あいぞの学園高校には進級時にクラス替えがない。

 なぜかと言えば、高校入学時に選択した第二外国語と芸術科目によってクラスが決定されるためだ。第二外国語がある高校というのも珍しいものだが、そこは一応大学までが一貫教育の藍園学園である。ここで基礎を学んでおいて、大学に入ればさらにハイレベルな第二外国語を履修できるようになっているのだ。

 第二外国語はドイツ語、フランス語、ロシア語の中から一つを選択する。まつはフランス語を希望したのだが、中学時の成績順に割り振られていった結果、第二希望のドイツ語になってしまった。芸術科目は美術と音楽と書道で、茉莉は美術を希望してこちらは受け入れられた。その組み合わせで人数も丁度よかったのか、茉莉のいる二年G組の生徒は全員が「ドイツ語・美術」をしゆうする生徒たちである。

「は? お母さんがいなくなって、代わりにひめみやさんと暮らすことになったって?」

 月曜の昼休み。

 今日が共同生活を始めて、そして高校二年生になって初の授業日である。

 茉莉はクラス内でも気の合うたけ泉美いずみと机を向かい合わせて昼食をとっていた。

「あー、うん。いや、えっと、両方をいっしょくたにしちゃうとワケ分かんなくなっちゃうんだけど。あのね、まず姫宮さんちの両親が、転勤で海外に行っちゃうことになったの。でも、姫宮さんは日本の大学に進学を希望したのね」

「ま、そうだよね。海外の大学なんて行ったら、まず言葉から分からなくなっちゃうよっ。まあ、姫宮さんならそれくらい大丈夫なのかな。でも、受験よりもずっと簡単な総合試験だけで藍園学園大学に入れるんだから、日本に残るって選択は正解だと思うなっ」

 ちなみにこの「受験よりもずっと簡単」というのは各部活のOB連から伝わってきている情報なので間違いない。過去問も数年分に渡ってもうされたものが出回っており、おおむね出題の傾向は見えている。

「で、姫宮さんのお母さんと、うちのお母さんは、昔からの大の仲良しだったの。それじゃあちゃんはうちで預かるわよ、なんてことを言って、姫宮さんはうちで暮らすことになった。そこまではいいでしょ?」

「んん」

 紙パックのコーヒー牛乳のストローを口にくわえたまま、泉美が相づちを打つ。

 茉莉は自作のお弁当のウインナーを口に運び、飲み込んでから、

「ところが、うちのお母さんは『今はオーストラリアにインスピレーションを感じるのよっ!』 とか言って突然のオーストラリア行き。帰ってくるのはいつになるのかも分からないの。相変わらずバイタリティにあふれてて、自由奔放で、うらやましい限りよ」

「いやあ、茉莉は相変わらず苦労を背負しよいい込むねっ」

 めているのか何なのか、いつものように言った泉美に茉莉は、

「まあね」

 とうなずく。泉美はヤキソバパンを口に運びながら、「それで」と続けた。

「生徒会長との同居生活はどんな感じなのかなっ?」

「うーん、思ったより普通かな。ただね」

「うん?」

 泉美はストローに口を付けながら、茉莉の言葉の先を待つ。

「なんかね、いっつも甘いもの食べてるのよ、姫宮さん。三食の後には必ずデザートを食べるし、私にも、ほら」

 と、茉莉はビニール包装されたシュークリームをカバンから取り出して見せた。

「あー、無類の甘党だって聞いたことあるよ、そういえばっ」

「本人が言うには、頭を使うには糖分が必要だから、ってことだけど……まあ何にしろ、家事はできるみたいだし、勉強はご存じの通りだし、見た目はあの通り美人だし……完璧超人がうちに来た、って感じよ」

「普通よ」

 と茉莉の後ろから現れたのは、噂話の主、志津香であった。

 茉莉はどうしてこんなところに志津香がいるのかという疑問と、噂話をしていた気まずさから飛び跳ねるように振り返り、

「ひ、姫宮さん!? どうしてうちのクラスに!?

