児院の子供たちのために差し入れをしに行くから、食料の買い出しその他もろもろは任せたわ」
「お嬢様、差し入れを持っていくのは大変素晴らしい事かと存じますが、それはご自分でやられた方が子供たちも喜ぶのでは」
「何言ってるのよ、食料なんて誰が用意しても同じだわ。お腹が減っている時には食べられればそれでいいの。大事なのは私の立場や力を最大限に有効活用し、弱き者の助けとなる事よ。これは教訓その二だわ。それに私は私でやる事があるから」
そう言って俺の部屋でいつもの作戦会議、もといおっさんというミゼット専用の使える駒の使役を行い、早く準備しろと背中を幼女パワーで殴りつけながら急かす。
そんな俺の姿はまるで馬車馬のように働く社畜そのものである。
……と、つまりこういう事だ。
表では町の人たちから聖女様のようにお優しいだの、ミゼット様は既にEランク冒険者でもあるらしいぞだの、高評価好印象が雨あられのように降り注ぐミゼットワールドが展開されているが、その裏に俺の尊い犠牲がある事を忘れてはいけない。
とはいえ、教訓を得た事で無茶ぶりの影響が俺へと集約されたのは一つの成果だ。
なぜならミゼットは根本的に悪ではなく、馬鹿でもなければ愚かでもない。
自分の行動がどういう事であるのか、その善悪をちゃんと理解しているし、俺を働かせるのも幼女にとって頼れる存在が俺しかいないからである。
もしここで俺が「いや、やりたくありません」と明確に意思表示すれば彼女はちゃんと引き下がるだろう。
だがその代わりとして、ミゼットの助けたかった子供たちへの差し入れはできなくなるし、稽古や勉強、そして最近新たに加わったマナーの授業や魔法の訓練などに時間を割かれる幼女を助ける者は、誰もいない。
使用人に「差し入れをしにいけ」と言おうにも、ミゼット本人に付き従っている使用人は俺だけであり、他の護衛やその他もろもろは伯爵の管轄だ。
ミゼットの狩りに彼らが同行するのも、伯爵の娘である幼女の安全を守るためというだけであり、ミゼットが指示して動かしている訳ではない。
伯爵がそうしろと言っているだけだ。
よってミゼットの本当の仲間として自由に相談できるのは、彼女にとっては俺だけという訳なのである。
そのために俺の背中を殴りつけるのはまぁ……、愛情表現みたいなものだろう。
自分程度の攻撃くらいでは俺がビクともしない、というのを分かっているからこそだと考えられる。
というのも、既に一ヶ月の狩りでキャラクターのレベルは7にまで上がり、
暇な時にはクレイやミゼットたちに混ざり、たまに剣の訓練をしているのも、職業戦士のレベル上げには一役買っているかもしれない。
そしてそんな環境だからこそ、当然ミゼットは自分と俺との実力を比較するし、試合を挑んでは負け、挑んでは負けと繰り返すうちに、こと武力において自分を完全に上回ると彼女は理解してしまった。
もちろん幼女に花を持たせるために負けてやれば話は違ったのかもしれないが、おっさんの器の小ささを舐めてはいけない。
いくら幼女になつかれ気に入られようとも、このおっさんに社畜を思い出す重労働を課した事への罪は重い、重すぎる。
俺は合法的にミゼットを叩き伏せられる稽古の場で、直接的な怪我は避けつつも常に完勝を維持していた。
いつか急成長していくミゼットに追いつかれて一本取られる日まで、この完全勝利をやめるつもりはない。
「ではそのように。差し入れの時にはお嬢様も同行してくださいね、私だけでは孤児院の子供たちががっかりしますから」
「分かってるわ。それと差し入れに必要なお金は私の貯金箱から使ってちょうだい。頼んだわよ!」
「承知いたしました」
それともう一つ、ミゼットには良い点がある。
彼女は俺という仲間をいくらでも酷使して使い潰してくるが、同様に自分にも同じだけの労力を課す事を前提としているのだ。
なんとも健気で、優しい性格の持ち主だ。
そもそも、伯爵家では買いたい物に対してお小遣いが支給される。
だが彼女はそれを良しとせず、自分の行動の責任は自分が取ると言わんばかりに、俺と冒険に出て稼いだ依頼達成報酬から少しずつ貯金を重ね、その資金を元に運用し行動している。
だからこそ俺はこっそりと次元収納から銀貨を取り出し、こう言うのだ。
「ああ、お嬢様。そういえば昨日の屋台で格安のホーンラビット焼きを見つけてきました。いつもミゼットお嬢様にお世話になっているとかで、今回はタダで譲ってくれるそうですよ」
「え! そうなの!? ふふん、やっぱりケンジは優秀だわ! この私が知らなかったのに、よく情報を手に入れてきたわね!」
ミゼットは喜色満面の笑みなり、これで資金が浮いたと喜んだ。
……器の小さいおっさんにも、幼女に小遣いを恵んでやるくらいには恰好をつける余裕があったという訳である。
もちろん、その後は普通の屋台でホーンラビット焼きを購入した。
嘘も方便、というやつだ。