第三章 静かな夜へと、足を伸ばす。

 ──新年、明けまして、おめでたくありません。

 一体なんだこの状況は? どうしてこんなことになった? ベッドの上で着物姿の彼女が、悩ましくこちらの腰にまたがっている。

 目に映るのは、起伏の激しいボディライン。あでやかに着崩れた衣服。のぞき見える雪色の肌。彼女はわく的に輝く瞳でこちらを見下ろし、「ふふ……」とえんぜん微笑ほほえむ。

「あ、あははは」

 誤魔化すようにオレも笑ってみる。

「ははは、それじゃあオレ、そろそろ礼拝の時間だからこの辺りで──」

 失礼させてもらう、なんてことはできなかった。彼女はこちらの腰の上に跨ったまま背中を反らして身体からだを後ろに倒す。さらに彼女はひとの身体の上でM字開脚となり、長くまぶしい美脚をゆっくりと伸ばし……オレの顔に足を載せた。

 は、はは、自分の部屋だけど帰りたい。新年早々なんでこんなことになってしまったのだろう? きっかけはなんだったんだ? オレはぼうぜんとしながらも、年が明けるまでの行動をぼんやりと思い返すことにした……。

     

 ──いまならルナにおもいを伝えられるような気がした。

 夕暮れ時のぎよう家。ひじりにそっと背中を押され、オレはルナに会いに行こうと居間を抜け出し、彼女の姿を捜して長い廊下を歩いてはいたものの……どこかで行き違いにでもなってしまったのだろうか?

 なかなかルナに会うことができず、歩みを進めながら辺りを見回していると、おそらく聖の話通り、オレを迎えに来てくれたのだろう。不思議とルナやマキナやエルニの顔は見えなかったけれど、五行家の庭先にはなずなの姿があった。

 また、なずなのそばには氷雨ひさめちゃんとかおるんの姿も確認できたのだが……もう仲良くなったのかも知れない。

 やはり猫好きらしい氷雨ちゃん。彼女は同じ猫好きのなずなを交え、昨日のような猫プレイにいそしんでいた。氷雨ちゃんとなずなは互いに、にゃあにゃあと猫語で話を続け、その様子を見守っているかおるんはといえば、

『どうしましょう。会話にさっぱりついていけません』

 といった様子で、表情に焦りの色をのぞかせている。

 ……できればあまりかかわりたくない。悪いがスルーしてルナを捜そう。オレは早々にきびすを返そうとしたのだが、その前になずなに気づかれてしまったみたいだ。なずなはオレを認めると「お兄ちゃんだ」と目を輝かせ、大きく手を振ってこちらへと駆け寄って来た。

「聞いてお兄ちゃん! わたし氷雨ちゃんとお友達になれたよ! なんかね、お庭の土蔵の大掃除が大変みたいだから、わたし氷雨ちゃんのお手伝いをしてから帰るね!」

「先程からそのような会話を!?」と、かおるんが目を見開いてはいたものの、氷雨ちゃんの方は無表情ながらも満足そうにうなずき、なずなに歩み寄って猫プレイを再開させる。

「にゃあ、にゃにゃ、にゃあにゃあ?」

「あっ、うん、もちろんだよ。いいよお兄ちゃん。にゃあ!」

 ……そんなひとみでお兄ちゃんを見ないでくれ。猫語なんて理解できないんだよ。相変わらずちんぷんかんぷんだったが、オレは誤魔化すように「ニャア」とクールに鳴き、続いてエレガントな鳴き声を響かせ、ムーディーになずなと氷雨ちゃんの頭をでた。

 途端、かなずなは微妙な表情でどこかとがめるようにオレを見つめ……多分昨日の猫プレイ同様おかしな解釈をしてしまったんだと思う。氷雨ちゃんはいきなりオレに抱きつき、すりすりと柔らかなほおをこちらの胸にすり寄せてきた。

 まるでねこみたいだ。うっかり和みそうになってはいたものの、なずなは複雑そうな表情のままであり、さらに後ろから「あっ、しのぶさんいました」と弾んだ声があがる。

 きっとオレのことを捜してくれていたのだろう。しかしあまりタイミングがよくない。覚えず肩をびくつかせ、氷雨ひさめちゃんの抱擁を受けたまま首を回して見ると、視線の先では予想通りルナの姿。これはまた要らぬ誤解を受けるかも知れん。と、焦ったのだが、

「ふふ、仲良しでいいですね」

 小さな子供と戯れているぐらいにしか思わなかったのだろうか? ルナはオレと氷雨ちゃんの抱擁を眺めてやんわりと微笑ほほえみ、けれど自分も交ぜて欲しそうに細い腰をうずうずと揺らしはじめ、そんな仕草ひとつだけで……胸の鼓動が高鳴っていく。

 これからルナに自分の気持ちを伝える。そう考えるとさらに脈が速くなってしまう。だがそれでも、ここはひとつ……うん、ひとまず氷雨ちゃんに離れてもらおう。軽くうなずき、オレはそっと氷雨ちゃんの抱擁を解いたものの、か彼女はほおを染めて小さく言う。

「わたしはなんじよう様のことを誤解していたようです。かおる様がお慕いする気持ちがよくわかりました。南条様、先程の言葉は絶対に忘れません。わたしとなずな様に──」

「ちょっと待ってみようか氷雨ちゃん。多分オレは氷雨ちゃんが考えているようなことは言っていないと思うぞ?」

「わたしが考えていること? なにを言っているんですか? 先程確かにおっしゃって下さったではありませんか」

 慌ててストップを掛けたのだが、氷雨ちゃんは止まらず、かすかに口元を緩めて続ける。

「南条様はわたしとなずな様に『お前らの胸は最高だ。かおるんと同じぐらい素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい』とわたしにとって最上の賛辞を送って下さり、最後には『お前らの胸を見ていると、ドキドキが止まらないんだ』とささやいてくれたではありませんか」

 今まさにドキドキが止まらなくなっちまったよ。案外この娘もトラブルメーカーなのか? 少しだけ胃の痛みを覚え、オレは助けを求めるようになずなに目を向けたのだが、

「お兄ちゃん、わたしならいいけど、氷雨ちゃんにセクハラはよくないと思うんだ」

 妹は複雑そうな表情のまま兄のピンチを救うこともなく、それどころか控え目にたしなめてくる始末である。こいつらの猫語に微妙な悪意を感じるのはオレだけだろうか?

