あるてみすは、どん、と胸を叩いて、さつそうとグッズコーナーへと歩き始める。店内の客がメイド服姿のあるてみすを見て一瞬ざわつく。しかし、何かのイベント、あるいは雑誌の取材などの類だと思われたのだろう、時折視線を向けられる他は特に何事もなかった。

「すごい、すごいのれす。思わずよだれが出ちゃうようなグッズが山ほどあるのれすよ」

 本当によだれを垂らさんばかりのにやけ顔で一度店の奥まで進んだあるてみすは、早足で入り口まで戻ってくると、おもむろに買い物かごを手に取った。そして、目に付くもの片っ端からという勢いで買い物かごに放り込んで行く。

「……あるてみす? 今手にしたそれは五千円もする時計だが、」

「時計は部屋の必需品なのれす。それがたまたま可愛いアニメグッズだったからと言って何の問題もないのれすよ」

「いや、お主はNTPサーバーと直で無線接続できるではないか。そもそも時計は不要品なのではないかと思うのだが」

「む、むむ、でも、お客さまが来たときに困るのれす」

「私の部屋の時計を見ればいいだろう。それ以前に、お主に招く客などいるのか? よしんばいたとして、私の部屋の押し入れの中に招くという行為はどうかと思うが」

 かなみが言うのだが、あるてみすは結局その目覚まし時計(文字盤に描かれたアニメキャラの声で起こしてくれる機能付き)を買い物かごから戻すことはしなかった。

 あるてみすの物欲は止まらない。かぎなど一つも持っていないくせにキーホルダーをかごに入れ、飲み物など飲まないくせにタンブラーをかごに入れ、可愛いからという理由で読んだこともない漫画のマスコットのぬいぐるみをかごに入れて、それをかなみに指摘されると、「なら今から読めばいいのれす」と漫画も現在発刊されている巻全てをかごにつっこんだ。

 そこでかなみは自分の用事を思い出した。──というか、思い出させられた。

 漫画新刊のコーナーにポップが飾ってあり、そこには『女神さまっが見てるフェア開催中』と書かれていたのだ。

「ふむ、どうやら人気を得ているようではないか」

「かなみさまはこれを買いに来たのれすか?」

「うむ。茉莉と姫宮の仲を進展させるために百合漫画を探していたところ、学友にいいと薦められたのがこの漫画だったのだ」

「かなみさまは、茉莉さまと志津香さまをゆりゆりな関係にしたいのれすか?」

「まあ、なれば面白いな、という程度だがな」

 かなみが言うと、あるてみすはぱっと目を輝かせた。

「それなら! このあるてみす、全力をもってサポートさせていただくのれすよ! お二人がゆりゆりな関係になれば、きっとあんなシーンやこんなシーンも撮り放題なのれす……」

「当たり前だが、家内で盗撮はしないようにな」

 あるてみすに釘を刺しながら、ポップを見やる。そこには『ただいま関連商品千五百円以上お買い上げで直筆サイン入りポストカードプレゼント』と書かれていた。見ると単行本は現在三巻まで出ているようで、それら全てを買えばおよそ千三百円にはなる。

