「ふう、一件落着なのれすよー」
「つ、疲れた……」
「まーちゃん、ほら、消毒しよう?」
「傷ができたから消毒というのも考えものだぞ。傷口から出てくる血液や浸出液には、菌から体を守る白血球や免疫グロブリン、それに傷を治す成分である成長因子が含まれている。消毒という行為によって、それらがダメージを受けてしまう可能性が多分にあるのだ。最良なのは生理食塩水で傷口をよく洗い、被覆材で傷を覆う方法だな」
かなみはテーブルからグラを拾い上げ、両手で抱えながらあるてみすを見やり、
「──しかし、一騎刀千の力というのはすごいものだな。M202A1ですら傷一つ付かなかったというのに、まさか真っ二つにしてしまうとは」
「私も自分でびっくりしてるわ。あのハニワの体を駆け上れるとは思わなかったもの。──それで、生理食塩水ね。塩は〇・九%だったかしら?」
あるてみすが笑って、
「変身後のお三方の力はまさしく超人なのれすよ。やってやれないことは、大体ないのれす。一騎刀千については扱い方次第れすね。今回の場合、志津香さまの怒った力がポテンシャルを引き出したのだと思うのれすが」
「しーちゃん、生理食塩水もいいんだけど、汗かいちゃったから、お風呂入りたいな」
「あ、じゃあ、お水を煮沸消毒してる間にお風呂にしちゃおうか?」
「うん、そうだね。……あ、そうだ。今日はかなみも一緒に入らない?」
なぜともなく、そんな気分だったのだ。阿部家の風呂は広く、四、五人程度なら楽に入れるだけのキャパシティがある。
「……そうだな。たまにはいいだろう」
かなみはそう言うと、グラをぽいと茶の間の隅に投げ捨てた。グラはころころと転がると、顔を上にして止まった。そのまま天井を見つめている──ように見える。
「ちょ、あるてみすだけ仲間外れれすか!?」
あるてみすが悲痛な声を上げ、かなみが怪訝にあるてみすを見やる。
「お主、一度でも風呂に入ったことがあったか? そもそも風呂に入って大丈夫なものなのか? 錆びたりはしないのか?」
「それはもう、ばっちりなのれすよ。普段入らないのは、単に面倒くさいからなのれす」
「……いくら新陳代謝がないとは言っても、」
「それは不潔よ、あるてみす」
茉莉と志津香に言われ、あるてみすはつまらなそうな顔をする。
「むう……お三方で入られるのれすか?」
「姫宮、茉莉、許可してやってくれないだろうか。ただしあるてみす、録画は絶対にするのではないぞ。それと欲情もなるべくするな」
「あるてみす自体には録画機能はついていないのれすよ。でなければ、あんなビデオカメラを用意したりはしないのれす。それとあるてみすの萌えはもっぱら着衣による変化、チラリズムに嗜好が向けられていて、全裸にはさほどパトスを感じないのれすよ」
あるてみすが示した方向には、例によって等間隔に並べられたカメラと、手動操作用の巨大なビデオカメラが設置されていた。
「それなら、まあ……」
「いいわよね、まーちゃん」
「え、私が決めるの? そ、それじゃ……うん」
ということで、やかんにたっぷりの水を入れて火にかけると、四人がやがやと脱衣所に移動して、服を脱ぎ始める。
「そういえば今日はワンピースなのね、まーちゃん」
「う、うん。変かな?」
「変ではないれすよ?」
「お主に聞いておるのではない。二人の世界を壊すな」
「べ、別に二人の世界ってわけじゃ」
「そうよ、私たちみんなで家族でしょ?」
「え、あるてみすも家族に入れてくれるのれすか?」
「それに……私も」
「何を言っておる、今更のことだ」
「そうそう、今更」
「ふふ、嬉しいな……あ、かなみちゃんの下着可愛い。水色と白の縞々パンツなんだ」
「ふふん、ちなみに昨日はくまさんパンツだったぞ。それより、愛しのまーちゃんの下着はチェックしないのか?」
「まーちゃんのは毎日見てるもの」
「……愛だな」
「う、羨ましいのれす」
「しーちゃんは、後でちょっと今後のことについて、じっくり話をしようね。そういうあるてみすは……シュミーズ、ドロワーズにペティコート?」
