「
「どういう意味だそれは。ひとを外道みたいに言うな。大体オレは紳士なんだよ。粉雪のように優しいイメージを持つオレが、抵抗できない女の子をどうこうすると思うか?」
「……ちなみに、どうしても訓練に付き合うのが嫌だとおっしゃった場合、忍様も聖ちゃんと同様に天井に
「実はオレ、捕らわれの美少女に拷問するのが子供の
なんて
すると下着姿の聖。彼女は頭の上で両手を縛られたまま、「……忍くん」と恥ずかしそうな、でも拷問に少し期待しているみたいな、なんとも複雑に揺れた
「──俺は、興奮した。学園のアイドルこと聖。そんな彼女が目の前で無防備な姿を
「おいこら変態メイド、ひとのモノローグをいやらしく
注意と同時に振り返ったところ、いつの間に縄なんて取り出したんだ? 少し目を離している
「忍様、聖ちゃんの拘束は簡単には解けませんよ? もし妙な仕草を見せた場合、直ちに忍様の身体も拘束して優しく吊るしてあげます。この機会に忍様がSかMか改めて調べるのも悪くないでしょう。今後の参考にして、色々と忍様を満足させてあげますからね」
できれば気持ちだけ受け取っておきたい。拷問するのも吊るされるのもいやである。
……ひとまず聖に拷問するふりをしよう。そうすればかおるんのことだ。いつもの変態メイドっぷりを発揮して自分も拷問に交ざりはじめ、多分聖にセクハラでもして気を緩めると思う。その隙を突いて逆にかおるんを拘束。そして聖を解放。そのあと軽く説教だ。
胸中で大きく
「クックックッ、ついに退魔士の女を捕らえたぞ。一体どうしてくれようか」
「……優しくして欲しい」
初っ端から無抵抗な退魔士も
聖の手首から天井の
「
「うん、優しくしてくれるのなら……いいよ」
心持ち聖が
「ぁん……ちょっと……くすぐったいかも……」
どこか甘い声をもらす聖。対してオレは胸元を避けて腰のあたりに指先を
……これはすごいな。
しかしかおるんを欺くためだ。オレは理性を奮い立たせ、指先をさらに下へと落としていき、
「あぁ……すごく大きい……
マッサージでも施すように、
「忍様、それでは拷問になっていませんよ? 聖ちゃんなら怒ったりしないでしょうから、これぐらいやっても平気だと思います」と、素早く聖の背後に回り、かおるんは手本を見せるかのように……どうやら聖のお
「やはぁん……か、
「見えない忍様のためにご説明しますと、わたくしはいま聖ちゃんの
「うぁ……薫さん……ダメだ……あぁ……」
「これも訓練ですよ聖ちゃん。さあこのエッチなお尻を忍様にも見て
「せっかくですから、忍様も遠慮せずお尻を触ってみてはいかがです?」
「あ、いや、今日はおっぱいの気分だからいい」
が、その際指先がブラのホックに引っ掛かったらしい。聖が振り返ると共にホックが外れてしまい、たわわな乳房が下着からこぼれて豊かに弾み、そのまま無邪気に揺れ躍った。
途端、それに気づくなり
「あぁ、おっぱい、恥ずかしい……」
両手を縄で拘束されているせいだろう。聖が
形の良い豊かな乳房。その先端部がほんのりと桜色に染まっている様を認めるや否や、オレは慌てふためいた挙げ句勢いよく手を伸ばし、自分の掌を押し当てて聖の両胸を隠した。これでよし。もう
「はぁん……
「こ、これは驚きましたね。いまのは事故だったのですが、聖ちゃんの胸を見た途端に迷いもなく
「……ちゃうねん」と、動転のあまり思わず関西弁になってしまった。しかし無理もない話かも知れない。セクシーな下着姿や甘いお
そんな中、かおるんはさっとオレの背後に回り、耳元で
「忍様、
「いやいや、いくらなんでもそれはまずいだろう」
「これも訓練のうちですよ。それに聖ちゃんも以前、『忍くんにだったら強引に迫られてもいいかも』とおっしゃっていましたし、いやがったりなんかしないはずです」
た、確かに聖は
なにやら次第に理性が危うくなってきた。その上かおるんを拘束するつもりが、逆にいま彼女に背後を取られてしまっている。これでは当初の目的を果たすのも難しいだろう。けれどいい加減に聖の胸から手を離そうとしたところ、
「忍様は本当にシャイですね。わたくしが手伝ってあげますよ。これもお礼のうちです」