 ともあれ。今度こそ要らぬ誤解を招いたのは確かだ。ルナはなずなと氷雨ちゃんのささやかな胸元と、自身のボリュームたっぷりの果実を見比べたのち、ぐすんと涙ぐむや否やこちらに背中を向けて駆け出し、そのまま切ない泣き声をあげる。

「ふぇ~ん! 私じゃ無理です! しのぶさんは幼い女の子の方がいいんですね!」

「ち、違う! オレはそういうわけではない! 誤解だルナ! 待ってくれ!」

 この身に掛けられたロリコン疑惑。それを晴らすためにその後は精一杯で、もはや気持ちを伝えるどころの騒ぎではなかった。さらになずなが氷雨ちゃんと猫語で約束したこと。ぎよう家の庭の土蔵の大掃除。その手伝いをするとルナたちも言い出し、それが終わるとうちに帰るどころか、かおるんの勧めもあってみんなで五行家にお泊まり。

 完全にタイミングを逸してしまい、結局オレはルナになにも言えないままだった……。

     

 ……ルナときちんと話をしたのは、一体いつだっただろう?

 今思い返してみたら、ルナと一緒にいる時間がかなり減っていたような気がする。

 クリスマス前には、うちを出て行ったエルニを捜すために奔走。冬休みがはじまると、かおるんがうちに来てくれて、それからオレは数日ひじりの家で世話になって、その間に何度かルナに要らん誤解を受けた。

 かおるんとの関係とかSM好きとかロリコンとか、特に後ろふたつはひどいものである。

 もっとも、そんな風に行き違いがあっても、ルナはわりと普段通りのように思えた。顔を合わせればいつも柔らかな微笑ほほえみを見せてくれる。

 けれど結局、そんな彼女にまだ気持ちを伝えることができず、タイミングを逃したまま時間だけが流れていき、とうとうおおみそを迎えてしまった。

 ……ルナに告白できないまま、今年一年が終わろうとしているわけだ。

 夕日が温かく差し込む我が家のリビング。部屋のソファーに腰掛けているのは、考え事をしているオレと、年越しに思いをせているマキナとなずな。

 マキナは上機嫌な様子で、なずなはローテンション気味にそれぞれ言葉を交わしていて、視界の端に映るのは、先程うちに掛かってきた電話を取ったエルニ。彼女が受話器を片手に電話相手と楽しそうに話している姿だった。

 ちなみに、ルナと母さんは少し前にふたりで買い物へと出掛けていき、多分もうじき戻ってはくるだろうけど……エルニはだれと話しているんだろう?

「あははは! もうやめてくれ! 笑いすぎておなかが痛い!」

 明るい笑い声を響かせ、いまだに電話を続けているエルニ。そんな彼女の様子を、マキナもなずなも不思議そうに眺めてはいたものの、あまり気にしなかったようだ。マキナはエルニから視線を移し、ほおを緩めてなずなに話を振る。

「ねえなずな、日本ではこれからおを食べたり紅白を見たり、それから神社にお参りにも行ったりするのよね?」

「……紅白の代わりに格闘技を見る人もいます」

「へえ、それは知らなかったけど……さっき聖とかおるにメールで聞いてみたらね、ふたりともはつもうでには着物を着ていくみたいなのよ」

 そいつはオレも初耳だ。確かに今日の昼ごろ、聖から携帯に電話が掛かってきて、みんなで初詣に行かないかと誘われた。その際ルナたちにも確認を取ったところ、みんなは満場一致で賛成。年明けと共にみんなで初詣に行くことになった。

 なんでもひじりはかおるんと一緒にうちまで迎えに来てくれるつもりらしいのだが……彼女から特に着物の話は聞かされていない。

 しかしまあそれはさて置き。日本ではじめて迎える年明け。それに期待を隠せないのか、マキナはほおを緩めたまま声を弾ませ、「それでね」と談笑を続ける。

「あたしもお姉さまも、はつもうでには着物を着て行こうと思うの。ほら、ともえさんが今朝、あたしたちに着物をプレゼントしてくれたでしょう? でもあたし、着物の着方がよくわからないのよ。なずなは着付けとか知ってる?」

「……存じませぬ」

 今日は妙にクールで静かななずにゃん。そんな妹の対応を受け、マキナはげんそうにじっとなずなを見つめる。

「どうしたのなずな。体調でも悪いの? 珍しく元気がないじゃない」

「そんなことはないよ。でも実はわたしね、いつも勢いだけで年を越そうとして無駄にはしゃいで、毎年失敗して年明けを待たずに寝落ちしちゃうの。だから同じ失態を繰り返さないためにも、今年は色々とセーブ気味でいくんだ」

「でも、昨日エルニと一緒にかなりはしゃいでいたから、少し疲れているんじゃない? なんかすでに寝ちゃいそうよ? よかったらおが出来るまで、あたしのここ使う?」

 本当に機嫌がいいみたいだ。笑顔で自分のひざを軽くたたくマキナ。対してなずなは素直に彼女のふとももに頬を預け、わりと疲れていたのか、相変わらずエルニが受話器を持ったまま愉快な笑い声をあげているのにもかかわらず、あっという間に寝入ってしまう。

 と、そこで、どうやらルナと母さんが買い物から戻ってきたようだ。玄関の方からふたりの『ただいま』という声があがり、ルナと母さんがそろってリビングに顔を出した。

 ふたりはそれぞれ手にスーパーの買い物袋をぶら下げていて、ルナはオレとマキナとのあいさつもそこそこに、母さんから買い物袋を受け取り、「お蕎麦の準備をしてきますね」と言い残してダイニングへと向かって行く。