「茉莉さんに用があって来たのよ、もちろん。今日は生徒会が早く終わりそうだから、何か家のことで手伝えることはないかと思って」

 ちなみに志津香はフランス語・音楽のA組である。確かな話ではないが、一番人気の組み合わせで、頭のいい生徒が集まっているともっぱらの評判だ。

「あー、いや、えっと、悪いからいいわよ。せっかく生徒会が早く終わるんでしょ? 家に帰ってゆっくりしててよ」

「お世話になってるんだから、何かさせて欲しいの」

「あー、と、んー。……それなら今日、帰りにスーパーに寄って行こうと思うんだけど、一緒に来てもらってもいい?」

 茉莉が言うと、志津香はにっこりと笑って、

「もちろんいいわよ。よかった、手伝えることがあって。聞きに来て正解だったわ」

 と言ったところで、教室の扉の外から一人の男子生徒が顔をのぞかせた。

「あのー、姫宮さーん、生徒会の役員が呼んでますよー」

「はーい、今行きまーす。それじゃ茉莉さん、放課後は教室にいてね」

 そう言うと、志津香はいそいそと教室を出ていってしまった。

「うーん、やっぱり忙しいみたいだし、手伝ってもらうのも悪いんだけどなー」

 茉莉が呟くと、泉美はそれとは無関係に感心したような顔をして、

「いいけどさっ、あの姫宮さんに下の名前で呼ばれてるんだねっ」

「それは仕方ないじゃない、妹がいるんだもの。阿部さん、だけじゃかなみと区別が付かないでしょ? だから名前で呼んでもらってるの」

 と、弁当を食べ終えた茉莉は、志津香に渡されたシュークリームを食べることにした。

 ビニールを破り、一口目を口にする。ビニールパックのシュークリームに味など期待していなかったのだが──それは驚くほど美味しかった。かりっとした外皮の中にふわふわとした内皮があり、その中に独特の甘みのカスタードクリームが入っている。

しい……」

 思わず呟くと、泉美はとたんに興味深そうな顔をした。

「一口ちょうだいっ」

「うん。いいよ」

 茉莉がシュークリームを手渡すと、泉美はそれを一口食べて、

「うわ、何これ、めちゃくちゃ美味しいよっ」

「でしょ? すごく美味しいの」

「どこで売ってるんだろうねっ。今度姫宮さんに聞いておいてくれないかな?」

「うん、そうする」

 茉莉はシュークリームを半分にちぎって泉美に渡し、残りを食べ終えると、満足感に包まれてにもたれかかり──今朝もプリンを食べたんだよなあ、と思い返す。

(……こんな食生活してて、ホントに太らないかしら)

 と、自分のウエストを軽くつまんでみるのであった。



 放課後がやってきた。

 しばらくは泉美も一緒に志津香がやってくるのを待っていてくれたのだけれど、三十分もするとピアノのレッスンがあるからと言って帰ってしまった。クラス内には他の生徒は残っていない。ただ茉莉だけがぽつんと椅子に座っている。

 茉莉の通う藍園学園高校は小学校からの一貫教育を行なっていて、茉莉も小学校に入る時に入試があったものの、それ以来受験とは縁遠い生活を続けている。そしてこのまま半エスカレーターで藍園学園大学に入れるというのは大きな魅力であった。何しろれつな受験勉強をしなくてもいいのだ。だから泉美のように習い事をしている生徒も多い。それで藍園学園大学に入れるのだから、環境としては恵まれている。

 茉莉は藍園学園小学校を受験させてくれた父、としぞうには感謝してもしきれない想いであった。学費を払ってくれている母、あけにも感謝の念は絶えない。だから茉莉は勉強には真面目に取り組んでいる。今も時間を浪費したりせず、宿題の消化にいそしんでいる。

 と言っても、その手は先ほどから止まったままであったが。

(むむむ、物理は苦手だなー。やっぱり文系に行ったほうが安全かなー)

 茉莉は物理の宿題の最後の一問で詰まったまま、最初はノートの上で、今は頭の中で、試行錯誤を重ねては失敗するのを繰り返していたのだ。

「……さっきから手が止まってるけど、その問題で悩んでるの?」

 いきなり声をかけられて、茉莉は跳び上がるほど驚いた。

 気がつけば目の前には志津香がいて、茉莉のノートを覗き込んでいた。

「ひ、姫宮さん、いつからいたの?」

「二~三分前かな? あんまり真剣に問題とにらめっこしてるから、声をかけるのも悪いかなと思って見てたんだけど」

「や、やだな、恥ずかしいよ。声かけてくれればよかったのに」

「それより、その問題、つまずいて正解よ」

 と言って、志津香は座ったままの茉莉の横に寄り添ってきた。横を向けばほほにキスできてしまいそうなほど近い距離に志津香の顔がある。女の子同士だというのに一瞬どきりとしてしまったのは、志津香があまりにもれいなせいだろう。志津香は茉莉が引っかかっていた問題の三行目に横線を引いて、