親切のつもりなのかも知れないが、再び耳元で囁くなりかおるんはひとの背中に美乳を押しつけ、続いてオレの両手と自身の掌とを重ね合わせ、こちらの身動きを封じてきた。
これは以前、はじめて聖とデートをした際、ルナたちを交えてカラオケボックスで王様ゲームをした時のシチュエーションと少しだけ似ているかも知れない。あの日もかおるんにこんな風に身動きを封じられ、服の上から聖の胸を揉んでしまった。
確かあの時、聖も特に怒ってはいなかったが、いまとは状況が違う。聖は縛られて動けない。身に着けているものもパンツだけである。そんな状態であるのにも
「んぁああ、忍くん、そんなにしたら、あぁあん」
こりっと掌に甘く覚えた桜色の
「あぁああん、そこはだめだ、やめ……はぁあん」
かおるんが乳房から軽く手を離すと、両胸の桜色の蕾。それがもっとして欲しいというように、大胆にもツンと顔をあげている。
「いやぁ、恥ずかしい、これ以上はだめ……あっ、あぁ、やぁあああん!」
制止の声は最後まで続かず、途中で
「もう、やめ……ぁあああ、んぁあああ」
かおるんが手を動かすたび、聖はいやいやと首を横に振り、再び大きく身体を震わせる。
「うぅん……本当にダメだから……やめて欲しい……
……え? オレ? かおるんじゃなくて?
切ない声をあげる聖。はたと我に返ってよく見てみると、彼女は色っぽく
もしかしたら
こ、これは止めなかったオレも悪いだろう。さすがに理性も持ち直し、すぐにかおるんを注意しようと思ったのだが、首を回して見ると、当の彼女は本来の目的も忘れたかのようにうっとりとした様子でセクハラを続け、止める間もなく、
「んぁああ、やだやだぁ、私また、あぁ、ああぁ、やぁああああん」
先程以上に大きく背中を反らし、聖はびくんびくんと
「……忍くん、ひどい……やめてって……言ったのに……」
消え入りそうに
「だ、大丈夫ですよ忍様。おそらく聖ちゃんは感極まると涙を流してしまうタイプなんでしょう。気持ち良かった証拠です。き、きっと
「……
「あ、あれだ、えっと、その──縄を解いてやれかおるん!」
「──キーッ!」
ひょっとしたらオレ以上に動転しているのかも知れない。かおるんは戦闘員っぽい甲高い声をあげ、ちょっと
「し、
それからかおるんの言葉に従い、直ちに道場を後にして
……聖だったら、ちゃんと謝れば許してくれるだろうか? 不安を抱えたまましばらく待っていたところ、どうやら着替えを済ませたようだ。道場の扉を開けて私服姿の聖が外に出て来た。ひとまず深呼吸をひとつ。オレは聖に目を向け、控え目に声を掛けた。
「聖、さっきはその……って、あれ? 聖? 聖さん?」
お、おかしい。いままでこんなことは一度もなかった。聖はぷいっとそっぽを向き、無言でこちらの隣を素通りしてしまう。やはり怒っているのだろう。あんなことをされたら
オレは声音から一切の冗談を抜き、彼女の背中に
「聖、さっきは本当にすまなかった。お前があんなにも大きな声をあげて、激しく腰をくねらせて、何度も身体を震わせていやがっていたのに……ん?」
な、
「……もう知らない。忍くんなんて大嫌いだ」
お、おお? あ、あら? なんか、目から熱いものがこみあげてきた。
もはやジョークどころか言葉も出てこない。オレが
「し、忍様? どうしたんですか? いまにも泣きそうな顔をしていますよ?」
「……しのむん、もうおうち帰る」
「幼児退行!? 一体なにがあったんです? 聖ちゃんになにか言われたのですか?」
「なんかな、『忍くんなんて大嫌い』なんだって」
「そ、そんなバカな!?」
今度は大きく目を見開いた後、かおるんはオレの頭に手を載せ、安心させるように言う。
「大丈夫ですよ忍様。いまから聖ちゃんと話をしてきます。きっとすぐに機嫌を直してくれると思いますから、もう泣かないでくださいね? わたくしがついていますよ?」
「……なんか不安です」と、率直な感想を飾ることなく伝えたところ、かおるんは怒るどころか、「ん、ちゅっ」と慰めているつもりらしく、ひとの
「
言葉と共に
