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 きんようだった。

 五月十二日──つまり僕が義姉あねのリリィに認められ、本当の意味でくらの一員となった記念すべき日からさらに一週間ほどがち、そろそろ六月も近付いてきた週末のことである。

 学校から帰り食事と入浴を済ませ、僕は自分ので、来たるべき土日をいかにして過ごすかという学生のほとんどが週に一度のペースで直面する悩みとしんに向き合っていた。

 部屋はすっかり片付け終わっていたし、家にいても特にやることはない。さてどうしたものか、などとに座りてんじようを見上げていると、不意に部屋のドアがノックされた。回数は一度だけ。ノックとも呼べないしろもので、かくにんなどなくすぐにドアノブが回る。

 においてこういった『たたいてやっただけありがたく思いなさい』みたいなノックをするのはただひとりしかいない。

「なに、リリィねえさん」

 僕はドアへとせんを向け、相手が姿を現すと同時に言った。

「なに、とはなによ」

 彼女は僕の顔を見るまでもなく、はなじろむ。

 上がりのジャージ姿ではあったが、たたずまいは昼間と同様にすきがない。えて言うのならば髪をポニーテールにしていないのが隙といえば隙なのかもしれないけれど。

「この私に向かって『なに』とは、まったくあんたもご大層なものね」

 リリィ姉さんはあまりろんてきでない文句を口にした。恐らくは、単に僕が先に声をかけたのが気に入らないのだ。彼女の対人戦は常に、みずからがしゆどうけんを握ることから始まる。

 とはいえ、怒っているとかではまったくない。僕はすでにリリィ姉さんの『あいそうないつもの態度』と『怒っている時の態度』との区別がつくようになっていた。

「ま、いいわ」

 無言で反応をうかがっていると、部屋の扉が後ろ手に閉められる。これは珍しい。倉須家の次女にはドアをぞんざいにけるしゆうかんはあっても、閉める習慣はないと思っていた。

 ……もちろんそんなこと口には出さないけど。怒っていないのはたしかだが、だからといって別にじようげんってわけでもないのだ。『怒る』と『機嫌を損ねる』は違うし、そもそもリリィ姉さんは機嫌を損ねただけでも、怒った一般人の百倍くらいは怖いのだった。

 何故なぜか自分の背後──もちろんそこにあるのは閉まったドアだ──を振り返っていちべつし、彼女はうすく形のいい唇を開いた。

「あんた、明日あしたの午後はなにか用事がある?」

「……は?」

「は、じゃないわ。別のだれかじゃなくてあんた自身のことよ? さっさと答えなさい」

「あ、ああ……うん。いや、特にはないよ」

 かれたことに対して素直にうなずく。

 数秒ほどまどってしまったのは、僕の持つ、くらの面々に対するコミュニケーションスキルがまだ発展じようであるせいだ。リリィねえさんに限らず、僕の血のつながらない兄や姉、弟や妹たちは、総じてまともな会話をしたがらない。なんてことのない質問に見えて別の真意がかくされていたりして、それを読まずに普通の返答をするとこっちが変人扱いされたりする。

「……って、不条理過ぎるよな、ほんと」

「なに?」

「いや、こっちの話。で、僕の明日あしたの午後の用事のになんの問題があるんだ?」

「そんなに『の』を重ねるもんじゃないわ。私は『の』の字が嫌いなのよ。形とか美しくないじゃない? 重ねるなら『ろ』とかにしなさい」

「えっと……僕ろ明日ろ午後ろ用事ろ有無になんろ問題があるんだ?」

 がんってやり直してみると、リリィ姉さんはぽかんとした表情になった。

「は? あんたなに言ってんの? 日本語しやべりなさいよ。鹿なの?」

「振ってきたのはそっちだっ!」

 ひどすぎる。

「覚えておきなさいひびき、素直と馬鹿はかみひとなのよ。そして、たとえ美しくないからといってそれがする理由にはならないわ」

「立派なこと言ったつもりかよ……」

「で、明日なんだけど」

 リリィ姉さんは僕のつっこみを無視し、話を引き戻す。たぶんきたのだろう。

 だが、そこで不意に表情を消し、身体からだをわずかによじらせる。

 ──なんだ?

 まるで背後を気にするようなそのぐさ、さっきに続いて二度目だ。一週間前に自分がやぶったドアの建て付け具合をかくにんしているわけではないことくらい、僕にだってわかった。彼女の注意力もしくはけいかいしんは、ドアのさらに向こう、つまり廊下へとけられている。

「午後、用事はないって言ったわよね?」

「うん。午前もだけど」

「つまりあんたはこのままだと、明日は起きたい時間に起きてだらだらとしに休日を過ごすだけなのよね?」

「……素直に頷くのもしやくだけど、うん」

「だったら」

 そして、僕の姉──の次女は。

 背後へのけいかいからか、非常に珍しいことに声をやや小さくし、さらなことにのどの奥でせきばらいをひとつくぐもらせると、それでも僕の目をにらみ付けるようにして、言ったのだった。

「あんたは明日あした、私といつしよに街に行くのよ」

「……は?」

「ちなみに家族にはないしよでね」

 言葉の意味がよくわからず絶句した僕に、それはまさしく追い打ちだった。

「全員。つまりたかとおにもにもにもりようにもにも。わかったわね?」


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 まあ、しかし、だからといって。

 リリィねえさんが一カ月ほど前に家へ来た新しい義弟おとうとに対して切ないおもいを抱きつのらせたげ句に意を決してデートへさそったとか、そういうとんきようなことが起きるなど、全然まったくこれっぽっちもあり得るわけがない。