 一方、エルニは受話器を片手に母さんへと目を向け、「そろそろ巴お母さんに替わるな」と電話相手に声を掛けたあと……電話越しにどんな冗談を繰り広げてきたのだろう? 彼女は母さんに受話器を差し出し、満面の笑みで告げる。

「巴お母さん、いとしのスティーヴン・セガルから電話だぞ。もうすぐ来日して、明日にはうちに遊びに来てくれるみたいだ」

「あのスターが? すごいわね。サイン色紙でも用意しておくわ」

 エルニのジョークに母さんは軽口で応じ、半ばあきれた仕草で受話器を手に取る。それから軽くエルニの頭をでつつ、「もしもし」と電話に応じ、

「……え? いつきくん? 本当? 帰って来られるの?」

 瞬く間に乙女の顔になる母さん。もう頬とか染めちゃったりしている。そんな母さんの様子を眺め、興味を覚えたらしく、マキナがくいくいとこちらの服のそでを引いてきた。

「ねえしのぶ、あんなともえさんはいままで見たことがないんだけど……いつきってだれなの?」

「オレの生涯の敵みたいな人だ」

 などと冗談半分で応じたところ、意外にもマキナは真顔であごに手を添える。

「……忍の敵なら、あたしにとっても敵ね」

「お前迷いのない良い目をしているな。樹というのはうちの父さんのことだけど、もし今度会ったら、オレの代わりに軽い乗りでビンタでもかましてやってくれ」

「ええ、忍の敵が相手なら──って、忍いま『うちの父さん』って言ったわよね? 樹って忍のお父さまだったの!? 忍のお父さまにあたしはビンタをかまさないといけないわけ? そんなの絶対にいやよ! 忍のお父さまに嫌われちゃうじゃない!」

 乗り突っ込みに驚きを乗せ、今度は慌てた様子でオレの服の袖を引っ張るマキナ。

「忍! 変な冗談を言っている場合じゃないわよ! 巴さんがうれしそうに『帰って来られるの?』って言っていたでしょう? 忍のお父さまが帰ってくるのよね? というか、さっき楽しそうに電話していたけど、エルニはもう忍のお父さまと仲良くなっちゃったの?」

「……エルニと父さんなら相性もいいだろうから、その可能性は高いだろうな」

「エルニは誰が相手でも基本的にそうじゃない! でもあたしはダメよ! 緊張してく話せそうにないもの! 忍のお父さまが帰ってきたら、あたしはどうすればいいの?」

「お前には得意の乗り突っ込みがあるじゃないか。それを駆使していれば大丈夫だ。間違いなく気に入られると思うぞ」

 わりとマジな話である。しかしマキナがこの様子だと、ルナも似たような反応をするかも知れないな。と、軽く肩をすくめていたのだが、その後オレの予感は見事に的中した。

 なんでもエルニと母さんの話によると、正月ということもあり、明日にでも父さんが家に戻ってくるそうなのだ。父さんの仕事先についていった飼い猫のカガリも一緒だとか。

 ……確かに喜ばしい報告ではある。けれど話を聞いたルナはといえば、マキナ程ではないものの、少しそわそわした様子。彼女に父さんについて色々とたずねられ、今日も告白の流れをつかめないまま、だけどゆっくりと穏やかに、まったりと年が暮れていく。

 我が家のリビングにはみんなの姿。ルナにマキナにエルニ、母さんになずな、オレも含めみんながそろっている。もっとも父さんやカガリはいないわけだが、それはともかく。

 あれからみんなで年越しを食べたり、一緒に紅白を見たり、努力もむなしく例年の如くなずながコタツの上にほおを預けて寝落ちしたりしつつも……いよいよはじまった年明けカウントダウン。年が明ける十秒前。テレビを眺めたまま、マキナは口元をほころばせてつぶやく。

「夜中にみんなと一緒にいるのって、なんだか変な感じね」

 年明け八秒前。テレビから視線を移し、母さんは温かくみんなを見つめる。

「今年は家族が増えて華やかになって……いい年だったわ」

 年明け六秒前。母さんを倣ってみんなに目を移し、エルニは向日葵ひまわりのように微笑ほほえむ。

「……家族っていいな。こんな風にずっと一緒がいいな」

 年明け四秒前。エルニの微笑みにつられるように、ルナも柔らかな笑みをたたえる。

「来年の年明けも、みんなと一緒に過ごせたらいいですね」

 さあ年明け二秒前。みんながテレビに目を戻して無言になる中、それまでコタツの上にほおを預けて眠っていた妹。なずなが不意に勢いよく顔をあげたかと思ったら、まなこのまま慌てた様子で声をあげた。

「し、新年! 明けましておめでとうございます!」

「……フライング気味に年を越しちまったなお前」

 と、そんな風にオレの突っ込みと同時に、我が家でも新しい年を迎えた。それからルナ達は母さんの手を借りて着物に着替え、その間に昼間の電話通り、ひじりとかおるんがうちに来てくれたので、準備を整えたのち、早速オレ達ははつもうでに向かうことにした。

     

 星がれいに瞬く空の下、周囲からにぎやかに響く新年のあいさつ。神社の境内に所狭しと立ち並ぶ様々な屋台。そしてオレのそばには、家族や友人達の横顔。

 先程家でも見た通り、彼女達はみんな着物姿だ。

 ルナは上品な白の着物。マキナはきらびやかな朱の着物。エルニはあでやかな薄桃色の着物。なずなは明るい薄水色の着物を身につけていて……それは母さんからのプレゼント。母さんも娘達の晴れ姿が見たいということで奮発したそうだ。

 もっとも、当の母さんはいまこの場にはいない。どうやら父さんが帰ってくることもあり、明日夫婦水入らずで参拝に行くつもりらしい。相変わらず仲が良くていいと思う。

 なんてことを考えつつ、オレは家族から友人二人に視線を移し、ひそかに口元を緩めた。

 おそろいの紺の着物を身にまとった聖とかおるん。二人ともよく着物が似合っていて、どこかあでやかな雰囲気を醸し出している。口元がほころぶのも無理はないだろう。

 しかし改めてルナ達や聖達を見ると……みんなものすごくレベルが高いと実感する。

 全員顔立ちが整っていて、それぞれの着物が彼女達の魅力を見事に引き立てている。参拝に並ぶ人々のうっとりとした視線が、みんなに集まっていくのもよくわかる。

 ちなみに、実はかくいうオレも着物姿だったりする。シックな黒の着物。ドッキリというやつなのか、家を出る前に突然母さんがプレゼントしてくれたのだが……いいセンスだ。こんな風に着物を着ていたら、まるで文豪にでもなった気分である。

