いつまでも、一番の後輩でいて欲しい。

 それが、俺の純粋な気持ちだった。


◇   


 遠ざかる里久君と涼音ちゃんの姿を見送ってから、私は振り返る。もう更衣室に行ったのか、そこに霧島さんと梨奈の姿は無い。

 やっちゃったな、と思う。

 霧島さんを叩いてしまったのも大人げなかったし……何よりも、私は梨奈にやり残したことがあった。

 は、元気にしてる?

 そう、梨奈に訊きたかったのに。

「浮かない顔をしてるわね。十神君が涼音さんと二人きりなのが、そんなに不安?」

 流花のその一言で、現実に引き戻された。

「そんなことないよ。まあ、里久君が他の女の子と一緒にいる、ってだけでちょっと心配はしちゃうけど。でも、相手が涼音ちゃんだから」

「そうね。……ねえ、結衣。最後にイルミネーションでもゆっくり見てきたら?」

「えっ、でも流花は?」

「私は疲れたしここでゆっくりしてるわ。……結衣、考え事してるみたいだから。一人で綺麗なものでも見れば、少しは悩みが消えるかもしれないわよ?」

「……そっか。うん、ありがと」

 私が落ち込んでるの、バレてたんだ。

 流花の気遣いに感謝しながら、ただ一人で光の海の中を歩く。水面に揺れる人工的な灯りを見つめて思うのは、過去のことだ。

 里久君は、私が援助交際をしてても関係ない、って言ってくれた。その言葉は震えるくらい嬉しい。だって、私には噓を言い続けるしかないから。

 援助交際をしてたなんて、噓だ。そんな事実なんて存在しない。

 ほんと、私って噓ばっかりだな。きっと里久君だって、私が過去に何があったか訊きたいはずなのに。

 本当は、男の人に抱かれたことなんて今まで一度だってないって、里久君に伝えたかった。里久君の恋人として胸を張れるように、真実を全部話したかった。

 でも、言えなかった。

 だってそれは、この世界の誰にも言えない私とあの娘だけの秘密で。

 いつも一緒にいたあの娘──真里と交わした、大切な約束だから。


 聖女にいた頃は、友達がたくさんいた。登校をすればみんながおはようって言ってくれて、話す言葉は尽きなくて時間が許す限り会話を楽しんだ。その頃のみんなの名前は、今でも覚えてる。

 お嬢様学校で堅苦しい規律も多かったけれど、そんなこと気にならないくらい、聖女で過ごす日々は充実していた。

 その中で一番仲が良かったのが、真里という女子生徒だった。

 少し裕福な家庭だった私と違って、真里は本物のお嬢様だった。誰もが名前を知ってる財閥の一人娘で、学校からも一目置かれてる存在。

 けど真里は、全国でも有数のお嬢様に見えないくらい、大人しい女の子だった。

 引っ込み思案で、自分はあまり喋らずの話を笑って聞いてるような目立たない生徒。けど、真里が誰よりも温和で優しいことを、私は知っていた。

 そんな真里と、私は自然に仲良くなっていた。

 私たちは正反対で、だからこそ磁石の引力のように惹かれあったのかもしれない。楽しくてからかう私、顔を赤くしてからかわれる真里。他人と喋るのが好きな私、人見知りな真里。校則を気にしない私、秩序を誰よりも守ろうとする真里。

 気が付けば、いつも真里が傍にいた。真里は放っておけない妹みたいな存在で、隣にいると誰よりも心が落ち着いた。

 親友って、真里みたいな人のことをいうのかな。そんな風に思ったこともある。

 きっと、真里も同じことを思ってくれてたと思う。だってあの日、真里はしゃくりあげて泣きながら、助けを求めてきたから。

 真里は、援助交際をしていた。

 そして、その相手から学校に暴露すると脅迫されている、と涙ながらに語った。

 財閥の一人娘という、家族や周囲からの過度な重圧。努力をしても結果が出せず𠮟責される日々に耐えかねて、真里はお嬢様から逃げるために援助交際の背徳感にのめり込んでしまったと、涙ながらに話してくれた。