たんじようなのよ」

 次の日、午後二時過ぎ。

 ふたり別々に家を出てから時間を合わせてりの駅へ行き電車へ乗り込み、いていた四人掛けのシートをふたりで占拠した後。

 僕の向かいの席でリリィ姉さんは、しんそこめんどうそうにそう言った。

「誕生日って、芽々子ちゃんの?」

「ええ。六月三日」

 昨夜ゆうべあれから、の外を警戒したリリィ姉さんが僕にげたのは、次の三点だった。

 まず、一。芽々子ちゃんにプレゼントを買いに行きたいこと。

 次に、二。なにを買えばいいのか迷っており、僕にもしなえらびをつだって欲しいということ。

 それから、三。家族には内緒にしておきたいこと。買いに行くというその事実すらも。これはどうも、プレゼント選びに第三者の手を借りること自体をはじと考えているかららしい。

 つまり、種がわかれば単純な話である。

 家族にバレてしまうのを避けるため──こっそりと僕の部屋に来て、ほかの家族を気にし、結果として──『かがみやま高校の女帝』と異名を取る彼女にはまるで似合わない、やけにしなびた態度を取っていたという訳だ。

 とはいえ昨夜の時点ではかなり情報が不足していた。リリィ姉さんが芽々子ちゃんにプレゼントを買う理由すらもわからなかったからだ。

「……なるほど」

「なにが『なるほど』なのよ」

たんじようプレゼントだってことがだよ」

 げんそうに僕をにらむリリィねえさんは、みどりいろのワンピース。薄手の布地はほとんど夏のよそおいで、春先にはまだ早いんじゃないかと思えた。

 ……もっとも、駅で「寒くないの?」といた僕に彼女はこう答えた。

 うるさいわね、季節なんかに私の着る服を左右されたくはないのよ。

 まあ、季節外れというほどでもないし別にいいか、とも思う。

 僕は話を続けることにした。

「でも……ちゃん本人にバレちゃまずいっていうのはわかるけど、たかとおにいさんたちにまでないしよにしなくてもよかったんじゃないのか?」

じようだんじゃないわ」

 返事はぴしゃりとしていた。

「高遠にバレでもしたら、あのしたり顔でどんないやを言われるかわかったものではないもの。ほかやつらだって信用できたもんじゃないしね。はついうっかり、りようおもしろがって、は無邪気に……三者三様の理由で、高遠に口を滑らせる可能性は高いわ」

「……はあ」

「高遠だけじゃなくて芽々子本人に伝わるのも避けたいしね。覚えときなさい、ひびき。うちの家族で秘密を共有するに足る人間なんてただのひとりもいやしないのよ」

 ひどい言いようである。

「あ。というか、芽々子ちゃんの誕生日ってんなら、僕もプレゼント買わないと」

 不意に気付いた。手持ちは足りるだろうか。

 一応ちょっと多めに持ってきてはいるけど──なんて考えていると、

「あんたにその必要はないわ」

 妙につっけんどんな物言いをされた。

「え、なんでさ」

「芽々子のプレゼントを買うのは私の役目だからよ。他のきょうだいたちがすべきことじゃないわ。あんたも含めてね」

「……どういうこと?」

 重ねて問うた僕に、リリィ姉さんはめんどうそうな顔をかくそうともせずに鼻を鳴らしてから、あのね、と説明を始めた。

「うちは、きょうだいが多いでしょう?」

「ああ、うん」

「だから誕生日なんてイベント、きりがないのよ。年六回……今はあんたがいるから七回か。とにかくそんな回数、全員こぞってプレゼントの交換会なんてのはバカげてるってこと」

 たしかにそうだ。

 来月はちゃんとして──ほかのきょうだいたちが何月何日生まれなのか僕はまだ知らないけど──たんじようというのはだれしも一年に一回必ずめぐってくるものだ。そのたびにプレゼントをおくるとしたら、自分を除いても年六回。ちょっとじようだんではない出費である。

「だからおのおのの誕生日には、きょうだいのうちだれかひとりが代表してプレゼントを買うことになってるのよ。それ渡しておしまい、ってわけ

「つまり芽々子ちゃんにプレゼントを贈るのはリリィねえさんの役目ってこと?」

「ええ、そうよ」

「他の人の誕生日は?」

 そこで何故なぜか彼女は僕からせんを外し、窓の外、流れるしきへと顔を背け、

たかとおにはで、逆に礼兎には高遠ね。りようには礼兎で、には稜よ」

「……ええと」

 一気に言われたので頭がこんがらがってしまった。

 つまり、どういうことだ?

 礼兎姉さんが二回出てきたような気がする。高遠兄さんと稜くんのふたりにプレゼントする役目を担っているみたいだった。正直、それだけでバランスが悪いのだけど──他にもなにかおかしい部分があったような。

「あのさ、リリィ姉さん。……それって法則とかあるの?」

 さすがにお手上げだ。

 リリィ姉さんはこちらをいちべつしわずかにまゆを片方だけ上げ、

「さあね。私は知らないわ」

 腕組みをしたまま再びそっぽを向く。

 ──勘弁してくれ。

 法則がわからないと困る理由が僕にはあった。

「僕はどうすりゃいいんだよ」

「……あんたが?」

「そうだよ。僕は誰に誕生日プレゼントをあげればいいのかなって。僕だけ担当なしっていうのは、さすがにちょっと……」

 そんな僕へリリィ姉さんはかすかに笑った。

「安心しなさい。あんたの誕生日には高遠がプレゼントを渡すことになってるわ。でもってあんたは今のところ誰にもあげる必要ないから」

 まったく当然のような、断言。

「……え」

 しかし僕はそれに、強烈な違和感を覚える。

 誰にもプレゼントをあげなくていいと言われたことももちろんだが、もっと根本的なこと。

 さっき彼女は、法則があるのかどうか知らないと言ったはずだ。

 なのにしんざんである僕の割り当てに関してはまったくよどみなく答えた。

 これ、じゆんしてはいないか。

 ひょっとしたらプレゼントの割り当ては、たかとおにいさんかだれかに決定権があるのかもしれない。適当にまぐれか、もしくは個人のふところ事情なんかをこうりよしてか、だから法則性などないに等しいというだけなのかもしれない。