 ……ともあれ。神前へと続く参道。人々で混雑した参拝への道すがら。

 お参りの順番を待ちながら、わずかに気持ちが高揚するのを感じていたところ、我が家の家族達。ルナとエルニとマキナとなずな。彼女達はうきうきとした様子で先頭に立ち、こちらがそんな四人の背中を眺めている中、ふと左隣にいたかおるんがデジカメを取り出し、心持ちほおを染め、ピースサインと共にオレとのツーショットをカメラに収めた。

 続いて彼女は弾んだ足取りでルナ達の下へ向かい、頬を緩めて写真撮影にいそしみはじめる。一方、右隣にいたひじりは穏やかにかおるんを眺めつつ、こちらにも笑顔を向けてくれた。

しのぶくんは普段からせいかんな雰囲気があるから、着物姿だとお侍みたいだな」

「な、なかなか様になっているだろう?」

 ……文豪じゃなくて侍に見えるらしいオレ。つい肩を落としそうになったが、ジョーク混じりにそれを抑え、オレはじっと着物姿の聖を見つめる。

「しかしオレが侍なら、聖は武家の若奥さんって感じだな。普段かられいに背筋を伸ばしてテキパキ動いているお前が着物を着ると、いつも以上にりんとしているように見えて、落ち着いた雰囲気も相まって、その、なんだ、つまり様になっていて可愛かわいいんだよ」

 多少の照れも手伝い、途中で褒め言葉を簡潔にまとめてみた。

 すると聖は「ありがとう」とうれしそうに頬を染め、こちらの話を聞いていたのか、かおるんが写真撮影の手を止め、オレ達に目を向けて悪戯いたずらっぽく微笑ほほえむ。

「おふたりが並ぶと本当に絵になりますね。侍風の忍様。武家の若奥様風の聖ちゃん。こうして少し離れた所にいると、おふたりが若い夫婦のようにも見えます」

 一応断っておくが、かおるんとの距離はたいして離れていない。間違いなく冗談なのだろうが、真に受けてしまったらしく、聖は真っ赤になってうつむき、かおるんのそばにいたルナはといえば、切なそうなうらやましそうななんとも複雑な表情をのぞかせていた。

 けれどいつもと同じだ。すぐに気持ちを切り替えたみたいで、ルナは先頭を歩くみんな、なずなとマキナとエルニにやんわりとした笑みを向ける。

「えっと、私はつもうでなんてはじめてなんですけど、確かこれから鈴を鳴らしてお願い事をするんですよね? みんなはどんなお願いをするんですか? なずなちゃんはどうです?」

「今年もわたしは魔性の女になれますようにってお願いするよ。マキナお姉ちゃんは?」

「あたしはお母さまみたいになれますようにって事と、それから、その……忍たちとずっと一緒にいられますようにって頼んでおくわ。エルニの方はどうなの?」

「わたしはやっぱりあれだな。お願い事はいっぱいあるけど、一番に頼むことはもう決まっているぞ。ここはひとつ──忍に早く子供ができますようにって頼んでみる」

 いきなりの爆弾発言。みんなが一斉に『子供!?』と目を丸くしてはいたものの、エルニは気にした様子もなく、どこか自慢するように小さく胸を張る。

「実はな、子供の名付け親になってくれって、忍がわたしにそう言ってくれたんだぞ?」

 それはクリスマスの日に、エルニと紡いだ大切な思い出。成長の止まった彼女とずっと家族でいられる方法。彼女を繋ぎとめた温かな約束。そのきずなを大切におもってくれているようだ。エルニは笑顔を輝かせ、明るく声を弾ませ……かマキナの肩に手を載せた。

「マキナ、わたしはしのぶの子供と会えるのが楽しみで仕方がないんだ。名前だってたくさん考えた。だからなマキナ、よかったら忍の子供を産んでやってくれないか?」

「任せておきなさい。忍の子供だったら何人でも欲しいもの──って、なんでいまあたしに振ったのよ!? どうしてお姉さまを差し置いてあたしなの!?

「ん? マキナがさっき『お母さまみたいになれますように』ってお願いすると言っていたから、これは丁度いいなと思ったんだ。マキナもお母さんになれるぞ。楽しみにしているから頑張ってくれ」

「そ、それじゃあ、あたしが子供を産んだら、エルニがいい名前を付けてね──じゃないわよ! 子供はまだ早すぎるでしょう! もちろん将来的には欲しいわよ? でもあたしがきちんと人間界で暮らせるようになって、子供が安心できるような環境を整えて……」

 普段の乗り突っ込みこそ飛ばしたものの、その後マキナは妙に真剣な面持ちで将来について延々と語り出し、そのまま一向に止まる気配がない。もしかしたらがんたんということでテンションが高くなっているのかも知れない。マキナはほおを桜色に染め、

「……それでね、子供と一緒におで忍の背中を流すの……」

 などと口走りはじめている。そんなマキナにみんなは優しくあいづちを打っていたが、かおるんだけは話を戻すようにエルニへと声を掛けた。

「エルニさん、忍様のお子様が爆誕された際には、どうかこのわたくしを頼って下さい。わたくしがかんぺきなメイドとして、色んな意味でお子様のお世話をしたり遊び相手になったりして差し上げます。おそらくお子様もわたくしに夢中になることでしょう」

「それはあり得るな。かおるんみたいな楽しいメイドさんがいてくれたら、きっと忍の子供も喜ぶと思う。だけどなかおるん、子供にエッチなことをしたらダメだからな?」

「──約束できません」

「ど、どうしてだ! 約束してくれ! 子供が小さいうちは絶対にダメだぞ!」

 案外エルニも過保護になるのかも知れない。珍しくかおるんの冗談にも合わせず、わりと真面目まじめに注意を促すエルニ。対してかおるんは素知らぬふりで肩をすくめて応じた。

