「うぉぉおおおお!? それじゃ! 俺はこの辺で失礼!」
慌ててその場を駆けだす。
よくよく考えると別に焦って逃げ出す事もなかっただろうが、不意の傷口と魔法を見られた事による失敗で慌てている俺にそんな常識は通用しない。
とにかくこの場を脱する事で頭が一杯だった。
その後、おっさんにしては考えられない走行速度で裏路地を飛び出す。
あばよ美少女A、達者でな!
あまりの挙動不審ぶりに傍観する少女を放り、逃げ出した。
そして走り抜ける間際、彼女の声が聞こえる。
「……まさか、こんな場所で見つけるなんて」
◇
町でチンピラとの一戦を終えた。
とっさに魔法を使ってしまった事故があるとはいえ、その後は何事もなく自宅に帰還する。
帰り際に女の子が不思議な事を言っていたような気がするが、必死に逃げていたのでよく覚えていない。
まあ、あの美少女が回復魔法を手品と思うか超常現象だと思うかは分からないが、一般人の一人に見られたところで困りはしないだろう。
誰か他人に言いふらしたところで、「頭大丈夫?」と思われるのがオチだ。
気にする事はあるまい。
色々あったが、とにかくホームセンターやコンビニで買ってきた荷物を収納し【ストーリーモード】を確認すると、既に画面はキャラクターの修復を終え待機モードとなっていた。
どうやら既に一時間が経っていたらしい。
さっそく俺は【ストーリーモード】を選択して、異世界に飛ぶ。
これだけ時間が経っていればもうワイバーンもどこかに行っているだろう、あいつは龍でも竜でもなく、ただの野生動物だからな。
食料となる獲物がいなくなれば次の狩場へと向かうだけだ。
「うん、体調に問題はなし」
異世界へと降り立つと、一度頭が食われていたはずの俺の身体は、何事もなかったかのように万全の状態だった。
アプリで次元収納の格納内容を確認すると、ちゃんと武器となる鉈を確認できたので、さっそく装備してみる事にする。
そして振り回す。
鉈を振り回してみると、特に武器の扱いを習った訳でもないのに手にしっくりと馴染み、どう動けば戦えるのかがなんとなく分かる。
これが職業剣士とかだったら、もっと刃物の扱いに特化していて良い動きができたのかもしれないが、戦士のままでも文句のない十分な性能だ。
準備運動もそこそこに、俺はアプリの世界地図で現在位置を確認し近くの町を探す。
このままもう少し肩慣らしをしたいところだが、あまり遊んでいてワイバーンの時の二の舞になるのはごめんだ。
低レベルのうちからこんな物騒な森でウロチョロしていたくはない、さっさと抜け出してしまおう。
世界地図を確認すると、ここはどうやら魔大陸からかなり大きく離れた大陸のようで、現在の人間種が最も多く暮らしている場所のようだ。
魔大陸を基準にすると、そこを囲むようにして龍神とその仲間が強い勢力を持つ島々が魔大陸を取り囲んでおり、そのさらに外側に人間の暮らす無数の島やいくつかの大陸がある。
恐らく龍神は魔神の勢力がこれ以上世界に瘴気をばら
魔大陸を囲むようなこの布陣はまさにそういった印象を受ける。
人間が最も多く繁栄しているこの大陸には植物の最終進化形である世界樹があるようで、そこにもヒト族に限らず、大勢の人間種が暮らしているようだ。
ここからはちょっと離れているが、いつか行ってみたいものである。
そしてだいたいの世界情勢を確認した後に付近の町を確認すると、そう遠くない場所に人間種の町があった。
この距離ならば日が暮れる前に辿り着けそうである。
時間の流れが違うだろうし地球と時間を比較しても意味が無い以上、現在この世界が何時なのか分からないが、太陽はまだ真上にある。
という事は昼だろう。
「さてと、行きますかね」
周りの草などを鉈で切り分けながら、アプリの地図を確認しつつ一直線に町へと進んでいく。
ついでと言ってはなんだが、【神託】の機能を使い龍神に連絡を取る。
あの時の俺はしょせんゲームだと神託の機能について詳しく考えていなかったが、今は状況が違う。