 ただ、その推理は正解でない気がした。

 さっきからのリリィねえさんの言葉や態度は、少し変だ。

 この人はなにかをかくしているのではないか、そう思ってしまう。

 しかし──僕が違和感を抱いた理由も定かでないうちに、電車がもうすぐ次の駅へと到達するむねをアナウンスし始める。それは僕らが買い物をしようとしている街であり、

「さ、行くわよ」

 リリィ姉さんは僕の思案を無視して立ち上がり、ドアへ向かって歩き始めるのだった。


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 ところで、かがみやま──つまりくらきよを構えている土地は、市街地からはやや外れた場所にある。そこは小高い山の一画を削って作られた住宅地であり、高級というほどでもなければ大安売りされているわけでもない、至って普通の中流家庭がのきを連ねているようなところだ。

 近くにはスーパーやコンビニ、本屋やレストランなんかも点在しているので生活そのものには困らないのだが、たとえば今日きようのように日用品ではないものをショッピングしたかったり、またカラオケやゲームセンターなどの娯楽施設を利用したい場合などは、電車に五駅ほどられて市の中心部まで出向く必要がある。

 現地民的には『街に出る』とか『山を下りる』とか言うらしい。

 ただ僕は四月に越してきてからこっち『山を下りる』のは今日が初めてだった。生活かんきようが変わるというのはやはりあわただしくて、遊びに行く余裕などなかったというのもある。

 駅の改札を出た先に広がる街並みは、だから当然ながらみなどまったくない、まさに異国と等しい場所だった。

 見た感じ、都市としてはそこそこ。大都会というほどではないが田舎いなかと呼ぶにはちょっとけんそんし過ぎているといった程度だろうか。東京まで電車で一時間強という土地柄なので、このくらいの発展がちよういいのかもしれない。

「さ、まずはどこへ行こうかしら」

 リリィ姉さんは改札を出てすぐに立ち止まると振り返り、僕をいちべつした。

「なにを買うか……は、決めてないんだよね」

「決めてたらあんたを連れてきたりしないわ」

「とはいっても、僕は街にれだよ」

「そんなこと言われるまでもないわ。……じゃあ、そうね。まずは」

 あたりを見渡し、十五メートルほど先にあるきつてんらしきてんせんを定め、

「そこでコーヒーでも飲みつつ、なにか甘いものでも食べながら話し合いましょうか」

「……来て早々のきゆうけいかよ」

「覚えておきなさいひびき。女の子はね、甘いものを与えてさえおけばげんが取れるものなのよ」

「リリィねえさんも?」

「私がそんなに単純だとでも思ってるの? バカにしないでちようだい。いいから行くわよ」

 身勝手かつ不合理な理屈をまくしたてると僕の意志をかくにんもせずに、喫茶店へ向けてさっさと歩きだした。

 仕方なく僕は後を追う。

 そこは駅前にしては珍しく、チェーンではない店だった。

 中は少しうすぐらく、それなりにいい雰囲気。外からはわからなかったがけっこう広く、席の数も多かった。なかなかはんじようしているらしい。

 ウェイトレスに案内されて席へ。四人掛けのテーブルに向かい合って座った。

 つい二分前、甘いものにられるほど単純ではないとごうしたリリィ姉さんだが、板についた言動不一致ぶりでアイスコーヒーとチョコレートパフェを注文する。

 僕も仕方ないのでエスプレッソとチーズケーキ。出掛ける前に昼食をったからあまりおなかいていないのだが、文句は言わずにおこう。

 パフェよりも先に来たコーヒーのグラスを引き寄せ、リリィ姉さんは言った。

「……で、あんたにきたいのだけど。具体的にどんなものがいいと思う?」

 もちろんこれは、ちゃんのたんじようプレゼントのことである。

「そうだな……」

 僕はけんしわを寄せる。

「って、僕まだ芽々子ちゃんのしゆとかそういうのほとんど知らないんだけど」

 一、二度に入ったことはある。

 見た感じ、特にへんてつのない『女の子の部屋』──いや、むしろ殺風景な部類に入るかもしれない。ポスターやぬいぐるみなど、そういった装飾物は見当たらなかった気がする。

 と、

「あの子の趣味? それがはっきりしてりゃ苦労はしないわ。いて言うなら私たちね」

 不意にぜんとした表情になり、

「なんだよそれ」

「あの子は家族依存症なのよ」

 リリィねえさんは妙なことを言った。

「……家族依存症?」

「ええ。あんたももう気付いてると思うけど、あの子は基本的に、家族にべったりなの。私たちと話をするのが好き。私たちと触れ合うのが好き。私たちといつしよにいるのが好き」

 ああ、それはたしかに。

 正直、ちゃんの過剰なスキンシップにはちょっと困ってしまうほどだ。とうとつに意味なく抱きつかれたりなどはしょっちゅうで、人前ですら平気でしてくる。

「ただ……それだけならいいのだけど、問題はそれ以外のものにあまりきようがないってことよ。しゆらしい趣味もないはずよ」

「……そいつは重症だね」

 初めて会った日だったか、たかとおにいさんが芽々子ちゃんを評して言っていた。

 お前は人間の肉の味を覚えたねこだよ──と。

 今になってみれば、そのとんきような表現の意味がわかるような気がする。

「ちなみに去年は何をおくったの?」

「バッグよ。一昨年おととしはペンシル」

 意外にまともなアイテムせんていだった。

「じゃあ、今年ことしもその辺で攻めればいいんじゃないの? ええと……服とかは?」

「服はダメね。あの子、家族からのプレゼントをてつていてきに愛用するあくへきがあるから。休みのたびに同じかつこうの芽々子を見ることになるわ。……ま、三年前に私がやらかしたのだけど」

