ディさんが抱っこしている俺の背中を、そっとさすりながらそう言った。そんなことを言われても……とレオ兄の掠った箇所を見る。あれ? あれれ?

「で、でぃしゃん……ひっく……もやもや」

 レオ兄の腰の部分、魔獣のボアの牙が掠ったところだ。そこに黒いモヤモヤが纏わりついて見えた。あれは何なのだ?

「そう、靄が纏わりついているだろう? あの靄は呪いだ」

 そう言ったディさんが、レオ兄に掌を向けて詠唱した。

「マジックヒール、ディスエンチャント」

 強い光がレオ兄の身体を包み込む。反応しているのか、レオ兄の身体も光っているように見える。それを見ている俺は、ずっと涙を流していた。声も上げず、泣いているという自覚もなく、ただただ涙をボロボロと流して見ていた。

 光が消えると、ゆっくりとレオ兄が眼を開けた。その瞳にはしっかりとした光があった。

「レオ、もう大丈夫だろう?」

「はい、ディさん。有難うございます」

「レオ! もう、やだ! どうなるかと思ったじゃない!」

「姉上、ごめん。油断したよ」

「れ、れおにい……」

「ロロ、ごめんね。驚かせちゃったね」

「うぇッ……ひっく……れおにいぃー!」

 レオ兄に向かって両手を伸ばす。ごめんねと言いながら身体を起こし、俺の手を優しく握ってくれる。驚いたなんてもんじゃない。どうなることかと思った。レオ兄から流れている血を見て、眼を閉じて行くレオ兄を見て、目の前が真っ暗になってしまった。

「れおにいぃ! うえぇーん!」

「大丈夫だよ。ロロとディさんが治してくれたからもう平気だ」

「駄目だよ、レオ。しっかりととどめを刺さなきゃ」

 本当なのだ。俺はとってもとってもびっくりしたのだ。思わず泣いちゃったじゃないか。

「わふん」

「ひっく……ぴか、らいじょぶ。びっくりしたのら」

「ディさん。それにしても、一体何だったのですか?」

 本当だ、だって俺はちゃんと治したのにどうしてなのだ?

「どうして魔獣にこんなことができるのか、分からないんだけど。とにかくレオは魔力が枯渇して呪いに掛かっていたんだ」

「え? 呪いですか? 魔力を吸収する魔獣は時々いるけど、呪いなんて聞いたことないです」

「だよね、ダンジョンの深層にならいるけど、こんな森の浅い部分に出る魔獣がそんなことをするなんてね。しかも一瞬掠っただけだった。いや、普通はこんな場所に魔獣は出ない」

 魔力を枯渇状態にすると言うと、さっき引っこ抜いたマンドラゴラだ。あの叫び声を聞くと、状態異常を起こし魔力が枯渇する。ダンジョンの深い場所には時々いるらしい。だけど、問題は呪いだ。そんなのディさんでも聞いたことがないと言った。

「マンドラゴラといい、森で何が起こっているんだ?」

 俺はそんな難しいことは分からないけど、とにかくレオ兄は助かった。

「れおにい、ほんとうに、もうらいじょぶ?」

「うん、大丈夫だよ。びっくりさせちゃったね」

 グシュッと涙ぐんでいる俺を抱っこしたまま、ディさんはとっても冷静だった。

「このボア、僕が持っていても良いかな? この個体は異常だ」

「はい、構いませんよ。ね、姉上」

「ええ、もちろんよ。こんな場所に魔獣が出るのもおかしいわ」

「そうだ、おかしいと言ったら、僕達はマンドラゴラが点々と生えているのを見つけて、それを抜いていたんです」

 もう何もなかったかのように、マンドラゴラの話になっている。俺ってまだ涙ぐんでいるのだけど。

「じゃあ、この奥にはもうないんだね?」

「はい、ありません。片っ端から抜いてきましたから」

「そう、良かった」

「わふん」

 ピカが、驚いちゃったね、僕が乗せてあげようか? と、言ってきた。みんな俺を囲んで心配そうに見ている。そんなみんなを見ていると、今度は違う涙が出てきそうになっちゃった。

 ああ、俺は本当に幸せ者だ。兄弟だけじゃない。マリー達、ピカ達、それにディさん。みんな大好きだ。思わずディさんの首に両手を回してしがみついた。胸がじーんとしちゃったから。

「あら、ロロったら。甘えているの?」

「ちがうのら」

「ロロ、疲れたのか?」

「れおにい、ちがうのら」

「ふふふ、僕は役得だ」

 マリーと同じことを言ったディさん。マリーも俺が夜泣きした翌日、抱っこしながら同じことを言う。『マリーの役得ですよ』と、微笑みながらいつも言ってくれる。

 なんだか心がポカポカして、涙が出そうになってしまう。みんな大切なのだ。