 どうしようもないくらい、真里はバカだ。そんな中途半端な気持ちで逃避しようとするから、お嬢様にもそれ以外の自分にもなれず、こうして泣いているのに。

 けど、本当のバカは私だった。

 目の前で涙を流している真里を、助けてあげたいと思ってしまったのだから。

 将来は名家との縁談も期待されている令嬢として、援助交際なんてあってはならないことだ。最悪、絶縁を言い渡されることだってある。

 真里みたいな優しい女の子なら、壊れちゃうことだって──だから、約束した。

 真里が犯した援助交際という罪は私が背負う、と。

 私は、真里ほど失うものなんてないから。

 私が傷ついても、真里には不幸になって欲しくなかったから。

 ──ありがとう。結衣ちゃん。

 そう何度も何度も、真里が涙声で感謝していたのを覚えてる。

 私が売春の罪をかぶるのは、難しいことじゃなかった。脅迫をした相手を騙して、一緒に警察に出頭するだけ。男性側は逮捕されるけど、未成年である私は補導で終わる。

 その事実は警察から学校へと伝わり、退学処分の代わりに卒業と同時に聖女を去るように言い渡された。

 それから卒業までの数ヵ月、私はずっと学校で一人ぼっちだった。

 名門とうたわれる聖女の生徒で、援助交際という汚名がついた私に話しかけようとする人なんていなかった。一度だけ、あの噂は噓だよね、とみんなが心配してくれたことはあるけれど、本当だよと肯定した翌日、誰も私に声をかけようとしなくなった。

 でも、それでも構わなかった。誰でもない、真里のためだから。

 真里だけは、毎日のようにスマホで連絡をくれた。もうすぐクリスマスだね。結衣ちゃんなら受験は絶対大丈夫。遠くの学校でも会いに行くよ──いつも送られてくる真里のメッセージには、一日に一度は必ず、ありがとうとごめんねが添えられていた。

 うん、私は間違ってない。だって、こうして真里と繫がっているんだから。

 そうして春が来て、私は新しい高校に入学して。そして……そして。

 真里と音信不通になった。

 電話も、メールも、アプリも、全てが真里に拒絶されていた。

 初めは戸惑いを覚えて、次に思ったのは真里の手違いなんだってこと。きっとスマホを変えたから連絡が出来ないんだ。そう信じて数日、数週間と過ぎて……ある日、突然分かってしまった。

 ああ、そっか──私は、真里に捨てられたんだ。

 私は真里の汚点を知る唯一の人間だから。お互いが遠く離れた今、不都合な事実から目を背けるように、さよならもなく絶交をされた。

 結局、私には何が残ったのだろう。

 売春という汚名を被って、聖女のみんなからも忌み嫌われて。そして、守りたかった親友にも裏切られて。笑ってしまうくらい無様だ。

 真里を思うときつくように胸が痛むようになったのは、それからだ。

 真里の写真が載ってることを忘れて、卒業アルバムを里久君に見せてしまったのは本当に失態だった。私と真里の関係は、誰にも知られたくなかったのに。

 私の中の大事な何かが壊れてしまった気がして、それからは他人を拒絶する日々を送っていた。周りの生徒が友達を作り始めるなか、私だけが世界から孤立したみたいだった。

 胸にぽっかりと穴が開いたような、そんなある日のことだ。

 私は一人の男子生徒から、質問された。

 ──水守さんって、金さえ払えば誰にでもヤらせてくれるって本当なの?