「ですがエルニさん、わたくしをよく見て下さい。この魅力ですよ? お子様がエッチな気分になること請け合いです。もし求められでもしたらわたくしは迷わず……その告白の言葉を録音して脅迫の材料に使うでしょう」

「……あんまり子供をいじめたらダメだぞ?」

「大丈夫ですよ。そのうちいじめられることにも快感を覚え──あっ、申し訳ありません冗談が過ぎました。新年なので浮かれていたんです。そんな怒った目で見ないで下さい」

 新しい年が来てもエルニには頭が上がらないかおるん。エルニはそんな彼女としばし談笑したのち、微笑ほほえみと共に「ところで」とオレに話を振ってくる。

しのぶはいつごろ子供を産むつもりなんだ?」

「残念ながらオレは男なんだよ。いまは侍風の紳士なのだ。子供を産める身体からだではない」

「う~ん、それなら……代わりにわたしが産んでやろうか?」

 瞬間、驚きのあまり「ぶっ!」と勢いよく噴き出してしまった。こいつはものすごい提案が飛んできたものだ。オレが胸中で動転する中、エルニは屈託のない笑顔で言葉を続ける。

「わたしはマキナやひじりのような学生じゃないし、ルナみたいに大学に行くつもりもないからな。いつでも子供を……あっ、でも、子供を育てるのにもお金が掛かっちゃうな。みんなと海外旅行にも行きたいし……ちょっと困った」

 いやいや、そんな真顔で悩まれても、どう答えたらいいのかわからねえよ。これはいつもの冗談なのかそれとも本気なのか、今日のエルニに限っては見当が付かない。さすがにオレが慌てふためいていると、こちらの様子をうかがっていたルナが真っ赤になって手をあげ、

「し、忍さん! 私も忍さんの赤ちゃんが──って、きゃっ! あ、ごめんなさい……」

 言葉の途中で参拝客とぶつかってしまった。言いたいことも満足に言えないままぺこぺこと頭を下げるルナ。そんな我が家の金髪お姉さんは、瞬く間にぶつかった参拝客からナンパを受けはじめ……なんだかびんにも思えてきた。

 とりあえずオレはそのナンパ君を直ちに撃退。気遣うようにルナへと視線を戻したところ、彼女は礼を口にしつつも、

「あのですね忍さん、赤ちゃんのことなんですけどね……」

 などと赤いほおのまま懸命に話を戻そうとしてはいたが、参拝の順番が回ってきたこともあり、彼女はしょんぼりと口を閉じ、オレ達と肩を並べて神前へと足を運び、続いてみんなと一緒に参拝。みんなはそろってかしわを打ち、目を閉じて思い思いにお願い事をする。

 ……ふむ、オレはルナにちゃんと気持ちを伝えられますようにと頼んでおこう。

 と、そんな風にルナたちとお参りを済ませ、みんなと共に神前を離れていたところ、かおるんがふと神社の社務所に目を向けたと思ったら、オレの着物のそでを引き、「どうぞあちらをご覧下さい」と軽い口調でうそぶく。

「忍様の愛してやまないさんですよ。ここは忍様らしく、『君と、参拝したい』などといった感じでナンパを仕掛け、その後巫女さんがはかまの下に下着を身につけているのかどうか、この際ですから確認して来ては如何いかがです? 長年の疑問だったんでしょう?」

「はは、お前のおかげで巫女さんたちが一斉に振り返っちまったな。みんなギラついた熱いひとみでオレを見つめているぞ? 冬だけど溶けちまいそうだ」

 まあ、巫女さんの中にはウインクをくれた人もいたが、基本的にみんな警戒するようにこっちを見ている。一歩間違えれば不審者だ。しかし慌てず騒がずクールに肩をすくめ、オレはそっとかおるんの頭に手を載せた。

「まったく、年が明けてもお前は相変わらずだな。新年早々とんでもない冗談を抜かしやがる。だけどそんなお前でも──今年もよろしくな」

「こちらこそよろしくお願いします。愛していますよ、しのぶ様」

 ……今度はとんでもないことをサラリと言いやがった。このメイドは色んな意味できようだろう。自分の顔が赤くなるのを感じていたところ、近くにいたルナが「わ、私も、忍さんのことを──」と、小声で口を挟もうとしてはいたものの、

「お兄ちゃん、一緒におみくじを引きに行こう!」

「私もなずなちゃんに賛成だ。忍くん、せっかくだからどうかな?」

「……あたし凶とか引かないかしら?」

「大丈夫だぞマキナ! わたしには強い確信がある! このメンバーの中で凶なんかを引くような運のないやからだれひとりとしていないはずだ!」

 と、なずなの提案を受け、意図せずひじりとマキナとエルニが口々にルナの発言を遮っていき、みんなはさんの下へと移動。一方ルナは再び切なく口を閉じつつも、みんなに倣っておみくじを引き、早速オレとかおるんもそれに続くことにした。

 その結果、オレは縁起のいいことに大吉。かおるんは中吉。そしてなずなはといえば、

「お兄ちゃん! わたしまつ吉だったよ!」

「うん、それはすえ吉って読むからな? 今年はもうちょっと頑張って漢字の勉強しような? ちなみにオレは大吉だったんだが……聖とマキナの方はどうだ?」

 おバカな妹の頭をでつつ、オレが聖とマキナに視線を移すと、二人のそばにいたかおるん。彼女は聖とマキナの手元をのぞき込み、二人がなにか言うよりも早く口を開いた。

「忍様、聖ちゃんもマキナも大吉ですよ。しかもおふたりとも出産の内容が『安し』です。これなら聖ちゃんもマキナも安心して忍様のお子様を産むことができますね」

 ただのジョークなのだろうが、聖もマキナもそろって真っ赤になってしまい、かおるんはそんな二人を微笑ほほえみながら眺めたあと、すっとルナとエルニに視線を飛ばす。

「ルナさんとエルニさんはどうでしたか? 先程エルニさんが『このメンバーの中で凶なんかを引くような運のない輩は誰ひとりとしていないはずだ』とおっしゃって……」

 言葉の途中で失言だと悟ったのか、素早く自身の口を片手で覆うかおるん。確かにあれはやばそうだ。かおるんの視線の先を追うと、エルニもルナもおみくじに目を落としたまま、どんよりと表情を曇らせていて、それぞれまゆじりを下げて声を落とす。