──オレと聖は互いを支え合う仲だ。彼女とは信頼という名の
なんて風に考えて、心のどこかで甘えていたのかも知れない。
五行家での昼食時。広い居間には重い空気が漂っていて、オレとかおるんが時折もらすため息がそれに拍車を掛け、こちらの様子を見ていた
「……聖様、降りて来ませんね」
「無理もありませんよ氷雨ちゃん。『
残念ながら先程なんの成果もなく帰ってきたかおるん。彼女は氷雨ちゃんに
「申し訳ありません忍様。特別訓練と称して忍様に楽しんで頂くつもりだったんです。それに聖ちゃんも以前、『好きな人にだったら、強くされてもいいかな』と口にしていたので、喜んで下さるかと思っていたのですが……」
一度言葉を止め、かおるんは再びため息を挟む。
「はじめては優しい方がいいそうなんです。すっかり勘違いしていました……てへぺろ」
「そんな悲しい『てへぺろ』はじめて聞いたよ」
「計画通りにいかないのでこうもなります。聖ちゃんが敏感なのは知っていましたが、忍様の手が余程気持ち良かったんでしょうね。話を聞いた限り、胸だけで二回も……コホン」
「なんだ、二回もオレを殺したくなっちまったのか?」
「わかっている癖に冗談を言わないで下さい」
冗談というよりも自虐である。つられるようにオレもため息をつき、氷雨ちゃんが「胸だけで二回?」と首を
「まあ要するに、少し気持ちいい程度なら『もう、忍くんのエッチ』で済んだのでしょうが、望んでいた優しい展開もなく、強引に
「……オレも『知らない』と嫌われてショックだよ」
「先程わたくしも事情を説明したら、『嫌い』と……うぅ、ただ喜んで頂きたかっただけですのに。
「悪いのはお前だけじゃない。土下座なんかよせ。絶対にしないでくれ。いいか、確かにきっかけを作ったのはお前だ。しかしオレもお前を本気で止めようとしなかった。情けない話、夢中になって止められなかったんだよ。お前だけが悪いわけじゃないんだ」
もっとオレの理性が
「
「忍様、なんとお優しい。さり気なく呼び方を変える辺りが最高です。そんな優しい忍様にお礼をするどころか迷惑を掛けたとなると軽く死にたくなりますが……そうですね。それではこれから聖ちゃんの機嫌が直る方法を一緒に考えましょう。しかしどうすれば……」
感動したみたく
「──薫様、ここはわたしにお任せください」
こちらの会話に耳を傾けていた
「わたしにひとつ考えがあります。これは昨日、荷造りを手伝う際、奥様から聞いたことなのですが……」
かおるんを助けてあげたいのか、氷雨ちゃんは真剣な目をして語り出す。しかし話を聞く前からなにやら妙な胸騒ぎを覚え、失礼ながら嫌な予感しかしなかった。
……数十分後、予感通りよくないことが起きた。
オレはかおるんに女装を施された挙げ句、メイド服まで着せられ、頭の上には猫耳カチューシャがちょこんと載っかっている。そんな状態のまま聖の部屋の扉の前に立ち、さらにこちらの両隣ではセクシーな猫と無表情な
なんでも
一方、氷雨ちゃんは黒のワンピース。猫手や尻尾やカシューシャも黒。銀の髪が黒の衣装に映え、猫みたいな格好ができて
しかし何故こんなことになってしまったのか。
氷雨ちゃん
またかおるん曰く『そういう事でしたら、聖ちゃんに忍様の猫耳メイド姿と、氷雨ちゃんの仔猫姿を見て
まあ確かにその可能性はあるのだろうが……なんだこの異空間? こんなことで本当にうまくいくのか? どうにも不安を
先程から猫になりきっているかおるんと
しかし無視するのも心苦しいし、少しは合わせてあげよう。なんとか胸の中の不安を隠し、無言でひとの耳を舐めはじめるかおるんを放置しつつ、オレはグッと親指を立て「ニャア」とダンディーな鳴き声で対応。しばしクールに氷雨ちゃんと猫語で話をしてみた。
すると、
「わ、私の部屋の前で……なにをしているのかな?」
ある意味で作戦が成功。しかしあまりにもタイミングが悪すぎた。部屋から顔を
彼女はオレに抱きついたまま、心なしか口元を緩めて聖に目を向ける。
「聖様もどうですか? とても楽しいですよ──猫プレイ」
「ね、猫プレイ!? 私の部屋の前で猫プレイなんかをしていたのか?」
