プロローグ

「──実はぎよう家とは縁を切ってきたんです」

 冬休みの昼下がり。オレが図書館に行っている間に、旅行バッグを持参してひとの自室にあがりこんでいたまばゆようぼうの女性──五行家のメイド、かおるんことかおる

 なにやら彼女はうちの母さんから許可をもらったとかで、『今日からわたくしもこの部屋で暮らします。しのぶ様のルームメイトですよ』などと妙なことを言い出したかと思ったら、今度は先程のセリフを笑顔で口にし、さすがにオレもいささか戸惑いを覚えた。

 が、とりあえず事情を聞くべく、オレは改めてかおるんに目を向ける。

「五行家と縁を切ってきたって……一体なにがあったんだ? またいつもの──」

 冗談なのか? と続けようとしたのだが、不意に鳴り響いた携帯電話の着信音がこちらの声をかき消してしまった。ちなみにオレの携帯電話ではない。こちらが言葉を止める中、かおるんはメイド服のスカートから携帯を取り出しつつ、真顔で淡々とうそぶく。

「文学的な状況描写を致しますと、わたくしの携帯がもだえするようにその肢体を震わせ、切ないきようせいをあげています」

「……なかなか官能的だな。でもお前、あんまり文学をめんなよ?」

 半ばあきれて突っ込むオレをに、かおるんは着信に応じるように携帯を耳に押し当て、

「一体なによあんた! こんなところにまで電話を掛けてきて! 言っておくけど、あんたのそのゴキブリをスリッパでたたつぶしたような顔なんてもう見たくないし! その中性的ないい声もいまはゴキブリをひねり潰した時みたいな不快な音にしか聞こえないのよ!」

 電話に出るや否や、彼女は演技でもするように声音を変えてとうを並べ立てた。

「いい? わかった? わかったのなら二度と電話してこないで……え? いまちょっと困っている? そんなの知らないわよ! これ以上あたしに構わないでちょうだい!」

 不愉快そうにまゆをひそめ、勢いよく電話を切ってしまうかおるん。なんともしんらつな電話対応である。少し気に掛かり、オレは彼女の携帯電話に視線を向けた。

「……誰からだったんだ?」

しゆうくんというあだ名のライトMからです。遺憾ながらぎよう家の長男とも言いますね」

「お前の弟とも言うな」

 五行家の長男こと修君。彼の本名は五行しゆう。オレの大切な友人、五行ひじりの実の弟だ。ちなみにライトMうんぬんは初耳だが、退魔のけいを受ける際、五行家の道場で修君とは何度か会ったこともある。

「しかしなんだ、わりときついことを言ってたけど、おまえ修君とけんでもしたのか?」

「そんな生易しいものではありません。わたくしと修くんはいま戦争状態なのです」

「戦争とは穏やかじゃないな。まさかお前……それが原因でうちに来たのか?」

 軽い乗りで思いつきを口にしたところ、意外にもかおるんは大きくうなずいて返す。

「とりあえず宣戦布告とばかりに、『夜な夜な修くんがセクハラをしてくるのでもう耐えられません。五行家とは縁を切らせて頂きます。いままでお世話になりました。P.S.こちらの本は修くんのベッドの下に隠されていたお宝です。かおる』という置手紙と一緒に、メイドものと姉もののエッチな本を居間に置いて家を出て来ました」

「……弟の世間体を粉々にすんなよお前」

 呼び方がいつの間にか『お坊ちゃま』から『修くん』に変わっているのはいい。多分二人の関係がいい意味で変わったんだと思う。けれど喧嘩中とはいえ容赦がなさすぎる。

「もしかしてさっきの電話、修君からのSOSだったんじゃ……」

「いえ、違いますよ。戦争中ですのでわたくしも素っ気なく電話に出てみたのですが、修くんは『いまちょっと困ってるんだ。薫さんの置手紙とあのエロ本のおかげで家族会議がはじまっちゃったよ』とうれしそうに話していました」

「なんで嬉しそうなんだよ。家族会議なんだろう? 楽しむ要素がどこにあるんだ?」

「まあ、置手紙の内容を考えてくれたのも修くんですし、きっと家族会議という名のお仕置きタイムにわくわくを隠せないのでしょうね。我が家のライトMはではありません」

「おいおい、ライトどころかドMじゃねえか。というか、修君が手紙の内容を考えたってどういうことだ? お前らは一体どんなけんをしているんだよ?」

 げんに感じてこちらが首をかしげたところ、かおるんは場違いにもにっこりと微笑ほほえみ、すっと人差し指を立てた。

「さてしのぶ様、ここで問題です。いまの話の中で、どこにウソがあったでしょうか?」

「……なんだそのお茶目な顔は。冗談も大概にしろよお前。どうせしゆう君がライトMだとか、手紙の文面を考えたとかそのあたりがウソなんだろう?」

「残念ながらそれは本当です」

「ほんとに残念だな」

「ちなみに正解は、わたくしと修くんが戦争状態であるというのがウソです。実際は喧嘩のふりをしているだけなんですよ。おそらく修くんからの電話も、『計画通り家族会議がはじまった』という報告だったんだと思います」

「計画通り? なんだよそれ? 弟と仲良く悪戯いたずらか?」

「今回は悪戯ではありませんよ。わたくしはこれでも一応、ぎよう家のメイドですからね。一日や二日ならともかく、長いお休みを頂くためには何かしらの理由が必要だったんです」

 どうやら、いつもの悪ふざけで家を出て来たわけではなさそうだ。かおるんは静かに姿勢を正し、心持ち声音を真剣なものに変える。

「実は前々から、また忍様のうちでお世話になりたいと考えておりまして、思い切ってひじりちゃんと修くんに相談してみたんです。そのときには相談料の代わりとして、聖ちゃんには自作の忍様写真集を、修くんにはネットで購入したエッチなゲームを用意しました」