「……凶って本当にあったんだな。今年のわたしは出産もよくないそうだ」

「私もエルニちゃんと同じで凶でした。恋愛も縁談も健康運も壊滅的です。でも不思議と出産だけは大丈夫みたいなんですけど……これはどういう意味なんでしょう?」

 言いながらますます沈んでいくエルニとルナ。ふたりは揃ってため息をつき、互いに顔を見合わせ……どうやらおみくじを引き直すつもりみたいだ。

 ふたりはそれぞれ無言で巫女さんの下へと向かい、再びおみくじに挑戦。ルナは引いたおみくじに恐る恐る視線を落としたあと、こちらに駆け寄りながら美声を弾ませた。

しのぶさん! 私も大吉を引けましたよ! 出産も安産みたいです!」

「……色々と生み出してください。クリエイティブな意味で」

 一瞬、『オレの子供を産んでくれ』みたいな告白の言葉が脳裏をかすめたが、ソッコーでそれを振り払い、冗談めかしてルナの頭をでていたところ、彼女に続いてエルニもこちらへと走り寄り、涙目で声をらした。

「し、忍ぅ! 今度は大凶を引いてしまった! なんか『今より底はない』とか書いてある! 健康運に至っては、『覚悟しておけ』とかまるで脅し文句みたいだ! もうわたしはダメだな! しばらく立ち直れそうにない! お先も目の前も真っ暗だ!」

「そ、それだけ暗いと明かりが必要だな。オレで良ければ明かり代わりになってやってもいいぞ。ほら、屋台でたこ焼きが売っているだろう? おごってやるから元気を出してくれ」

「……なんか一瞬で元気が出てきた。やっぱり忍がいれば将来安泰だな! 明るい未来しか見えてこないぞ!」

 なんとも切り替えの早いエルニ。落ち込んでいたかと思ったら、まばたきひとつで笑顔になり、うれしそうにこちらの腕に抱きつき、そのままオレを引っ張って屋台へと足を伸ばす。

 が、どうにも気恥ずかしく、オレは控え目にエルニに注意を促した。

「あの、慣れない着物で歩きづらいから、お前ちょっと離れてくれない?」

「……今日はやだ。こんなひとみでもし忍とはぐれでもしたら、絶対にわたしは泣く。手に残った大凶を握り締めてぼうすると思う。だから家に帰るまで、ずっとこのままがいい」

 珍しくエルニが甘えん坊だった。けれど可愛かわいいから黙認していると、ルナが躊躇ためらいがちにこちらへと目を向け、「わ、私もはぐれたくな……」となにかをつぶやいていたのだが、

「忍様、ひじりちゃんが寒くて凍えそうだというので、どうかその身体からだで温めてあげて下さい」

 などとうそぶき、かおるんは聖の背中を押し、半ば強引にオレの腕にくっつける。続いて彼女はオレの背中に抱きつき、甘く耳元でささやいてくる。

「ふふ、気持ちいいでしょう忍様。このまま美女たちに包まれて暖をお取り下さい」

「……今年の冬は暖房要らずだな」

 照れを隠してオレが軽口で応じる中、聖はこちらにくっついたまま「……温かいな」と赤いほおを緩め、エルニは「忍、たこ焼きもいいけど、ともえお母さんになにかお土産を買って帰らないか?」と、真面目まじめな面持ちで境内の屋台を見渡していく。

 一方、なずなは「わたしたちは手をつなごう」とルナとマキナの手を取る。それだけでマキナは口元をほころばせていたが、ルナは少し複雑そうに「……なんだか今日の私、また空気みたいになっています」と、なにか呟いていたが、残念ながらよく聞こえなかった。

 しかしそれにしても、結局ルナに告白できないまま、こうして新年を迎えてしまったわけだ。一体どうしてここまでなにも言えないのか。

 ……実は薄々気づいている。本当は怖いんだと思う。子供のころからずっとおもいを寄せてきた大切な人。オレを救ってくれたルナ。もし彼女に告白して見事に玉砕でもしてみろ。情けない話、考えただけでも胃に穴が空きそうになる。

 ……別に焦る必要はないし、もう少しこのままでもいいかも知れないな。

 と、にぎやかな神社の中、みんなと境内を歩きながらも、新年早々弱気になるオレだった。

     

 ……なんだか少しドキドキしてきた。

 あれからひじりとかおるんと別れ、神社から自宅に戻ったのち、オレ達はリビングで母さんが用意してくれた甘酒を飲み、夜更けながらも家族だんらんを満喫していた。

 こちらの目に映る家族たち。母さんをのぞいて、ルナにマキナにエルニ、そしてなずなはあでやかな着物姿のまま、談笑を続けてそれぞれ甘酒に舌鼓を打っている。

 そんな中、オレと母さんはみんなの話の輪には入らず、静かに甘酒をたしなんでいたのだが、『……実はルナちゃんたち、穿いてないのよね』

 と、不意に愚母が不用意な発言をしてくれたおかげで、現在変に胸が高鳴っているというわけだ。しかもオレの動揺をに、母さんはにやにやと表情を緩めて耳打ちしてくる。

「意外にエルニは引っ掛からなかったんだけど、ルナちゃんもマキナちゃんも外国人でしょう? ふたりに『本来、着物を着るときは下着をつけないのよ』なんて冗談を言ったら、ルナちゃんもマキナちゃんも真に受けちゃって……いまも穿いていないってわけよ」