「ふむ……どうせ千三百円使うのであれば、ポストカードも欲しいものだな」

 フェアのコーナーには単行本の他に、ファンブック、メールガード、マグカップ、コンパクトミラーなどが置かれていたが──

「ふむ。あるてみす、この中に欲しいものはないか?」

「この中でれすか?」

 あるてみすはうーんと悩み、

「あるてみすが買うとしたら、これれしょうか」

 と言って、フォトスタンドを手にした。中には主要格の生徒会のメンバーと思われる五人の美少女のイラストが入っている。

「めがねっこの大きさが小さいのが不満れすが……」

「あるてみすは眼鏡属性なのか?」

「はいなのれす。わざわざマスターによって、眼鏡をかけないとマトモにものが見えない設計にされたくらいなのれす」

「眼鏡のキャラをプッシュしていくのであれば、こちらなどもいいのではないか?」

 と、かなみが『女神さまっが見てる』生徒会会計のピンバッチを示すと、

「ああ、でも、この作品のめがねっこ──巨乳会計さんはあるてみす的には駄目なのれす。──そもそもめがねっこの魅力とは、せいで真面目に見えるところ、そしてストイックな雰囲気にあるのれす。この二つの魅力が際立つことで、か弱いタイプのキャラに対するよくも、頼れるタイプのキャラの強さも強調できる素晴らしい萌え要素となるのれす! また、眼鏡のレンズは凸レンズであるため眼球は実際には小さく見えるわけれすが、人間の目はレンズの大きさまで含めて『目の部位』と判断するのれす。人間は基本的に目の大きい動物を『可愛い』と認識するため、めがねっこが可愛いのは必然! 宇宙の真理なのれす!! しかし、この会計さんはそんなめがねっことしての魅力を生かしきれてないのれすよ!!

「……そう思うのは、単にあるてみすが巨乳NGというだけのことではないのか?」

 あるてみすがかごに詰めた商品を見やれば、基本的には貧乳ろりっ子ものの製品が大多数を占めており、高校生程度のキャラクターでも貧乳キャラのグッズしか見あたらない。

「そ、そ、そんなこともないのれすよ。巨乳は巨乳でいいものなのれす。ただ、基準はあがるれすねー。志津香さまくらいの美人じゃないとあるてみすの食指は動かないのれす」

「そのハードルは高すぎると思うが……まあ、私もおおむね同意だ」

「ということで、この巨乳めがねっこのグッズはいらないのれす」

 と言って、あるてみすはフォトスタンドを元の場所に戻した。

「ふむ、しかしすると困ったな。たかだか二百円でいいのだが……」

「それならば実用性という観点から見てはいかがれすか?」

「実用品か……」

 下敷きが二百五十円だが、かなみは既に下敷きなど普通のを持っているし、わざわざ買うまでもない。愛にプレゼントしてやってもいいが、既に持っている可能性も高い。

「ふむ、これにするか」

 と言ってかなみが手に取ったのは、四百円のせんだった。メモ部分にSDキャラのイラストが薄く入っている他は普通の付箋である。

「かなみさま、付箋なんか必要なのれすか?」

「いや、必要ない。一度読んだ本であれば、どのページに何が書いてあったかは大抵記憶できるな。だが、電話の横あたりに置いておけば茉莉が使うだろう。それに、先ほどのようにメモを残しておくときにも使えるだろう」

 かなみはそう言って、単行本三冊と付箋を手にしてレジへと向かった。その後を、あるてみすがついてくる。店内は混雑時に突入したのか、全てのレジが埋まっていた。会計待ちの長蛇の列に並んでいると、やがてかなみの番がやってきた。レジに単行本と付箋とポイントカードを置き、手早く会計を済ませる。かなみがレジから退くと、空いたそのレジに、あるてみすが両手に持ったあふれんばかりのグッズが入れられた買い物かごをどかんと置いた。

