「意外と平然としてるのね。十神君は不安にならないの?」

「不安、って?」

「結衣は何を考えてるんだろう、って。私には、どうして結衣が自分の評判を落とすような噂を容認しているか分からないの」

 その気持ちは痛いくらい共感出来る。水守は俺達には言えない隠し事があって、だからこそどんな女の子なのか時々分からなくなってしまうこともある。

 ……けど。

「大丈夫ですよ。多分水守は、のっぴきならない事情でそういうことにしてるだけですから。少なくとも、好きで自分の悪い噂を容認しているわけじゃないと思います」

「どうしてそんなこと言えるの?」

「水守、言ってましたから。退屈な学園生活になることを覚悟してた、って」

 他人に距離を置かれて、男子から嫌らしい目で見られて。水守だって苦しかったはずなのに、それでも何か理由があって噂を一度も否定しなかった。

 その理由が何なのか俺には分からないけど、絶対に誰かを傷つけるためじゃない。

 だったら大丈夫。水守はきっと、優しいままの水守のはずだから。

 ……ただ、水守が自分からびんな目に遭ってるってのは、ちょっと見過ごせないけど。

 他人を傷つけるのは嫌がるくせに、自分が傷つくことには平気なんだよ、水守って。見てるこっちの身にもなって欲しい。

「だから心配ないですよ。きっと水守なりの事情があるはずですから」

「……それが、十神君を裏切るような結末になっても?」

「絶っっっ対ないです。水守に限ってそんなこと、ありえないです」

 ぽかん、と来栖さんがあっに取られたのは一瞬。やがて、くすくすと笑いだす。

「あはは、まさかきっぱり断言するなんて。恋は盲目ってよく言ったものね」

「そんなんじゃないです。水守は誰かを裏切るような奴じゃないって、それだけのことですから」

「ふ~ん。結衣のこと信頼してるのね。前々から思ってたけど、十神君って結衣に負けないくらい一途よね。……でも、一つだけいいかしら」

「何ですか?」

「のっぴきならない、なんて古い言葉、高校生はあまり使わないわよ?」

「べ、別にいいじゃないですか。そりゃ俺だって何か違うかなって思いましたけど、言い換えるのも違うしそのまま勢いで誤魔化したかったのに」

「あはは、照れちゃって可愛い」

 むぅ、これじゃ本当に姉さんに馬鹿にされる弟みたいだ。

「けど、それくらい結衣のことで頭がいっぱいだった、ってことね。……結衣のこと、よろしくね。十神君の言う通り、あのはきっと良い子だから」


◇   


「……ど、どうしたんですか水守さん? 先輩と何かあったんですか?」

 私って、里久君と一緒にいてもいいのかな。

 そう問いかけられた涼音ちゃんは、明らかに困惑していた。

「ごめんね、大したことじゃないんだ。ただ、私みたいな人が誰かの傍にいても迷惑にならないかなって思ったから」

 どうしてだろう。今日の私、何だかいつもより変だ。

 こんな弱いだけの言葉なんて、普段なら絶対に言わないのに。

「ほら、私なんてロクでもない噂ばっかりでしょ?」

「で、でも、水守さんって男子のお誘いは断ってるんですよね? だったら問題ないですよ、いつか噂のことなんてみんな忘れますって!」

 違うの、涼音ちゃん。噂が消えることなんて、絶対にない。

 だって、私は自分自身のあらゆる噂を肯定しなければならないから。

 それが──私の親友との約束だから。

「それにね、私って自分勝手な人間だから。秘密にしてることだって多くて隠し事ばっかりだけど、里久君は話してくれるまで待つって言ってくれるの。

 ……でもね、そうやって許してくれる度に、私みたいなずるい人間がこんなに良い人と一緒にいてもいいのかな、って思っちゃうんだ」

 初めは、こんなに里久君との関係が続くなんて思ってなかった。

 私が恋人なんて、もし他人に知られれば里久君まで白い目で見られるのは当然で。水守となんて関わるんじゃなかったって恨み言を言われて捨てられることも覚悟してた。

 だから、私がしたいことは全部したつもりだった。明日には私たちの関係がバレて、別れることになっても不思議じゃないから。