「なんだその緩み切った顔は。珍しく上機嫌だなおい。やっぱりあれか? 父さんが明日、いや正確には今日戻ってくるのがうれしくて、それでついはしゃいじまったのか?」

「なによその妙に大人びた顔は。見当違いも甚だしいわね」

 そのわりには母さんのほおが赤かったが、オレは優しくスルーしてあげることにした。

「まあ父さんのことは置いておくとしても、母さんもいい大人なんだから、あんまりルナたちをからかうのもどうかと思うぞ?」

「……まったくもってその通りなんだろうけど、アンタに言われると不思議と腹が立ってくるわね。ちょっとその憎たらしい頬を軽くえぐってみてもいい?」

「お好きにどうぞ。正論さえ許されないオレだ。もうなにも言えねえよ」

「なんか今日のアンタ……今年で一番クールね」

「……今年もまだはじまったばかりだけどな」

 なんて風に、少しテンションの高い母さんとオレがホットなコミュニケーションを交わしている間、ルナたちはふたつのグループに分かれておしやべりを続けていた。エルニとマキナは互いに今年の目標なんかを語り合い、一方ルナとなずなはといえば、

「……聞いてくださいなずなちゃん。なんだか私、たまに空気みたいになっちゃうときがあるんです。やっぱり私もみんなみたいに、乗り突っ込みとか明るい笑顔とか、りんとした空気とか大胆な悪戯いたずらとか、そういった武器を身につけた方がいいんでしょうか?」

「う~ん……にゃあ……」

「そうですよね。確かに自分らしさも大切です。だけど私の武器ってなんなんでしょう?」

「にゃにゃ……うにゃあ……」

「なずなちゃんの言いたいことはよくわかりますよ。でも、最近しのぶさんも構ってくれませんし、やっぱりそれだけだと足りないと思うんです。実は私、とあるDVDを見て色々と勉強しているんですけど、それを試そうかどうか迷っていて……」

「ぐうぐう……にゃあ……」

「わかりました。なずなちゃんの言う通りです。なんだか猫の鳴き声のようにも聞こえますけど、恥ずかしがっている場合じゃないですよね。私も頑張ってみます」

 もしかして二人とも甘酒で酔っているのか? 先程からなずなは船をぎながらめいりようあいづちを打ち、それにルナは独自の解釈を乗せ、珍しく熱い口調でじようぜつである。そんな二人の様子を認め、母さんは苦笑を浮かべつつ、ルナたちに軽い注意を飛ばしていく。

「ルナちゃん、甘酒でもあまり飲み過ぎない方がいいと思うわよ? ルナちゃんもお酒は弱いんでしょう? あとマキナちゃんも結構飲んでいるけど大丈夫? エルニがちゃんと見てあげるのよ? それとなずなはそろそろ部屋で寝なさ……って、あんた寝てるの?」

「──はっ!? 明けましておめでとうございます!」

「それはさっき済ませたでしょう? なずなはもう部屋に戻りなさい」

 と、母さんがたしなめたものの、時すでに遅し。瞬く間に眠りこけてしまうなずな。

 いい初夢が見られるといいな。オレはそっとなずなを抱きかかえ、リビングを出て妹の部屋へと向かう。それからなずなをベッドに寝かしつけ、再びリビングに顔を出したものの、オレが席を外している間に、女性陣たちは甘いガールズトークを繰り広げていた。

 ……あれに交ざるのは難しそうだ。ルナなんか甘酒の影響なのか、微妙にひとみがとろけている。もちろん気にならないと言えばウソになるが、オレはその場で回れ右。自室に戻って着物から私服に着替え、ベッドに寝転がって天井を見上げた。

 さて、明日はなにをしようか。父さんも帰ってくるみたいだし、また少しにぎやかになりそうだ。いつたんルナへの告白は忘れ、オレはベッドの上でしばしほおを緩めていた……。

 ……これが虫の知らせというやつなのだろうか?

 不意に背筋が凍るような感覚を覚え、オレはベッドの上で勢いよく上体を起こした。

 が、自室にこれといった変化はなく、ベッドの上で部屋の壁時計に目を向けると、どうやら一時間ほど寝落ちしていたようだ。おそらくこんな時間であれば、リビングのルナたちも解散しているのだろうが……さっきの悪寒は気のせいじゃないよな?

 げんに感じてベッドの上で首をかしげていると、かすかに廊下から足音が響いたかと思ったら、やはり気のせいではなかったらしい。ひどい悪寒が身体からだを突き抜けていった。

 ……この身体の震えはなんだ? 野生の勘なのか? 不可思議な身体の反応に戸惑っていたところ、足音が部屋の前で止まり、続いて自室の扉がノックされ、「お邪魔しますね」と、ルナが輝く金の髪を揺らし、先程と同じ白の着物姿で中に入って来た。

 しかしなにがあったというのか、着物の着崩れがかなり激しく、豊満な胸元からはくっきりと深い谷間が顔をのぞかせ、長く伸びたまぶしい美脚もあらわとなっている。

 ようえんとも言える姿だ。こちらがわずかに動揺する中、ルナはあでやかに歩みを進め、ベッドに腰掛けながらオレをじっと見つめ、つやのある表情で告げる。

しのぶさん、遊びに来ましたよ。今夜は私と一緒に、楽しい時間を過ごしましょうね」

「……もうじき夜も終わると思うぞ? というかお前、そんなに着崩してどうした?」

「さっきともえさんたちと遊んでいたんですけど、ふふ、そのときにちょっと……」

 あっ、なんかまた悪寒が走った。母さんたちとどんな遊びを繰り広げたのかは知らないが、どうにもルナの様子がおかしい。先程見たときよりもひとみがとろけていてほおも赤い。

「えっと、まさかお前、甘酒で酔ったとかないよな?」

「そんなことあるわけがないじゃないですか。巴さんも似たようなことを言っていましたけど、私は全然平気ですよ。いつも通りの私です。だからキスさせてください」

「いやいや、なにが『だから』なんだよ。やっぱりお前少し変だぞ? もう時間も遅いだろう? 今日はそろそろ休んだらどうだ?」

「そんなのいやです。忍さんで遊び……コホン。忍さんと遊びたいです」

「……いまにももてあそばれそうなので勘弁してください」

 甘酒ということもあり、おそらくまだ酔いも浅いのだろう。ルナは酔った際には少しSっ気が出る上に、好意を持っている相手に頻繁にキスをしてくる。しかしまだその兆候は薄い。今回はきちんと説得すればなんとか……なるよな?