 愕然とした。まさか、私のことを知ってる生徒が、この高校にいたなんて。

 彼には聖女の知り合いがいて、そこから私の噂を耳にしたらしい。

 違う、と否定しようとした。私は男の人と一夜を過ごした経験なんてなくて、好きでもない人に抱かれるなんて無理だ。……そう言いたかったのに、出来なかった。

 もしここで否定したら、真里の援助交際がバレてしまうかもしれないから。

 我ながら呆れてしまう。

 真里に捨てられて、裏切られて、こんなに胸が苦しいのに──私はまだ、真里のことが好きだった。

 真里のことは許せないのに、不幸になって欲しくないって願う自分もいた。

 真里を守る。そのために私に出来ることは、一つだけ。

 ──うん、本当だよ。

 その日から私は。誰とでも寝るビッチとして高校で噂されることになる。

 下心をしにした男子生徒に言い寄られ、けれど遠回しに断り続ける日々。噂を否定しないから、水守結衣は中古である、って誰もが信じて疑わなかった。

 生徒や教師から白い目で見られても、別に構わなかった。その生き方を選んだのは、誰でもない私だから。

 あの時もそうだ。女子生徒からの嫌がらせで、体育の時間中に更衣室からスマホをられ捨てられたあの日。

 誰の助けもなく、何処にあるか分からないスマホを一人で探していた。

 ほんの一瞬泣きたい気分になっても、いつものように押し殺した。私は他人に嫌われて当然の存在で、他人の支えが必要ないくらい強い人間でいたかった。

 だからこそ、だと思う。あの日のあの言葉を、今でも鮮明に覚えてる。

 最悪な噂ばかりの私に、探し物をしてるからって声をかけた、たった一人の男子生徒。


 ──えっと……ごめん。もしかして、何か探し物とかしてる?


 もし、モノクロだった私の高校生活が色づいたというのなら。

 それはきっとあの人が、女の子が苦手なくせに私に手を差し伸べた、あの瞬間だ。


◆   


 閉園時間を迎え、俺たちはテーマパークを後にして帰りの電車に揺られていた。

 やがて車窓からは見慣れた風景が流れ始め、水守が降りる駅がアナウンスされる。

「ごめん。涼音と来栖さんには悪いんだけど、俺は次の駅で降りてもいいかな。その……野暮用がある、っていうか」

 とは言っても、俺がどうして次の駅で降りるか、二人は察してると思うけど。

 恥ずかしくて口に出来ないけど、水守を家まで送りたかったのだ。

 涼音は不満そうに頰をふくらませて、

「えー。こんなに可愛い後輩を置いて行っちゃうんですか?」

「うっ……悪い」

「……なんて、全然気にしなくていいですよ? 先輩ならそう言うと思ってましたから。でも、今度埋め合わせしてくださいね?」

「私も別に構わないわ。じゃあ、私は涼音さんを家まで送ろうかしら」

 来栖さんの、いつもと変わらない不敵な笑み。

 涼音が、名残惜しそうに水守を見ると、

「もう水守さんとお別れなんて残念だなぁ。……ねっ、水守さん。また誘ってもいいですか? 今度は水守さんが行きたい場所、とか」

「……うん、喜んで。私も、涼音ちゃんと二人で何処か行きたいなって思ってたから」

 やがて電車がまり、俺と水守は降りる。振り返れば、来栖さんと涼音は電車が動き出すまで、窓越しに小さく手を振ってくれていた。

「野暮用があるから次で降りる、かあ。里久君、良かったの?」

「良かった、って?」

「あの言い方だと、あー今夜彼女の家に泊まるんだ、って誤解されても仕方ないよ? 今って夏休みだし」

「っ!? ま、マジで? どうしよう、今からでも二人にスマホで説明した方が……」

「冗談だって。あの二人なら、里久君がそんな大胆なこと出来るわけないって考えるはずだもん。私を家に送るために降りてくれたんでしょ?」

 くすくすと水守は笑みを零す。ほんと、俺をいじってる時の水守って楽しそうだな。

 改札を出ると、ぽつりと水守が口にした。

「ねっ、里久君。お願いがあるんだけど……家まで、手を繫いで欲しいんだ」

「……いいのか? 付き合ってること、同じ高校の生徒に知られたくないんだろ?」

「一番隠していたかった涼音ちゃんには、私たちの関係をちゃんと伝えたから。夏休み中くらいなら、気にしなくてもいいかなって」

 上目遣いに、水守が俺を見つめる。

「それに、涼音ちゃんたちの前ではずっと友達同士だったでしょ? 家に帰るまでくらいは、里久君と恋人同士でいたいんだ。……ダメ?」

 答えなんて決まっていた。

 わずかな羞恥を覚えながら、俺はそっと指を絡めるように水守と手を繫いだ。

「ありがと。……やっぱり、里久君とこうしてる時が一番落ち着くな」

「……そ、そっか。だったら、俺も嬉しい」

 街のけんそうより、胸の鼓動の方がずっとうるさい。かあっと身体からだが熱くなって、隣で歩く水守の横顔もまともに見ることが出来ない。

 こうして周りに人がいるなかで水守と手を繫ぐなんて初めてで、俺って本当に水守と付き合ってるんだな、なんて間抜けなことさえ思ってしまった。

「今日はごめんね。まさか、聖女の同級生に会うなんて思ってなかったから。里久君には迷惑かけちゃったよね」

「そんなことないって。あの時さ、俺は嬉しかったんだ。今まで知らなかった過去のこと、水守が教えてくれたから」

「……私が里久君の恋人でいいのかなって、不安だったから」

 弱々しい言葉に、思わず水守を見る。

「涼音ちゃんが教えてくれたんだ。里久君の隣にいていいかどうかを決めるのは、私自身なんだって。だから、私の過去を知って欲しかったんだ。里久君に後ろめたい気持ちなんて抱えていたくなかったから」

