電子書籍特典 ディさんとボクサーパンツ
僕はエルフ族の国を出て、先輩のクリスティー先生を訪ねてこの辺境伯領にやって来た。
この領地は豊かだ。エルフ族の国と比べると、まだまだだけど。それでも、豊かな自然があって共存している。そんなところが好感を持てる。
エルフ族の国も大森林の大自然と共存しているからだ。
領地には深い森がある。もちろんそこには獣だけじゃなくて魔獣も生息している。ダンジョンだってある。そんなヒューマンにとっては過酷ともいえる環境なのに、この領地の人達は生き生きと生活している。貿易だって盛んだ。この国の流行りや便利な物は、この領地から発信されたものが多いという。開拓精神旺盛なんだ。きっとクリスティー先生も、そんなところが気に入っているのだろう。と、最初はそんな事を思っていた。
「ディ、あなたにも素晴らしい物を差し上げましょう」
と、ある日突然クリスティー先生が言ってきた。何だろう? クリスティー先生が、素晴らしい物という。一体何なのか、僕はとっても興味を持った。
そして連れて行かれたのが、お邸の裏手にある小屋だ。
「あら、クリスティー先生。ディさんも」
「ココ様、ちょっとお願いがあって参りました」
このココ様と呼ばれる辺境伯家の末の令嬢、ココアリア・インペラート。僕はこの令嬢の事を、お転婆で令嬢という型にはまらない令嬢だと思っていたのだけど。
「ディにも例の物をプレゼントしたいのですよ」
「例の物ですか?」
「お嬢、あれじゃないッスか?」
「はいぃ、きっとあれですぅ」
ココ様の専属従者の、リュウエル・アサンミーヤと、その姉で専属メイドのサキエル・アサンミーヤだ。この二人がココ様を補助して、いつも一緒に色々開発しているという事は知っていた。
「ディさんなら、このサイズで大丈夫だと思いますぅ」
「ディさんは白派っスか? それとも黒ッスか?」
え? 何の事だか分からない。
「因みに俺は黒ッス」
「私も黒でっす」
「私はピンクですぅ。うふッ」
「いや、姉貴。聞いてないからな」
「ええー」
だから何の事だか分からないって。クリスティー先生が黒なら、僕も黒で良いかな? 何なのか分からないのだけど。
「まあ、白も普通で良いですよ」
「クリスティー先生、何なの?」
「ああ、そうでした。説明していませんでしたね。リュウ、見せてあげてください」
「えっと、見本ッスね」
「違いますよ。リュウが脱いで見せてください」
「え……それは嫌ッス」
「どうしてですか? 実際に着用しているのを見るのが一番早いでっす」
「だからなんで俺なんッスか? クリスティー先生が見せれば良いじゃないッスか」
「私は嫌でっす」
「ええー」
ふふふ、何を言っているのか。クリスティー先生が、勝手な事を言っている事は分かる。
「ディさん、何色かあるんですよ」
ココ様が説明してくれた。一番無難な白。それにココ様のお兄さんがお気に入りだという黒、それから女性用にピンク。グレーやカーキ色もあるらしい。
だから色だけじゃなくて、物は何なのかを先に教えて欲しいな。
「パンツですよ」
「え? パンツ?」
「はい。ボクサーパンツといいます。セリスアラーネアの糸を織って作ったパンツです」
え? セリスアラーネアだって!? それって歴とした魔物じゃないか。と、僕は驚いた。魔物の中でも臆病で滅多に人前には出て来ないから、捕まえ難い大きな蜘蛛の魔物だ。蜘蛛なのに糸を吐いて繭を作る。
「ココ様が飼っておられるのでっす」
「ええ!? 魔物を!?」
「そうなのでっす。ココ様の発想は、私の想像を遥かに超えているのでっす」
と、楽しそうに眼をキラキラさせながらクリスティー先生が言った。そんなの、誰も想像できないと思うよ。
「ディさん、試着してみてください」
ハイ、とココ様に渡された黒い物。これが、パンツ?
「おパンツッス」
「え? これ小さいね、どっちが前? どうなってんの?」
「こっちが前ッスね」
リュウに教えて貰いながら、僕は試着した。そして感動した。その履き心地に驚いた。
「なんなの!? これってパンツ!?」
「ね、いいっしょ?」
なかなかこのフィット感が良い。しかも伸縮性もある。窮屈じゃないんだ。それに動きの邪魔にもならない。
「これ、良いね!」
「ッス」
こらこら、リュウは言葉を略し過ぎだ。
「ねえ、ココ様。これ何枚か分けて欲しいな」
「好きなだけ持って行ってください」
「え、そんな訳にいかないよ。これって高級なんじゃないの?」
「いくらでもあるから大丈夫ですよ。どんどん作りますからね」
そう言ってココ様はニッコリとした。
「ココ様はこれだけじゃないのでっす。このセリスアラーネアの糸で織った生地は、防御力や状態異常無効まで付くのでっす」
「信じらんない……!」
「そうでしょう? 私がここにいる理由の一つでっす」
なるほど、好奇心旺盛なクリスティー先生も満足する。いや、それ以上の物があるのだろう。
僕は大きな勘違いをしていたみたいだ。この領地を気に入っている事も、もちろんあるだろう。だけどクリスティー先生はそれ以上に、このココアリア嬢を気に入っているんだ。この令嬢がこの国の産業を活性化し、流行りを発信しているんだ。
あまりの驚きに僕は気付いていなかった。部屋の片隅で、ゴソゴソと動くものに。
「ああ、出てきちゃってますぅ」
「もう増えちゃって、飼育小屋を建ててもらわないと」
と、皆が見ている方を見て驚いた。
「ひえーッ! マジ!? 僕、苦手なんだよ!」
そのセリスアラーネアが、部屋の中にいたんだ。糸に埋もれて気付かなかった。僕はこう見えて、足が沢山あるものがとっても苦手なんだ。思わずクリスティー先生にしがみついた。
「せ、せ、先輩!」
「おや、クリスティー先生でっす」
「ちょ、ちょっと! 僕が苦手なの知っているでしょう!?」
「ふふふふ。おや、そうでしたか?」
これは確信犯だ。クリスティー先生ったら、知っていて黙ってたんだ。僕の反応を見て楽しんでいる。
「ディさんは苦手ですか? 慣れると可愛らしいですよ」
そんな訳ないじゃん! て、この領地にはまだまだ僕の知らない事が沢山ありそうだ。
「ふふふ、ディも驚きますよ」
エルフ族と違って人は寿命が短い。それ故に、命を輝かせて生きている人達がいる。ココアリア嬢もそうなのだろう。これは明日からココ様にくっついてみようかな? とっても楽しそうだ。