冒険の準備

アプリで戦利品を操作してみると、簡単にホーンラビットが取り出せた。

こう、何もないところから急にふわっと出てきた、ふわっと。

「おいおい、マジかよこれ……」

俺の部屋に横たわる角ウサギの死体と、石ころ一つ。

明らかに現実離れした光景に、絶句する。

もちろん出したからには仕舞う事も可能なようで、異世界の時と同じようにスマホを掲げて収納と念じると戦利品はアプリの中に収納された……。

どうやら次元収納は地球と異世界共通で使えるらしい。

「いや、ということは、……もしかして地球で手に入れた物も向こうに持ち込めるのか?」

異世界の戦利品しか収納できないのか、それともそうではないのかをさっそく実験するために、俺は台所の包丁を収納してみる。

するとあっさり収納に成功した。

特に収納できる素材に世界間の壁は無かったようだ。

「これは……、使えるな」

向こうの世界では武器が入手困難だったが、こちらの世界でサバイバルナイフ等を購入すれば一気に冒険が楽になる。

そして向こうの世界で得た戦利品如何によっては、こちらの世界で価値のある物もあるかもしれない。

例えば金とか銀とか、そういう財宝の事だ。

もしそれで食っていけるようなら、俺は社畜から解放される事になるだろう。

淡い希望を抱いた俺はさっそく出かける準備を整え、近所のホームセンターに直行した。

もちろん冒険の準備を整えるためである。

まず購入するのは強力なLED型の懐中電灯と、大きめのなた

本来はサバイバルナイフが欲しいところだが、あいにくホームセンターにサバイバルナイフは売っていない。

サバイバルナイフなんてのは現代日本において実用性はなく、所持するにしたって基本的に趣味みたいな物なので、売っているのはミリタリーグッズ専門店くらいなものだろう。

また、ホームセンターの帰り際に目についたコンビニで天然水とおにぎりを一ダース程購入。

こんなおにぎりばかり持って冒険する奴は普通いないだろうが、俺には次元収納がある。

荷物などどれだけあっても苦にならない。

そして意気揚々と冒険の準備を整え帰宅していると、ふと裏路地の方から言い争いのようなモノが聞こえてきた。

「ちょっと、あなたたち何なんですか!?

「おいおいその態度はつれないんじゃねぇの? せっかく俺たちがイイところに連れていってあげようって言ってんのにさぁ」

「そうそう。キミかわいいからさぁ、俺らの奢りって事にしといてあげるよ」

「ちょ、離してください!」

どうやらチンピラに女の子が絡まれているらしい。

女の子は嫌がっているようだが、二人のチンピラは彼女を取り囲み逃がす気はないようだ。

いやぁ、この時代によくやるよなあいつらも、警察呼ぶか?

そんな事を思いチンピラを睨みながらスマホに手を掛けた時、ふと脳裏にスキルの発動がよぎった。

最初から俺に戦う気は無かったのだが、そういえばあいつらってどのくらい強いのか、なんて思ったのが原因かもしれない。


【チンピラ1】

よわい。

【チンピラ2】

かなりよわい。


「えっ!? ……おいおい、嘘だろ!?