「はい。奥様に教えて頂いた猫プレイです。これは想像以上に心躍るものでした。先程なんかメイド服がよく似合う
……一応断っておくが、オレは『にゃあ』としか口にしていない。けれど氷雨ちゃんの中でどんな会話が繰り広げられていたのか、彼女は微かに頬を染めて続ける。
「突然そんなことを言われたものですから、わたしも驚いて『本当ですか? わたしも
「し、
微妙な笑顔でドアノブを持つ手を小さく震わせる聖。対して氷雨ちゃんはどうしてか聖の豊かな胸元に視線を移し、「そういえば」と口を開いて爆弾発言をひとつ。
「南条様の『君の大きな胸に乾杯』で思い出したのですが、薫様が居間でおっしゃっていたんです。聖様は南条様の手が気持ち良くて、胸だけで二回どうにかなられたんですよね? 一体どうしたんです? それは胸が大きくなる事となにか関係がありますか?」
「
「…………て、てへぺろ?」
こんな哀れな『てへぺろ』を見たのははじめてだ。涙目ながらも冗談を飛ばし、懸命に空気を変えようとしたのだろう。そんなかおるんの
……これは終わったのかも知れない。オレとかおるんが
繰り返しにはなるが、失敗をいくら悔やんでも仕方がない。問題はこれからどうするかだ。オレとかおるんと氷雨ちゃんは着替えを済ませたのち、揃って聖の部屋の前に再集結。聖がいつ部屋から出て来てもいいようにと扉の前で待機。三人で作戦会議を開始する。
さて、これからどうしたものか。扉の前で腰を下ろしたかおるんと氷雨ちゃん。とりあえず彼女たちの意見を聞いてみようと思い、オレはふたりに視線を投げる。
「えっと、かおるんも氷雨ちゃんもなにかアイディアがあったら遠慮なく言ってくれ」
「はい! もう一度猫プレイで聖様の注意を引くというのはどうでしょう!」
名誉を
「残念ですが、猫さんはあまり効果がないと思いますよ。聖ちゃんは犬派なんです」
「こ、今後聖様とは
「……お前も怖い顔をしてよくオレに噛み付くじゃないか」
肩を
「忍様、ひとつ確認したいのですが、一昨日の夜のことは覚えていますか?」
「忘れたくても忘れられねえよ。なんせお前と一緒に
「いえ、そちらの方ではなく、我が家への侵入後、公園から戻ったあとのことです」
「……多分ずっと覚えていると思うぞ」
「あの、そんな赤い顔をされたらこっちまで恥ずかしくなりますが、わたくしがベッドの上で忍様に愛の告白をしたあと、さあこれからという時にルナさんが来たでしょう?」
「それはもう忘れたい。あと氷雨ちゃんがまた噛み付き体勢に入っている」
しかしまだ噛まないということは、多少は懐いてくれたのかも知れない。今度『おっぱい大きいね』とお世辞でも言って褒めておこう。なんて考えていたところ、かおるんは本題に入るつもりなのか、心持ち表情を真剣なものに変える。
「
「その不満をSMプレイでぶつけられなきゃいいけどな」
「
「……オレはなにもしてないんだよ。普通に『おはよう』とか言ったぐらいだ」
肩を落とすと同時に、口から深いため息がもれた。
「なんかな、ルナは
「それは一体いつの記憶です? 先日の夜をきっかけにルナさんはわたくしにも対抗するようになりましたよ? 少し目を閉じて、これまでのことを思い返してみて下さい」
かおるんに言われるまま目を閉じてみたところ、
「……やばい。なんかうちに帰りたくなってきた」
「どれだけルナさんのことが好きなんですか忍様は」
「いや、そうじゃなくて、なんかこうして目を閉じていると、やり残してきたことを思い出したんだよ。ルナと一緒に大掃除したり、マキナとなずなとゲーム、あとルナと散歩、それから母さんに奪われた小説を取り戻したり、エルニにご飯を
……これはいかん。頭に浮かぶみんなの顔の中で、頻繁にルナが出てくる。
気恥ずかしさを覚えてオレが
「
「……お前にも素敵な家族ができたんだ。オレの気持ちだってわかるだろう? お前がかおるんと会えなくて寂しかった時と同じだ──って、半分冗談だから
だがホームシックか。そうだとしたら恥ずかしい話だ。珍しく赤くなって攻撃を仕掛けようとする氷雨ちゃん。彼女の肩を押さえるかおるん。そんな彼女達の姿を眺めつつ、
