第二章 温かな合鍵

 ……ああ、これはいい夢だと、まなこでオレはそんなことを考える。

 いつもと違ってなんだか甘いにおいのするベッド。心地良い香りのするまくらほおを預けて眠っていたところ、軽く肩を揺さぶられてまぶたを開けると、

「えっと、おはようございますご主人様

 視線の先ではクールに整った顔立ちの少女。ぎよう聖がかメイド服を着ており、彼女は朝日を浴びて自慢の黒髪を輝かせ、はにかみながらもにっこりと微笑ほほえんだ。

「朝ご飯の準備ができましたよ。そろそろ起きてくださいね、ご主人様」

「……おやすみメイドさん」

「ええ!? 反応がすごく薄い!? かおるさんの話と全然違うじゃないか!」

 どうやら夢の中でも聖はかおるんにまただまされているようだ。彼女はちょっとだけ声を裏返し、「やっぱり、あれをしないと喜んでもらえないのかな……」とごにょごにょなにかをつぶやき、目を閉じたオレの頭上から、今度は声音に恥じらいを乗せて言葉を掛けてくる。

「忍くん──じゃなかった。ご主人様、早く起きてくれないと、すごい事をするぞ?」

「この状況がすでにすごい。もはや恐れるものなどなにもない。いい夢を見せて貰った」

 しかしぼちぼち夢から覚めないといけないだろう。なんて思ってはいたものの、どうにも今日の夢は少し長いみたいだ。相変わらずひじりの声が耳に触れる。

「……本当にしちゃうぞ? いいのか? 言っておくけど、私も恥ずかしいんだからな?」

「恥じらいは捨てなよベイベー」

 今オレ少しクールに切り返した。夢だからこそできることだ。胸中で小さな満足感を覚えていたところ、なにやら不意にむにゅっと両ほおに柔らかな感触を受けた。さらにそのまろやかな二つのものがぷるんぷるんと、オレの顔の上で弾むように揺れ動きはじめる。

 温かで豊潤な膨らみ。こうをくすぐる花のような芳しい香り。そして再び頭上から降ってくる聖の声は、吐息混じりで非常につややかだった。

「んんぅ……ご主人様、起きてくれないと……はぁ……もっと激しくしちゃうぞ?」

「──カモン」

「な、なんで英語なのかはよくわからないけど……よかった。これはかおるさんの言った通りだ。しのぶくん──いや、ご主人様もうれしいんだよな? それなら激しくしちゃうからな?」

 心なしか弾んだ声と共に、とろけるような振動が強くなり、甘い感触が顔一杯にはじける。

「うぁ……なんだか私も、ちょっと気持ちいい……かも……はぁ……ご主人様はどうだ? ちゃんと……あぁ……気持ち良くなってくれているかな?」

 もう感無量と言っても差しつかえはない。これは気持ち良すぎる夢だ。丸みを帯びたような豊かな膨らみ。そこからはピチピチとした抜群の張りが感じられ、思わずその温かな膨らみの感触をもっと楽しみたくなってしまい、控え目に顔をこすりつけたところ、

「はぁん……ご主人様ぁ……私がしているんだから……動いちゃだめだ……やぁん……」

 わずかに顔を動かしただけなのにもかかわらず、こちらの両頬の上でもだえするように柔らかな膨らみがぷるぷると震え、ゆっくりとオレから離れていく。

 もういってしまうのか。名残惜しさを覚えてまぶたを開けたところ、目と鼻の先には迫力のある大ぶりの乳房。なるほど。ベッドで眠るオレの顔の上で、聖がおっぱいをたっぷんたっぷんと揺らしていたというわけか。道理で心地良かったわけだ。

 が、さすがに自分の目が丸くなるのを感じつつ、オレはおずおずと聖を見上げた。

「……聖? なにをしているんだ?」

「ご、ご主人様にぱふぱふしていました」

「──ワンスモアプリーズ」

 やっぱりこれは夢だろう。聖がそんな赤い顔をして『ぱふぱふ』とか口走るわけがない。夢ということもあり、調子に乗って人差し指を立ててはみたものの、残念なことに続きはないようだ。聖は困ったようにまゆじりを下げ、姿勢を正してオレに目を向ける。

「あの、けているのかな? 普段なら恥ずかしがって忍くんも……」

「なんだ、もうご主人様とは呼んでくれないのか。あまり都合のいい夢じゃないな」

「そ、そんな残念そうにされても困るけど、しのぶくんもおなかいているだろう? 朝ご飯の準備ができているから、ほら、そろそろ起きような?」

 優しく掛け布団をがされ、ひじりに支えられるようにして上体を起こし、欠伸あくび混じりにベッドの端に腰掛けながら改めて辺りを見回したところ、可愛かわいらしい小物や観葉植物が目に映り、明らかに自室ではなかった。確かここはかおるんの部屋だったはずだ。

 しかしオレはこんなところにいるんだろう? 状況がわからずきょとんとしていると、聖がくすりと微笑ほほえんでオレの肩に手を載せた。

「忍くん、昨日のことをよく思い出して欲しい──って、だから寝ないでくれ。朝ご飯はどうするんだ? かおるさんも氷雨ひさめちゃんも待っているんだぞ?」

 やんわりと注意を促し、聖が遠慮がちにこちらの肩を揺らしてきたが、なんだか妙に眠く、再びまぶたを閉じつつも、オレは言われた通りぼんやりと昨日のことを思い返す……。

     

 ……この先、氷雨ちゃんと仲良くやっていけるだろうか?