 レジのお姉さんが笑顔で応対をする。

「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?」

「いえ、持っていないのれす」

「お作りになられると、今回の分からポイントがついてお得ですよ。いかがですか?」

 あるてみすは、どうしよう、というふうに隣のかなみを見やった。

「作ればよかろう。住所はうちのものを使えば構わないし、私だってポイントカードは持っている。度々買い物に訪れるようであれば作っておくほうが利口だろうな」

「分かりましたのれす」

 と、ポイントカード発行用紙に必要事項を記入し始め──

「かなみさま」

「なんだ?」

「私には姓がないのれす。どうすればいいれすか?」

「阿部で構わないだろう。姓名は阿部あるてみす、としておけ」

「はいなのれす」

 あるてみすはそのまま用紙を記入し終えると、店員に手渡した。

 それをざっと眺めた店員が──怪訝な顔をする。

「すまぬ、少しそれを見せてもらえぬか?」

 かなみが言って、店員からひったくるように用紙を手に取った。

 眺め──すぐさまに問題点に気がつく。

『性別:アンドロイドにつき無性』

「あるてみす、ここは女としておけ」

「……でも、あるてみすは女性型ではありますが、女性ではないのれすよ?」

「いいんだ。少しは柔軟性を持て」

 かなみが用紙の「女」に〇を付けて店員に提出する。

「はい……それでは、これで問題ありませんね。それではお会計ですが、消費税込みで五万四百円になります」

「え……」

 五万円を代金トレイの上に置いたまま、あるてみすが硬直する。

「あ、あれ、ええと、私の計算によると四万九千円ちょうどになるはずなのれすが」

「えっとですね……あ、書籍以外の品には消費税がかかりますので」

 笑顔のお姉さんの前で、あるてみすはだらだらと汗をかく。アンドロイドなのに。

「……た、確か、平成十六年から消費税は内税として、値段表示に付加して表記するのが原則となったはずではないのれすか?」

「申し訳ありません、当店では別税となっておりまして……値札にもそのように表記されているはずなのですが」

 あるてみすが商品を手にとって見やると、例えばさっきの時計──『五千八百円(外税・税込み価格六〇九〇円)』となっている。確かに税込み価格も併記されているのだが、あるてみすの目にはそんなもの入らなかったのだ。いや、一つでも多くのグッズを買いたいがために、意図的に視界からシャットアウトしていたのかもしれない。

「あ、あう、あるてみすは五万円しか持っていなくてれすね、ええと、こういう場合どうすればいいかというと、お皿洗いをして足りない分を──」

 かなみはため息をついて、自分の財布から五百円玉を一枚、あるてみすの握りしめた五万円の上に落とした。

「いちいち慌てふためくな、横にいる私が恥ずかしいではないか。これで足りるだろう? さっさと会計を済ませて帰るぞ。こんな時間になってしまったからな、夕食の準備も終わって、私たちの帰りを待っているかもしれん。……まあ、二人きりの時間を作ってやるのもいいかもしれんがな」

「も、申し訳ないのれす……」

 あるてみすが頭を下げると、かなみは下げた頭を無理やりに上げさせた。

「違う、あるてみす」

「へ? え? 何が違うのれすか? あるてみすは五百円をかなみさまからお借りすることになってしまって、それを──」

「そういう時には謝るんじゃない。ありがとうと言えば、それでいいのだ」

 あるてみすはきょとんとした顔をし──その顔が徐々に笑みへと変わっていく。

「ありがとうございますなのれす、かなみさま。この方が、なんだか温かい感じがするのれすね。あるてみすは初めて知ったのれす」

「我が家のしきたりのようなものだ──敏三がそういうことにうるさかったのでな」

「敏三さま……れすか」

 今さっきまで嬉しそうだったあるてみすの目に、わずかにかげりが差す。

 かなみはため息一つ、その背をばんと叩いて、

「ほれ、店員のお姉さんが困っているではないか。とっとと会計を済ませるがよい」

「は、はいなのれす。すみません、お待たせしましたなのれす」

「いえ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

「はいなのれす!」

 店員さんから百円玉を一つ、長い長いレシートを一枚、初日でたっぷりとポイントのまったカードを受け取って、かなみとあるてみすは兄メイトを出た。

 帰り道、かなみはあるてみすの両手に握られているぱんぱんの紙袋に目を落として、しみじみと呟く。

「……しかし、まさか五万円買うとは思わなかったな」

「ふふー、兄メイトは宝の山なのれす。また、買い物に来るのれすよ」

 幸せそうなあるてみすに、かなみはぼそりと、

「……疑問だが、軍資金はどこからくんだ?」

「う……それは……盲点らったのれす」

「アルバイトなどできる身ではないことも分かっているな? 履歴書が書けないし、そもそも戸籍すらないのだからな。日雇い即払いの肉体労働ならできるかもしれんが、その服ではまず雇ってもらえんだろう」