「しかしあれだな、別にホームシックになったわけじゃないが、これからどうしようか。もし聖が迷惑だと思っているのなら、オレはもううちに帰った方がいいのかもな……」
言葉に一抹の寂しさを乗せ、オレが苦笑いを作ったところ……もしかしたら扉の近くでこちらの会話を聞いていたのかも知れない。
不意に部屋のドアが開いたと思ったら、廊下に飛び出して来た
が、突然なことの上に聖がこんなことをするのは珍しい。戸惑いが大きかったせいか、オレは部屋に入るや否や
その結果、こちらの腕を取っていた聖を引っ張るような形となってしまい……まずいことに、聖がオレに覆い
これはまたよくない展開かも知れない。少し不安になっていたものの……どうやらただの
「
ぎゅっとオレに抱きつき、聖は小さく
「せっかくうちに来てくれたのに、ひどいことを言ってごめん。もう怒ったりしないから、お
「……お前がそう言ってくれるのなら、もう少しお世話になるよ。だけど悪いのはオレだろう? 聖が謝る必要なんかないと思うぞ?」
「そんなことない。忍くんや
おそらく、かおるんが気を利かせてくれたのだろう。部屋の扉が静かに閉まる中、聖は
「道場のことは薫さんがやったことだってわかっていても、自分があんなはしたない声を出すなんて知らなくて、やっぱりエッチな女の子だって、忍くんにそう思われたんじゃないかって考えたら、恥ずかしくてショックで、変に怒っちゃったままで……」
少しだけ言葉に詰まったのち、聖はオレを抱き締める腕に心地良い力を込める。
「私が
「もう謝らなくても大丈夫だからな?」
やんわりと言葉を遮り、オレは笑みをこぼして続ける。
「確かに色々あって疲れはしたが……ちょっと
なんだか胸の奥が温かく、自然と自分の声音が柔らかくなっていく。
「実はさ、オレも聖と同じなんだよ。聖ならなにをしても許してくれるんじゃないかって、そんな風に考えて、オレもお前に甘えていたんだと思う。だからお前ばかりじゃなくて、オレからもちゃんと謝らせて欲しい。こっちこそなんでもするから許してくれ」
「……それじゃあ忍くん……私のことを許して欲しい。もう少しだけうちにいて欲しい」
「お前は本当に欲がないな」
気がつくとまた笑みがこぼれた。彼女のささやかすぎるお願い。それに笑顔で
鮮やかな華のような笑顔。その
ひょっとしたらこの先、なにかのきっかけで聖と
けれど、たとえ衝突したり言い争ったりすることがあっても、最後には今日みたいに笑い合える気がした。それにさっきわかったこと。オレが聖に甘えていたこと。聖もオレに甘えてくれていたこと。人から見たら
──ともあれ。これでなんとか問題も解決したわけだ。しばし聖の抱擁を受けたのち、オレたちは
● ● ●
正直なところ甚だ遺憾である。
昨日、問題がひとつ片付き、聖ときちんと仲直りできたわけなのだが、早くも新たな問題が浮上しはじめている。もちろん
昨日も聖との和解のあと、かおるんや
まあ、夜にはかおるんが『昼食後のサービスを忘れていました』とか言って笑顔で
ただ、非常に情けない話なのだが、どうやらオレは現在……ホームシック中らしい。
多分、きっかけはかおるんがくれたDVDなんだと思う。おそらく聖との喧嘩中、オレが彼女の部屋の前でルナたちの話をしたこともあり、かおるんもこちらを気遣ってくれたに違いない。どうやら彼女は午前中にビデオカメラを片手にうちに顔を出したらしく、
『お散歩ついでに
と、妙な謝罪を残して自作のDVDをプレゼントしてくれたのだが、それを見てちょっとホームシックになってしまったのだ。
夕日が差し込む五行家の居間。部屋に
まずは我が家の門からはじまり、庭先やリビングへと場面が移っていき、その間に姿を見せるオレの愉快な家族たち。彼女たちは母さんをのぞき……
かおるんだけではなく、ビデオカメラでルナたちを撮影している愚母を見る限り、間違いなく母さんが仕組んだことなのだろう。しかし何故オレが不在の時に限って、ブルマdayなんか作るんだ? 嫌がらせなのか? まさか大掃除の場にいないオレへの罰?
