三章 もりさんとかみは繫がりたい



 もりと一夜を過ごしたあの日から、一ヵ月がったある日。

 かみ君って、への接し方が変わったわよね。

 高校二年の夏休み。突然、くるさんからそんなメッセージが届いた。

『どうしたんですか、やぶから棒に』

『定期的に十神君のことは結衣に聞いてるから。ほら、風紀委員としては二人がただれた関係になってないか監督する義務があるじゃない?』

 それ、絶対楽しんでますよね?

『結衣の話だと、十神君の意外なとこばかり聞くから。結衣に心を開いたのかな、って』

『そうですかね? 俺はいつも通りですけど』

『たとえば十神君って最近、結衣の家に行く時必ず差し入れを持って行ってるでしょ? ミスドが一番多いけれど、それ以外のお菓子を持参することも増えている』

『それは、いつも俺が水守の家にお邪魔してますし。お礼くらいしたいじゃないですか』

『でも結衣が言ってたけど、好きなお菓子が毎回入ってるらしいわよ? 十神君、結衣がしいって言ったお菓子を覚えてるんでしょ? 結衣に出会ったばかりの頃の十神君なら、女の子にそこまで興味を持ったりしたかしら?』

 い、いや、それはそうだけど。

『こんなに女の子にアプローチ出来るなんて、十神君には考えられないことよ。最近、結衣との間に何か変わったことがあったんじゃない?』

 それは、何となく分かる気がする。

 きっかけがあるとするなら、それはやっぱり水守と寄り添ったあの夜だろう。少なくともあれから、水守に嫌われるかもしれない、って考えることはなくなった気がする。

『何にしても、十神君との特訓は無駄じゃなかったってことね。良き良き』

『それは感謝してますけど、来栖さんは深く考えすぎですってば。差し入れは、夏休みでも水守と外出しないって約束してるからです。二人で出かけることも出来ないし、せめて美味しいお菓子くらいは食べてもらおうと』

『(笑)』

『いや、(笑)じゃなくてですね。なに笑ってんですか』

『ごめんなさい、言い訳があまりに下手だったからつい』

『言い訳なんかじゃないですって! 本当に何でもないですってば!』

『えぇ~、ほんとかなぁ~?』

 なにそのゴロリみたいな返事。絶対俺の話真面目に聞いてないでしょ。

『でも、十神君ってまだ結衣と外出するの避けてるのね。確か、うわさにならないようにって理由だったかしら? だったら、もうすぐすずさんからい連絡があるかもね。私もさっき涼音さんからメッセージもらったばかりだから』

 涼音から? その文章に首をかしげ、来栖さんとのやり取りを終える。

 来栖さんの予告通り、涼音から電話があったのはその数時間後だった。

『あっ、もしもし? 先輩、今時間いいですか?』

「あぁ、全然いいけど。帰宅部なうえに友達も少ないから、時間なら持て余すくらいだし」

『ほんとですか? そう言って、水守さんと遊んでたりして』

 心臓が止まったかと思った。

 俺と水守の関係を知らないはずなのに、こんなずばり言い当てる?

「ま、まあ、たまにはそういう日もあるけど。水守とはここ最近仲が良いし」

『へえ、そうなんですね! じゃあ誘ってくれればいいのに。先輩と水守さんのお誘いならいつでもウェルカムですよ?』

 大丈夫、動揺したのはバレてないはず。

「それもいいかもな、涼音と遊ぶ時も俺と二人でってパターンばっかりだし。それに、暇なのも間違いないし」

『じゃあせっかくですし、水守さんたちと夏の思い出でも作りませんか?』

 何かの期待を抱かせるような、涼音の弾んだ声音。


『一緒にナイトプールに行きませんか? 来栖さんと、それに水守さんも誘って』


 ……ないとぷーる?

 あまりに自分とみのない単語に、まともに脳内の検索エンジンが仕事をしない。

「なあ。ナイトプールって、もしかしてあの……?」

『はいっ! れいにライトアップされた夜のプールで遊ぶ、あれのことです』

 鍛えた肉体を惜しげもなくさらす若者、自撮りをするインスタ女子、ネオン街のごとく輝くあかり、会場で流れるクラブミュージック、そこにぽつんとたたずむ俺。

 涼音たちはともかく、俺の場違い感すごくない?