「うう……」

 どんどんと沈み込んでいくあるてみすの背を、かなみは軽く叩いた。

「案ずるな。そうだな……今日の一件で少しは買い物に関しても学んだろう? お前にも多少の小遣いをやるよう、茉莉に頼んでやろう。これからはそれでやりくりすると良い」

「は、はいなのれす! ありがとうございますれす、かなみさまっ!」

 叫んで、満面の笑みをたたえたあるてみすはかなみの背に飛びついた。

「やめろ、乗るな──お主、自分の体重が人間よりはるかに重いと理解しているのかっ。その上両手に山ほど荷物を持って──私が潰れてしまう」

「ぬふふー、ありがとうなのれす、かなみさまっ」

 かなみの小さな背に頬ずりをするようにして、嬉しそうな笑みを浮かべるあるてみす。

 かなみは少し気まずいような、照れくさいような顔をして、

「その代わり、私が何か手伝いを頼んだときには引き受けてもらうからな」

 言ったのだが、あるてみすは自信満々の声で、

「お任せくらさい! あるてみすにできることでしたら、なんでもするのれすよ!」

 かなみは微苦笑して、

「まあ何しろお主だ。それほど期待はしていないがな」

 と言って、かなみはあるてみすの下を強引に抜け出して、てくてくと歩き始める。支えを失ったあるてみすが地面に顔面を思いっきり打ち付ける。しかし両手の荷物には傷一つ付けないあたりはさすがというか。

「ひ、ひどいれすよ、かなみさまー」

 顔を土埃と涙で汚したあるてみすが、両手のばかでかい紙袋を揺らしながら、かなみの小さな背を追った。

 

 そして阿部家では、夕ご飯と、二人を心配して気が気ではない茉莉と、そんなこと気にしたふうもなく茉莉の背に寄りかかって甘えている志津香が待っていたのであった。



「ごちそうさまでしたっ」

「うむ、そうになった」

「ごちそうさまれしたなのれーす」

「いいえ、お粗末さまでした」

 笑顔で言った茉莉が、みんなの食器を集めて台所へと運んでいく。

 ちなみにあるてみすは夕食は食べていない。本人曰く食べることもできるそうなのだが、食べる必要がないということで、ならば食費節減のためにとあるてみすには夕食が与えられていないのである。代わりにみんなが夕食を食べている間はコンセントから充電していた。

「茉莉さま、お皿洗いのお手伝いはいらないれすか?」

「ん、いいわよ。一人でできるから」

「でも、この後圧縮作業を行なってもらうのれすから、」

「あるてみすは戦う代わりに、機械の操作とかをしなくちゃいけないんでしょ? 忙しいのはどっちも一緒だから、気持ちだけもらっておくわ」

 茉莉はにっこりと笑うと、皿洗いを再開する。あるてみすは残念そうに指をくわえると、すごすごと茶の間に戻る。

 茶の間ではかなみと志津香が、次はどんな服装になるのかを予想していた。風変わりな組み合わせだが、この二人も二週間ですっかりうち解けている。

「でもねえ、初回からあんな……チャイナスク水だったかしら? あんな奇抜なので来られたんじゃあ、予想の立てようがないわよ」

「いや、そうでもないぞ。チャイナスク水というのは、要するにスクール水着+チャイナドレスだ。萌えの基本は一応守っている。そうすると今までの会話などからの傾向からかんがみるに、セーラー服、体操服、メイド服、ロングのTシャツオンリー、ナース服、魔法少女ルック、ゴスロリ、ボンデージ、白衣、幼稚園の制服、巫女服、アンミラの制服などなど、様々なパターンが考えられる。それらの組み合わせ、例えば上セーラーに下ブルマなどまで考えにいれていけば、まあどれか一つくらい当たるだろう」

「当たったところでちっとも嬉しくないけれどね」

 志津香が言ったところで、茉莉が皿洗いを終えて茶の間に戻ってきた。とたんに志津香はご主人が帰ってきた犬のようにすり寄って行くと、茉莉を座らせてひざまくらの体勢になる。

