貴族
「ふむ、それではその子が回復魔法を使用したのは事実なんだね?」
「はいギルド長。私もガイも、そしてその場に居た冒険者全員が目撃しています」
「イリスの言う通りだぜ。俺も前に大けがを負って教会で治療してもらった事があったが、その時の記憶と比べてもこいつの腕は本職と
現在、当事者である俺を抜きにして冒険者ギルドで会議が行われている。
その場に俺も居るのだが発言権はどうやら与えられていないらしく、先ほどから無視されている有様だ。
ギルドにとってそれほど重大な議題らしく、彼らは難しい顔をして議論を重ねていく。
ちなみにギルド長と呼ばれた初老の男性がこの町にある冒険者ギルドのトップであり、受付嬢のイリスさんは副支部長、冒険者のガイはギルドから信頼の厚い高位の冒険者らしい。
ずっと彼らの話を聞いていたらそんな事が把握できた。
「分かった。これ以上君たちを疑う訳にはいかないし、冒険者全員が見たというのなら事実なのだろう、信用に値する。……だが問題はこの子供の扱いだ、いったい彼はどこの誰なのだね?」
「それが、ここに来る途中色々と質問しましたが全く要領を得ないのです。ただ身分証をくれとばかりで……」
「俺の方は仲間にこいつの足取りを探らせている。うちの
そう、実はここに引き摺られてくるまで受付嬢に様々な質問をされた。
聞かれたのは名前とか、身分とか、家族構成とか、住居とか本当に色々だ。
まあ名前くらいは答えてやったが、身分や家族構成や住居なんかはこっちの世界にある訳がないので答えられなかった。
別に嘘をついても良いのだが、後々嘘がバレた時にまた何かトラブルがあったら怖いので大人しくしておいたのだ。
回復魔法を偽ったら重罪になるような国だ、何が切っ掛けで火の粉が降りかかるか分かったものじゃない。
とりあえず俺は身分証が欲しいだけなので、答えられない事については身分証をくれとだけ言い返しておいた。
ちなみにガイの仲間っていう斥候職の
せいぜい門番に問い質してどの方向からやってきたか、くらいの情報しか得られないはずだ。
なにせ親も知り合いも存在せず、急に生まれてきたのがこのキャラクターだからな。
俺が生きてきた痕跡がないのだから、それを辿る事はどんなプロフェッショナルでも不可能だ。
「ふーむ。しかしいくら存在そのものが怪しいとはいえ、やはりこの子供は有用だ。それだけ、回復魔法という力には価値がある」
「そうですね。貴族や教会に取り込まれる前に、早めにギルドで囲っておいた方がいいかもしれません。……もしこの子が本当に自力で回復魔法を覚えていた場合、教会に知られれば間違いなく祭り上げられるでしょう。……もしくは異端として殺されるかです」
うわぁ、マジかよ教会怖いわぁ。
やっぱこういうタイプの権力者っていうのはどの世界でも同じだな、異端は偶像として祭り上げるか殺すか、そればかりだ。
本当にこの世界では死なない肉体を持っていて良かったよ。
戦闘不能になったらアプリが勝手に修復してくれるから、かなり気が楽だ。
それに最後の手段ではあるが、いざとなったら龍神に助力を願えるし。
いまのところ俺が持つ最強の切り札は【神託】である。
まあできればそうなる前に、知恵と道具を駆使して問題を解決したいがね。
とはいえ、回復魔法がここまで貴重なのは想定外だったな。
教会が技術を秘匿しているとは聞いたが、さすがにやりすぎだろう。
これで職業が三つもあると知られたらどうなるのか、逆に気になる。
「分かった、ではそのようにしよう。この少年には冒険者ランクCの位を与え、身柄はギルド預かりとする。……生い立ちはそうだな、私の孫でいいだろう」
「へぇ、いきなりCランクでしかもギルド長の孫ですかい? そりゃまたずいぶんな気合の入れようだな。……それほどギルドにとって有益で、有用ってことか」
「それだけじゃないわガイ、この子のためよ」
「へいへい」
と、言う訳で当の本人が一言もしゃべらないうちに話は
いや、意味が分からん。
勝手に話を進められても困るわ。
そろそろ口を出した方がいいかもしれない。
子供のフリはもう終わりだ。
「いや、俺は身分証だけ貰えればいいから」
「…………」
「…………」
「…………」
急に態度の変わった俺に場は沈黙し、三人はこちらを驚いた眼で見る。
……うーん、あまり反応はよろしくないな。
いっそハッタリを言って、アプリの次元収納を転移魔法と偽ってみればどうだろうか。
転移で逃げられるからなんとでもなる、そう言えば対応も変わるかな。
……いや、やめておいた方がいいな。
ただでさえ俺はイレギュラーとして会議に巻き込まれているのに、アプリの機能を見せびらかすのは悪手だ。
地球に換金素材を持っていって豪遊し、社畜とオサラバしたい俺は飼い殺しにされる訳にはいかないが、かといって無理に強気に出ると引っ込みがつかない。
とりあえず今は情報収集をしながら、この世界の事について学んだ方がいいだろう。
そうだ、そうしよう。
するとしばらくの沈黙の後、ギルド長が口を開く。
「……ふむ、私を警戒する君の気持ちは分かるがね、そうもいかんのだよ。この町のギルド長である私の孫という事は、ギルドの力で保護を約束したというだけでなく、息子である領主の息子という事にもなる。異端をどう扱うか分からぬ教会や、民を自らの道具としか考えていない貴族たちの目から君を守るには、この方法が一番確実なのだ」
なんと、このギルド長は貴族だったらしい。
いや、息子が領主だと言っているという事は家督を譲った訳だから違うのかな?