恐らく遥か太古の原始時代、龍や竜が人間を襲わなかったのは【神託】で「人間を絶滅させるな」と指示していたのが原因のはず。
今ならそれが、ハッキリ分かる。
その上俺は「この世界をよろしく」と頼んでしまっていたので、それを真に受けた龍神やその眷属たちは魔神から世界を守るように魔大陸を島々で囲い、今も尚警戒を続けている。
たかが一度【神託】を受けただけでこの働きようである。
龍とかマジなんて律儀な奴なんだと思わざるを得ない。
まだレベルの低い俺にできる事は少ないが、労いの言葉くらいはかけてやるべきだろう。
いずれボーナスとかも支給したい。
「えーっと、うん。この世界でも【神託】は使えるな。メッセージを開いてと……」
足をすすめながらも【神託】のメモ帳欄に次々と文章を書き込む。
内容はもちろん今まで苦労をかけた事への労いとか、いつかその働きに応えたい事とか、あとはもう既に知っているだろうが、人間の【勇者】はめちゃくちゃ強いから魔神戦で力を貸してやれとか、そういった事だ。
そして最後に俺は自分がこの世界に降り立った事を伝え、メッセージを送信した。
龍神の奴がどんな事を想うか分からないが、まあ根が真面目な奴だ。
きっとまた何かアクションを起こすだろう。
あとは放置でいい。
そんなやり取りをし、時折飛び出てくる野生のホーンラビットを鉈で瞬殺しながら進んでいるとようやく町が見えてきた。
職業レベルもそれぞれ1あがり、レベル3になった頃の出来事だ。
「お、見えた見えた! あれがこの世界の町か! ……もう完全に文明が成り立ってるな、城壁とかの作りがかなりしっかりしている」
およそ中世といったところだろうか、そのくらいの出で立ちである。
俺は期待に胸を膨らませ、早足で町を目指すのであった。
◇
その日、世界は震えた。
龍神が新たなる【神託】を得たのである。
かつて昔、【神託】を受けてからというもの世界の守護を担う龍族の神、龍神は太古の時代から世界を守らんとしてきた。
同様に植物の神と呼ばれ自然の管理を司る世界樹、またの名を豊穣の女神や精霊神などとも目される彼女とも連絡を取り合い、力を尽くしてこの世界を守ってきたのである。
龍神にとって創造神とは父のような存在であった。
自分を生み出した事もそうだが、ある日父を裏切った魔神とその眷属の瘴気が大陸に蔓延り、世界が危機に陥った時も父は龍神の願いを聞き届け、職業という奇跡を
人間という種族を創造し生み出したのも伏線だったのだろう。
父はいずれ世界を守護するはずの龍族の中から裏切り者が出る事を理解しており、最強であるはずの龍神でも抑えきれない魔神とその眷属の存在を感知していた。
だからこそ父は人間を創造し、来たるべき日に備え人間種を繁栄させ力を付けさせた。
そしていざ世界が危機に陥れば龍族と肩を並べ共に戦う者たちとして、【勇者】や【聖女】、【剣聖】や【賢者】といった者たちを遣わしたのだ。
龍神は眷属の居ないところで、ひっそりと感動に打ち震えた。
自分や世界樹が創造神である父に守られ、愛されている事を痛感したのだ。
思い出すのは【神託】や【勇者】たちとの出会い、人間との出会い、父が齎した奇跡の数々。
父が守れと言った人間も、この世界も、素晴らしい物だった。
そして守護の役目を担ってきた私たちに対し苦労をかけたと、そう言ったのだ。
思い返した時、龍神の瞳に力が宿った。
「こうしてはいられない。さっそく此度の神託を
個体として最強の力を持つ龍神は動きだす、父の期待に応えるために。
しかしこの時の決意が今後どういった形で世界に影響を与えていくのか、その事を当の創造神、斎藤健二は知る
もし彼が後に龍神の過剰なまでの反応を見れば、きっとこう言うだろう。
「やべぇ、やっちまった」と。
◇
そろそろ町が見えてきたので鉈を次元収納にしまい城壁に辿り着くと、門を守護する兵士に声を掛けられた。
この世界初の第一村人、もとい第一町人は目の前のやる気のなさそうな兵士のようだ。
歳は本来の俺と同じくらいだろうか?