 水守の顔に浮かぶのは、どこか自嘲めいた笑み。

「でも、ダメだね。……一番の秘密は、やっぱり里久君に隠したままなんだから」

 その一番の秘密が何なのか、言わなくたって分かる。

 援助交際──水守が聖女を辞めるきっかけとなった事件。

 でも、どうしても辻褄の合わないことがある。

「水守は俺に話してくれただろ? 周りの噂は全部噓で、そんな経験ないんだって」

 それは、水守が俺にだけ打ち明けてくれた真実。

 だからこそ、この世界で俺にしか気づけない矛盾が存在する。

「だとすれば、どう考えてもおかしくないか? だって、水守は援助交際をしたから聖女を辞めたんだろ? なのにそういう経験がないって、明らかに──」

 全てを口にするその直前、ぎゅっと、水守が俺の手を握る。

 その表情はまるで、必死で自分の痛みに耐えるように苦し気だった。

「ごめん、里久君。その先は言わないで。……私、喋り過ぎちゃったみたいだね。里久君にも知られちゃいけない秘密があるのに」

 そして、水守は無理に作ったような笑顔を浮かべた。

「私は、援助交際をして学校を追い出された。それで、今でも誰とでも寝るって最低の噂を否定しないロクでもない女なんだ。……それが、水守結衣っていう女子生徒の全て」

 そんな訳がない。明らかに言動が食い違っているし、何より水守は真剣に異性と交際するような純粋な女の子だ。

 でも、噂通りの人間だと思われることを水守が望んでることくらい、俺にでも分かる。

 だとしたら、俺は──。

「……分かった。水守がそう言うなら、俺は構わない。援助交際のことだってこれ以上追及しないし、噂のことも否定しない」

 その瞬間、水守は落胆したように、あるいは諦めたように口元を緩めた。

「……うん、そうしてくれると嬉しいな。ごめんね、里久君」

「でも、一つだけ訊かせて欲しい。どうしても話せない隠し事があるならそれでいい。だけど……水守の苦しみを、俺がくすことは出来ないかな」

 水守の足が、止まった。

 不思議と、胸の動悸は収まっていた。街の喧騒が遠くから聞こえ、けれど視界には水守しか映っていない。

「水守、来栖さんに言ったよな。その援助交際は自分のためじゃなくて誰かのためにしたんだって。何となくだけど、それが誰なのか分かる気がするんだ」

 卒業アルバムに載っていた、水守となかむつまじそうに隣にいた一人の少女。

 あの写真を見た時、水守は今まで見たことがないくらい動揺していて。もしかしたら、水守の誰にも言えない隠し事に繫がってるのかもしれない。

 けど、あの娘が誰かなんて、今はどうだっていい。

 大事なのは、その娘のために水守が傷ついてるってこと。

「水守は、その誰かのために無理をしてるんだろ? その誰かを守るために、中古なんて噂をささやかれても、下心のある男子に迫られても、学校で孤立していても耐えてるんじゃないのか?」

「……そんな、ことないよ。他人のために周りのみんなから嫌われるなんて、そんな報われないことするはずないでしょ?」

「違う。初めて会った時から、水守は他人を庇おうとする女の子だった」

 思い出すのは、探し物をしている水守に声をかけた、夕暮れ時のあの日。

「水守は、探し物を手伝おうとした俺を断って夜までずっと一人ぼっちで探してたんだから。あれって、噂を知らない俺に迷惑をかけたくなかったからだろ。水守は他人の不幸より、自分の不幸を選ぶような女の子なんだよ」