「バッグもペンシルも同じ運命を辿たどったってわけか。物持ちがいいのは美徳なんじゃない?」

「バッグは今のところ無事だけど……ペンシルは失敗だったわ。三カ月めくらいに落としてくしてしまったのよ。それで、家族中巻き込んでのだいそうさく。結局見付からずに、三日くらい泣きわめいてたわねあの子。新しいの買ってあげてようやく治まったけど」

 ──なるほど。

ねえさんが僕なんかに頼る訳だよ」

「理解してもらえてうれしいわ」

 全然嬉しくなさそうな顔だった。

 でも……だったらどうすればいいだろう。

 まず、失くす可能性があるのはろんがい

 それからできれば服などのような、連続使用による劣化が少ないもの。

 しばらく考えた後、僕は名案を思い付く。

「ぬいぐるみはどうかな」

「……ぬいぐるみ?」

「ああ。に置いておくものだから失くしたりはしない。毎日抱いて寝ても、まあ、汚れはするかもしれないけど……かんたんこわれたりはしないだろ?」

 リリィねえさんはだまり込んだ。

 思案するようにせんを机の上にめ、ややあって顔を上げる。

 そして上げた時にはもう、うすみを浮かべていた。

「いいわね。それでいきましょう」

 リリィ姉さんはめつなことで笑わない。

 学校にいる時はもちろん、家でさえもそれは同様だ。

 だがその分、ぶつちようづらがおへ変わった時に得られるはなやいだ空気はそれまでのギャップと相まって、見た者を無条件でとろけさせてしまう。そもそもがとびきりの美人なのだからなおさら。世が世なら一国傾けていたかも、とはたかとおにいさんのだん

「なるほど、ぬいぐるみか。やるわねひびき

「あ、……うん」

 しかもめられたとくれば尚更だ。

 僕はつい照れてしまう。

 お陰でミルクも入れずエスプレッソに口をつけ、そのにがさに口をすぼめてしまうという失態を犯してしまう始末だった。


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 携帯で調しらべてみたところ、駅から歩いて五分ほどの場所に建っている大型デパートにぬいぐるみ売り場があるらしい。

 ケーキとパフェを平らげてから僕らはきつてんを出、そこへ向かった。

 当然ながら僕は初めてだ。

 デパートがある方角もわからない身、リリィ姉さんにせんどうしてもらうしかない。

 道すがらいたところ、元々このデパートで品探しをするつもりではあったらしい。服やCDなんかも含めて雑多な品物を幅広く扱っているのがごういいそうで。──というわけで、僕はとりあえずここまでの道のりをしっかり覚えておくことにした。このデパートさえあくしておけば当面の間はいろいろ困ることはなさそうだし、駅からややきよがある分、何度も通っていれば街そのものにもすぐれるだろう。

 春とはいえ歩いているとしがそれなりにきつく、デパートの中に入った時にはクーラーの涼しさが心地ここちよかった。薄着のリリィ姉さんは体感温度などまるで知ったことかと言わんばかりに、外とまるで変わらない顔をしていたけれど。

「どこかしらね、ぬいぐるみ売り場」

 何度も来てはいる彼女も、さすがにきようのないものはどこに売ってあるか知らないようだ。

「六階って書いてたよ」

 さっきの検索結果が間違っていなければそのはずだ。

 リリィねえさんは「そう」とうなずくと、ぐエレベータへと向かった。目的地が決まっている以上、エスカレーターで一階ずつ上る気はないらしい。

 いつしよに乗り込み、六階、雑貨売り場へ。

 そこは、男の僕としては今回を限りに用などないであろう、ファンシーなグッズが所狭しと並んだフロアだった。

 べんとうばこや文房具などの小学生向けアイテムから、アロマやアクセサリ類などのぜんねんれい対象商品まで。ぬいぐるみ売り場はフロアの奥、かどにあった。クマだのイヌだのネコだのパンダだの、大小さまざまな動物たちが山ほど陳列されているさまは、なかなか圧巻である。

「……さて」

 この中からどれをこうにゆうするか決めなければならない。

 予算と大きさにちゃんの好みを加味し、せんていすることにしよう。

 となりに立ったが姉は、居並ぶぬいぐるみたちに対して『こいつらなんてただの布と綿わたでしょうになにをそんなに偉そうにちんしているのかしら』みたいな顔をしていた。

「リリィ姉さん、予算は?」

「一万円以内ね」

「それだけあったら、どれでもえらび放題なんじゃないかな」

 僕らの想像のはんちゆうを超えた高級品がまぎれ込んでいる可能性もまあないではないけど。

 手近にあった巨大なウサギに歩み寄る。大きさは両手で抱えるくらい。

 値札を探すと、あしもとい付けられていた──ぴったり一万円。なるほど、だったらこれより大きなあのイルカとかキリンとかはもっと高値ってことか。あとは本格的っぽいテディベアや、ディズニーみたいな版権ものは値段が上乗せされているはず。

 というか適当に目を付けたこのウサギ、なかなかいいような気がしてきた。芽々子ちゃんはけっこうウサギっぽいし、似合うのではなかろうか。

 そんなことを考え、

「なあ、リリィ姉……」

 振り返り呼びかけようとしたのだが、

「……え」

 僕の視界に映ったのは、予想外のものだった。

 リリィ姉さんではない。

 彼女のさらに後方だ。

 ぬいぐるみ売り場ではなく、その奥にあるアロマグッズ売り場。

 見知った人影、それもこの場にいるはずのない、というか最もいてはいけない人間が、きょとんとした表情でこっちを見ていた。

 いや──きょとんとしていたのはつい一秒前までだ。

 彼女はもはやそんな顔をしていない。浮かべているのは恐ろしいほどの喜色である。満面のみ、それもどこか悪戯いたずらっぽさを混じらせて、目の合った僕に『しーっ!』というジェスチャーを送ると身を沈めてダッシュを開始する。

「……ん?」

 リリィねえさんがようやく背後のはいに気付くも遅い。

「りーぃーおーねーえーちゃーんーっ!!