そこらへんのルールが良く分からない、あとで調査しよう。
だがこうして話を聞いてみると、このギルド長の言っている事は事実のように聞こえる。
当然全く利害を考えていない訳ではないだろうけど、少なくとも何割かは俺の身を案じて言ってくれている事なのだろう。
そうでなければ、明らかに貴族ではない冒険者ガイがここまで信用を置くというのも、またおかしな話だ。
それに相手は俺がギルド長を貴族として認識しているという前提で話している。
これはどういう事かというと、自分がそれだけ有名であり、力のある貴族だという証明に繋がっているのだろう。
身の程知らずの自惚れ貴族でない限り、そのはずだ。
そして身の程知らずに人望はなく、このギルド長には人望がある。
つまり、事実として力があるという事らしい。
「うーん。ま、いいか。じゃあお言葉に甘えます」
「宜しい。ではそのように手配しよう」
とりあえず身分証は貰えたので、分からない事はあまり深く考えず受け入れる事にした。
先ほども考えたが、やはり情報は大事だ。
しばらくは情報収集に徹し、それから冒険しよう。
会議は一先ず解散となり、副支部長のイリスさんと高位冒険者のガイさんは、舞台裏からギルド長の考えた設定どおりに動く手筈となったようだ。
またガイさんを魔法で治療した分の代金は二人を巻き込んだギルド長が負担する事となり、まずはギルド長の仕事が終わるまで傍で待機していろという事になった。
つまり、今もの凄く暇である。
暇なのでギルド長の仕事を覗き見して、なんらかの書類を処理している様子を眺めている事にした。
この世界の文字がどう成り立ち発展してきたのかは知らないが、言葉と同様になぜか俺にはその意味を理解する事ができた。
不思議な事もあるものである。
これもアプリパワーだろうか?
「……あ、そこ計算間違ってますよ」
「……ふむ」
「あ、ここもです。あとこの契約書には情報の不備があるので、もし追及されたらヤバいと思いますね」
そして俺は文字が読めるのを良い事にギルド長の仕事に口を出しまくり、計算ミスや書類の不備を指摘していく。
いや、こうなんというか、事務方の社畜時代がそこそこあるせいで血が騒ぐんだよね。
悪いとは思っていても、ミスがあると指摘したくなる。
そもそもこの書類を作っているのは、しょせん文明が発展途上であるこの中世時代の異世界人だ。
現代での社畜歴が十年ある俺の敵ではない。
するとギルド長は呆れからか溜息をつき、まるで正体不明の宇宙人か何かを観察するかのように見返してくる。
めちゃくちゃ失礼な爺さんだ。
「……君はどこでその知識と教養を身に付けたのかね?」
「いや、たまたま
きっと偶然が重なっただけです、ハイ。
いや、無理があるけどね。
だが血が騒ぐので、やめられない止まらない。
「私にはとてもまぐれには思えないし、まず計算能力からして明らかにおかしいのだが、……まあいい。ちょうど君のおかげで仕事も早く終わった事だし、君を匿った本当の理由について話すとしよう」
「なるほど」
なるほど。
…………な、なるほど。
いや、え、今までの会議内容は本当の理由じゃなかったの!?
嘘だろ爺さん、まさか俺を
いや、このギルド長の冷静さを見るに謀ったとかは無さそうだ。
ただ、もう一つ話していない理由があったというだけだろう。
ビビらせやがって。
「君が知っている通り、私はここら一帯にある複数の町や都市を治める領主、元ガルハート伯爵だ。家督は息子に譲り今はギルド長なんていう仕事をしているが、貴族界における発言力はそれなり以上に強いと自負している。そして息子も息子で……、ふむ、聞いているかね?」
「聞いてるよ」
嘘です、聞いていません。
貴族界での発言力や爵位の事を言われても、その手の文化に詳しくないため理解が追い付かず、頭がフリーズしていたようだ。
とりあえず物知り顔で頷くが、はて、伯爵というのはどの程度の身分だったか……。
王の下に公爵があるのは知っている。
そしてその下は侯爵だったような気がする。
伯爵というのはどの辺りだ?