さすがに我が家が恋しくなってきた。DVDに映る皆はとても楽しそうだ。マキナは紺のブルマに包まれた豊かなお
続いてエルニは細身の
また妹のなずなは……いつものようににゃあにゃあ鳴いていた。
何故か彼女はサイズの合っていない体操着とブルマを身に着けていたのだ。
どう考えてもサイズが一回り近く小さい。明らかにぴちぴちである。大ぶりの乳房がむっちりとした弾力を見せつけるかのように上着を突き上げていて、いまにも豊満な乳房がはち切れそうになっている上に、小さなおへそが丸見えである。
しかもそれだけじゃない。ルナが
『と、
『──下着が見えていやなのでパンツも穿けません!』
『そうなんです。絶対に見えちゃいますから──って、いま
『きっと気のせいですよ。わたくしは風と共に去りぬです』
『え? 薫さんいるんですか? 巴さんもいま薫さんの声を聞きましたよね?』
『ルナちゃん、薫ちゃんならさっきから、うちでみんなのことを盗撮していたわよ? 多分忍あたりに見せてあげるんでしょうね』
さすがは母さん。気配を消しているであろうかおるんに気づいていたようだ。
ただ、撮られてしまうかもという心配があるせいか、ルナは赤い
どうにも罪悪感があって最後まで見られそうにない。もっとも、途中まで夢中になっていたのは事実だ。けれど百歩譲って自室ならともかく、
「えっと、ルナさんたちは大胆だな。
問題が……あっという間に起きてしまった。不意に背中越しにあがった声。DVDに熱中していて気づかなかったのだろう。ビクッと肩を震わせて振り返ると、居間には
「ごめんな
いまの謝罪でなんとなくわかった。きっと聖は、たとえ男性の部屋でエロ本を発見しても怒らないタイプの女性なのだろう。オレはDVDを止めつつ、ほっと胸を
「見つかった相手が聖で良かったよ。これがもしかおるんだったりしたら……って、そういやかおるんはどうしたんだ? さっきから姿が見えないんだけど……」
「薫さんなら真剣な顔をして『やはり将来的にはルナさんたちと一緒に暮らす
「べ、別にオレはホームシックではないが……とある所ってどこだ?」
「ふふ、いまは内緒だよ。それはそうとちょっと忍くんに話があるんだ」
「忍くん、せっかくうちに来てくれたわけだし、何か私にして欲しいことはないかな?」
「──本だ。本をくれ。本さえあればオレは生きていける」
「う~ん、忍くんの場合は本だけじゃなくて、ルナさんも必要だろう?」
「なんだ、お前がそんな冗談を言うなんて珍しいな」
「……半分は本気だぞ? 忍くんは昨日も、ルナさんのことを考えていただろう?」
どこか
「本だったら薫さんの部屋にあると思うけど、忍くんは本当に本が好きなんだな」
「よく見た目と合わないとか、インテリヤクザとか言われるけどな」
「ご、ごめんな。私も最初は意外だったんだ。もちろんいまは違うぞ? 本を読む姿も様になっていると思う。やっぱり昔から本が好きだったのかな?」
何気ない質問を受け、オレは「そうだな……」と目を細めて子供の
「確か本を読みはじめたのは、なずなが猫を好きになった頃あたりからだな」
「……それと読書となにか関係でもあるのかな?」
「まあ、シスコンみたいな理由で恥ずかしい話なんだがな」
当時のことを思い返しながら、オレは苦笑混じりに続ける。
「子供の
すごいと言って
「なずなはあれでも一種の天才だ。勉強が苦手なように見えても、記憶力は
静かに昔のことを語りながら思う。こんな自分の弱い所を
「普通にやっていたんじゃあ、兄貴らしいことなんてなにもできない。だからせめて色んなことを学んで、妹に教えてやりたい──なんてのは建前で、本当は怖かっただけなんだ」
「どうして、怖いだなんて思ったんだ?」
温かく聖が
「兄貴なのになにもできないこんなオレを、いつかなずなも見放すんじゃないかと不安だった。
穏やかに言葉を選びながら、ゆっくりと居間の天井を見上げ、