 まるでスカイダイビングみたいに、の三女は我が家の次女へと飛び掛かった。

!?

 さしものくらリリィもきようたんの声をあげる。

「いいいいやっほおおおお!」

 芽々子ちゃんはきようせいとともにまるでおんぶおけのようにリリィ姉さんの背中へ抱きつき、

「ねーねーどうしたの? なんでこんなところにいるの? しかもひぃおにいちゃんもっ!」

 びし、と僕を楽しそうに指差した。

「め、芽々子ちゃん……は、どうして?」

 僕はようやくのことで、そう問うた。

 ぼうぜんからこの短期間で回復した自分をめてやりたい。

 僕とリリィねえさんが家を出る時には……ちゃん、どうだったっけか。家族に見付からず外出することばかりを考えていたせいでかくにんおこたっていた。

今日きようはね、お友達と買い物だよっ」

 芽々子ちゃんはようやくリリィ姉さんからはなれると、少し向こうでおっかなびっくりこちらのよううかがっている女の子たちへ。

「こっちゃんと、みょーりんと、ゆなっち」

 三人、紹介される。ショートカットのはつそうなと、お下げ髪のおっとりした娘、それからアップにまとめたゆうとうせいっぽいちの娘。正直、愛称で言われても覚えきれない。というかどれがこっちゃんでどれがみょーりんでどれがゆなっちなんだ。みょーりんってなんだよそのあだ名。調ちようりようか。

 心の中でつっこんでいる場合ではなかった。

「……リリィ姉さん」

 芽々子ちゃんが友人たちのそばにいるのを幸い、姉のそでを引きそっと耳打ちする。

「どうしよう……」

 返ってきた言葉は明快だった。

しなさい」

「ってか、もうバレてんじゃないか?」

「大丈夫よ」

 ささやごえではあるが、こんな時も冷静な調ちようなのはさすがとめるべきか。

が妹ながら、芽々子はアホなの」

 ……って、冷静な調ちようひどいことを囁き始めやがったよこの人。

「断言できるわ。この調子だと、私たちがここに来た目的にまったく気付いていないはずよ。そもそもあの子、毎年、三日前くらいにならないと自分のたんじようを思い出さないもの」

 なるほど芽々子ちゃんの誕生日までまだ半月ある。

 って、『なるほど』なんて言っちゃ失礼なのだけど、まあそれは置いておこう。

 つまりリリィ姉さんの言葉を信じるなら、どうにかしてこの場をやり過ごせば、誤魔化すのは可能ということだ。

「あなたたち、うちの生徒なの?」

 時間かせぎをしてくれるつもりだろうか。

 リリィ姉さんが芽々子ちゃんの友人一同に歩み寄り、話し掛け始めた。こっちゃんとみょーりんとゆなっち……だっけか、三人がそれぞれきんちようの色を見せながらうなずく。

 それもそうだろう。

 われらがかがみやま高校の生徒会長──だかくも理解しがたい性格で有名な、あこがれのごんであるあのくらリリィに話し掛けられたのだから。もういい加減れてもおかしくない僕のクラスメイトたちですら、ねえさんが教室に来訪するといまだにこわってしまう。

「いつも妹がお世話になっているわね。それともあなたたちが妹にお世話になっているのかしら? ま、どちらでもいいわ。私とあなたたちにえんができたことには変わりないものね」

 相変わらず意味不明な言葉だったが、三人はうっとりしたような顔で聞き入っている。

 とにかくチャンスだ。

 今のうちにどうにかわけを考えるべく、僕は頭を必死でフル回転させた。

「ねー、ひぃおにいちゃん?」

 ちゃんが友人たちを放置しこちらへせんる。

 げんな表情をしていた。何故なぜだろう?

「……あ」

 そこで、僕は。

「ね、それなに?」

 自分が犯している致命的なミスに気付いた。

 芽々子ちゃんが疑問の視線を向けている対象は、僕ではなかった。

 せいかくに言うならば、僕ではあったけれど僕そのものではなかった。

 僕の肩口。というか、腕の中。

 しよう、倉須ひびき

 今、現在。いや、さっきからずっと。

「あ、の……その」


 ウサギの──巨大な──ぬいぐるみを──抱きかかえて──いたんですけど……。


 やばい。

 これはやばい。

 最も順当であろう『アロマキャンドルとかその辺のものを買いに来たんだけどたまたまぬいぐるみ売り場の前にいただけですよ』というわけがこれで封じられた。

 ではどうするか。

だれかのプレゼント』というのも無理。リリィ姉さんはああ言ったけど、芽々子ちゃんが勘付いてしまっては一巻の終わりなのだ。

『落ちていたのをひろっただけ』というのはどうか──あり得ない。

 だったら『リリィ姉さんのしゆ』──あとで僕が殺される。

 笑ってさりげなくたなに戻す──どうさりげなくできるんだよこの状態で!