「はー、今日も一日疲れたねー、まーちゃん」

「これから戦闘があるんだから、あんまり気を抜かないでね、しーちゃん」

 と言いながらも、茉莉はすっかり慣れた様子で志津香の髪をひと撫ですると、食後のお茶をれて飲み始める。

「でも、今回は前回より楽なんでしょ? またまーちゃんと私がおとりになって、かなみちゃんに一網打尽にしてもらえば──早いけど、何か嫌よね、それも」

「それ以前に、また前回と同じ生物が出てくる可能性は低いのれすよ」

 志津香の言葉にあるてみすは、グラフォトン圧縮機をいじりながら言った。

「ウサギモドキは女性に性欲を感じているようれしたが、別にそれはフォーマットではないのれす。前回はあれだったから助かりましたれすが、あれで性格が凶暴だったりしたらもっと大変な事態になっていたのれすよ。充分に注意して戦闘にあたってくらさい。今回は圧縮するエネルギーの総量が前回より圧倒的に少ないれすから、敵は前回より弱いものと思われるのれす。でも、大人しいライオンと凶暴なウサギ、どちらがマシかと言われれば難しい問題なのれす」

 その言葉に、かなみはちらとテーブルの端に置かれている例のプレートを見やり、

「ふむ、そうなのか。私はてっきりグラフォトン生命体には女性を好む性質があり、だからこそ彰造が奇抜でマニアックな格好をさせているのかと思ったのだが──」

「ただの趣味なのれす」

 茉莉はえて、誰の、とは聞かなかった。

 まあ、映像撮影なんて頼んでいるくらいだからお祖父ちゃんの趣味なんだろうけれど──あんな恥ずかしい格好はあまりしたくないなあ、と茉莉はしみじみ思った。

「それでは、準備ができたら変身をしてくらさい」

「だって。ほら、立って、しーちゃん」

「んー」

 立ち上がる茉莉に引きずられるようにして志津香が立ち上がる。かなみが無言でイヤリングをはめ、首に志津香をぶらさげたまま茉莉もイヤリングをはめ、志津香は、

「はめてー」

 と、茉莉に右の耳を見せる。

「もー、しょうがないなー」

 茉莉は志津香の分のイヤリングを手に取ると、志津香の耳にはめた。

「痛くない? これぐらいで大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 そこでようやく志津香は茉莉から離れ、右耳のイヤリングを軽く弾いた。

「それじゃあ──」

 と言って、茉莉と志津香はお互いを見やる。かなみは無表情にうつむいたまま、同時に口にする──

「スイートチェンジ、シュガークラフト」

 一瞬三人の身体が白い光に包まれて、次の瞬間に光が消え去る。

 その瞬間には、茉莉たちの姿は一変している。

 今回のコスチュームは、ごく一般的な体育着であった。わざわざ胸に「茉莉」「志津香」「かなみ」と書かれたゼッケンがしゆうされている。そして、ただし──下半身が茉莉たちには見慣れない、太腿が露わになった紺色のショートパンツとなっていた。

「って、え、これがひょっとしてブルマってやつ?」

 茉莉が言うと、あるてみすは若干鼻息荒く大きくうなずいて、

「はいなのれす。起源は諸説あるのれすが、十九世紀アメリカの女性解放運動家、アメリア・ジェンクス・ブルーマー女史が、コルセットで腹を締めるような当時の下着に反発して作ったものだというのが有力なのれす。当時は膝辺りまで丈のあるものれしたが、より運動しやすいように、と改良されていったものなのれす」