「ここがひっかけになってるの。気づかないで解いちゃえば答えは出るけれど、それは間違い。このひっかけにさえ気づけば──ベクトルはどうなる?」

「えっと、こうかな」

 茉莉が式を書くと、志津香は満足そうにうなずいて、

「うん、そうそう。それじゃあ答えは?」

 と、問題を途中で渡される。確かに、そのひっかけには気づかないでいた。でも、なんだかおかしい気がして立ち止まっていたのだ。志津香のヒントを元に公式を当てはめ、茉莉はシャーペンをノートの上に走らせて、一気に答えを導き出していく。

「……っと。終わり」

 茉莉は答えをノートに書き記し、不安げに志津香の顔を見やった。

「……合ってる?」

 志津香はほほんで、

「ええ、正解よ」

 茉莉は心の中であんの息を吐いた。何よりも、間違えてみっともないところを志津香に見られずに済んだ、という思いが強い。

「それにしても、教え方上手ね、姫宮さん。全部教えちゃわないで、重要なヒントだけ与えるところとか、まるでベテランの先生みたい」

「ふふ、クラスでもよく質問されるからね。自然と身に付いちゃったのかな」

 ちっとも嫌味ではない口調でそう言うと、志津香は茉莉に小さく頭を下げた。

「それよりごめんね、生徒会の会議がちょっと延びちゃって、来るのが遅れちゃった」

「そんな、謝ることなんかないのに。生徒会の仕事だったんなら仕方ないんだし」

「でも、買い物の時間がなくなっちゃわない?」

「ううん、ちょうどいいくらいよ。夕方になったらタイムセールとかあるからね。それまで待つことにしてるから──ちょっと貧乏くさいかな」

 と言って、茉莉は照れくささをすためにこめかみをかいた。志津香はしかし、感心したように、

「茉莉さんはけんやくなのね」

「あは、一応、一家の家計を預かるものとしてね」

 茉莉は言いながら、宿題をカバンの中にしまうと、帰り支度を整えた。志津香の方はもう既に帰る準備をしていたので、二人そろって学校を後にする。

 茉莉たちの住む藍園市は、西端を海に面した街である。

 と言っても、普段茉莉たちが暮らしている住宅地は藍園市のだいぶ東側にあるので、潮の匂いがしたりはしない。

 もえ線藍園駅を中心に、東側はごく普通の街である。住民向けの繁華街があり、アーケードの商店街があり、住宅街があり、その住宅街の中に藍園学園高校は位置している。もちろん茉莉たちの住む家もこちら側だ。

 しかし駅を挟んで反対側、藍園市のほぼ半分は、藍園ディスティニーランドというテーマパークに土地を占められている。全部のアトラクションを回るには三日はかかる、というくらいの巨大な遊園地であるため、世間の人々は藍園市と言われればディスティニーランドを思い浮かべるのが普通なくらいだ。しかも藍園市は海の街であるのに海がない、などと言われている。海岸線は全てランド内に収まってしまっているからだ。

 さて、学校帰りにスーパーに寄って帰るとなると少しだけ遠回りになってしまうのだが、一度家に帰ってからまた出かけるなんて手間を考えると、そちらの方が楽である。

 学校前の桜並木を歩きながら、茉莉はそういえば、と気づき、

「今日の夕食のメニュー、考えるの忘れてたなー。姫宮さん、食べたいものとかある?」

「クレープ」

 即答だった。茉莉はかりかりとこめかみをかいて、

「……いや、えーと、夕食で」

「……特にないわ」

 というのが一番困るのだ。家事の中で、毎日のこんだてづくりは特に大変なものの一つだ。決まってしまえば後は作るだけでいいのだが、毎日同じようなメニューになってしまっても困るし、栄養のバランスとかも考えなくちゃならない。いつも茉莉は『三百六十五日の献立』という本を参考にするのだが、さすがに学校にあんな分厚い本は持ってきてはいない。普段は朝のうちに夕食の献立を決めてしまうのだが、今朝は家に来たばかりの志津香に気を取られてすっかり忘れていた。