 オレンジの陽が差し込むぎよう家の道場。そこでオレはひとり退魔士のけいに励みながらも、先程の出来事を思い出して小さくため息をつく。

 優しい夕暮れ時。五行家へと帰宅し、氷雨ちゃんと温かな言葉を交わしたかおるん。彼女はオレのことを氷雨ちゃんに紹介するとかで、様子を見守っていたこちらの腕を取った。

 しかしどうやら以前、氷雨ちゃんはかおるんからオレのことを聞いていたみたいで、

『あなたのことは薫様が持ち歩いている写真でも見ました。なんじよう様ですよね? 聖様だけではなく、薫様まで愛人にした剛の者だと聞いております。薫様もうれしそうに「忍様はいとしの殿方ですよ」とおっしゃっていました。つまり──南条様はわたしの敵です!』

 と、ひとの顔を認めるなりいきなり宣戦布告。ひとまずオレも落ち着かせようと思い、

『なんだ、しつか? はは、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ? お前の大好きなかおるんを取ったりなんかしないからな?』

 なんて自分なりの大人の対応をしてはみたものの、図星を指されて恥ずかしかったのか、それとも悔しかったのか……思いっ切り氷雨ちゃんにみ付かれた。

 そんな中、かおるんが『氷雨ちゃん、噛むなら甘噛みにした方がいいですよ』と妙な注意を飛ばし、その後の自己紹介の間、氷雨ちゃんは無表情ながらもにらむようにしてオレを熱く見つめ続けており……今後彼女とうまくやっていけるかどうか不安で仕方がない。

 けれど気持ちを切り替え、せっかくなので稽古をしてから帰ろうと考え、オレは五行家の道場にお邪魔し、現在こうして鍛錬にいそしんでいるというわけである。

 ……しかし今思えば、このときさっさとうちに帰っていれば、普段通りルナのいる日常にも戻れたのかも知れない。こちらがけいに精を出す中、ふと道場に顔を出したそうさん。か彼は複雑そうな面持ちで、オレを見つめながらぽつりとこぼした。

「やはり君は……いつきさんの息子なんだな」

 樹とはオレの父親のことだ。けれど、宗悟さんの口から父さんの名前が飛び出るとは思わず、オレが軽く目をしばたかせていると、彼は意外そうに言葉を掛けてきた。

「……ひじりからはなにも聞いていなかったのかな?」

 そうかれてはたと思い出す。確か以前、聖が教えてくれた。宗悟さんはオレがじいちゃんの道場を継がない上に、退魔の稽古を受けに来たことに驚いていたようだ。おそらくなんじよう家のことも色々と知っているのだろう。かなり前に交わした聖との会話の内容を思い起こしつつ、オレは軽い乗りで宗悟さんに言葉を返した。

「そういえば、うちのアホで適当な父さんと宗悟さんは知り合いなんですよね?」

「遺憾ながら友人であることは確かだよ。今でこそ言い争う程度だが、昔はよく樹さんと殴り合いのけんまでした程だ。もっとも、樹さんには武術だけではなく退魔の才まであってね、結局一度も勝つことができなかった」

「今度一緒にうちのバカをボコりに行きましょう──とか言いたいところなんですが、退魔の才があったということは、やっぱり父さんも退魔士のことを知っていたんですね」

「元々、南条は退魔の家柄の分家だからね。樹さんだけではなく、君のお爺さんも退魔士のことは理解している。ふたりとも退魔士として働いていた時期もあるぐらいだ」

 しかしオレは爺ちゃんと父さんからなにも聞かされていない。なんで話してくれなかったんだろう? こちらが疑問に思う中、宗悟さんはわずかにじりを下げて口を開く。

「君に話さなかったのは、きっと親心だろう。退魔士の仕事には危険がつきものだ。家族を巻き込む可能性を考えたに違いない。だが樹さんは家の道場も継がず、仕事中には悪魔の女性を口説いたり愛人にしようとしたりと、やりたい放題やったかと思ったら……」

 言葉の途中でため息を挟み、宗悟さんはけんに深いシワを作る。

「今度は奥さんとの結婚を機に突然『もう退魔士辞める! 働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる! ボクはともえのヒモになるんだい!』などと、最後まで本音も言わず冗談を飛ばしたものだからたまらない。あの人はどうしようもないほうだ」

「やっぱり今度一緒に、その阿呆をボコりに行きませんか?」

 渋い表情を見せてはいたものの、宗悟さんの言葉の中にはかすかなぬくもりがあった。だが彼はこちらの冗談に「考えておく」と真顔で応じ、そのまま「ちなみに」と言葉を続ける。

「先日、その阿呆から電話が掛かってきた」

「電話? うちの母さんと妹以外には電話もメールもろくにしないあの父さんがわざわざ?」と、意外に感じて聞き返したところ、宗悟さんは苦笑を浮かべて小さくうなずく。

「おそらく君のことが心配だったのだろう。一体どこで聞きつけてきたのか、君がうちに来て退魔のけいを受けていることを知っているみたいだった。しかしやはり君には退魔士になって欲しくないらしい。こちらが電話に出るや否や怒鳴り散らされたよ」

