閑話 戸神黒子

陰陽師の本流である戸神家の屋敷からそう遠く離れてはいない、市内でも有名なとある超エリート高校にて、学園でもトップの成績を誇る黒髪の美少女、戸神黒子は送迎の高級車を降りて校舎へと向かう。

「きゃぁ! 見て見て、戸神様よ! あぁ、今日も美しいわ……」

「あの綺麗な黒髪、制服を着こなす美しい立ち振る舞い。さすが学園の大和なでしこだ……」

ただ普通に降車しただけだというのに、同じ学園に通う周りの生徒たちは男女問わずその美貌に骨抜きにされる。

ある者は風にたなびく長い黒髪に見惚れ、またある者はその優雅な歩き姿に気品を感じ生唾を呑む。

今までもこれからも、そこにいるだけで全ての者を魅了してやまない、そんな美少女こそが戸神黒子という存在であった。

本人としては特に意識をして振る舞っているわけではないのだが、周りの反応は幼少の頃から似たようなものなので、既に慣れている。

すると教室へと向かう途中、勇気ある男子学生が一人声を掛けてきた。

「あっ、あの! と、と、戸神さん! お、おおおお、俺と付き合ってください!」

「あら、申し訳ありません……」

顔を真っ赤にして思いを告げた彼ではあったが、何の躊躇も無く秒殺された。

あまりにも悲劇的な一連のやり取りだが、実はこの光景は学園の名物として他校に知られるほど、毎日のように起きる惨事だったりする。

上級生から下級生に至るまで、既に告白を一刀両断にされた者の数は三桁に上るだろう。

しかし恋とは盲目なもので、一度秒殺されたにもかかわらず彼はなおも食い付く。

「な、なぜですか!? り、理由だけでもお願いします!」

「理由ですか……」

うーん、と首を傾げて黒子は理由を考える。

しかしこれといった理由は思い浮かばず、何か漠然と「この人ではない」という思いが募るばかり。

ではそもそも、自分に相応しい殿方とは、という当然の疑問に行きつき思い浮かべるのはとある男の姿だった。

それに気づいた黒子は徐々に顔を赤くし、いやいやそんなはずはと思いつつも、しかし男の姿が脳裏から離れない。

この想いが何であるか本人はまだ受け入れる覚悟が無かったが、しかしちょうど良い言い訳を思いついたと考え理由を話す。

「黒子さん、理由を、理由をお願いします!」

「えっと、ですね……。実は私、既に好きな方がいるんです。だからごめんなさい」

「…………え? いや、え?」

「いえ、ですから好きな方が……」

良い思いつきであると考え話したが最後、その言葉は瞬く間にその場にいた者全員に伝わり、一瞬の静寂が訪れた。

そしてその静寂は、次の瞬間爆発する。

「「「え、えぇぇえええええええ!?」」」

爆発した静寂は校舎にまで届き、本人の言葉が何倍にも大きな内容となって噂は広がる。

曰く、既に恋人、いや婚約者がいる。

曰く、もう行くとこまで行っている。

曰く、相手は有名アイドルのだれそれだ。

勝手に大きくなる噂は授業が一段落し、昼休憩になる頃にはもう収拾がつかない規模になっていた。

黒子本人としては自分が言ったわけでもないのに話を大きくしすぎだとは思いつつも、まあこれでしばらくの間は面倒な告白も無くなるだろうと思い、意外と晴れ晴れとした気持ちで休憩を楽しむ。

しかしこの学園には一人、その噂を許容しない者がいた。

「あら、黒子さん。あなた既に婚約者が決まってるんですって?」

「あら、こんにちは御門みかどさん。ええ、婚約者という程ではないのですが、気になっている殿方ならいますよ」

噂を聞きつけてやってきたのは西園寺さいおんじ御門。

常に黒子の事をライバル視し、同様にそれだけの美貌と権力、そして異能を備えた日本の裏に潜む秘密結社所属の超能力者である。

秘密結社といってもその存在は日本政府の知る所であり、主に表に出せない妖怪や霊、そして異能力者同士のいざこざを政府の依頼の下解決する一組織である。

当然一般人には認知されていないが、陰陽師やそれに連なる異能者たちの中では意外と有名な集団だ。

自慢の髪の毛をくるくると指で弄る西園寺は、どこかイライラしたように続ける。

「それはまた可笑しな事をおっしゃいますわね。あの贄としての使命を持つあなたが恋だの愛だのと……、もしかして自らの使命をお忘れで?」

「忘れてなどいません。ただ、あの殿方の事が頭から離れない、というだけですよ」

会話が周囲には聞こえないよう結界まで張った両者が、視線でバチバチと火花を散らす。

しかし何が気にくわないのか、その答えを聞いた西園寺御門はさらに言葉を重ねた。

「ふぅん、殿方、ね……。貴女がそこまで言うとなれば、それはもう素晴らしい男性なのでしょうね。でも可哀そうですわ、その将来有望な男性はいずれ大妖怪との戦争に巻き込まれ、貴女のせいで命を落とすのよ。だって、どんなに強い人間でもあの化け物には敵いませんもの」

「ふふふっ、……そうでしょうか?」

黒子とて、自分がどのような役目を持って生まれてきたかは理解している。

そしてどうにもならない程に強大な力を持つ化け物が、今まさに復活を遂げようとしているのも知っている。

だけどあの男、斎藤健二の姿を思い浮かべてしまうと、そんな事はどうでも良くなってしまうのだ。

あの人ならどうにかしてくれるかもしれない、あの人なら土壇場で逆転劇を見せてしまうかもしれない。

あの人の負ける姿が、……想像できない。

今の黒子にあるのは希望というよりは、ほのかな確信と、そして期待であった。

「何が可笑しい!!!」

「いえ、すみません。でもおかしくって……。ふふふ……」

「いいわ、貴女がそこまで言うのなら、いずれこの私がその意中の殿方とやらを見極めてあげる。もしその男があなたに相応しくない凡夫であれば、その時は私が無理にでも関係を終わらせてあげるわ」

ライバル視というよりは、どこか悲しそうな表情で彼女は語る。

くすくすと笑う本人とは対照的なその態度は周りからは異様に映ったが、それでも学園でトップツーを張る二人の間に割って入れる者など居らず、そのまま若干の静寂が流れた。

「ええ、いいですよ。あの殿方をあなたにどうにかできるとは思えませんから」

「その言葉、決して忘れない事ね。それでは、失礼するわ」

最後に西園寺は誰にも聞こえない声で小さく、「もう貴女が泣く姿は見たくないわ」と呟き立ち去っていった。

「ええ、決して忘れませんとも。私の数少ない親友がこれだけ心配してくださったのですから。……でも、きっと皆が幸せな終わり方が待っていると思うんです。なぜでしょうね? ……本当に不思議な気持ちです」

そっと目を閉じ、自らの大切な者たち全てを巻き込みつつも、きっと最後には何とかしてしまうであろう男の横顔を思い出すのであった。