 こちらが微かに身体を震わせる中、ルナはオレの対応を受け、小さく頬を膨らませる。

「なんだか忍さん、最近私にちょっと冷たいです」

「そうか? オレは基本的にだれにでも優しいと思うぞ? いわゆる八方美人というやつだ。そのうちきっとはつぽうふさがりに陥るだろう──なんてな。はは、今オレいこと言った」

「……もし同じような冗談をもう一度口にしたら、その唇を遠慮なく塞ぎますからね?」

 ひょっとしたら、オレはジョークで緊張をほぐそうとしていたのかも知れない。

 今夜のルナさん、時折Sっ気がかい見えて怖い。彼女はゾクッとするような妖艶な微笑を見せたのち、普段の表情に戻って再び頬を膨らませる。

「せっかくの冬休みなのに、ここのところ忍さん、かおるさんと楽しそうにしていたり、ひじりさんのうちに行ったりで……全然構ってくれません。やっぱり冷たいです」

「まあ確かにあまり話もできなかったが、別にオレはお前に冷たくした覚えはないぞ?」

「じゃあ素っ気ないです。お出迎えの時だって、私が抱きついたら、しのぶさんすぐに逃げちゃうじゃないですか。それなのに忍さん、エルニちゃんやなずなちゃんが相手だと、いつも二人の頭をでてあげていて、私もそんな風に構って欲しいですから……」

 一度言葉を止め、恐ろしいほど長い沈黙を挟んだあと、ルナはすっとこちらの両肩に手を添え、ひとみにありありとSの光を宿して続ける。

「やっぱり忍さんには──もうお仕置きしかありませんね」

「い、異議があるんだけどいいか? なんで急にお仕置きなんだよ?」

「ふふ、そっちの方が忍さんもうれしいでしょう? 私知っているんですよ。忍さんはSMが好きなんですよね? ベッドの下にSMのDVDを隠すほどです。忍さんはいじめられることが大好きな……いやらしくて可愛かわいいブタさんなんでしょう?」

 ……やばい。ルナの言うSMのDVDとは、間違いなくしゆう君が持っていたものだろう。

 確かぎよう家に泊まる際、かおるんがオレの着替えを取りにうちまで足を伸ばし、悪戯いたずらがてらひとのベッドの下にSMのDVDを設置しようとしたが、そのときルナと遭遇。ひどい誤解が発生。かおるんの話だと、ルナはSMについて勉強するとか口走ったそうな……。

 いや、もちろん忘れていたわけではない。ルナが相手であれば、放っておいてもそのうち誤解も解けるだろうと考え、それよりも彼女にどうやって気持ちを伝えようかと悩んでいたのだが……まさかその楽観が、こんな事態を招いてしまうとは夢にも思わなかった。

 こちらが冷や汗を浮かべる中、ルナは瞳にSの色をたたえたまま言葉を続ける。

「素っ気ない忍さんにもっと構ってもらえるように、私いっぱい勉強したんですよ? 今夜の私が相手なら、きっと忍さんもたくさん満足してくれると思います」

「あの、本当に今更なんだが、あのDVDは修君の──んんぅ」

 こちらの言葉を遮るように、不意打ち気味の甘いキス。一瞬で唇を奪われてしまった。さらにルナは柔らかな唇でこちらの口を覆ったまま、なまめかしく口内に舌を伸ばしてくる。その滑らかな舌は熱を帯びながらオレの舌をからめ、いとおしそうに動き回っていく。

 目と鼻の先にあるルナの表情は非常につややかだ。とろけたエメラルドグリーンの瞳がまるで『気持ちいいですか?』と語っているようにも思え、次第に身体からだから力が抜けていく。

 その上ルナは薄桃色の唇を離したかと思ったら、あいさつでもするようにピンクの舌先でオレの唇をつんつんと軽く突っつき、それと同時に彼女はこちらの耳に触れる。

 耳たぶの輪郭をなぞるように指先をわせ、すっと整った顔立ちを寄せ、今度は舌先でこちらの耳を突っついてくるルナ。しかも彼女は悩ましい吐息をもらしつつ、オレの耳穴へと舌を侵入させていき……もうダメだ。なにも考えられそうにない。

 こっちまでとろけたような気分になってきた。そんな中、ルナは扇情的に微笑ほほえみ、ベッドの上でやんわりとこちらの身体を押し倒し、そっとオレを仰向けに寝転がらせる。

 あまりにも優しい仕草だった。うっかり抵抗も忘れていたところ、ルナはこちらの腰の上あたりにももじりを載せ、オレの身体にまたがってくる。

 もう好きにしてくれ……じゃねえよ。告白どころか新年早々とんでもない展開だ。

 一体どうしてこうなった? いくら誤解があるとはいえ、ルナがオレの意思確認を無視するなんてほぼはじめてじゃないだろうか? 着崩れた衣服のまま、ルナはこちらを見下ろし、「ふふ……」とわく的に微笑み、オレも誤魔化すように笑ってみる。

「あ、あははは……ははは、それじゃあオレ、そろそろ礼拝の時間だからこの辺りで──」

 席を外させてもらう、なんてことはできなかった。

「ダメですよしのぶさん。これからが本番なんですからね?」

 こちらの動揺をに、ルナはオレの腰の上で背中を反らし、身体を軽く後ろに倒す。続いてゆっくりと長い両脚を開き、あろうことか着物姿のままオレの腰の上でM字開脚。加えて金髪お姉さんはすっと美脚を伸ばし……片足でオレのほおでてくる。

 この間、短い時間ながらも年明けまでの行動を思い返してみたのだが……確かに最近はルナと二人きりでいることが滅多になかったと思う。もしその不満が今ここで爆発しているのだとしたら、告白前にとんだアクシデントだ。きっとルナも怒っているのだろう。

「どうです? 踏まれてうれしいんでしょう? 忍さんはこれが気持ちいいんですよね?」