 ちゃんは固まっている僕を見て、きょとんとしたがおのまま小首をかしげ、言った。

「ひぃおにいちゃんが買うの?」

 しゆんかん

 僕はたぶんねつぼうそうしてしまったのだと思う。

「ああ、そうだよ」

 我ながらおどろくほど滑らかに言葉が出た。

「芽々子ちゃん、実は、僕はね」

 思考は止まっていたのに。

 なのに、笑顔まで浮かべ、

「……ぬいぐるみを集めるのが趣味なんだ

 くるまぎれの向こう側からひょっこり出てきたとうとつな新設定を、自分に追加した。

「へ?」

 さしもの芽々子ちゃんも目を丸くする。

 リリィねえさんも同様、まゆをひそめてこっちを振り向いていた。

 ついでに、芽々子ちゃんのお友達三人も。

 ああ、もう無理だ。いまさらうそです」とか「そんなわけねえじゃん」とか言えない。

 このまま行くしか──ない。

「なにを変な顔してるのさ? 僕はなにもおかしなこと言っていないよ。ほら見て芽々子ちゃん。このウサギ、両手に余るほどの大きさに相応ふさわしいうつろな目……実に可愛かわいいじゃないか」

「うん、まあたしかに可愛いけど……」

「そうだろ? 着てる服もビビッドでらしい。心地ごこちも上々だ。これは毎日めて過ごすしかないよ! いいなあ。買おうかな。いや買おう。買うしかない!」

 と、さすがに悪ノリし過ぎたか。芽々子ちゃんはまるでショックを受けたように「抱き締めて過ごす……?」と僕の言葉をおう返しにつぶやき、

「もしかしてひぃお兄ちゃん、うちに来てから……ぬいぐるみ買うの、まんしてたの?」

「ああ、実はそうなんだ。前の家にいた子たちはさすがに持って来れなかったからね。でもそろそろ落ち着いてきたし、だれもいないのがさびしくなっちゃってさ」

 どうしよう、涙が出てきた。

 なにがぬいぐるみ集めだ。

 なにがしゆだ。

 なにが悲しくて高校二年の男子が、そんなメルヘンな趣味を持ってなきゃいけないんだ。

 しかも新しくできた家族に対して盛大にろうするというおまけつき。この噓はもはや、その場しのぎのものではない。一生貫き通さねばならない僕のくびきとなりつつあるのだ。

「でも越してきたばかりで、どこにぬいぐるみが売ってるのかわかんなくてさ。今日きようは、リリィねえさんに連れてきてもらったってわけ

「そうなの? りぃお姉ちゃん」

 僕のうそを信じているのか信じていないのか、それとも僕のことを信じられなくなったのか。かくにんを取るようにちゃんがリリィ姉さんへ向き直り、問うた。

 姉さんは答える。

「いいこと芽々子。たとえ家族でも、人のしゆにとやかく言うものではないわ。大きく広い心でだまって受け止めてあげなさい」

 ──そっちか!

「そっか……そうだよね」

 やけに深刻そうな顔になった芽々子ちゃん、やがて覚悟を決めたように、

「ごめんね、ひぃお兄ちゃん。お兄ちゃんは間違ってないよね。私、まんするよ!」

「いや……あの、うん」

 リリィ姉さんの背後で、芽々子ちゃんの友人三名がひそひそとささやき合っていた。

「ぬいぐるみ集めだって」

「変わってるねえ」

「さすが、めーちゃんのお兄さん」

「いや、ここは『さすがくら』って言うべきじゃない?」

「そっかー」

「やっぱかがみやま高校いちの有名家族は違うね」

 叫びたかった。

 僕は普通だ。

 きみらと変わらない。

 別フォルダに入れるのはやめてくれ……。

「ひぃおにいちゃん」

「……なんだい、妹よ」

「買わないの? それ」

「いや、ああ……買う。買うともさ」

「抱いて持って帰るの?」

「いや、どうだろ……どうしよう」

「安心なさいひびき。レジに『配達うけたまわります』と張り紙があるわ。なんと一万円以上は送料無料だそうよ。親切ね」

「わあ、運がいいなー」

「どうしたの? ひぃお兄ちゃん、なんか声がぼーってなってるけど」

「いや、なんでもないよ? 大丈夫さ……なんでも、ないんだ」

 財布には一万二千円入っていた。

 せめて足りなければ、まだ救われたのかもしれないのに。


 かくして僕はその中の一万五百円(税込み)を注ぎ込んで、欲しくもないウサギのぬいぐるみをこうにゆうするになったのだった。

 配達予定日は明日あしただそうだ。忘れないようにしよう。ほかの家族には絶対に受け取らせないようにしなければならない。絶対に。

 フロアから立ち去る時の『大丈夫ですよこういうしゆを持った男性の方はけっこういますから』みたいな店員のやさしいせんには、さすがにちょっと心が折れそうになった。


          4


 どうも、ちゃん一行は特に目的もなくぶらぶらとデパートを歩き回っていたらしい。それで出会ってしまったのは僕らの──特に僕の不運と言うほかないだろう。

 彼女たちと別れた後、僕とリリィねえさんはデパートの屋上へと来ていた。

 階下のそこそこ洒落しやれた空気から一転、ひなびているというかしぶいというか、そんな雰囲気のただよう場所である。子供向けのちょっとした遊具が隅にぽつぽつ、その横にたこ焼きとうどんのテナント。人工芝シートがめられた中庭の奥には小さな神社。