「……なんか嫌な予感がするんですけど、うちの父さんはなんて?」

「確か、『テメエ! よくもいとしのしのぶ君を奪いやがったな! さっさと忍君を返さないとテメエの家に火をつけるぞゴラァ!』とか抜かしていたな」

「多分、父さんなりの冗談だと思いますよ?」

「もちろんそれはわかっているのだが、いつきさんが相手だとどうも昔の癖でね。つい『くたばれカス』と言い返してしまった挙げ句、口車に乗せられて君のことをすべて話してしまった」

 もしかしたらそうさんは父さんのことがかなり好きなのかも知れない。父さんとの電話のやり取りを思い出しているのか、彼は道場の天井を見上げ、珍しく口元をほころばせていた。

「しかし樹さんは本当に君のことが大切みたいだな。私の話を聞くなり、『それじゃあボクの忍君はいま悪魔と一緒に暮らしているの!? これはダメだ! 早く帰らなきゃ! まあ本当はともえに会いたいだけなんだけどね。てへぺろ』とふざけて電話を切ってしまった」

「今度父さんから電話が掛かって来たら『いつ死ぬんだ?』と聞いておいて下さい……って、そういや宗悟さん、確か道場に入って来たとき『やはり君は樹さんの息子なんだな』とか言っていませんでしたか? あれはどういう意味なんです?」

 自分の表情が若干硬くなるのを感じていたところ、宗悟さんは少しだけ気まずそうにこちらから目をらし、躊躇ためらいがちに口を開く。

「いや、私も最初は似ていないと思っていたんだ。君は樹さんと違って誠実だからね。しかしなんだ、君には退魔の才もある上に冗談も好きで……樹さんと同じ天然ジゴロだ」

「あの、大変失礼だとは思うんですが、ちょっと脳天を砕いてみてもいいですか?」

「……樹さんもよくそんな冗談を口にしていたな。それに女性から好意を寄せられることも多かった。君と同じだ」

 こちらとしては違うと思いたかった。けれど宗悟さんは再び複雑そうな表情で言う。

「さっき居間でかおるが教えてくれたよ。君の家で世話になったとき、どれだけなんじよう君に優しくしてもらったのかうれしそうに話してくれてな。そばにいた氷雨ひさめが少しむくれていたぞ?」

「……またみ付かれちゃいそうですね」

「残念ながら否定はできないな。実はこれからまた仕事でね。妻を連れて二、三日ほど家を空けるつもりなんだが、そのことを薫にも話したらひとつ頼まれてしまったんだ」

「かおるんが頼み事とは珍しいですね」

 きっとかおるんも宗悟さんに甘えているのだろう。あいづちを打ちつつもほおの緩みを感じていたところ、か宗悟さんは軽く肩をすくめ、ため息混じりに続ける。

「薫が言うには『我が家に男手がないのは不安です。宗悟パパが留守の間、忍様に泊まってもらいましょう。わたくしでは断られてしまうかも知れませんので、宗悟パパから頼んでみて下さい。さあ早く行って来て下さい。可愛かわいい娘の頼みですよ?』だそうだ」

「はあ、そうさんも大変ですね。それじゃあオレはこれで失礼させて貰います。うちで金髪お姉さんと愉快な家族たちが待っていますので……」

 早々にきびすを返し、オレは逃げるように我が家に帰ろうとしたのだけれど、「待ってくれなんじよう君」と宗悟さんに後ろからガシッと肩をつかまれてしまった。

「きっとかおるも世話になった君になにか礼がしたいんだろう。それにひじりも目を輝かせていた。私も娘たちの期待にはこたえてやりたいし、君なら娘たちを任せてもいいと思っている。だからどうか薫の頼みを聞いてやってくれ。頼む。この通りだ南条君、いや──忍君」

「な、なんで急に呼び方を変えたのかはよくわかりませんが……案外宗悟さんも親バカなんですね。まあ、少しの間泊まるぐらいなら別にいいですよ」

 宗悟さんに頭を下げられてしまったら断るわけにもいかないだろう。しかし男手がないと不安って……それならこのうちのしゆう君は一体なんなんだ? 正直かなり疑問だったが、ぐっと突っ込みをこらえ、オレは宗悟さんの頼みを聞き入れることにした……。

     

 ベッドに腰掛けたまま目を閉じ、メイド服姿の聖に優しく肩を揺さぶられているうちに、昨日の記憶がけた頭をよぎる。

 確かあの後道場から居間に向かい、ぎよう家の人々に数日泊まる旨を伝えたところ、聖は満面の笑みを浮かべ、氷雨ひさめちゃんはちょっと嫌そうな顔をして、修君は『僕は男だよ? 男手がないこともないんだよ?』と切ない表情を見せ、そしてかおるんはといえば、こちらの話を聞くなりかどこかへと出掛けて行ってしまった。

 けれど、どうやら彼女はオレのうちに顔を出していたらしい。戻って来たときには、かおるんはこちらの着替えが入ったバッグを手にしており、手際がいいことにルナたちにもオレのことを説明してくれたようだ。

 それからそんな彼女に誘われるまま、夕食とのあと、かおるんの部屋で遅くまでゲームなんかをしていたせいか、知らないうちに眠ってしまったんだと思う。だけどもしかして、オレはかおるんと一緒に寝ていたのだろうか?