大した成果は得られないとは思いつつも、ちょっと鑑定してみる。
【兵士】
ものづくりがとくい、つよい。
なんか鑑定の表記が若干変わったな、情報量が増えている。
以前だったら「つよい」か「よわい」だけだったのに、今はなんと得意分野が出ているようだ。
錬金術師のレベルが上がったからだろうか。
まあとにかくこの門番は兵士のくせにものづくりが得意らしい。
だからなんだという感じではあるが。
「おじさん、こんにちは」
「お、どうしたボウズ。町の外は危ないぞ? ホラ、さっさと中に入った入った」
「はーい」
子供のフリをして
特に身分証を出せとか、お前どこから来たとか、そういう事は聞かれていない。
やはり見た目が十歳だからだろう、相手は完全に油断している。
これが孤児みたいな恰好をしてボロボロだったり、良い物を食べておらずガリガリだったりしたら話は別だっただろうけど、あいにくこの異世界の服は新品で十歳の時の俺はごく普通の地球の民だ。
別に今まで虐待とかされていた訳でもないので、ちゃんと筋肉も脂肪も標準的にある。
そんなどこから見てもただの子供が、一人寂しく町の外で暮らしていたなんていうのもおかしな話だし、他の村からやってきたにしては親もいないし武器もない。
どこからどう見てもイタズラで町の外に出た平民の子供な訳だ。
だから兵士も俺にわざわざ身分を問いたださないのだろう。
「ありがとーおじさん!」
「おう、もう勝手に外に出るんじゃねぇぞ? 親御さんだって心配するからな」
「はーい」
そのまま子供のフリを続行し、兵士と別れる。
難なく町の中には入れたので、ひとまず潜入作戦はミッションクリアだ。
次はホーンラビットを売却する手段を探そう。
ちなみに、この世界を創造した俺ではあるが、人間種の文化までは知らない。
原始時代の頃はずっと生活を眺めていたけど、そこから先はキャラクターメイキングをしている時に勝手に時代が進んでいたので、どういう流れで中世時代にまで至ったか分かっていないのだ。
なのでまた子供のフリをして道行く人に尋ねる事にした。
最初のターゲットは露店で果物らしきものを販売しているオバちゃんだ。
「おねえさーん」
「あら、可愛い坊や。お姉さんだなんて嬉しいわねぇ」
まずは第一手としてリップサービス。
こちらとら異世界でのお金が無いので、モノを買う事で自然に話の流れを作り、情報を引き出すという事ができない。
ならばお金の代わりに相手をおだてて気分を良くさせるのは
社畜用語では接待ともいう。
「お母さんから後でホーンラビットを売ってきてって言われてるんだけど、どこにいけばいいか知ってる?」
「それなら革屋さんか、冒険者ギルドだねぇ。場所は知っているかい?」
「知らなーい」
「まあそうさねぇ、子供には関係のないところだもの」
リップサービスに気を良くしたのか、オバちゃんはスラスラと答えてくれる。
難なく店の場所を聞き出した俺はまたもやミッションを達成し、今度は冒険者ギルドへと向かう事にした。
チョロいぜ。
売りに行く場所は革屋か冒険者ギルドが良いとオバちゃんは言っていたが、詳しい話を聞くと肉は革屋に持っていってもはした金にしかならないようなので、まとめて買い取ってくれる冒険者ギルドに行く事にした。
どうやらオバちゃんはホーンラビットの肉を家庭で食べて、皮素材だけを売却する目的なのだと勘違いしていたようだ。
ちなみに冒険者ギルドの場所は幸いなことにすぐ近くにあり、見た目もそこらへんの建物より立派であるためすぐに見つかった。
冒険者というくらいだから戦闘を生業とする者たちが多いのだろうし、絡まれたら怖いから万が一に備えて鉈を装備して建物に入る。
右手には鉈、左手にはウサギの構えだ。
「おじゃましまーす」
「あら、どうしたのボク? おつかいかな?」
「そうでーす」
入った瞬間に酒を飲んだ荒くれ者たちがこちらをチラ見するが、俺を親のおつかいを達成しに来た子供だと見るや興味を失い、すぐに元の談笑に戻っていった。
声をかけてくれた受付のお姉さんは俺の対応をしてくれるようなので、カウンターにホーンラビットを乗せる。
首を折って倒した、俺の初獲物のウサギだ。
他にも鉈で倒した獲物はいくつかあるが、一番損傷がなく高く売れそうだったので売却第一号はこいつに決定。
