わたしが笑顔で促すと、エルニお姉ちゃんは腕を組み、目を見開いて叫んだ。

「──ドーピングだ!」

「へっへっへっ、実は葉っぱをやるとな、ロウソクの火をじっと見ているだけでも、楽しいんだ──じゃないわよ! なんて乗り突っ込みをマキナお姉ちゃんなら繰り出すんだろうけどね! それはダメ! 絶対だよ! ほかになにか方法はないの!?

「それじゃああれだ、ガッツに勝るドラッグはなしの方向で行こう! 魔法のステッキにしのぶへのおもいとかを込めて魔力を打ち出すんだ! いいか! なずながこぶしの先にどんなお兄ちゃんを見るかだ! 魔法少女なずな! 目を覚ませ!」

「目を覚ましたら夢が終わっちゃうけど──今日何度目かのバッチ・コイだ!」

 なんかエルニお姉ちゃん、魔法の事忘れちゃったとか言っていたから、わりと適当なことを口にしているのかも知れない。でも信じる。あきらめたらそこで試合終了だよ。わたしはルナお姉ちゃんに向き直り、魔法のステッキにお兄ちゃんへの想いを込めて叫ぶ。

「いま奥さんって言われたよ。お兄ちゃんのお嫁さんに見えたのかな?」

 じゆもんと同時に、今度はステッキから無数のシャボン玉が放出された。だけど、ルナお姉ちゃんは鋭い風切り音を響かせながらも優雅にむちを振るい、瞬く間にシャボン玉をすべたたつぶし、Sのひとみのまま淡々と告げる。

「──で、お仕置きの準備はいいですか?」

「まだまだ! 雨の日はお兄ちゃんがうちにいてくれてうれしいな!」

「少しはできるみたいですけど──お仕置きは決定事項です」

「お、お仕置きはいやだよ! だからえっと……お兄ちゃんなんて嫌い! 一緒におに入ってくれないんだもん!」

「愉しみですね。なずなちゃんとエルニちゃんにどんなお仕置きをしましょう」

「フーズ・バッド! お兄ちゃん! あの、その、大好き!」

「あまり調子に乗らないでくださいね。なずなちゃんがなにをしようと魔法少女だろうと、私に及ぶことはありません。永久に……」

 本当にそうなのかも知れない。もうネタが尽きてきた。ステッキから出てきたシャボン玉もピンクの光もシャワーみたいな光線も、全部鞭ではじかれている。攻撃が通じない。ただ、呪文を唱えるたびに魔法のステッキが熱を帯び、次第に輝きを放ちはじめている。

 それを認めてなにかに気づいたらしい。固唾かたずんでわたしたちの攻防を見守っていたエルニお姉ちゃんが小気味よく手を叩いた。

「ようやく思い出した。わたしの灰色の脳細胞が言うことには、そのステッキに妹パワーがフルチャージされた時、ものすごい必殺技が放てるそうだ。今がチャンスだぞなずな!」

「……でも、またあの鞭で弾かれたら、もう完全に打つ手はなしってことだよね?」

「大丈夫だ! わたしに任せろ! ルナの動きを封じて見せる! とう!」

 わたしの肩の上から大きくジャンプ。エルニお姉ちゃんはツインテールをはためかせ、小さな身体からだでルナお姉ちゃんへと突撃する。

 対してルナお姉ちゃんは間髪をれずにむちを振るったものの、エルニお姉ちゃんは「ぬうっ! ひねり込み!」と、空中で華麗に身を翻し、ギリギリのタイミングで鞭をかわし、ルナお姉ちゃんに突貫しながら熱い声をあげる。

「うぉおおお! えんでその身を支えているルナにわたしたちは倒せまい! なぜなら! わたしとなずなは義によって立っているからな!」

 だれかのセリフをリスペクトしつつ、エルニお姉ちゃんは鞭をかいくぐってルナお姉ちゃんの視界をミニサイズの身体でふさぎ、振り返り気味に叫んだ。

「なずなぁああ! いまだぁあああ!」

「え? いまなの? エルニお姉ちゃんにも攻撃が当たっちゃうよ?」

「わたしに構わなくてもいい! 疑問を持ってないで早いところ攻撃してくれ!」

「そ、それなら、お兄ちゃん、実はわたしたち、本当の兄妹きようだいじゃないんだよ……なんてウソ。ドキドキした──って、うわぁあああ! 危ない! ふたりとも避けて!」

 魔法のステッキから放たれたのは、いままでとは比べものにならないほど大きなあおのビーム光線。それは止める間もなくルナお姉ちゃんとエルニお姉ちゃんの身体を一気に包み込み、光でふたりの姿が見えなくなってしまった。