 そのあたりのことはちっとも覚えていない。少し残念なような気もする。などと考えていたところ、聖が控え目にこちらの肩を揺らし、躊躇ためらいがちに声を掛けてきた。

「忍くん、もう起きてくれないと、その……勝手に着替えさせちゃうぞ?」

「靴下は最後に脱がしてくれよ?」

「えっと、むしろ靴下は最初だと思うんだけど……あ、忍くん靴下を履いたまま寝ちゃったのか。ちょっと待っていて欲しい。ちゃんとしてあげるからな?」

 ……なにをするつもりなんだ?

 少し気に掛かってまなこを開けると、視線の先では相変わらずメイド服姿のひじり。彼女は華やかな仕草でその場に正座。続いて靴下を脱がしてくれるつもりなのか、こちらの足を取り、そのままオレの足の裏を、自身のふとももの上へと導いていく。

 ……止める間もなく、聖の太腿に足を乗せるような形になってしまった。足の裏に弾力のある太腿の感触を覚え、一気にこちらの眠気も吹き飛ぶ。

「聖、さすがに悪い。そこまでしなくても大丈夫だ。というかその脱がし方は……」

かおるさんから教わったんだ。よくわからないけど、男の人はこうされると喜ぶんだろう? 私なら平気だから、もっと体重を掛けてもいいんだぞ?」

 それでは本当に聖の太腿を踏んでしまうことになる。そんなことができるほどオレは図太くない。しかしそれにしても、いま着ているメイド服といい、先程のぱふぱふといい、おそらくまたかおるんに妙なことを吹き込まれたに違いない。

 ただ、聖本人はお世話ができてうれしいみたいな顔をして、柔らかな太腿の上で優しくオレの靴下を脱がしていき、心なしか上機嫌な様子である。なんだか止めるのもはばかられた。

 けれど、聖のようなクールビューティーにこんなご奉仕をされると妙に落ち着かないというか、少し心が躍るというか……いずれにせよ気恥ずかしいことには変わりない。

 そんなこちらの心情をに、両の靴下を脱がし終わると、聖は正座したままか急にほおを赤らめ、そっとひとの太腿をしなやかな指先ででるように触れたかと思ったら、上目遣いでオレを見上げて小さくささやく。

「……しのぶくん、こっちもちゃんとするからな」

「優しくしてね──じゃねえよ。ズボンまで脱がせてなにをするつもりだ。オレはお前をそんなエッチな娘に育てた覚えは……そういやお前、ムッツリスケベだったっけ?」

「わ、私は別に変なことをしようとしたわけじゃないぞ! 勘違いしないで欲しい! ただの着替えだ! ルナさんだって毎日忍くんにこうしてあげているんだろう!?

「いや、全然。ルナはここまで過激じゃない」

 よくひとの耳をあまみして起こす程度だ。と、心の中で付け加えていたところ、聖は目をパチクリとさせつつもすぐに動揺の声をもらした。

「でも薫さんが『忍様の家で見てきました。ルナさんはメイド服姿でぱふぱふをして忍様を起こし、その上お着替えまで手伝い、さらに夜のおではなんと! あの大きなおっぱいで忍様の背中を洗っていたのです。聖ちゃんも負けてはいられませんね』って」

「……お前はその話を聞いて、夜の風呂ではなにをするつもりだったんだ?」

「薫さんにも言われたんだけど、ルナさんと全部同じだと芸がないだろう? だから私はその──おっぱいで忍くんの胸を洗ってあげるからな! 恥ずかしいけど頑張る!」

「だ、大胆だな。そういうのは嫌いじゃないぞ。ただ、お前はどこまでかおるんのことが好きなんだよ。姉を信じたくなる気持ちはわかるが、少しは疑った方がいいと思うぞ?」

 心持ち優しくそう告げると、ひじりはひとのズボンに手を掛けたままさらに赤くなってうつむく。

「それじゃあ……やっぱりかおるさんのウソだったんだな?」

「ん? ちょっと待て。『やっぱり』ってなんだ? お前も半ば気づいていたのか? ということはつまり、実はお前がオレに少しエッチなことをしたかっただけなんじゃあ……」

「ち、違うぞしのぶくん! ルナさんならやってそうだなんて思っちゃっただけなんだ!」

 どうやら動転しているらしく、聖は赤いほおでオレのズボンをぐいぐいと引っ張ってくる。

「私はただ忍くんを喜ばせてあげたかったんだけど……でも、言われてみれば確かに、いつも私ばかりがうれしくなっているような気がする。ど、どうしよう忍くん。私、自分で思っている以上にエッチなのかな?」

 ……いまだにオレのズボンをつかんでいるぐらいだ。否定はできないな。なんて冗談をみ込み、からかったことをびるように、オレは聖に手を伸ばして頭をでる。すると聖も少し落ち着いたみたいで、頬を上気させて小さく口元を緩めた。

 が、改めて見るとこの体勢は非常にやばい。聖は床に正座したままこちらのふとももに顔を寄せ、ベッドに座るオレのズボンに手を掛けている。そんな彼女の頭をオレは撫でている。第三者が見たら明らかに誤解するに違いない。これは早く聖から離れた方がいいだろう。