「……真面目まじめな顔をしているところ悪いんだが、妹と弟を買収しようとするなよお前。大体ゲームや妙な写真集がなくても、二人ともお前に協力してくれたんじゃないのか?」

「どうなんでしょうね?」

 ちょこんと小首を傾げ、かおるんはかすかにほおを緩める。

「修くんは『それなら僕と喧嘩したことにすればいいよ。父さんと母さんならうまく誤魔化しておくから、遠慮しないで行っておいで。あと別にかおるさんのためじゃないよ? エッチなゲームが欲しいだけだからね。勘違いしないでね』とか言ってふざけてましたよ?」

「お前よりもずっとわかりやすい照れ隠しだと思うんだが……なるほどな。お前が家を出る理由を作るために喧嘩のふりをして、両親を誤魔化すために修君も変な置手紙を考えたわけか。姉思いのいい弟だな。それで、聖の方はなんて?」

「聖ちゃんなら、『はぁはぁ、私も薫さんと一緒に忍くんの家に行きたい。恥ずかしいけどちょっと強引に迫って忍くんとエッチなことがしたい。そのあとはふたりで夜明けのモーニングコーヒーを楽しむんだ』なんて妄想をしていました」

「……聖には『いやらしい妄想は控えなさい』というメールを送っておく」

「ちょっと待って下さい忍様! そんなことをしたら聖ちゃんが泣いちゃいます!」

 携帯電話を取り出したオレに慌ててストップを掛けてくるかおるん。対してオレは小さく息を吐き出し、わずかに口調を正す。

「だけど、お前もただ遊びたくて家を飛び出して来たわけじゃないんだよな? ぎよう家と縁を切るふりまでしたんだ。なにか目的があってうちに来たんだろう?」

 そろそろ当初の目的通り事情を聞いておこう。オレが再びかおるんに目を向けたところ、しばしの間のあと、彼女はぽつりとこぼした。

「……しのぶ様、あのときのことを覚えていますか?」

「ん? あのときっていつだ?」

「先日のクリスマスの、少し前ですよ。忍様とエルニさん、ひじりちゃんとわたくしの四人で山の頂上まで足を運んで、皆さんと一緒に星を見たときのことです。そのときエルニさんが、あの素敵な場所をわたくしと聖ちゃんにプレゼントしてくれたでしょう?」

「そういえばお前……」

 話を聞いて少し前の出来事を思い出し、オレはそっと口を挟む。

「新しいメイドさんのことで悩んでいるとか言っていたよな?」

 確かみんなで星を眺めていたとき、かおるんはもうじき新しいメイドさんがうちに来るみたいなことを口にしていた。かおるんが大学の受験勉強に専念できるようにと、聖の父親、そうさんの取り計らいで五行家にやってくる新しいメイドさん。彼女のことで思うところがあるらしく、そういやかおるんも冬休みにでもオレに相談すると話してくれていた。

 などと思い返しつつ、オレは腕を組んで質問を続ける。

「もしかしてだけどな、新しいメイドさんのことと、お前がうちに来たこととなにか関係でもあるのか?」

「はい。彼女がうちに来る前に、一度ルナさん達のことを見ておきたかったんです」

「……ルナ達のことを?」

 オウム返しにそうたずねるオレに、かおるんは首肯で返し、言葉におもいをにじませる。

「ずっと考えていた事があるんです。わたくしはその答えを見つけるために来ました。このうちにいれば、ルナさん達の姿を見ていれば、きっと何かわかるはずなんです」

 しんぐなひとみ。そこにウソや冗談の色はじんも感じられなかった。けれど彼女はふと瞳を揺らし、「ですから忍様」と躊躇ためらいがちに言葉を続ける。

「ご迷惑かも知れませんが、しばらくこのうちに置いて頂けないでしょうか?」

「お前のことを迷惑だなんて、本気でそう思ったことは一度もないよ」

 多分、かおるんなりに色々と悩んでいたんだと思う。正直、詳しい事情はわからない。しかし、それは彼女が自分から話してくれるまで待てばいいだけだろうし、そもそもそんなことを聞かなくても、はじめからこちらの答えは決まっている。

 オレは迷いなくうなずいて返し、彼女の目をしっかりと見つめた。

「気の済むまでうちにいてくれていい。なにかあったら遠慮なくオレに声を掛けてくれてもいい。ただ、その代わりと言ってはなんだが──ひとつだけ条件がある」

「……わたくしにエッチなことをするつもりですね」

「そう、お前にいやらしいことを強要する──わけないだろうが。ひとが真面目まじめに話しているときに冗談をぶっ込んでくるなよ。間違ってもそんな条件は出さないから安心しろ」

しのぶ様、別に強がらなくてもいいんですよ?」

 先程までの真剣な面持ちはどこへやら。なにを勘違いしたのか、かおるんはかすかにほおを上気させ、その表情をつややかなものに変える。

「今日からわたくしもこの部屋に住まわせて頂いて、夜には一緒のお布団で眠るわけでしょう? ですから忍様が望まれるのでしたら……わたくしの口や胸やおしり身体からだのどんなところでも好きに使ってくれていいんですよ? いつでもどこでも構いません」

 色っぽい微笑ほほえみと共にまえかがみとなり、両腕を使って胸元を強調させはじめるかおるん。

 なかなか刺激的な仕草である。両腕に挟まれた美乳はむっちりと形を変え、そのまま悩ましくサイズアップ。さらに、かおるんは弾力感を見せつけるかのように自身の乳房を柔らかく揺らし、上目遣いにこちらを見つめてくる。

「ふふ、これから毎日、お姉さんが優しくご奉仕してあげますからね」