 な、なんてこった。やっぱりこの夢ホラーだったの? 魔法少女殺人事件だ。

 なんだか血の気が引くのを感じていたんだけど……どうやらわたしの魔法は誰かに危害を加えるタイプのものじゃないらしく、光が消えたあと、ルナお姉ちゃんは床に横たわって安らかな寝息を立てていて、一方エルニお姉ちゃんはといえば、

「うわっ! びっくりして身体が大きくなっちゃった!」

 なんとも軽い乗りで元の身体のサイズに戻り、

「ぐすん、もう空も飛べないしご飯もいっぱい食べられないけど……まあいいか」

 あまり気にした様子もなく、エルニお姉ちゃんは立ちあがってわたしに目を向ける。

「なずな、ルナもなんとかしたことだし、いまから土蔵にいる悪いやつを倒しに行くぞ! そう! わたしたちの戦いはこれからだ!」

「……それって打ち切りパターンだよね? ふぅ……やれやれだにゃん。ようやくわたしの夢もクライマックスを迎えるわけだ」

 少し落ち着いたこともあって、わたしは再びクールに応じた。

 それからエルニお姉ちゃんに導かれるままに辿たどり着いたのは、土蔵の奥のこぢんまりとした小部屋。その部屋の中央では大きな赤の水晶玉がいかにも怪しく「クケケケ」と笑い声をあげていて、エルニお姉ちゃんはその水晶をぺちぺちたたきながら言う。

「なずな、こいつが諸悪の権化だ。こいつがみんなをおかしくした。こいつを破壊すればみんな元通りになる。身動きも取れないみたいだから、案外簡単に壊せそうだな」

「わりとあつないんだね。でもよかったよ。夢の中だけど、これでわたしもお兄ちゃんたちを守れたってことになるよね?」

「……夢の中だけじゃないぞ。現実の世界でも、なずなはしのぶたちをちゃんと守っている。わたしだってなずなの笑顔にいつも元気をもらっている。なずなは夢の中でも現実の世界でも変わらない。優しくて面白くて可愛かわいい……最高の妹だ」

 穏やかに言葉を紡ぎ、柔らかく目を細めてわたしを見つめ、短い間のあと、エルニお姉ちゃんは水晶玉に視線を落とす。

「でもあれだな、こいつのおふざけもここまでくると立派だと思う。あまり怒ったりはせず、最後まで温かな目で見つめつつ、そのステッキで優しく『めっ!』してやってくれ」

「う~んと、じゃあ──もう悪いことをしたらダメだよ!」

 エルニお姉ちゃんに言われた通り、わたしは魔法のステッキで優しく水晶玉を小突いた。

 瞬間、水晶玉が小さくひび割れたかと思ったら──まばゆい光があたりにはじける。わたしもエルニお姉ちゃんもその光の中に包まれて、まぶしすぎて目も開けていられない。でも不思議と身体からだが温かくて、ふわふわした気持ち。すごく心地良い。

 そんな中、ゆっくりとまぶたを開けると、不思議と隣にエルニお姉ちゃんの姿はなく、視界いっぱいに真っ白な世界が広がっていた。どこだろうここ? まだ夢の中なんだよね? きょろきょろしながらしばらくあたりを歩き、ふと前方で、

「……お兄ちゃんだ」

 大好きな笑顔を見つけた。やっぱり気分がふわふわしているせいかも知れない。わたしはぐにお兄ちゃんの下へと駆け寄り、甘えるようにぎゅっと抱きつく。

「あのねお兄ちゃん、今日はすごいことがたくさんあったんだよ」

 聞いて欲しいことがいっぱいあった。子供っぽいと思われるだろうけど、お兄ちゃんに褒めて欲しかった。でもわたしは話をまとめるのが下手で、うまく伝えられたかどうかわからない。だけど、それでも……お兄ちゃんは小さく微笑ほほえんで、

「そいつは大冒険だったな。さすがにもう疲れただろう? そろそろ休んだらどうだ?」

 いつもみたいに大きな手で、わたしの頭をでてくれた。それでお兄ちゃんは少し照れくさそうに「守ってくれてありがとう」と小声で、だけどとてもうれしい言葉をくれる。

 やっぱりお兄ちゃんはいいな。温かくて優しくて胸がほんわかする。ふわふわした気分のまま、わたしはぼんやりと少しだけ恥ずかしいことを思う。

 ……本当にお兄ちゃんの妹でよかったって。

 妹だからずっとそばにいてもいいだなんて、そんな風に考えてしまう。お兄ちゃんはずっと家族だ。大切な家族で、大好きなお兄ちゃんだよ。

「……お兄ちゃん……ずっと一緒にいてね……」

 自分の口からこぼれた小さなささやき。魔性の女になることよりも大切な望み。子供のころから一度も変わらない気持ち。それを言葉に出したとき、夢の終わりを告げるように、やんわりと視界が真っ白に染まっていった……。