 と、胸中で少し焦っていたところ、不意にノックもなく勢いよく扉が開き、間髪をれずに部屋に顔を出したのは無表情の女の子こと氷雨ひさめちゃん。彼女は部屋に入るや否や、

なんじよう様はいつまで薫様のベッドで寝ているんです? 薫様が作って下さった朝食──」

 どこか不機嫌そうに早口に切り出した氷雨ちゃんだったが、こちらの様子を認めると目を見開き、もしかしたらなのかも知れない。彼女は表情のない顔を真っ赤に染めてきびすを返し、廊下に飛び出しながら上擦った声をあげた。

「か、かかか薫様! 聖様がエッチです! ものすごくエッチです! 南条様が嫌がって頭を押さえているというのに、聖様は無理矢理ズボンを脱がせようとしていました! まさかあのお優しい聖様が、ここまでエッチな方だったなんて──!」

「ええっ!? ひ、氷雨ちゃん! 私はそこまでエッチじゃないぞ! 誤解だ! 物凄い誤解だ! お願いだから薫さんに変な報告はしないで欲しい!」

 慌てたように裏返った声をあげ、氷雨ちゃんを追って廊下へと駆け出して行く聖。

 対してオレは再びまくらに頬を預け、現実逃避でもするように二度寝──なんかしたらまた氷雨ちゃんにみ付かれてしまうかも知れない。寒気を覚えてオレは素早く立ち上がり、早々に身支度を済ませてぎよう家の居間へと足を伸ばした……。

 ある意味夢から覚めても夢心地である。

 五行家の居間での朝食時。テーブルに並べられているのは、湯気の立ち上る真っ白なご飯。だしのきいたワカメのしるこうばしいにおいのする魚。なんかちょっと焦げた卵焼き。そして両目に映るのは、メイド服を着た三人の女の子たち。ひじりにかおるんに氷雨ひさめちゃん。

 まあ、聖の場合はかおるんに唆されてのコスプレではあるが、メイドさんたちに囲まれるというのも悪くない。覚えずほおが緩み、オレは小さくうなずきながらうそぶいた。

「ふむ、この場にルナがいたら最高のいやし空間が出来上がるな」

「……しのぶ様、大好きなルナさんがいなくて寂しいのはわかりますが、いまはわたくしたちだけを見て下さい。わたくしたちだけを感じて下さい」

 こちらの図星を指しつつ、かおるんは心持ちねたようにぺちぺちとオレの頬をはたく。

「先日お世話になったお礼に、わたくしも忍様にたくさん気持ちいいことをしてあげたいんです。そうパパが留守なのをいいことにいっぱいサービスしますからね? 楽しみにしておいて下さい。とりあえず今夜は一緒におに入りましょう」

「はは、そいつは楽しみだな。でもお前の隣でオレのことをにらんでいる怖い娘がいるだろう? その怖い娘にまたみ付かれそうだから、悪いが結構だ」

「怖い娘? そんな娘どこにもいませんよ? わたくしの隣にいるのは、この先ギャップえが期待できそうな愛らしい女の子だけです。今朝なんか料理のお手伝いまでしてくれたんですよ? たとえ氷雨ちゃんに噛み付かれたとしても、笑顔で許してあげて下さい」

「お前ずいぶんと氷雨ちゃんに甘いんだな。まるでこの卵焼きのようだ」

 料理の手伝いをしたということは、この少し焦げた卵焼きは氷雨ちゃんが作ったんだと思う。かおるんにため息で応じつつも、オレはその卵焼きを口に含み、「いな」と笑みをこぼすと、氷雨ちゃんはわずかに頬を染め、くいくいとかおるんの服のそでを引いた。

「……かおる様、この先もしなんじよう様に『毎朝オレに料理を作ってくれ』と言われてしまったら、わたしはどうしたらいいんでしょうか?」

「そのときは笑顔でけいどうみやくをがぶっとしてあげて下さい」

「──わかりました。噛み付きます。南条様が泣くまでやめません」

 おっかねえ会話してるなあおい。しかも氷雨ちゃんの目が本気だよ。オレは助けを求めるように隣の聖へと目を向けたのだが、彼女はどこかぼんやりと眠そうにしており、こちらの視線に気づくとなにを勘違いしたのか、にっこり笑っておかずの魚へと目を落とす。

「よかったら、骨を取ってあげようか?」

「──そのあと口移しで食べさせてあげるからな。忍くん大好き

 いつもの冗談だろう。聖のものをして口を挟んだかおるん。一方それを受け、やはりらしく、氷雨ちゃんは無表情ながらも目を泳がせ、さっとこちらから視線をらした。

「……わたしは目をつぶっていますので、どうぞ気にせず存分にお楽しみください」

「いや、そんな赤い顔で気にするなと言われても困る。というか、かおるんもやめろよ。こんな小さな娘がいる前で」

「わ、わたしは小さくなどありません!」

 ひょっとしたら地雷を踏んでしまったのかも知れない。珍しいことに氷雨ひさめちゃんは感情をあらわにし、目をり上げて叫ぶ。

「確かに小ぶりに見えるときもあるでしょう! ですがこれから大きくなるんです! もうバインバインです! 絶対にかおる様のようになってみせますからね!」

 声を荒らげながらも自分の胸元に視線を落とし、微妙に切ない顔になる氷雨ちゃん。彼女のその控えめな胸に目を向け、オレが心の中で『頑張れ』とエールを送っていたところ、かかおるんがキッとこちらをにらんできた。