「それで、こうなったわけ?」

 志津香が言うと、あるてみすは再びうなずいて、人差し指を立て、

「日本においてはいわゆるちょうちんブルマが昭和中頃まで用いられていて、そのショーツ型のブルマが普及するようになったのは一九七〇年代以降れす。機能的に動きやすく体に密着していて、オリンピックや国際競技の場で公式に使用されている向きがあったことで『ショーツ型ブルマ=女子の体操服の代名詞』として当然のように扱われていたのれすが、だいたいを完全に露出するスタイルに羞恥心を覚える女生徒などによる反発を受けて、現在学校での使用傾向は大幅減少にあるのれす」

 かなみが、今日もまた姿見の前であれやこれやとポーズをとりながら、

「ちなみに、ブルマを性的好奇心の対象として見る嗜好者たちの中に、学校内部を盗撮したり、校舎に侵入して窃盗をはたらく者が現れたことや、さらには女子生徒から着用済みのブルマなどを買取り、嗜好者に販売する『ブルセラショップ』というものが社会的な問題になったことも追放運動の追い風となった」

 あるてみすは、崩れ落ちるように畳に膝を落とした。

「大変残念なことなのれす。ブルマは世界の宝れしたのに」

 茉莉はそういえば、と思い起こし、

「あー、私、中学校まではスパッツだったわ。今は短パンだけど」

 あるてみすは顔をあげ、

「体育着にスパッツというのもまたよいものなのれす。……でも、今はそれすらも……あんな無骨な短パンに変わり果ててしまったのれす。嘆かわしいことなのれす」

 あるてみすはしばし畳に両手を突いて伏していたが、やがて顔をあげると、ふるふると頭を振って、自らの両の頬をぱしんと叩いた。

「過ぎ去った日々を嘆いていても仕方がないのれす。早速今日の圧縮作業を行なうのれすよ。設定個体数は前回より若干少なめ、個体強度も前回より弱めなのれす。さ、みなさん、それぞれの武器を持って、リラックスして庭に出るのれすよー」

 それぞれがたねしまいっとうせん、M202A1を持って庭に出る。庭はあるてみすがどこからか調達してきた無数の照明によって昼間のように明るい。あるてみすは三台の固定脚のカメラを縁側に並べ、自らの肩にもカメラを背負い、録画の体勢を整えた。

「それでは、いくのれすよー、すいっち、ぽん!」

 ぽん。

 三人の目が、それに集中した。

 バレーボール大の白い球体に短い足が生えていて、ペンギンのような羽根をもち、顔にあたる部分には大きな丸い目が二つ、ぱちくりと瞬いている。鼻は見たところ無いようであったが、口に当たる部分には小さなくちばしがついている。

 それが、一体だけ、現れた。

「え? あれ、前回ほどじゃないにしても、大量に現れるはずじゃなかったの?」

「それに……これは、ちょっと……倒してしまうには忍びないわね」

「うむ、これは……その、なんというか……可愛い、な」

 現れた怪物は、ちょこちょこと数歩歩いたかと思うと、背中を地面につけてころん、と丸くなってしまった。それきり動く気配もない。前回のウサギモドキもやる気がなかったが、今回のそれは輪をかけてひどい。こちらに無関心どころか、動く意思すらなさそうだ。

 動揺している三人を前に、あるてみすが圧縮機をいじりながら、

「あれ、おかしいのれすね。ちっともエネルギーが減っていないのれす」

「あるてみす」

 という声は、お茶の間のテーブルの上から聞こえた。彰造の立体映像だ。

「グラフォトン測量機を使って、あの生命体の持つエネルギーを調べてくれたまえ。ともすれば圧縮機の不調なのかもしれぬ」

 あるてみすがスカートの中からバズーカ砲のような筒を取り出した。それについているスコープに右目を合わせ、照準をグラフォトン生命体へと向ける──

「報告なのれす。グラフォトン値3ナノグラム。が、総量なのれす。単位体積あたりのエネルギー値も報告しますれすか?」

「いや、いらん。要するにそれは、エネルギーのくずだ。始末せんでも実害はないだろう。切れかけた単三電池一本分のエネルギーすらも持っておらん」

 彰造はつまらなそうにそう吐き捨てると、自分から姿を消してしまった。