 二人は学校から十分ほど歩いて商店街に入り、スーパーマーケット『いなりや』へと入った。何を作るのか決まっていない時は、スーパーで品物を見ながら考えるのが早い。

 スーパーに入ると、手伝うと言っていたはずの志津香はふらふらとどこかへ行ってしまった。まあそれで困ることもないので、茉莉は買い物かごを手に店内を歩き始める。

「んー、今日は楽しちゃおっか」

 と、茉莉は目についたカレーのルーを買い物かごに入れた。それも、二種類。レパートリーはいくつかあるが、こうして二種類のルーを混ぜて使うのが茉莉のいつものカレーの作り方だった。辛さは、かなみが辛い物好きなのでやや辛め。次に野菜のコーナーに向かい、既に「レジにて三十%オフ」のシールが貼られているのを確認すると、

「そうすると、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、それからサラダ用にサラダ菜と……」

 と、順番にかごに入れていく。

「それから、フライドガーリックをかけると美味しいのよね。買い置きはなくなってたはずだから、これも買って……と。こんなものかな。あとは志津香さんだけど……」

 買う物を全て買い物かごに入れ、店内を歩いて回ると、志津香はすぐに見つかった。冷蔵コーナーの前で、何やら商品を物色している。

「何見てるの?」

「デザート」

「ああ、そっか。今夜の分はもうなかったもんね」

「ええ」

「買う物はそろったから、先にレジに行くね」

 茉莉は言い残してレジに向かう。

 この時間帯のレジは混んでいる。なるべく空いているところを探して並んでいると、ほどなくして志津香が同じように買い物かごを手に提げてやってきた。

「って、そんなに買うの!?

 と茉莉が驚いたのも無理はないことで、志津香の買い物かごには、かごから溢れんばかりの洋菓子のたぐいが詰め込まれていたのだ。

「大丈夫、今日中に食べなくちゃならないのは、このワッフルだけだから」

「いや、そういうことじゃないんだけど……」

 よくそれでそのプロポーションが維持できているものだ──と、茉莉は制服の上から志津香の身体を見やった。

(……私よりせてる……と思う……)

 制服の上からなのではたからは分かりにくいが、スカートの締められた腰の部分の細さは相当なもので、逆に制服を押し上げる胸のボリュームも相当なもので、茉莉は自分のそれと比べて少し悲しい気分になった。

 レジで精算を終える。驚くべきこと──では既にないのかもしれないが、茉莉の夕食のための買い物の金額と、志津香のデザート類の金額には、ほぼ三倍の差があった。

(いやまあ、うちに食費も入れてくれてるうえで、さらに自費で買ってるんだから何を言うことでもないんだけど……)

 茉莉は固くて重い物から順にビニール袋に入れて、帰り支度を整える。

 その隣で、志津香は同じくらいの大きさの袋を手にしていた。

「茉莉さん、今日はカレーなのよね? 私に作らせてくれないかしら?」

「ううん、志津香さんはお客様なんだから、ゆっくりしててよ」

「……ええ」

 志津香はしばし何かを考えるようにしながら、茉莉と共にスーパーを後にした。


「決めたわ」

「へ? 何を?」

 帰宅直後、制服から水色のシャツとハーフパンツに着替え、買ってきた材料からカレーを作ろうとしていた茉莉の横で、同じく白いブラウスとスカイブルーのスカートに着替えた志津香は握りこぶしを作って気合いを入れていた。

そうろうの身なんだから、これくらいはさせてもらうわ。お茶の間の掃除、させてもらってもいいわよね?」

「え? え? ああ、別にいいのに、そんな……」

「何か手伝えることが欲しいのよ。迷惑かしら?」

「そんな、迷惑なんてことはないけど……」

「じゃあ、茉莉さんが夕ご飯を作ってる間だけ、掃除させてもらうわね」

「う、うん……」

 茉莉がうなずくと、志津香はてきぱきと茶の間を片付け始めた。広げっぱなしになっていた広告類を束ね、三日前からめこんでいる新聞をまとめ、はたきを使って上から順にほこりを落としていく。台所からそれを眺める茉莉が、思わずぼうぜんとしてしまうほどの手際の良さだ。