しのぶ様、なんですその『発展途上も悪くねえな。ここはひかるげん計画でいこう。かじるぜ、青い果実をよぉ』みたいな目は。氷雨ちゃんに手を出したら許しませんよ。手を出すならわたくしにして下さい。といいますか、なんでわたくしに手を出してくれないんですか!」

「お前よく氷雨ちゃんに好かれたよな。普段からそんな風に変態メイド全開なのに」

「薫様は変態ではありません!」

 また地雷を踏んでしまったのか、氷雨ちゃんは一度言葉を止め、声を大にして続ける。

「──薫様は痴女です!」

「なお悪いわ! お前なんてことを言うんだ! さすがのかおるんも涙目じゃないか!」

 思わずオレが勢いよく突っ込みを入れると、眠そうにしていたひじりも目を見張り、やはりかおるんも涙目だったが、氷雨ちゃんの方は不思議そうに小首をかしげた。

「以前テレビかなにかで、痴女とは男性に人気のあるすごい女性だと聞いたことがあるのですが……もしかして違うのでしょうか?」

 今後の氷雨ちゃんのためにも誤魔化さずにきちんと伝えておこう。オレは優しい口調で彼女に痴女の意味を教えてあげたのだが、それを聞くなり氷雨ちゃんはしょんぼりと見事にしょげ返ってしまい……なんだか気まずくなってきた。

 慰めるように氷雨ちゃんの頭を撫でるかおるん。彼女に再び睨まれ、オレは深い謝罪のあと、この重い空気を変えるために素早くかおるんに話を振る。

「そ、そういや、しゆう君はどうしたんだ? 今朝は姿が見えないけど?」

「修くんなら……いまごろ公園で生活しているんじゃないんですか?」

「なんで急にホームレスみたくなってんだよ。まさかお前、追い出しちまったのか?」

「そんな冷たいことはしませんよ。公園は冗談です。修くんなら今朝方、『友達から借りたDVDがなくなっちゃったんだ。あっ、でもSMチックなDVDじゃないよ? 女王様とか出てこないから安心してね? だけどDVDをなくしたおびに、今日からしばらく友達の家の執事として働いてきます』と、肩を落として家を出て行ってしまいました」

 ……なんてこった。修君の言うDVDには心当たりがある。確か一昨日の夜中、ぎよう家に侵入した際、かおるんが気を失った修君からSMチックなDVDを回収していたはずだ。

 そんな悲しい思い出を呼び起こしつつ、オレはあきれてかおるんに目を向ける。

「お前、まだあのDVDをしゆう君に返していなかったのか?」

「あ、いえ、これにはむに止まれぬ切ない事情があるのです。しのぶ様にもきちんとお話ししますから、その……怒らないで下さいね?」と、そう念押ししたのち、かおるんはため息混じりに語り出す。どうして修君にDVDを返してあげられなかったのかを……。

     

 それは昨日の黄昏たそがれ時でした。いとしの忍様がうちに泊まって下さると聞き、わたくしは喜び勇んで車でなんじよう家まで移動。続いて忍様の着替えをお借りするため、南条家の皆さんにも笑顔で事情をご説明致しました。ちなみにその際、皆さんはそろって見事に落ち込んでしまい、大変心苦しかったのですが……まあそれはさて置き。

 ルナさんたちにあいさつをしたのち、わたくしはこっそり忍様の部屋へと侵入。せっかくですから、大好きなにおいに包まれてから帰りましょう。わたくしは忍様愛用のまくらほおを預け、しばし時の忙しさを忘れたあと、すっと懐から一本のDVDを取り出しました。

 これは昨夜修くんが胸に抱いていたライトSMチックなDVDです。わたくしは弟をSM好きな子に育てた覚えはありませんが、こんなときのために隠し持っていて良かったと思いました。さて、それではこのDVDを忍様のベッドの下にセットしておきましょう。

 きっと忍様もわたくしの悪戯いたずらだと気づいたとき、いつものように甘くきつい言葉を掛けて下さり、それから『仕方がないやつだ』と笑ってくれるに違いありません。

 実はあの笑顔がたまらなく好きだったりします。忍様の笑顔を想像しながら、わたくしは早速ベッドの下にDVDを隠そうとしたのですが、妄想に集中するあまりひとの気配に気づかなかったようです。突然部屋の扉が開き、ルナさんが顔を出してしまいました。

 もう繊細なハートが止まるかと思いましたよ。まあルナさんも目を丸くしていましたが、ふとある予感が脳裏をかすめ、わたくしはたしなめるように彼女に声を掛けます。

「やはりルナさんは天然エロスのようですね。忍様が留守なのをいいことに、ベッドの上でエッチなことをするつもりだったんでしょう? それはよくないと思いますよ?」

「な、ななな何を言っているんですかかおるさん! 確かに忍さんが出掛けちゃって寂しいですよ! でも少しだけ忍さんのベッドで横になろうと思っただけです! それよりも、薫さんの方こそこんな所でなにを……」と、慌てたように頬を赤くしていたルナさんでしたが、わたくしの手元に目を落とすなり、今度は真っ赤になってしまいました。

「か、薫さん、それってまさか……忍さんのベッドの下にあったんですか?」

「……ルナさんも見てみます?」

「いえ、そんな勝手に見るのは──って、SM!?