「メイドとして当然のたしなみなのれすよ」
「はあ……徹底してるのねえ」
茉莉が言ったところで、全員が服を脱ぎ終わった。
皆それぞれが何気ない仕草で、大事なところを隠している。
「一番乗りっ」
志津香が洗い場に降りると、お湯を汲んで身体を流した。そのまま浴槽へ向かう。
「それじゃ二番……かな」
茉莉がお湯を汲んで身体を流し、浴槽に入る。
「三番、阿部かなみ、参る」
かなみが溢れんばかりになっている浴槽からお湯を汲んで身体を流し、二人に続く。
「大トリはあるてみすなのれす」
あるてみすが湯を汲んで身体を流し、浴槽に身をひたすと、ざばーとお湯が溢れた。
「それにしてもあるてみす、裸になっても全然アンドロイドって分からないのねえ」
「それはもう。ますたーのこだわりが詰まりに詰まったボディれすから」
「みごとに第二次性徴期のボディだな。彰造のこだわりというのも困ったものだ」
「かなみさまにはまだちっともその兆候が見られないのれすね」
「うむ、そろそろ始まってもおかしくはないのだがな。まあ、遅い場合には十二歳になってからようやくなどという者もいると聞く。心配はしておらん。それに──」
「それに?」
三人の声が同調した。
「このままであれば、それはそれで希少価値だぞ」
茉莉がため息を吐き、
志津香は肩をすくめて、
あるてみすは激しく同意した。
「その通りなのれすよ、かなみさま!」
「まあ、茉莉の妹であるからな。姫宮のような体型になれるとは到底思ってはいないし、であれば中途半端に育って凡庸になるよりも、つるぺたのままの方がマニア受けするのではないかと思うのだ。もちろんあるてみすのようなふくらみかけ萌えの人間も多数いることだし、それを永遠に保つことのできるあるてみすは多少羨ましくもあるがな」
「ふっふっふー、アンドロイドの利点なのれすよ。ますたーの趣味と一致さえすれば、いつでも志津香さまのような理想的なボディを手に入れることも可能なのれすよ」
「お祖父ちゃんが『高次の世界』から帰ってくればね……」
茉莉がぽつりと漏らして、沈黙が一瞬降り立った。
天井から落ちてきた水滴がぽちゃりと湯船に落ちて、
「今日の『圧縮』作業も、なんとか無事に終わりましたれすが……いつまでこれを続ければいいんれしょうかねえ」
「無事じゃないわよっ。まーちゃんのほっぺたに傷がついたのよっ!?」
「大丈夫だよ、しーちゃん。こんな浅い傷、痕も残らないってば」
「でも、心配だわ……」
と、志津香がじゃぶりとお湯をかきわけて茉莉の隣にやってくると、
ぺろ、
と、茉莉のほっぺの傷を舐めた。
「ちょ、ちょちょ、しーちゃん?」
「傷は舐めて治すものよ。動物もみんなやってるでしょ?」
「疑問なのれすが、唾液には細菌がたくさん含まれているはずなのれす。それをすりつける行為が治療行為にあたるのれすか?」
「唾液の中には上皮成長因子──通称EGFというものが含まれている。体表面を覆う細胞である上皮の細胞の増殖を促す働きがあるのだ。もちろんあるてみすの言うように唾液中の細菌が入るのは好ましくないが、あながち間違った治療法というわけではない」
「だってさ♡」
と言って、志津香はぺろぺろと茉莉のほっぺたを舐める。茉莉が逃げないように右腕を抱きしめてきているので、自然と志津香の大きな胸が腕に押しつけられ、なんともいえない柔らかな感触が伝わってくる。それがまた茉莉には恥ずかしい。
「ちょっと、しーちゃん、くすぐったいよ……それに恥ずかしいし」
「おー、いい絵なのれす。これは萌えるのれすよ!」
「あるてみす、こういうのが見たければ早起きしてみるとよい。最近の茉莉と姫宮は『おはよう』『いってきます』『ただいま』の際にほっぺにキスをしあっておるぞ」
「な、それはホントなのれすかっ!? 是非録画を──」
「あるてみす、戦闘時以外の家庭内での録画行為は禁止するわよ」
茉莉がきっぱりと言うと、あるてみすはこの世の終わりのような顔をした。
「それはないのれすよ、茉莉さま~」