『先輩って、もう腰のも治って運動しても大丈夫なんですよね? だから、プールに行っても平気かなって』

「まあ、もうコルセットは外してるし問題ないけど。しかしすごい場所を選んだな。友達の間でってるのか?」

『そんなことないですよ、わたしも初めてですもん。でも、水守さんと来栖さんって流行とか詳しそうですし、適当な場所だと失礼かなーなんて……』

 なるほど、涼音なりに背伸びをしたということか。

 けど、ナイトプールか……。

「いいよ、行ってみるか。楽しそうだし」

『えっ、いいんですか?』

「なんでそこで驚くかな。誘ったの涼音なのに」

『だって、先輩ってこういうおしゃな人たちが集まりそうな場所嫌いですから。俺を公開処刑にするつもりか、なんて言われるかなって』

 そんな訳ないだろ、と否定出来ないのが悲しい。確かに俺ならごねそう。

「まあ、みんなが行きたいならそれも良いかなって。確かに良い思い出になりそうだしな」

 そこで、ふと気になった。水守は俺たちの関係を涼音に隠したいはずだけど、四人で遊ぶことをどう思ってるのだろう。

「ちなみに、水守はナイトプールに行くこと賛成したのか?」

『はいっ。水守さんも問題ないみたいですよ? 涼音ちゃんが良いなら構わない、って言ってましたもん。ちょっと変ですよね、誘ってるのはわたしなんだから全然問題ないのに』

 不思議そうに、涼音は言葉を継ぐ。

『それに、水守さん言葉を濁してましたしあまり乗り気じゃなかったような。も、もしかして、好きじゃないのに気を遣わせちゃったとか……?』

「……いや、それは大丈夫じゃないかな。嫌ならはっきり断るだろうし」

 やっぱり、付き合ってることがバレてしまうのを心配してるのだろうか。

 いっそ、交際してることを涼音に打ち明けた方が良いんじゃないかとすら思う。悪い噂のある彼女なんて涼音が不安になる、って水守は言ってたけれど、中古という噂は事実無根なんだしそのことを話せば涼音も分かってくれるはず。

 でも、そんなの水守は望んでないんだろうな。

 誰にも話さないで。そう約束したうえで、水守は俺に教えてくれたんだから。

『もしもーし。急に無言になってどうしちゃったんですか? 電波悪いです?』

「……いや、何でもない。悪いな急に考え事しちゃって」

 今は考えるのはめとこう。こうして、涼音も誘ってくれてるんだし。

 それに、慣れない場所だけど楽しみだって気持ちは本当だ。来栖さんはもちろんだけど、涼音とプールだって初めてだし……それに、まあ、水守と遊びに出かけるのって観覧車に乗った時以来だし。うん、涼音が誘って来たんだし断れないよな。仕方ない仕方ない。

「でも、参ったな。プールとか海水浴なんて行かないから中学の水着しか持ってないんだよな。流石さすがに子どもっぽくて着たくないし……」

『あっ……じゃ、じゃあ、今から水着買いに行きませんか?』

「えっ、いいのか? 付き合わせちゃってなんか悪いな」

『任せてくださいっ! だって、先輩がいまいちな水着でナイトプールなんて、後輩として恥ずかしいですもん! もうっ、先輩はしょうがないですね~。わたしがいないと何にも出来ないんですからっ!』

 そう言うと、涼音はすぐ準備しますと一方的に電話を切ってしまった。

 涼音がいないと何にも出来ないって……うん、その通り過ぎて何も言えない。


 ナイトプールは大人の社交場的な側面が強いため、未成年をお断りしている施設が多い。その中で、俺たち高校生でも入れる話題のナイトプールは県外にあるらしく、電車で一時間は揺られる必要があった。