「ずっとなずなが
当時から変わらない
「あんなにも弱かったオレのことを、なずなは『お兄ちゃん』と呼んでくれたからな。兄貴として胸を張れるように、色んな本を読んで勉強して、いつしかそれが楽しくなって……気づいたら読書が趣味になっていたって感じだ」
少し照れくさい大切な思い出を語り終え、オレは軽く肩をすくめる。
「マジでシスコンめいた話だろう? 恥ずかしいから
天井から視線を移し、『言うな』と続けかけたところで、思わず言葉が止まる。
「ごめんな
こちらの背中に腕を回し、彼女は声音にぬくもりを
「忍くんは、立派なお兄ちゃんだよ。なずなちゃんが大好きになる気持ちがよくわかった。すごいな。頑張ったんだな。なずなちゃんの傍にいられるようにずっと頑張って、必死で、それにいまも、なずなちゃんのときと同じように……ルナさんのために頑張っている」
抱き締める腕に柔らかな力を込め、
「お爺さんの道場に戻ったのも、ルナさんのためなんだろう? 弱くてなにもできなくて、なずなちゃんと比較されて苦しくて、それでも負けずに、子供の
「もうルナさんに気持ちを伝えても、いいんじゃないかな?」
彼女の言葉には、痛いぐらいの優しさが
「忍くんなら大丈夫だよ。ずっとルナさんの
「……まだ、少し自信がないんだ」
昔よりも強くなれたとは思う。それに自分のことだって好きになれた。だけど
「忍くんは、忘れちゃったのかな?」
そっとオレの不安を取り除くみたいに、
「私と忍くんは、互いに支え合う仲なんだぞ? 忍くんの傍には私がいる。もちろん私だけじゃない。
変わらない優しさで、
「忍くんは私達のことを守ってくれた。支えてくれた。だから私達も忍くんのことを守りたい。忍くんの大好きな人のことなら、ちゃんと支えてあげたい」
温かな抱擁をゆっくりと解き、だけど両手でオレの手を包み込み、
「もう忍くんは、一人で頑張らなくてもいいんだ。私達を頼ってくれていい。もしなにかあったら、私達だってルナさんを守る。私はまだまだ力不足だけど、薫さんやエルニやマキナさんはすごいだろう? 皆が傍にいれば、きっと忍くんはなんだってできるはずだよ」
いつもの
「だから忍くん、そろそろ前に進んでもいいんじゃないかな?」
彼女の手から伝わるぬくもりが、胸の中の不安や迷いを徐々に溶かしていく。聖は本当に温かい。そんな彼女に「ありがとう」という言葉しか返せずもどかしかったが、それでも聖は
「これは昨日忍くんに甘えたお返しだよ。私も薫さんと同じなんだ。忍くんのことを喜ばせてあげたい。だから今日は、ちゃんと忍くんが喜ぶことをしてあげるよ。多分もうすぐだと思うんだけど……」
彼女の予感を裏付けるように、ふと玄関の方から響いた物音。それを耳にすると聖は「来たみたいだな」とオレの手を取って立ちあがり、微かな寂しさを
「実は父さん達が今日帰ってくるんだ。さっき電話があった。それで薫さんにルナさん達を連れて来て
珍しく冗談めかして笑い、聖はどこか名残惜しそうにオレから手を離し、静かにスカートのポケットを探り……中から出てきたのは、犬のキーホルダーがついた一本の
「うちの合鍵だよ。
「いや、しかしさすがにこんなものを
言い掛けた言葉は、
聖になら甘えてもいい。頼ってもいい。それに聖にも甘えて欲しい。次第に胸の中が熱くなり、オレはしっかりと聖から合鍵を受け取り、言葉に
「今度ちゃんと渡す。お前にもうちの合鍵を持っていて欲しい。これからもオレはお前を頼ると思う。だからお前も……いつでもオレに会いに来てくれ」
「うん……ずっと一緒に、頑張ろうな……」
「私の話はこれで終わりだ。早くルナさんに……会ってあげて欲しい」
柔らかな声音で迷わずに、聖はやんわりとオレの背中を押す。
──前に進めそうな気がした。背中から伝わる優しいぬくもり。オレを支えてくれる温かな人。彼女に背中を押されるまま一歩踏み出し、オレはルナの下へと足を伸ばした……。