「でないと、プライバシーも何もなくなっちゃうでしょ? 録画に許可なんか出した日には、盗撮の恐怖に怯えて過ごさなきゃならなくなるわ」
「そうね、あるてみすの常識と私たちの常識はかなりズレてるみたいだし、着替えやお風呂は無論、お手洗いの中まで撮影されそうで怖いわ」
やっと茉莉の頬を舐めるのを止めた志津香が、茉莉の腕に抱きついたまま言う。
すると、かなみがふうと息を吐き、
「ようやく茉莉から録画禁止令が出てほっとしたぞ。毎晩寝姿を観察されているのも落ち着かなかったものでな」
「ば、バレていたのれすか!?」
「そんなことしてたの!? かなみも早く言いなさい、そんなの即刻やめさせるわよ」
「こっそりとシャッターチャンスをうかがっていたのれすが……かなみさまは非常に寝相がよろしくて、寝返り一つうたなかったのれす……」
「それはお主が見ていたからだ。寝返りには疲労回復効果がある他、背骨のゆがみなど、骨格の矯正効果もあるのだ。寝返りのうてない生活というのも辛いものだったぞ」
「そんな効果まであるんだ……」
と、志津香は感心したあと、
「さて、まーちゃん、背中の流しっこしようか?」
「え? ちょっと、そんないつもしてるみたいな言い方しなくても、」
「こないだはしたでしょ? 今日もしよ?」
志津香に腕を抱かれたまま立ち上がられて、茉莉も湯船から出る。
「おー、お二人とも素敵なプロポーションなのれすよ。志津香さまのナイスバディもいいれすが、あるてみす的には茉莉さまの寸胴体型がなんとも言えないのれす」
湯船の中から二人を見上げて、あるてみすが言う。
茉莉は無言で、その頭をつかみ、湯の中へと沈めた。
「らりをるるろれるら! るるりいれるろ!」
あるてみすが湯の中で何かを言うのだが、ごぼごぼとした泡の音にしか聞こえない。
「まったく……騒がしくなったな。これからが思いやられる」
かなみがぽつりと呟いて、あるてみすがぶはあと湯の中から顔を出し、茉莉は胸を隠すようにしながら志津香に背中を洗われている。
そのようにして──今日のお風呂タイムは過ぎていった。
*
「ふう、今日も疲れたわねー」
ピンクのパジャマ姿になった茉莉が、布団の上に立ちながら言う。
「そうね……桜の樹は惜しいことをしたけど、まーちゃんのケガもたいしたことなくて、ほんとによかったわ」
淡いブルーのチェックのパジャマを来た志津香が、隣に敷かれた布団の上で言う。
お風呂の後、夕食も済み、お茶の間での雑談を終えて、もう寝る時間がやってきていた。
「それに、まーちゃんは昨日から悩みっぱなしだったもんね? 疲れちゃったでしょ?」
「う……」
そういえば、グラフォトンの一件のせいですっかり忘れかけていたが、今日は上杉をフったばかりなのだった。午前中と比べると、今の気分はすっきりとしている。
「ね、まーちゃん」
「ん?」
「今日はさ、一緒に寝ていい?」
上目遣いで、懇願するように言ってくる志津香にどきりとするが──
「? いつも一緒に寝てるじゃない?」
「じゃなくて、一緒の布団で」
「えええっ!?」
茉莉はなんとなく頬の絆創膏を人差し指でなぞりながら、しばし考える。
そんなの許すと際限がなくなっちゃいそうだけど──
今日は恋愛相談にも乗ってもらっちゃったし、戦闘でも助けてもらったし。
「……今日だけ、特別だからね?」
言うと、志津香は茉莉に飛びついてきた。
「わーい、まーちゃん大好きっ」
「言っておくけど、今日だけだからね? 恋愛相談にも乗ってもらったし、巨大ハニワを倒せたのはしーちゃんのおかげだし、だからなんだからね?」
「うん、分かった。今日だけね」
志津香は嬉しそうにいそいそと、茉莉の布団に潜り込んだ。
茉莉が電気を消して、その隣に入る。
「まーちゃん」
「うん?」
「おやすみのちゅー、して?」
ふう──と、茉莉はため息を吐き、
「おやすみ、しーちゃん」
そう言って、志津香の頬にキスをした。
「おやすみ、まーちゃん」
すぐにお返しとばかりに、茉莉の頬に志津香がキスをしてくる。
そして、二人手をつないだまま──
今日も、眠りに落ちていくのであった。