 それらを見渡すようにして設置されたきゆうけいようのベンチへ腰掛け、僕は深くためいきいた。

「下を向くのをやめなさい、ひびき。下を向いて、ありつぶしてしまっていることに気付いたら歩けなくなってしまうわ」

 よくうめさんにしている、意味がわかるようなわからないようなしんげん

「……いや、大丈夫だよ。僕には今、地面すら見えてないから……」

「そう、それはちようじようだわね」

 こんな状況なのに気のいた返答のできた僕をだれめて欲しい。

「とはいえ、いつまでもうじうじしてるもんでもないわ。気を切りえなさい」

ねえさん……一万円あったらなにに使う?」

「ふん。あんたが立ち直るんだったら、私は今すぐ一万円札に火をけてやしてしまっても別に構いやしないのよ」

「……っ、いやその」

 いつも冷酷なことばかり口にするくせに、たまに不意打ちを仕掛けてくるから困る。

 これじゃ、落ち込んでいるわけにもいかないじゃないか。

「わかったよ、悪かった。ぬいぐるみのことはひとまず忘れることにするさ」

 そもそも屋上まで出向いたのは、たんじようプレゼントの件でもう一度話し合うためだ。

 ここならさすがにもうちゃんたちとそうぐうすることもないはず。

 リリィねえさんはベンチに背を預け、腕組みをした。

「そうね。……でも、無理にぬいぐるみをプレゼント候補から外すまでしなくてもいいと思うわ。半月もったら覚えちゃいないでしょうし」

 たしかにそうかもしれない。芽々子ちゃんのあのようだと、自分のたんじようがもうすぐだなんて気付いていないだろう。ましてやリリィ姉さんがプレゼントのせんていに悩んでいることなど想像すらしていないはずだ。半月後にそ知らぬ顔でぬいぐるみを渡したって、今日きようのことなんかすっかり忘れている可能性がある。

 でも、

「……なあ、リリィ姉さん」

 僕はなんとはなしに、違う、と思った。

「ぬいぐるみは、やめにしない?」

 あれじゃダメだ──という気がしたのだ。

 かくしんがあったわけじゃない。

 り返すが、なんとはなしに、ではあるけれど。

「たぶん芽々子ちゃんは、ぬいぐるみをあげてもあまり喜んでくれないんじゃないかな」

 さっき僕が、ぬいぐるみのしゆうしゆうしゆにしているとうそをついた時。

 芽々子ちゃんは変な顔をした。

 ぬいぐるみ集めの趣味が男として変わったものであったから、それで僕に対して引いたんじゃないかとあの時は思い込んでいたのだが、ひょっとしたらそうではないかもしれない。

 芽々子ちゃんの顔はたしかにくもっていた。

 毎日めて過ごす、と僕の言葉をおうがえしにしながら。

 うちに来てからぬいぐるみ買うのまんしてたの? と問いながら。

 リリィ姉さんに『僕の趣味を認めろ』とさとされて、彼女は言った。

 ──私、我慢するよ!

 我慢する。

 なにを我慢するのか。

 僕の趣味が変なことをか。

 違う。芽々子ちゃんと出会ってからまだ日が浅いけれど、僕だって一カ月と少し同じ屋根の下で過ごしてきたのだから、わかる。

 僕の上の妹は、きょうだいの趣味に対して気持ち悪いけど我慢する』なんて、そんな考え方をするようなじゃ、決してない。

 我慢するのは、別のもの。

「芽々子ちゃんは家族依存症。そう形容したのはリリィ姉さんだよね」

 僕がぬいぐるみをめて過ごすのがいやだった、それ自体は合っているはず。

「だから……」

 つまり、我慢すると言った理由は。

 ぬいぐるみを抱き締めて過ごすという言葉に拒否反応を示した理由は。

「たぶんちゃんは、ぬいぐるみなんて欲しがらない。依存症って言われてしまうほど家族にべったりだから。大好きな家族がいるから……ぬいぐるみは、いらないと思うんだ」

 そう、僕自身が言ったことだ。

 だれもいないのがさびしくなっちゃってさ、と。

 芽々子ちゃんはそれが厭だったのだ。

 ぬいぐるみがいないと寂しい僕のことが。

 自分が──きょうだいたちがいるのに寂しがっている兄のことが

「家族からもらったものはとてつもなく大事にするんだろ? それって、きずなうれしいってことじゃないかな。プレゼントの背後にあるリリィ姉さんの、家族の存在が嬉しいんじゃないかな。でも、ぬいぐるみって……まるで身代わりみたいじゃないか。キャラクターだし、背後にいる人との間にフィルターがかかるみたいでさ。たぶん芽々子ちゃんは、喜ばないよ」

 僕はそこまでを言って、顔を上げた。

 リリィ姉さんをぐに見る。

『くだらない』なんていつしゆうされるかもと思ったけれど、彼女はそうしなかった。

 目を見開き、

「ごめんなさい、ひびき

 まるで感動したかのように笑って、言った。

「私はあんたを見くびってたわ」

「え……」

たしかにそうよ。芽々子はそういう子だわ。だからこそあの子はまともじゃなくて、狂ってて、とてもやつかいなのだけど……でもいくらそうだったとしても、プレゼントで悲しませたりなんかしちゃ、姉がすたるってものね」

 僕はあつに取られる。リリィねえさんのそんな反応、初めてのことだった。まさか人にあやまったりすることがあるなんて。

「仕方ないわね」

 姉さんは立ち上がった。

「あんたにそう言われちゃ、私も妥協するわけにはいかないわ」

 それは宣言だったのかもしれない。

 お前に負けるか、という。

 しんざんのきょうだいであるお前よりももっと、芽々子の気持ちをんでやろう──という。

 もちろん本当のところはわからない。ただ少なくともリリィねえさんは、やけにやる気の表情を見せつつ、僕にも立ち上がるようにうながし、

「いいこと、覚悟なさい? 今から夕方までありとあらゆるショップをめぐるわよ。このあたり一帯すべての地図があんたの頭にたたき込まれるくらいにね」

「やっぱ今日きよう、そういう目的もあったのか」

「……なにか言った?」

「いや、なにも」

 ──勝つも負けるもないよ、姉さん。

 妹思いでついでに弟思いなの次女に、僕なんぞがかなうはずがない。

 プレゼントえらびのつだいというのはもちろん本当だろうが、そのついでにさりげなく街を案内し、この土地にれさせてくれるつもりだったのだからまったく恐れ入る。

 ただこれから先、できれば僕は、この人みたいになりたいとも思うのだ。

 少しずつでもいいから、こんなふうに、家族のことを考えられるように。

 僕はもうくらの一員になっている。たかとおにいさんに案内され、この人にみちびかれて、そりゃあとうさんとかあさんが死んだショックはまだけっこうっているけれど、新しい家で笑ったり怒ったり泣いたりちゃんとできるようになったし、その手伝いをしてくれた──リリィ姉さんをはじめとしたほかのきょうだいたちのことも、好きになり始めている。