 わたくしの悪い癖です。慌てる様があまりにも愛らしく、ついからかってしまいました。

 おもむろに立ち上がってDVDの表紙を突きつけてみたところ、ルナさんの表情にきようがくの色がかい見えましたが、おそらくあとできちんと謝って誤解を解けば許してくれるでしょう。わたくしはぐいっと胸を張り、直ちに冗談を飛ばします。

「ルナさん、趣味や性癖は人それぞれです。たとえしのぶ様がSMに興味津々だとしても、いままで通り変わらぬ態度で接してあげて下さい。もっともわたくしなら──忍様のSMプレイにいつでもどこでも喜んで付き合って差し上げられますけどね!」

「私だって──喜んでSMプレイに付き合います!」

「ま、まさかの対抗!?

 これは予想外です。けれど負けるわけにもいかないでしょう。こんないやしオーラ全開の人にアブノーマルなことまでこなされてしまっては……わたくしのキャラが薄くなってしまうではありませんか。平静を装い、わたくしは諭すように彼女に言葉を掛けます。

「ルナさん、冷静になってよく考えてみて下さい。SMですよ? 女王様ですよ? 癒しキャラのルナさんには荷が重いでしょう? こういった部分はわたくしに任せて、ルナさんは違う方法で忍様を喜ばせてあげて下さい」

「そ、そんなのいやです! 私も忍さんが一番喜ぶ方法で忍さんを満足させて忍さんに笑って欲しいです! 私だって女王様ぐらいできますよ! ちょっと見ててくださいね!」

 ひ、ひじりちゃんと同じぐらい、ルナさんも忍様のことになると大胆になれるみたいです。

 彼女はまるでガラスの仮面的なものをかぶるがごとくすっと目を閉じ、「……私は女王様……」と何度かつぶやき、静かにまぶたを開けたかと思いましたら、普段は優しいエメラルドグリーンのひとみにありありとSの色をのぞかせ、そのままわたくしに目を向けました。

「──かおる、そのDVDに興味があります。私に貸しなさい」

「い、いまわたくしのことを呼び捨てにしましたか? いつも優しく丁寧なルナさんが? あ、あら? ルナさんなんですよね? もしかして怒っているんですか?」

「うるさいですよ薫。騒いでいないで、早くそのDVDを私に寄越しなさい」

「あ、いえ、なんと言いますか、今更なんですが、実はこのDVDはしゆうくんの……」

「──薫、私に何度も同じことを言わせる気ですか?」

「も、申し訳ありません許して下さい! このDVDはルナ女王様に差し上げます!」

 なにやら身体からだの震えが止まりません。本当はわたくし、忍様以外の方にいじめられても全然うれしくないんです。恐怖のあまり誤解を解くことも忘れ、ついDVDを献上してしまったところ、ようやく素に戻ってくれたらしく、ルナ女王様は穏やかに微笑ほほえんでくれました。

「ありがとうございます薫さん。それじゃあ私、早速ともえさんにDVDの見方を教えてもらって来ますね。忍さんが帰って来たときに喜んで貰えるように、頑張って勉強をします」

「あの、お言葉なのですが、ルナ女王様なら特にSMについて勉強しなくとも……」

「──かおるさん、いまなにか言いましたか?」

「いいえ、どうか勉学にお励み下さいませ。ご健闘をお祈りしております」

 チラリとのぞき見えたSのひとみ。あの目で見られてしまってはなにも言えません。もうルナ女王様に二度と変な悪戯いたずらはしないと心に誓った瞬間でした。

 けれど自分でいた種とはいえ……これはとんでもないことをしてしまいましたよ?

 一体どうしのぶ様としゆうくんにびればいいのかわかりません。情けないことに泣きそうになってしまい、つらい現実を忘れるように、わたくしは再び忍様のまくらほおを預けながらこう考えました。そうです、忍様には身体からだでお詫びをしましょうと。

     

「──なんてことがありまして、現在ルナさんはSMについて勉強中というわけです」

 昨日のことを思い出しているのか、かおるんは小さく震えつつもぎこちなく微笑ほほえむ。

「忍様、おうちに戻ればルナさんとのSMプレイが待っていますよ。良かったですね」

「……それがお前の最期の言葉になるというわけだな」

 冗談でこぶしを鳴らし、「ほかに言い残すことはあるか?」とたずねたところ、かおるんは「て、てへぺろ?」と気まずく笑い、オレは軽い乗りで彼女の頬をこねくり回してみた。

「あぁ! おやめ下さい忍様! 本当に足がすくんでなにも言えなくなってしまったんです! お詫びになんでもしますから許して下さい──って、なんでいまの話を聞いて氷雨ひさめちゃんは忍様をむんですか! そんなことをしてはいけませんよ!」

 うん、ほんと止めて欲しい。オレがかおるんの頬をぐりぐりしている最中にいきなり攻撃を仕掛けて来た氷雨ちゃん。彼女はかおるんの注意を受け、渋々といった様子で噛み付きをやめたものの、『薫様をいじめたらまた噛みます』みたいな目でオレをにらんでいる。

 ……なんなのこの? どれだけかおるんのことが好きなんだよ。再び助けを求めるように、オレは隣のひじりに目を向けたのだが、ひょっとして寝不足なんだろうか? さっきからやけに静かだと思ったら、珍しいことに聖はうとうとと船をいでいた。