 ウォーターアトラクション専用のテーマパーク。

 そのとあるエリアが、高校生でも入れるナイトプールになるのだという。

「はー……」

 水着に着替えた俺は、その壮大な光景に圧倒されるばかりだった。

 燃えるようなあかねいろの空の下、どれだけ時間があっても遊びきれないと思えるほどバリエーションに富んだプール。多くの人たちが水しぶきをあげて楽しんでいた。

 ナイトプールって陽キャラばかりの大人びた場所だと思ってただけに、ちょっとだけほっとした。良かった、EDMとか流れてない。

 そんな光景を眺めながら、俺は水守たちが着替え終わるのを待っていた。結構時間経ってるし、そろそろだと思うけど。

「先輩っ、お待たせしました」

 振り返り、いつもと違う姿の三人の少女たちに、思わず言葉を失った。

 れんな水着を身にまとう涼音に、大人びた水着を着こなす来栖さん。そして水守が着るのは、いつか見たビキニの水着……そうだ、以前試着室で俺に見せたやつだ。

 そっか。俺が似合ってるって言ったから、水守はこの水着を選んだんだよな。

「どうですか? 水着姿なんて、先輩でもなかなか見せませんよ?」

「考えてみれば、涼音の水着って初めて見るもんな。うん、確かにわいいな」

「えへへ、そうですか? 後輩的には、ノーサツされても全然いいですよ?」

「悩殺って単語久々に聞いたけどな、先輩的に」

 ふと、俺はこちらをじーっと見る水守に目を移す。

 駅で合流してから水守はずっとこんな感じで、涼音や来栖さんがいるからか、二人でいる時に比べてはるかに大人しい。やっぱり友達と恋人の線引きはしっかりしているんだろう。

 水守は小さくほほみながら、俺に水着の感想を求めた。

「ねえ、君。どうかな?」

 ……二人きりじゃなくても、友達同士なんだし褒めるくらいなら別にいいよな。

「えっと……水守も似合ってるよ。その髪型も、それに水着も」

「そうかな? うん、ありがと」

 はにかんだように水守が目をらす。と、来栖さんが不満そうに、

「どうでもいいけど、さっきから十神君がちっとも私を見ないのはどうしてなのかしら」

「……いえ、別に? 他意はないですよ?」

 実のところ、来栖さんの水着姿が一番やばいのだ。

 涼音とは長い付き合いだから今更だし、水守とはもっと破壊力のある状況を乗り越えてきたから水着で照れることもない。けど、来栖さんは新鮮だしおまけにスタイルが良いからつい緊張してしまう。

 でも、水守の前で他の女の子に照れるとこなんて見せられないし。こうして出来るだけ水着を視界に入れないよう努力するしかない。

 涼音がプールを見渡しながら、

「でも、意外と家族連れの人も多いんですね。ナイトプールっていうから、大人の遊び場みたいな場所だと思ってたんですけど」

「未成年でも入れるナイトプールだもの、子どもがいるのも自然でしょ? ヤリモクに口説かれる心配もないし、私は結構好きだけど」

 風紀委員長が何て言葉使うんですか。

 涼音は涼音で「ヤリモク……?」と首を傾げてる。帰る時にでもこっそり教えてあげよう……。

「だから、十神君には期待してるわ。他の男の人に声をかけられないよう、しっかり私たちのことガードしてね?」

「はは、努力します……」

「じゃあ早速行こっか。ライトアップまでもう少しかかりそうだし、まずはに行こうかな。そういえば涼音ちゃん、行きたいアトラクションがあるんだっけ?」

「そうなんですっ! ここって、日本初の絶叫ウォータースライダーがあるみたいなんですよ! うわぁ、怖そうですよねっ!」

「あはは。涼音ちゃん、怖そうって割に楽しそうだね」

「昔から、絶叫系って書いてあるやつは一通り乗りたくなっちゃうんです。売られたけんは買わなきゃ気が済まないので! あの、すぐにじゃなくてもいいんですけど、水守さんも良かったらどうですか……?」