 せいぜいリリィ姉さんの後を追うことにしよう。

 そうしてもう一度、彼女に僕を認めさせてやるのだ。

 ごめんなさい、とか、見くびってたわ、とかではなく、さすがね、と。

 皮肉など欠片かけらも混じっていない、感心を。

「さ、行くわよ」

 リリィ姉さんは振り返りもせずさっさと歩きだす。それはきっと、僕がちゃんとついてくることをかくしんしているからだろう。

 だから僕も安心して、彼女についていく。


 まあ、僕が『疲れた』などとをこぼしても立ち止まってくれそうにはないのが、ちょっとなんてんではあるのだけど。


          5


 ──それから。

 たっぷり四時間ほどかけて本当に街中を歩き回り、どう考えてもたんじようプレゼントを売っているはずのないカラオケやゲームセンターやダーツ場なども案内されつつ、それでも決して妥協することのない真剣さでプレゼントの品物をえらびぬき、ようやく夕方過ぎに家へ帰って食事とおを済ませた、その夜。


 半日の外出だったが思ったよりも疲れているようで、午後十時過ぎだというのにかなり眠い。とはいえ明日あしたはせっかくのにちよう、平日と同じように過ごすのもしいな、などとやくたいもないことを考えながら、僕は自室を出た。

 廊下をはさんで斜め向かいのドアをノックする。

「はーい」

 返事があったのでけ、中へ入る。

「ん、どうしたのひびきにい」

 ベッドに寝転んで雑誌を読んでいたりようくんは、顔だけで僕へ振り向いた。

 上がりのパジャマ姿は少女じみていて、弟と言っていいのか妹と言っていいのかよくわからない。も花柄のカーテンやらうすももいろのカーペットやら、可愛かわいらしいしようばかり。

「なに読んでんの?」

「ノンノ」

 頭に『メンズ』がない。さすがである。

「そっか。や、たいした用事じゃないんだけどさ。ちょっときたいことがあって」

「なに?」

 まるで昨夜ゆうべのリリィねえさんみたいに、後ろ手に閉めた扉を背にした僕は、

「あのさ、さっき知ったんだけど、そろそろちゃんのたんじようなんだろ。でさ、プレゼントはリリィ姉さんの役目だって?」

「そうだな。芽々子ねえは、リリィねえの担当だな」

 足をぱたぱたとさせるりようくんへ、単刀直入に──一方でとぼけて、問うた。

「それってさ、どんな法則なの? 僕はだれに誕生日プレゼントをあげればいいのかな」


 昼間、電車の中。

 このプレゼントの法則についてリリィ姉さんと話をした時に抱いた強烈な違和感のことを、僕は家に帰ってから改めて考えていた。

 ついさっきその正体に思い至って、けれどそれを解決するには疑問があって、だから、答えを誰かにこうと思ったのだ。

 受け渡し役は、こうだ。

 たかとおにいさんには姉さん。

 礼兎姉さんには高遠兄さん。

 芽々子ちゃんにはリリィ姉さん。

 稜くんには礼兎姉さん。

 ちゃんには稜くん。

 そして、僕には高遠兄さんで、

 僕は誰にもあげなくていい。


「あー」

 僕の真意に気付いていない稜くんは、なんだそんなことか、というような顔をし、

かんたんだよ」

 答えた。

この家にそいつを迎え入れた奴が贈るんだ。だからひびきにいは、今んところは誰にもやらなくていいよ。反対に、響にいの誕生日には高遠にいがふんぱつするはずだよ」

「そっか」

 僕はうなずいた。

「ありがと。なるほど、だったらしんざんものの僕はちょっともうわけないね」

「ま、もらうばっかだしなー。あげる喜びを知らないってのは損かも」

 にやりとんだ稜くんにお礼を言うと、僕は手を振りした。すぐ自室へ帰り、に座って、頭の中をせいする。


          ※


 その人をきょうだいに迎え入れた者が、そのままたんじようプレゼントを渡す者となる。

 僕はたかとおにいさんによってくらに連れてこられた。

 ゆえに、高遠兄さんがプレゼントをくれる。

 だとしたら。

 高遠兄さんを迎え入れたのはねえさんで、

 礼兎姉さんを迎え入れたのは高遠兄さん。

 ちゃんを迎え入れたのはリリィ姉さんで、

 りようくんを迎え入れたのは礼兎姉さん。

 ちゃんを迎え入れたのは稜くんで、

 そして。

「……リリィ姉さん」

 彼女にプレゼントをあげる人は、いない。

 ならばいったいくらリリィは、誰に迎え入れられて倉須リリィとなったのだろう?

 死んだという倉須夫妻、僕の叔父おじさんと叔母おばさんだろうか。

 それとも、或いは──。


「参ったな」

 本人にはとてもけやしない。

 僕はまだ倉須家の、きょうだいたちのことをなにも知らないんだと、改めて思った。

 つまりそれは、これから知っていかなければならない、ということだ。

 ──リリィ姉さんのことや、みんなのことを。