     

 夢から覚めてまぶたを開けると、目に映るのは見慣れた自室の天井。ベッドの上で身体からだを起こして視線を落としたら、当たり前だけど魔法少女の衣装じゃなくて、わたしはいつものパジャマ姿。そのまま目を移したら、机の上には昨夜飾られたままの魔法のステッキ。

 ……最後の方はすごくいい夢だったと思う。今日はしっかり夢の内容も覚えている。そのせいか、なんだか現実でもお兄ちゃんに頭をでて欲しくなってきた。

 と、ベッドの上でひとりにこにこしていたら、小さなノック音のあと自室の扉が開き、エルニお姉ちゃんが部屋に顔を出した。エルニお姉ちゃんは「おはよう」とわたしに目を向け、いつものように明るく笑う。

「なあなずな、せっかくの休みだし、そろそろ起きてわたしと遊ばないか?」

 夢の中でもわたしと一緒にたくさん笑ってくれたエルニお姉ちゃん。

 さすがに夢とは違って空は飛べないけれど、わたしはほおの緩みを感じながらベッドから降りて、夢のことを聞いて欲しくて、抑えきれずにエルニお姉ちゃんに抱きついた。

「あのねエルニお姉ちゃん、実はわたし、すごい夢を見たんだよ」

 エルニお姉ちゃんの手を引いて、一緒にベッドに腰掛けてわたしは夢の内容を語る。

 その間エルニお姉ちゃんはころころと表情を変えて、時には笑い声をあげて、楽しそうにあいづちを打ってくれて、わたしの話を聞き終えたら、ふと真剣な面持ちであごに手を当てる。

「しかしひょっとしたら、本当はみんなも、なずなの夢の中に出てきたような性格になりたいのかも知れないぞ?」

「……それってどういうこと?」

「かおるんもなかなか鋭い所があるだろう? みんなが望んでいる姿。みんなが描く理想の自分。そういったものに気づいていて、昨日は魔法でみんなの性格を変えるだなんて言ったんだと思う。だからそのうち、みんなも理想の自分を目指して、なずなが夢で見たような性格に変わってしまう可能性は高い──なんてな」

「あはは、いくらわたしでもいまのは冗談だってわかるよ。だって、ルナお姉ちゃんなんてSMの女王様だったんだよ? むちなんか持っているの」

 なんて風にしばらくふたりでおしやべりしたのち、いつたんエルニお姉ちゃんとは別れて、わたしは着替えを済ませて廊下に出る。それから階段を降りたところで、ばったりマキナお姉ちゃんと鉢合わせた。

 もちろんマキナお姉ちゃんは夢で見たようなメイド服姿じゃない。普段通り気の強そうな美人さんだった。だけどわたしが「にゃあ」と鳴き声をあげて抱きつくと、マキナお姉ちゃんは柔らかく抱き締め返してくれて、

「ふふ、なずなは甘えん坊さんね……ん、ちゅっ……」

 あいさつでもするみたいに、わたしのほおにキスをひとつ。夢の中よりもずっとうれしいスキンシップ。わたしはちょっとだけマキナお姉ちゃんの大きな胸で甘えたあと、ひとりリビングへ向かって足を伸ばす。

 そういえば、夢の中でルナお姉ちゃんはとても強烈だった。でも失礼な話だ。ルナお姉ちゃんは女王様なんかじゃない。きっと会えたら、いつもみたいにいやされると思う。

 わたしは鼻歌混じりにリビングに移動。いつものようにリビングに顔を出すと、普段の見慣れた部屋の中央に……夢で見た女王様がいた。

「……え? あれ? 夢だけど、夢じゃなかった?」

 夢で見た格好と全く同じ。露出度の高いボンテージファッション。手にはむちを装備しているルナお姉ちゃん。はたと目が合うと、ルナお姉ちゃんの澄んだひとみの中にSの色がかすかにのぞき見えた気がして、そのときわたしは夢の内容を鮮明に思い出して身体からだを震わせる。

「エ、エルニお姉ちゃんの話は冗談じゃなかったんだ。まさかルナお姉ちゃんが、SMの女王様になりたかっただなんて……これからお兄ちゃんを監禁するつもりなんだね」

「え? なにを言っているんですかなずなちゃん──って、どうして逃げるんです? 待ってください! なにか誤解していませんか! この格好はかおるさんが半ば強引に……」

 夢と同じことが起こったら大変だ。なんか後ろでルナお姉ちゃんの上擦った声が聞こえてきたような気がしたけど、もう気にしてはいられない。現実でもお兄ちゃんがピンチだ。わたしは慌てて階段を駆け上がり──大好きな人の下へと急いだ。