 言葉を失ったように、水守が俺を見つめる。

 水守はいつだってそうだ。他人が傷つくのが嫌で、そのためなら自分が損な役回りをすることもいとわない。

「水守は傷つくことに慣れ過ぎなんだよ。少しくらい、自分のこと大切にしてもいいだろ。……こんなに優しい女の子なのに」

 いや、水守が優しいからこそ、他人に悪意を向けられても平気な顔をするんだろう。

 本当は、俺の傍にいてもいいのか、って怯えているのに。

「……大げさに考え過ぎだってば。私なんてそんな大した人間じゃないもん」

 まただ。また水守は、諦めたように笑ってる。

「里久君の言う通り、その誰かを守りたかったから強い人間でいようって思ったの。いつまでも秘密を隠したまま、他人に悪意を向けられても絶対に負けないって決めた。……でもね、里久君と出会ってから変わっちゃったのかな」

 今にも消えてしまいそうな、儚げな声色。

 その小さな肩は微かに震えていて、表情を見られたくないかのように水守は俯いた。

「一緒にいるとこんなに幸せな気持ちになるのに、そんな大切な人に真実を打ち明けることも出来ない──そんな自分が、嫌になるんだ」

 それはきっと、誰にも見せたことのない水守のもろい部分。

 この世界に二人しかいないって錯覚に陥るくらい、水守の姿はちっぽけだった。

「里久君は私のために変わってくれたのに、私は都合の悪いことを隠したまま。ずるいな、って自分でも思うけど……友達との約束だから。やっぱり里久君にも言えないんだ」

 そっか。水守は、ずっと自分自身と向き合ってたのか。

 俺と一夜を過ごしたあの夜も、プールで同級生に会ったあの時も、水守は俺に真実を話してくれたのに、それでも一番奥深くには誰にも言えない隠し事を秘めている。

 水守は、そんな自分自身を許せないでいる。

「……なあ、水守」

 水守のぬくもりを感じたまま、迷うことなく口にする。

「俺は、水守が好きだ」

「えっ──」

 俺に視線を向けた水守に、一つだけ深呼吸をした。

「水守の綺麗な髪が好きだ。水守の澄んだ瞳が好きだ。水守の柔らかそうな肌が好きだし、いつ見ても可愛い水守の顔も好きだ。匂いだってまいがするくらい好きだし、胸の大きさだって時々いやらしいことを考えるくらい好きだ。水守の笑顔は永遠に見てたいってくらい好きだし、水守の料理が上手なところは他の人に自慢したいくらい好きだし、水守の優しい性格なんて彼氏として誇らしいって思うくらい好きだ。水守の一途なところなんか理性を捨てて抱きしめたくなるくらい好きだし、水守のからかい好きなところもいつだってどきどきするくらい好きだ。

 好きって言葉じゃ足りないくらい、水守の全部が好きだ」

「……り、里久君?」

「水守が自分を好きになれないっていうなら、それでも良い。だけど──」

 胸の奥に、熱い何かがともる。

 激情に身を委ねたまま、戸惑う水守にはっきりと告げた。

「俺が好きだって語る水守を、好きになって欲しい──俺は水守の隣にいたいから」

「──────」

 その瞬間、世界中の時間は止まったのだと思う。

 だって、ほら。水守は言葉もないまま、揺れる瞳で俺を見つめている。

 そんな水守が愛おしくて、胸に芽生えたのはある一つの衝動。

 夢を見ているようなめいてい感のなか、けれど決意を持って口にする。

「水守、目を閉じてくれないか」

「えっ? ──あっ」

 水守の肩を抱き寄せて、互いの吐息を感じるくらい近い距離で見つめ合う。

 頰を染める水守に、そっと顔を近寄せて──。


 それは、生まれて初めて俺から求めた──水守との口づけ、だった。


 思い出すのは、いつか水守がからかうように口にした言葉。

 ──二度目のキスは里久君から、って決めてるから。

 くちびるに柔らかい感触を残したまま、水守から離れる。

「家まで送るよ。行こう」

「────はい」

 とろけたような表情をする水守の手を引き、夢見心地の中で歩き出す。

 その間、水守の顔は一度も見てない。見れるはずがない。

 羞恥と高揚と不安で頭がどうにかなってしまいそうなんだから。

「……ねえ、里久君」

 ぽつりと、背後から聞こえる甘い声色。


「ありがと──私も里久君のこと、大好きだよ」


 ……そこから先のことは記憶にない。気が付けば、俺は家のベッドに転がっていた。

 水守のぬくもりだけは、覚えてる。