「夕食までには終わらせるから安心してね」

「は……はい」

 思わずていねいな言葉で返事をすると、茉莉は夕食を作り始めた。


 三人分のカレーを皿に盛りつけて茶の間に戻ってくると、ぴかぴかに磨かれたテーブルが茉莉を出迎えた。テレビ画面に付着していた埃も拭き取られ、床にはちり一つ落ちていないように見える。茉莉だって毎日掃除はしているが、ここまでするほどの手間はかけられない。

「うわ……すごい、見違えたわ」

「ふふ、そこまで驚いてくれると、やったがあるわ」

 おそらくはかなみに聞いて用意させたのだろう、バケツと雑巾を手に持って、志津香は腕まくりをした手で額にかかったほつれ髪を拭い上げた。

「でも、姫宮さんにこんなことさせるなんて……学校でバレたら大騒ぎだわ」

「? 何で?」

「何でって……だって姫宮さんって、男子からも女子からもすごく人気があるでしょ? そんな人に茶の間の掃除させたなんて言ったら、」

「人気? 私に? ただ生徒会長だから注目されてるだけよ」

 と言って、無邪気に微笑む志津香。

(だー、自覚症状がないのか……)

 それについてはそれ以上言及はせず、茉莉はカレーの皿をぴかぴかのテーブルの上に運ぶと、かなみの部屋へと向かった。

「かなみー、ご飯よー」

「うむ。今行く」

 その返答に満足して、茉莉は茶の間に戻ると、テーブルの上にフライドガーリック、福神漬け、ポテトサラダを用意する。志津香が掃除の後始末を終えて茶の間に戻ってくると、ちょうどかなみも茶の間に入って来た。

「うむ、カレーか」

「うん、かなみは好きだったわよね?」

「うむ。カレーというのは日本人が特に好む食べ物の一つで、複数の香辛料を使って野菜や肉などを味付けしたアジア料理の一つだ。もともとはインドおよび周辺アジア諸国で作られていたものだが、現在では世界的に広まっている。本来インド流でいえばナンに付けて食べるものであるが、日本には明治時代にイギリス経由で伝わり、独自の進化をとげたカレーライスが国民食とすら言われている。そして、アニメや漫画などのキャラ付けにも良く使われているな。戦隊物のイエローの好物がカレーというのはよくあった話だし、近年ではカレー女というあだ名がつくほどのヒロインが登場したゲームもある」

「はいはい、うんちくは良いから、食べるわよ」

 三人でテーブルを囲むと、かなみは両の手を顔の前で合わせ、

「いただきます」

 と言った。それにならうように、茉莉と志津香も、

「いただきます」

 言って、カレーライスにスプーンを差し入れる。ほかほかのご飯の上にかけられたカレーはややさらさらとしたスープ状のもので、スパイスの香りが食欲をそそる。

 一口食べた志津香が、

「……美味しい」

 と言って、茉莉を見やる。

「これ、どこのルー使ってるの?」

「うーん、や、別にいつも決まってるわけじゃないんだけどね。今日はハワスのジャワカレー辛口と、クリコのインド風カレーを混ぜてみました。スパイシーな感じがするのは、インド風カレーのおかげかな?」

「ちょっと辛いけど、美味しいわ……茉莉さんオリジナルのカレーってわけね」

「もう少し辛い方が私の好みなのだが」

「かなみは、ちょっと我慢しなさい。辛さっていうのはね、えーと……痛みなのよね? 痛いって感じるってことは、身体によくないことなのよ、きっと」

 茉莉がうろ覚えの知識を引っ張り出して口にすると、かなみはうなずいて、

「うむ。味覚というものは、生理学的には甘味、酸味、えん、苦味、うま味の五つが基本に位置づけられていて、それぞれ舌にある受容体で味を認識するのだが、ここに辛味はない。辛味というのは舌・こうこうのカプサイシン受容体で感じる痛覚なのだ。だが、けっして身体によくないなどということはない。辛味はまず、食欲不振やイライラの解消、疲労回復に役立つ。他にもコレステロールのバランス調整、血管の強化、殺菌、整腸などの作用があると言われている」