受付のお姉さんはにこやかに獲物の検分をはじめ、傷の有無などを
待っていても暇なので、お姉さんに鑑定をかけてみることにした。
【受付嬢】
こうげきまほうがとくい、つよすぎる。ぜったいに、てきにまわすな。
「ブフゥ!? ゲホッ、ゲホッ」
「あら?」
あまりの鑑定結果に思わず咳き込んだ。
さすが冒険者ギルドの職員だ、まさか鑑定さんがビビって警告を出すとは思わなかった。
そうか、強すぎるのか。
どうやらキャラクターレベル3程度では手も足も出ない存在らしい。
攻撃魔法が得意と解説にはあるので職業は魔法使いの線が濃厚だが、とはいえ別にこの世界で魔法使いでなきゃ魔法が使えないとか、そういう事はない。
別に職業が剣士だって、槍を鍛えれば槍の扱いは上手くなるし、魔法使いだって同じだ。
その証拠として、創造神の奇跡で齎された「職業」という概念が無かった時代にも、人類で初めてハイ・エルフになった女性ララ・サーティラは英雄ダーマを助けるために魔法を使った。
もちろん職業があった方が成長はしやすいだろうけど、それが人間の可能性の全てではないからな。
この大雑把な鑑定結果で職業を断定するのは愚かな事だろう。
そもそもどういうルールで職業が決定されているのか、創造神である俺が理解していないし。
「あ、いえ何でもないです」
「そう? そうねぇ、このホーンラビットなら銀貨二枚といったところね。買い取り希望かしら?」
「はい、それでお願いしまーす」
俺は銀貨(ただし価値は不明)を受け取り、ポケットに入れるフリをして銀貨を次元収納する。
さて、とりあえずお金は手に入ったので次は身分証の確保だ。
お姉さんに聞いてみよう。
「あと、冒険者ギルドに入りたいです」
「あら?」
お姉さんは獲物の買い取りだけだと思っていたようで、俺の提案に不思議な顔をする。
「てっとり早く仕事がしたいので」
「あ、あー……、なるほどねぇ。そうきたか」
「登録できますか?」
「まあ、できない事はないんだけどねー。でも、坊やは戦う力を持っていないでしょ? 冒険者っていうのはこう見えて大変なのよ?」
受付嬢のお姉さんがそう言うと、そうだそうだと後ろから冒険者の野次が飛んでくる。
どうやら子供が仕事の大変さを理解せず、危険な事をしようとしていると思って
もちろんワイバーンに食われた経験を持つ俺から言わせてもらえば、そんなのは百も承知だ。
むしろレベル3で危険な狩りを一人でしようとか、そんな自惚れは無い。
だが、ならばどうするか?
もちろん答えは既に用意している。
「大丈夫です。僕、魔法を使えます」
「え? 魔法?」
「魔法だぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇぞボウズ! 魔法使いってのはなぁ、お貴族様が子供の頃からお勉強をして、その中でさらに適性のある子供が取得できる職業なんだぜぇ? 平民には無理なんだよ、ガハハハ!」
そう言って笑う冒険者は、おそらくこちらの身を案じて言ってくれているのだろう。
できない事をできると言い、無理して背伸びをしようとしている少年を狩りで死なせないため、という気遣いが窺える。
とはいえ、的外れな指摘ではあるが。
「違います。僕は攻撃魔法ではなく、回復魔法が使えるんです」
「…………」
「…………」
そう言った瞬間、ギルドは静寂に包まれた。
◇
回復魔法を使えると聞き、静まり返る冒険者ギルドの室内。
はて、何をそんなに驚いているのだろうか。
予想では回復魔法も攻撃魔法と同様で、レアスキルではあるが勇者や聖女なんていう上位職業と比べたら、どこにでも転がっているスキルだと思っていたのだが。
そもそも、俺がキャラクターメイキングする時に選べたのは基本職業だけだ。
基本職を二つ以上極めて得られる複合職や、最初から優遇されている上位職なんかに比べたらなんて事はない一般人である。
当然神官だってそうだし、神官が一般職なら回復魔法だって一般スキルだろう。
「あの、どうかしましたか?」
「えっとね? 回復魔法っていうのはすごーく、難しい魔法なのよ? 技術は教会が秘匿しているし、聖者や聖女、聖騎士や神官でもないあなたが回復魔法を使えるはずがないのよ?」
いや、俺はその神官そのものですが?