「ん、いいよ。一緒に乗ろっか?」

「ほんとですか……? やった!」

 と、涼音は水守の腕に抱きつくのだった。

 コミュ力お化け……。すごいな、仲良くなったばかりの水守にあんな強引になれるとは。

 何だか、かき氷を一緒に食べてから涼音は更に水守に打ち解けたような気がする。まあ、元々社交的っていうのもあるんだろうけど。

 と、来栖さんが、

「でも、個人的に初めはゆっくり泳げる場所の方がいいかしら」

「分かりましたっ! じゃあ、まずは普通にプールを楽しめるとこに行きましょうか」

「あっ、その前に一つ報告があります」

 はい、と水守が手を挙げる。

「私、実は泳げません」

 ……………………。

 何とも言えない沈黙。

「あ、あれ? もしかして引いてる……?」

「い、いやいや! 別にそういうわけじゃないけど! ただ、びっくりしたんだよ。水守って頭も良いし料理も上手だし、大抵のことは出来るからそんな弱点があるなんて」

 ふふ、と来栖さんが笑う。

「確かにそうね──胸にそんな大きな浮き具が二つあるのに泳げない、っていうのも妙な話だものね」

 ……………………。

 何とも言えない沈黙、リターンズ。

「……ごめんなさい」

「謝るくらいなら言わなきゃ良いのに……」

 来栖さんをジト目で見る俺。と、涼音が水守の手を取った。

「だ、大丈夫ですよ! 家族向けってことは子どもでも遊べる浅いプールがたくさんあるってことですもん! 水守さんもきっと楽しめますよ!」

「そう言ってくれるとうれしいな。私もみんなで水着で遊びたかったから」

 確かに、俺も本気で泳ぐよりはまったり水遊びくらいが丁度良い。

 けど、水守が泳げないのは不安でもある。万が一溺れたりでもしたら……。

「あのさ、水守に提案があるんだけど」


「ねえ、本当にこれ付けたまま泳ぐの?」

 先程、無料でレンタルをした浮き輪を付けた水守がくちびるをとがらせた。

「まあ、とりあえずは様子見ってことで。万が一溺れたら大変だし」

「浮き輪って、子どもっぽくてあんまり好きじゃないんだけどな。それに、里久君さっきからこっち見て笑ってない?」

「はは……まさか、こんなに水守にぴったりの浮き輪があるなんて思ってなかったからさ」

 実は、たった今水守が付けているのは、ドーナツそっくりの浮き輪なのだ。

 まさに水守のための浮き輪だ。みんなでこれを見つけた時は、満場一致(ただし水守は除く)で決定したほどだ。

 と、涼音が、

「いいじゃないですか。水守さん、似合ってますよ? 子どもっぽい浮き輪とのギャップが素敵、っていうか」

「……まあ、デザインは嫌いじゃないけど」

 満更でもない顔をする水守を、涼音が防水ポーチに入ったスマホで撮る。スマホは首にかけていつでも撮れるようにしてるらしい。

 ドーナツ浮き輪を付けた水守の写真か……良いな、俺も欲しい。

 でも涼音に直接欲しいって言うのもマズいし、後で来栖さん経由でもらおうかな。我ながら写真一つ欲しいだけなのに超めんどくさいな!

 それから、俺たちはアトラクションへと向かう。

 みんなで相談して選んだのは、グレートジャーニーと呼ばれる場所。

 長さ六五〇メートルを誇る、流れるプールだ。

「きゃ───────────っ! これ、油断したら落ちちゃいそうですねっ!」

 夕焼けと夜が混ざり合う空に、涼音の叫び声が高らかに響く。

 涼音はイルカ型の浮き輪に抱きついて、子どものようにはしゃいでいる。いや、実際子どもだ。それくらい無邪気だ。

 保護者みたいな気持ちで眺めていると、不意に涼音がぱしゃぱしゃと水を浴びせてきた。

「うわっ、なにすんだ急に!」

「悔しいならやり返してみたらどうですか? 先輩にわたしを捕まえれたら、ですけどー」

「言ったな……!」

 水をかきわけ、涼音の背中を追う。よし、あともうちょっと……!

 水をぶっかけようとした、その時。涼音が振り返り、にやり、と笑う。

 あっ、嫌な予感。

「とぉ───っ!」

 掛け声と共に、ぴょん、と涼音が俺にフライングプレスの如く飛び込んだ。

 流れるイルカ。小さく上がる水しぶき。プールの底に沈む俺&涼音。

「ぷはっ……! 危ないな、テンション上がり過ぎだろ!」

「あ、あはは……。ごめんなさい。つい、出来心で」

 監視員の人に見られてなくて良かった、今の確実に怒られてたと思う。

 ……まあ、楽しかったのは事実だけど。

 涼音の浮き輪を回収し、プールサイドに腰をかける。

「そういえば、水守さんたちはどこですかね?」

「俺たちの方が先に来てたから、もうすぐ見えると思うけど」

 やがて視界に入ったのは、来栖さん。

 来栖さんはマット型の浮き輪に寝転び、穏やかな表情で流れるプールに身を委ねていた。その姿はまるで南国へバカンスに来たお嬢様のよう。

 ……来栖さんって美人だから目をくな、って思ったのは内緒だ。特に水守には。

 来栖さんに並ぶように、水守の姿も見えてきた……のだが。

「あれ? 水守さん、あのドーナツの浮き輪外したんですね」

 そう、涼音の言う通り水守は浮き輪を付けていなかった。

 というのも、そのドーナツの浮き輪に座るように流れるプールを楽しんでいたからだ。その表情はとてもくつろいでいる。

 そんな水守を、まるでれるように何人かの男性が見つめていた。

 …………むう。

 俺がもやもやしていると、隣で涼音がスマホで撮りながら、

「そっか、浮き輪付けてたらあんな風に座れないですもんね。いいなぁ、後でわたしのイルカと交換してもらおうかな」

 で、でも、落ちたら溺れちゃうのでは……。