侯爵の一つ下か?
それとも二つ下か?
謎である。
だが中堅の貴族よりは上だろう、たぶん。
そんな雰囲気を感じる。
「まあ良い。話を戻すが、我がガルハート伯爵家は息子が家督を継ぎ、そして孫を生んだ。……歳はちょうど君くらいだな。君を見ていると、孫の姿をつい思い浮かべてしまうよ」
「ほう」
どうやら爺さんの本当の孫は俺と同い年くらいらしい。
しかし孫がいるのに俺の身分を偽ってよかったのだろうか。
養子にするにしたって、外聞が悪いんじゃないのか。
思った事がつい顔に出てしまったのか、ギルド長は嘆息する。
「まあ、当然そういう反応になるのは理解しているが、心配は無用だ。なにせ孫は体が弱く、ここずっと療養中で屋敷からは一歩も出ていないからな。そして私が君を匿った理由もこれに起因する」
おや、雲行きが怪しくなってきたぞ。
貴族のドロドロなお家騒動に巻き込まれるのだけは勘弁してほしい。
まだそうと決まった訳ではないけど。
しかし孫が療養中って事は、毒などで意図的に始末しようとしてないなら、回復魔法では治りづらい何らかの怪我を負っているのかもしれない。
例えば足を失ったとか、もしくは不治の
ここが異世界だという事を考えると呪いとかもあり得そうだな。
そしてそんな中前触れもなく突然現れ、教会で習得した訳でもなさそうな回復魔法の使える謎の少年……。
つまり俺。
もしかしてしなくても、そういう事なのかもしれない。
「教養があり、察しが良い君なら気づいたかもしれないが、……その通りだ。私は君に孫の病を見てもらい、治療してほしいのだ。教会の術者には何度も見てもらったが、結局、幾度回復魔法をかけても無駄だった。もはやこれは呪いという他ない……」
いや、無理だろ。
俺よりもおそらくレベルが高いであろう教会の回復魔法使い、それも高位の貴族に雇われるような腕の確かな者が治せなかった病だぞ。
ギルド長は知らないかもしれないが、俺はまごう事無きレベル3である。
たかがレベル3に何を期待しているんだ。
もしかしたら教会の回復魔法とは違う効能があり、可能性があると考えているのかもしれないが、残念ながら俺の職業は普通に神官だ。
たぶん使っているスキルも同じである。
「ち、ちなみに症状は?」
「ああ、常に体が熱く、声は枯れ、大きな咳をして……」
「……ん?」
おや?
「さらに本人からは常に倦怠感が絶えず、食欲がないなどと報告を受けている。一時期的に症状が軽くなることもあるが、結局またぶり返すのだ。……もはや、私の手には負えん」
「いや、それただのインフルエンザか、もしくは風邪じゃない?」
「……何っ!? インフルエンザとはなんだ!? 教えろ!」
ピンと来た症状に条件反射で答えると、ギルド長は俺に掴みかかってきた。
そういえばこの世界の人にインフルエンザと言っても伝わる訳がなかったな。
同じ姿形をしていても地球人とは種として違うために完全な回答はできないが、そもそもこの世界の住人は創造神のマナによって急激に 進化した事により、本来持ちえるはずだったウイルスなどへの耐性がおざなりになっている可能性が高い。
そうであるが故に免疫のない風邪菌やインフルエンザなどのウイルス性の症状に一度掛かってしまうと、
普段は魔力などが体を強化して免疫力の代わりになっているのかもしれないが、マナによる強制進化も色々と良し悪しだな。
それにしても、すげぇ握力。
さすが冒険者ギルドの長だ、たぶん職業レベルも相当高いのだろう。
というかギブギブギブ!
「いたたたたたたっ」
「むっ!? こ、これは私としたことが、すまない。取り乱してしまったようだ」
……くっ、これがレベル格差か。
いや、真面目に。
まあとりあえず本人を見ない事には分からないが、これだけギルド長が心配しているという事はウィルス性の病気には回復魔法は効果が薄いのだろう。
まだ風邪かインフルエンザかは分からないし、もしかしたら全く違う異世界の病気かもしれないが、……とりあえず薬局で風邪薬を買ってきてあげよう。
これで変な事になったらその時はその時だ。
俺にはどうする事もできない。
というか、色々言ったけどたぶんそれ風邪だよ。