 でも、里久君は私を見捨てなかった。

 周りに関係がバレそうになって私が別れようって言っても、同級生の前で里久君に嫌われることをしても、あの人は一緒にいたいって言ってくれた。

 それが震えるくらい嬉しくて……けれど、心をむしばむように怖くもなった。

 ヤリマンとかビッチとか中古とか、他人に言われても何も言い返さない私みたいな女が彼女でいいのだろうか。

 たまに、ほんの少しだけ考えてしまう。

 里久君の彼女になるべきなのは、私なんかじゃなくて、涼音ちゃんのような何処にでもいる女の子なんじゃないか──。

「……ごめんね。こんなこと言われても、涼音ちゃん困っちゃうよね」

 最低だな、って自分自身思う。

 こんなの、誰かに優しくされたいだけの自己満足だ。

 水守さんは先輩の傍にいてもいい。そんな言葉を言ってもらいたくて、不安を誤魔化したくて、無意識に涼音ちゃんを利用しようとしている。

 誰とでも寝る中古として高校生活を過ごすと決意したのは、私自身なのに。

「こんな言葉、忘れてくれるかな。ちょっとらしくないこと言っちゃったみたい。それより、そろそろ里久君たちのところに──」

「水守さんは先輩の傍にいて迷惑って言いましたけど、そんなことないと思います。だって水守さんは、先輩が心を許してる数少ない女の子の一人ですもん」

 思わず、言葉を失った。

 今まで見たことがないくらい、涼音ちゃんの表情は真剣。

「多分、それが全てだと思います。先輩は水守さんと喋ってるとほんとに楽しそうで、それだけで一緒にいてもいい理由になるはずですから。先輩が水守さんを必要としてるなら、それで良いと思います」

「……そっか。うん、ありがと涼音ちゃん」

 涼音ちゃんの善意の言葉は嬉しくて、だからこそ後ろめたさを覚えてしまう。

 結局、涼音ちゃんの優しさに甘えちゃったな。

 私が里久君に隠し事をしてる限り、問題は何一つ解決しないのに。明日にはまた同じ不安を抱えるっていうのに。

 そう、苦笑いをした時だ。

「でも、これって多分わたしが言っても仕方ないんですよね。先輩の傍にいても良いって言うべき人は、もっと他にいますから」

「もっと他に……? それって、里久君本人、ってこと?」

「違います。先輩にだって、水守さんの心のもやもやは晴らせないと思います」

「じゃあ、誰なの?」

 私の問いに、涼音ちゃんがにこりと笑った。

「水守さん自身、ですよ。……水守さんが自分自身に、私は里久君の隣にいてもいいって言ってあげないと、ずっと前に進めないと思いますよ?」

「──、あ……」

 不思議なくらい、その言葉は私の胸にすとんと落ちた。

「水守さんは、自分のことがちょっとだけ嫌いなんですよね? だから先輩と一緒にいてもいいのかなって悩んじゃう。でも、そんなの答えは一つだけなんですよ。先輩の隣にいても良いって、自分を認めてあげるしかないんです」

 涼音ちゃんの言葉一つ一つが、やけに鮮明に聞こえた。

 今まで、里久君と一緒にいる時だけあたたかい気持ちになれた。私の言葉や仕草で照れてくれるのが、嬉しくてたまらなかった。

 ああ、そっか。それだけじゃ満たされないのは当然だったんだ。

 だって、里久君が私のことを想ってくれてるのは痛いくらい伝わってくるから。

 本当に必要なのは、私の──。

「な、なんちゃってっ! わたしってば何を言ってるんだろ、水守さんにこんな偉そうなこと言っちゃって……!」

 ぱたぱたと手を振る涼音ちゃんに微笑む。

「ううん、そんなことないよ。少しだけ、私がするべきことが分かった気がするから。涼音ちゃんに話して、ほんと良かった」

「そ、そうですか? えへへ、水守さんの力になれたら光栄です」

 涼音ちゃんは頰を染めながらはにかむと、

「……えっと。水守さんに訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 つい頰を緩めると、涼音ちゃんは急にそわそわしだした。

「実は、水守さんと二人きりになったのもそれが理由なんです。他の人、特に先輩には絶対に聞かれたくなかったので」