というか、婿殿ってなんの話だ?

「くそっ! くそっ! 当たれぇ! ……たかが体術に優れた只人ただびとが、黒子様の婿だと!? み、認められるかぁ!」

「あ、そういうことかぁ」

「何が可笑しい!」

なるほど、この青年は戸神家のお嬢さんに気があるのか。

納得した。

そりゃああれだけ可憐な美少女が傍にいて、しかもそれが同い年だったりしたら意識しちゃうよなぁ。

しかしいくら頑張っても普段は雲の上のお嬢様で、手が届かないと。

しかも、ある日突然、異能持ちの男を連れて来たと。

戸神本家としての家格の違いと、あの爺さんの偏屈さから考えれば青年の焦りはよく分かる。

まさに前途多難というやつだ。

この青年も苦労しているんだなぁ。

青春を謳歌おうかし、人並みに苦労している青年を優しい目でみつめて俺は言う。

「君も苦労しているんだなぁ」

「くっ、めやがってぇ……ッ!」

「いやいや、舐めてないよ」

「もういい、本気でいくぞ!」

ん?

本気とな?

見ると青年は着物の袖口から人の形をした紙のようなものを取り出し、二本の指で印を結びながら呪文を唱え始めた。

あれ、もしかしてこれが式神っていうやつか?

するとどうした事か、ただの紙切れだったその人型は刀の形を模していき、青年の手に収まった。

あれが青年が使う陰陽術というやつか。

初めて見たが、どっちかというと向こうの方が俺の魔法よりも手品っぽいな。

手品師の称号は彼にこそ相応しいかもしれない。

「俺に戦いを挑み、黒子様をたぶらかそうとした事を後悔させてやる。覚悟しろ」

「おいおい、いくらなんでも武器はダメだろ、武器は」

爺さんの方をチラりと見るが、刀には無反応。

これも試験の一つとして捉えているらしい。

やっぱり思想がやばいよ戸神家、回復魔法を使える俺じゃなかったら大惨事だぞ。

しかし、いくら戦士としての力が違うとはいえ、このままだと流石に分が悪い。

というか勝てたとしても痛い思いをしたくない。

そう思った俺は溜息を吐きつつも、仕方なく鉈を取り出すことにした。

ポケットに入っているスマホに手をかわし、戦利品の取り出しを念じる。

さすがにもしこれでも青年が諦めず決着がつかないようであれば、今度は俺から降参を申し出よう。

一応鉈は防御に使うつもりだが、血を流すのも血を流させるのもまっぴらごめんだからな。

俺は鉈を構え防御の姿勢を取り、審判を務める戸神源三に視線を向けた。

「ほう、二つ目の異能とな……。やはり、ただ者ではなかったか」

「戸神源三さん、これ以上の試験は危険ですよ。さすがにこれ以上続けるようであれば、こちらから棄権させていただきます」

「ふむ……」

しばらく考え込む爺さん。

いや、考える要素なくない?

真剣はまずいでしょ、真剣は。

「大旦那様、自分はまだやれます! 何卒試合の続きを!」

「ふむ、ふむ、ふむ。……あい分かった、これにて試験を終了とする。二人共、ご苦労であった」

何事かを考え頷いた爺さんは、俺の言葉を汲んだのか試験の終了を言い渡す。

いやぁ良かった、殺生沙汰にならずに済んだ。

さすがにこのヤバい爺さんにも、欠片ほどには常識というものがあったらしい。

しかし試験終了を言い渡された方の青年はというと、まさかここで試合終了になるとは思っていなかったのか、唖然とした表情で膝をつく。

その心中はおっさんでは推し量る事はできないが、これは別に失恋とかじゃないから気にする事はないと思うよ。

そもそも俺はこの明らかにヤバい家に婿入りする気は無い。

そう思い声をかけるか一瞬迷うが、まあこれも青春かと思い余計な茶々を入れるのはやめておく事にした。

膝をついた青年が今も尚微動だにせずに固まっているが、きっとどこかで立ち直るだろう。

気にせずこれからも精進し武に励むと良い。

「ふむ、それにしても見事であったな」

「それはどうも、試験は合格ということでいいんですよね?」

「当然じゃの、あれだけやれるのであれば妖相手にも十分じゃろ。さすがは孫の選んだ者といったところか」

いや、だから妖ってなんだよ。

まるでその言い方だと、これから俺はその妖とかいう奴と一悶着起こさないといけないみたいじゃないか。

こっちは説明だけしてもらって家に帰してくれれば十分だっていうの。

「それで、俺を連れて来た理由は結局なんなんですか?」

「ん? そこからか?」

え?

いや、普通そこからじゃない?

なんで爺さんの方がきょとんとしているんだ、俺がその表情をしたい。

すると割って入ってきた戸神お嬢さんが説明に入ってくれた。

「説明が遅くなり申し訳ありません。実は強引な形で斎藤様をお招きしたのは、あなたのような野良の異能持ちの方に力を貸していただき、我が戸神家が生業としている妖怪退治に助力を願いたかったからなのです。……あなたのような強力な異能を持つ貴重な人材を、他の家の者や政府に横取りされる訳にはいきませんから」

「ほう」

いや、嫌だよ?

俺は断じて、その妖怪退治とかいう明らかに寿命を縮めるような戦いに巻き込まれたくはない。

というか政府ってなんだよ、日本政府がどうかしたのか?

え、もしかして陰陽師って日本政府と繋がりあるの?

それに他にもこんなヤバそうな家や組織があるのか……。

もしかして超能力者とかも実在してたりするのだろうか。

いや、そんなまさかな……。

いやいやいや。

「ご助力お願いできませんか?」

「え、いやぁ……。すぐには決められないかなぁ」

「あ! そ、そうですよね! いくら斎藤様でも、急にお越しになっていただいて準備もなくいきなり妖と対峙なんて、いくらなんでも無茶がすぎました! 私とした事が、これはまた大変失礼を」

違うよ?

そもそも妖怪退治の準備をする気が無いよ?

だがそれを言った瞬間、爺さんやその他大勢の陰陽師に囲まれているこの家では、俺の命がどうなるか分からない。

とりあえずここは話をにごして、一目散に自宅へ帰還し引き籠るしかないだろう。

確か異世界までは式神も追ってこれないようなので、ほとぼりが冷めるまであっちで隠居だ!

会社には迷惑をかけるが、急遽有給を使う事で対応する事にしよう。

問題は有給をあの会社が許すかどうかだが……。

ええい、どちらにせよ俺は社畜を辞めるんだ、有給がいきなりとれるかどうか考えても仕方ない。

クビになったらなっただ、このままこのヤバイ家に狙われて寿命を縮めるよりは怖くない!

前向きにいこう、前向きに。

「あ、そうそう。そうなんですよ。それでは一度自宅に戻るので、詳しい話はまたいずれ」

「はい! それではご自宅までお送りいたしますね」

「あ、はい……」

こうしてそそくさと自宅に帰還した俺は、ただ薬局に寄っただけなのにとんでもない事になったなと思いつつも、しばらくは異世界でレベル上げをしようと心に誓い【ストーリーモード】を開始するのであった。