ちゃんと職業も取得している。
あ、もしかしてアレか、見た目が平民だから神官だと理解してもらえないのか。
なるほど、それは失礼した。
人間って見た目から入るからね、見た目って重要だ。
とはいえ魔法が使えるのは事実なのでゴリ押すことにした。
どうしても身分証は欲しい。
「でも、こう見えてかなりの修行を積んでるからねー。まだ効果は弱いけど、ちゃんと回復魔法は使えるよ」
「そ、そう。そこまで言うなら、見せてもらいましょうか。……ガイ、ちょっと手伝いなさい」
「おう」
俺の言葉に顔を見合わせ、何事かを始めようとする受付嬢と冒険者。
だが見せてくれっていうならやぶさかでもない。実際に証明できるチャンスはこちらからも願ったり叶ったりだ。
そしてガイと呼ばれた冒険者が俺の前までやってきて、腕組みをする。
見た感じかなり強そうで、鋼鉄製の武具に身を包んだその出で立ちは俺を瞬殺できそうなほど逞しい。
まあ当たり前か、だって俺はレベル3だし。
鑑定するまでもないな。
「ボウズ、回復魔法ができるって言ったな」
「できるよー」
「なあ、今ならまだ間に合うぜ? 嘘なら早めに取り消した方がいい。……神官でもない奴が回復魔法を使えると偽ったとなりゃ、この国では重罪だ。まだここからなら、子供のお遊びって事で済ませられる」
なるほど、やけに周りの冒険者に緊張感があると思ったら、そういう裏があったのか。
というかよく考えたらそりゃそうか、たぶん一般職云々っていう概念を持っているのはプレイヤーである俺だけで、この世界からしてみれば神官っていうのは医者だ。
さらにここは教会っていう宗教組織が神官をまとめ回復手段を牛耳る異世界であり、そういった組織がある以上は教会が大きな権力を持っていると想定するのは容易い事である。
もっと言えば、回復手段の多くを持つ教会という権力組織は、王族や貴族なんかに対しても強気に出れる強大な組織だ。
王族は聖職者ではないので回復手段が乏しく、命を大事にする権力者なら回復魔法を大事にするのは想像に難くない。
もちろん錬金術師の回復薬や、教会で修行はしたが所属を離れて貴族に仕えたり、冒険者に身をやつすハグレ神官だっているだろう。
だが、今の俺はそのどれにも当てはまりそうにない。
当然こういう展開になる訳である。
これが本当にブラフとかだったら目も当てられない展開になってたな、気をつけよう。
「でも、本当に使えるからねー。取り消すつもりはないよー」
「……そうか、分かった」
ガイはそれだけ言うと、いきなり自分の腕をナイフで引き裂いた。
血がドバドバ出ている。
……って、えええええ!?
何やってんだお前!?
回復魔法を見せろってそういう事かよ、正気か!?
いや、確かにそりゃ確実な方法だろうけどさ、別にそこまでする必要ないじゃん!
もうちょっと優しく手加減できなかったのか!?
「ほら、早く治してみろ。なに安心しろ、ボウズが本当に回復魔法を使えたなら、ちゃんと魔法一回分として正規の報酬を支払ってやる」
そういう問題じゃねーよ!
こんなんで報酬貰っても後味悪いわ!
だがこのまま見ている訳にもいかないので、仕方なく俺は彼の傷を癒す事にした。
治ったら一発殴ってやる、もっと自分を大事にしろ。
「……痛いの痛いのとんでいけぇ~」
「……なにっ!!!」
「う、うそ」
詠唱とか技名とか特に理解していない俺は、スキルの力に身を任せて回復魔法を使用する。
とっさに思いついたのが「痛いの痛いのとんでいけ」だったのだが、まあ呪文を唱えるセンスとかそういうのは本職の聖職者ではない俺の専門ではないし、適当でいいだろう。
そして回復魔法の発動と共に冒険者ガイの傷は徐々に癒えていき、その回復速度は決して早いとは言えないものの、時間をかけ確実に完治していく。
もっと浅く傷をつけてくれたら楽に治療できたのだが、あいにく血がドバドバ出る程に深く傷をつけていたため、レベル3の俺では少してこずった。
魔力が体からだいぶ抜けてしまったせいか、ちょっと倦怠感があるほどだ。
「ほら、治ったよ」
「本当、だったのか……」
「信じられないわ……」
やはり俺が治療できるとは信じていなかったようで、驚きの顔を浮かべ呆然とする二人。
はぁ、疲れた。
「じゃ、これで冒険者ギルドに登録してもいいよね? 一応近接戦闘にも力を入れてるし、どこかのチームが仲間にしてくれれば活躍できると思うよ」
「おいイリス、こりゃやべぇぞ」
「ええ、分かっているわ。……坊や、ちょっと悪いけど奥の部屋の方まで来てくれないかしら? お話があるの」
お話があるの、という割にはイリスと呼ばれた受付嬢は俺を強引に奥へと引き
おいおい、今度は何だ。
俺は野良の神官少年じゃダメなのか?
早く冒険者になって身分を安定させたいんだけど……。
しかしそんな願いも虚しく、逃げ出そうとしても女性とは思えない怪力と、後ろからついてくる冒険者ガイの監視の前では無力であった。
どうやら野良の神官少年というのはそれはそれで、何か問題があるらしい。