 普段しっかりとしているだけに、無防備な姿はとても微笑ましい。こちらが頬を緩める中、かおるんがそっと聖に近づき、彼女の頭に手を載せてやんわりと声を掛けた。

「聖ちゃん、無理せず部屋で少しお休みになった方がいいですよ?」

「あ、でも、せっかく忍くんが来てくれているから……」

「忍様なら逃げたりしませんよ。それにそんな状態では満足に遊べないでしょう? お昼にはちゃんと起こしてあげますから、少しだけ横になりましょうね。果報は寝て待てともいいます。どうかお昼を楽しみにしていて下さい。きっとお昼にはいいことがありますよ」

 非常に優しい口調とは裏腹に、かおるんは悪巧みでもしているような怪しい顔をしていたが、ひじりはそれに気づいた様子もなく、「ありがとうかおるさん。それじゃあ少し眠るな」と言い残し、ぼんやりした足取りで居間を出て行った。

 そんな聖の背中を見送ったあと、かおるんはくすりと笑みをこぼしてオレに視線を戻す。

「聖ちゃんもしのぶ様が来て下さってうれしかったんでしょうね。忍様を喜ばせてあげようと、部屋で色々と考え事をしているうちに、ドキドキしてなかなか寝付けなかったみたいです」

「……オレも昨日はなかなか眠れなかったぞ。お前が離してくれなかったからな」

「たくさん遊びましたからね。ですが忍様もベッドの中でわたくしを離してくれなかったではないですか。眠りこけてしまった様子でしたのでベッドまでお運びしたら、突然忍様が嫌がるわたくしを無理矢理に抱き締め……あ、冗談ですよ? 氷雨ひさめちゃんストップです」

 素早くみ付き体勢に入った氷雨ちゃん。彼女の頭をでて動きを止めつつ、かおるんはこちらへと視線を戻し、満面の笑みを浮かべて告げる。

「わたくしもお世話になったお礼をきちんとしますからね。どうかお昼を楽しみにしていて下さい。特に昼食後には素晴らしいことが待っていますよ。もし待ち切れないということでしたら、いまからわたくしがキスをしてあげてもいいです」

「……また氷雨ちゃんに噛まれそうだから遠慮する」

 しかしかおるんのお礼となれば……申し訳ないが不安しか感じられない。特に昼食後には注意だな。楽しむどころか、オレは少し警戒しながら昼を待つことにした……。

 ……昼食前ということもあって油断していたのかも知れない。

 明るいしが差し込むぎよう家の道場。その中央で聖が見事にるされていた。しかも下着姿で吊るされていたのだ。両手を頭の上で縛られ、彼女を拘束している縄が天井のはりに掛けられており、聖は半ばつま先立ち状態となっている。

 また下着姿のため、黒のブラジャーに包まれた豊かな果実。そこからは深い谷間が確認でき、細いウェストやあでやかなふとももや黒のパンツまではっきりと見えた。

 けれど間違いなくこの状況のせいだろう。聖は滑らかなほおを朱に染め……いかん。見とれている場合ではない。オレは素早く視線をらし、近くにいたかおるんに目を向けた。

「……おい、これはどういうことだ? これがお前の言うところのお礼なのか?」

「忍様、本番は昼食後ですよ。これはジャブ気味の特別訓練です」

 ジャブ気味とは初耳だが、昼食前にかおるんから聞かされた特別訓練。それはきっと退魔士のけいだと考え、居間からかおるんに連れ出されて道場に顔を出してみたら……こうして聖が吊るされていたというわけだ。本当に油断した。しかもこれがジャブである。

 昼食後にはなにが待っているというのだ? 微妙に冷や汗がにじみそうになっていたところ、こちらの不安をに、かおるんは淡々と訓練の説明をはじめる。

「忍様もご存じの通り、聖ちゃんは退魔士です。悪魔の封印や退治を生業にしております。そんな退魔士は恨みを買うことも多く、時には仕事に失敗して悪魔に捕らえられてしまうこともあるそうなんですよ。なんだかちょっと怖いですよね」

「……オレはお前の方が怖いよ。ひじりになんてことをしているんだ」

「わたくしも泣く泣く心を鬼にしたのです。悪魔に捕まった際、退魔の情報を吐かせるため、退魔士が拷問を受けることもあると──以前、みさきママがそんな妄想をしていました」

「その妄想力ちっともうらやましくないな」

「ですが岬ママいわく『実際にあること』なんだそうです。もし聖ちゃんがピュアなまま悪魔に拷問でもされたら大変です。今のうちに拷問にも屈しない精神を養った方がいいかと」

「……お前はもっとピュアな精神を養った方がいいんじゃないか?」

 多分これもかおるんなりのお礼なんだとは思う。確かにある意味で男心をつかむようなシチュエーションであることは認める。しかし大胆すぎる好意を受け止める自信もなく、半分あきれるようにして突っ込みを入れたものの、かおるんは全く動じず聖へと視線を投げた。

「さあ聖ちゃん、これからしのぶ様が拷問を施しますよ。特別訓練だと考えて受けれて下さいね。聖ちゃんもうれしいかと思いますが、抵抗する演技も忘れてはいけませんよ?」

「あの、起きたらすでにるされていたんだけど……こんなことでほんとに忍くんは喜んでくれるのかな?」

「……場合によっては、聖ちゃんの方が喜んでしまうかも知れませんね」