なぜか異世界の時と同じように、プレイヤーを舐めているとしか思えない雑な鑑定結果が出てきた。

夢か幻か、どうやらこの世界でも俺は職業スキルを使えるらしい。

だが鑑定結果に驚いて大きな声を出してしまったのが原因なのか、警察に電話しようとスマホに手をかけていた俺の存在は奴らの目に留まってしまった。

女の子も含め、完全にこちらを凝視している。

「おいおい、おっさん。ちょ~っとカッコつけすぎなんじゃねぇの? 今時そういうの流行らねえって」

「というかそのスマホ何、どこに電話かけようしてるの? 舐めてんのか、あぁ?」

鑑定結果に動揺している俺をどう勘違いしたのか、こちらを侮った彼らは態度で威圧し、ポケットからナイフのようなモノを取り出した。

おいおい、こんなところで刃物なんて出すなよ、危ないじゃないか。

しかし不思議な事に、刃物を出されているというのに俺は全く動揺する事が無い。

原因はなんとなく「俺の方が強い」と肌で感じている事が大きな理由だが、あの鑑定結果を信じるならば、まさか……。

少し考えた俺は、手に持っていたスマホをポケットに収め、奴らの方に歩み出す。

「は? おいおい、あのおっさんヤル気かよ!」

「いるんだよねぇ、こういう粋がりなやつ。オヤジ狩り、いっきまーす!」

二人いる男のうちナイフを持っていない方の一人が俺に殴りかかってくる。

俺はそれを冷静に見極め、すれ違いざまに足をひっかけて転ばした。

まさか俺にカウンターを繰り出されるとは思っていなかったのか、勢い余った男はそのまま顔面から地面に激突し、のたうち回る。

うわ、痛そう。

よく見ると歯が折れてるよ。

「がぁあああ!? い、いでぇ! いでぇええ!」

「は? なにやってんだお前! こんなおっさんにいい様にやられてんじゃねぇよ!」

「いでぇえええ!」

「くそっ! 死ねやぁ!」

残りのナイフを持った男が何をトチ狂ったのか、今度は本当に武器を構え突進してきた。

だが、それもまた脅威には感じられず、冷静な思考で対処をする。

ナイフを我武者羅がむしゃらに振り回す彼の横をすり抜け、後ろから蹴りを入れた。

「ガァッ!?

「うわ、マジで弱い……」

つい本音が漏れた。

いや、だが本当に弱い。

なぜか相手にならない。

しかしこれでハッキリした事がある。

戦いが始まる前までは半信半疑だったが、どうやら俺はスキルが使えるだけでなく、キャラクターのレベルすらも反映されているようだ。

今の回避も攻撃も、明らかに動きが素人じゃなかったし威力も普通じゃなかった。

まるで本当に戦闘を生業とする戦士が殴ったかのような、そんな威力だったのだ。

もしかしなくても俺、めちゃくちゃ強い。

その事実を実感し、肉体の感覚を確かめるために手をグーパーしていると、後ろから声がかかる。

「あ、あのっ! ありがとうございます!」

「ああ、いいよ。ちょっと確かめたかった事があるだけだから」

「え?」

困惑する見知らぬ少女Aだが、事実を打ち明けたところで頭のおかしい人として認識されるのが関の山だ。

適当にはぐらかす。

……しかしよく見ると本当に美人だな。

どう考えてもチンピラが十割悪いとはいえ、あいつらが声を掛けたくなるのも分かる美少女っぷりだ。

恐らく年齢は高校生くらいだろうか、結構オシャレな制服を着た美少女Aは何かお礼を言おうとしてしどろもどろになっている。

「あの、なんてお礼を言っていいか」

「いやいや、本当にいいって。楽勝だったし」

「でも、頬に切り傷が……」

「え!?

手で右頬を触ると、あの我武者羅に振るっていたナイフが僅かにかすっていたのか血が垂れていた。

右手には血が付着している。

初めて現実で生臭い傷を負った俺は動揺し、ついスキルを発動してしまう。

「うぉっ!? い、痛いの痛いのとんでいけぇ!?

傷を何とかしなくてはという思考で埋め尽くされ、勢い余った俺は回復魔法を発動させてしまった。

しかしこれは失敗だったようだ。

「…………」

「…………」

気まずい。

「……あ、ああ、あの、えっと」

「…………ははははは、なんちゃって?」

スキルを発動してから失敗に気付くが、時既に遅し。

右頬の傷口は回復魔法の淡い光につつまれ、パックリと開いていた傷はきれいさっぱり無くなった。

完全完治である。

そして完全に超常現象がバレた。

誤魔化そうとしてはいるが、無駄な努力かもしれない。

「あの、今のは……」