プロローグ



 後輩以外の女の子と二人きりで登校するのは、多分生まれて初めてだったと思う。

 二週間ぶりの電車から降りて、待ち合わせ場所に向かう。もうすぐ着くことは既に連絡済みで、相手からは、りょーかい、と猫のスタンプ付きで返信があったばかりだ。

 人混みの中、出口の近くにぽつんとたたずむ少女が見えた。

 透明感のある淡いくりいろの髪に、れいな澄んだ瞳。あどけなさが残った横顔は年相応の少女らしさがあって、夏用の学生服がれてしまいそうになるほど似合っていた。

「おはよう。久しぶりの学校だな」

 俺の言葉に少女──もりが、小さく笑った。

君はそうかもだけど、私にとってはいつも通りだけどね。ただ、少しは楽しくなりそうかな。里久君がいなくてちょっと退屈だったし」

「言い過ぎだって。俺がいても大して変わらないと思うけど」

「そんなことないよ。里久君の困った顔や慌てる顔を見たくて学校に来てるとこあるし。授業とかそのついでみたいなものだよ」

 それ、全国の教育機関に謝った方が良くない?

 水守と肩を並べて、俺たちの通うさくらざき高校を目指す。

「でも、腰を骨折したのにもう退院出来るなんてすごいね。痛くないの?」

「日常生活だけなら何とかなるかな。体育なんて絶対無理だし、階段の昇り降りも手すりが無いと怖いけど。正直、今の俺の腰の繊細さはおじいちゃんレベルだから」

「うわ、そうなんだ。じゃあ、助けが必要ならいつでも呼んでね? 優しく介護してあげるから」

 ふと、俺たちの前を歩いている桜崎高校の女子生徒が、驚いたような表情でこちらをちらちらと振り返ってることに気づいた。

 まあ、それも無理はないと思う。多分、このも水守のこと知ってるだろうし。

 何しろ、水守は学校一の問題児だから。頼めば誰とでもエッチなことをする、ってうわさの水守が男子生徒と仲良さげに登校してたら、普通はびっくりする。

 水守も前を歩く女子の視線に気づいたのか、俺を見ながら、

「やっぱり注目されちゃうね。迷惑だった?」

「これくらい予想してたし気にしなくていいぞ。それに、退院したら一緒に登校しようって言い出したの俺だからな」

「あはは、そうだね」

 まるでいたずらを思いついたように、くすくすと水守が笑う。

「私たちはもう、友達だもんね。一緒に学校に行くくらい、フツーだよね」

 ……確かに、水守は俺にとって数少ない友人だ。

 ただ、それはあくまで学校での建前で、周りには秘密にしてることがあるというか。

 まあ、その──水守は俺のカノジョなのだ、うん。

 きっかけは二週間前。俺が水守に告白したことで、正式に付き合うことになった。その告白をするために校舎の二階から飛び降りて腰の骨を折ったのだが、あまりに恥ずかしい出来事なのでこれ以上思い出したくない。

 水守は、俺にしか聞こえないくらい小さな声で、

「今までは、隣で並んで歩くなんて絶対無理だって思ってたのに。ねっ、手をつなぎながら歩くのは友達としてセーフ?」

「いや、それはもう友達を越えちゃってるだろ」

「だったら、腕を抱きながら歩くとか」

「それも良くない」

「じゃあお姫様だっこ」

「駄目って言ってるのになんでグレードアップするかな」

「なんて、本気じゃないけどね。隠してたいのは、私も同じだし」

 良かった、とほっとする。

 勘違いして欲しくないんだけど、付き合ってることを秘密にしたいのは水守と付き合って俺に悪い評判が流れるから、とかじゃない。

 単純に周りから注目されるのが嫌だからだ。こうして友達として振る舞うだけでも目立つのに、付き合ってることが知られたらもっと居心地悪くなるに決まってる。

「だから、里久君も私たちの関係がバレないよう気を付けてね? ……特に」

 急に、水守の表情が本気になる。

すずちゃんには、絶対にバレないようにすること。いいね?」

「……ああ、分かってる。それについては、何度も話したもんな」

 なんとしても、俺たちの関係を隠さなければならない人物が、一人だけいる。

 俺のたった一人の後輩──ふた涼音だ。

 どうして、涼音に秘密にしなければならないのか。あれは十日前、俺がまだ入院中で、いつもみたいに水守にからかわれた直後のこと。

 とある涼音の問いかけが、きっかけだった。