その時だ。どこからか叫び声が聞こえてきた。
──ギョァァァ───ッ!!
な、な、なんだこの叫び声は!? 遠くから今迄聞いたこともない、脳が揺さぶられるような
俺は思わず、しゃがみ込み両手で耳を塞いだ。
「ふぇ……」
「これは……マズイな」
ディさんが真顔になった。眉根を寄せて深刻そうだ。
「でぃしゃん?」
「この叫び声はマズイ。ロロ、早くギルドに行こう」
そう言ったかと思ったら、ディさんは俺をヒョイと抱き上げ走り出した。一体何が起こっていて、どうマズイのか? 何も分からず、俺はディさんにしがみ付いていた。理由を聞きたいけど、ディさんの走りが速くて喋れなかった。こんなに慌てたディさんは珍しい。お顔がいつもと違う。
攫われた俺を助けに来てくれた時だって、こんなに慌てていなかった。いや、あの時は俺を心配して泣きそうなお顔になっていた。いつも冷静なディさんなのに。
あっという間に冒険者ギルドに到着した。ギルドは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
冒険者だろう人達が何人もいて、ギルドのお姉さん達が総出で、運ばれてくる人達の整理をしていたり、ポーションを用意していたりする。そこら中に寝かされている人がいる。
きっと、さっきディさんが『マズイ』と話していた叫び声が原因なのだろう。
俺は口を出さずに、どうなっているのか確かめようとしているディさんに身を任せた。
ギルマスが、色んな人に指示を出していて大変そうだ。
「ディ! 良い所に来てくれた!」
「ギルマス! さっきの叫び声って」
「ああ! マンドラゴラだ!」
なんだって? ま……まん……何だ?
「どうしてそんな物が!?」
「分からん! だが、どうやら森からこの街に来る迄の街道沿いに生えているのが見つかった!」
「僕がギルドに来るまでにも生えていたんだ。マンドラゴラは、森の深い場所にしか生息しないはずなのにどうしてだよ!?」
「分かってる! だが、ディも生えているのを見たのだろう? それに運ばれて来た者達は皆、状態異常を起こしている上に魔力が枯渇して気絶しているんだ。こんな状態はマンドラゴラ以外に考えられねー!」
「それで被害は?」
「何人も被害者が出ている。一般人だけじゃなく、気付かずに抜いた冒険者も運び込まれている」
「冒険者が何をしているんだ。マンドラゴラは抜いたら駄目だって常識じゃないか!」
「まさか、そんな場所に生えているなんて思いもしなかったんだろうよ」
その、マンなんとか。それが原因らしい。えっと、たしか前世のノベルとかで読んだような気がするのだけど、俺は詳しいことを知らない。何が何やら分からない。でも、邪魔をしたら駄目だと黙っていた。ギルドがただならぬ雰囲気だからそう思った。
そうしている間にも、そのマンなんとかの被害に遭った人達がギルドの前に運ばれて来た。ギルドの中には先に運ばれて来ていた人達が寝かされている。もう場所がないくらいだ。
ギルドが一番沢山のポーションを用意できる。ギルドで購入していく冒険者のために常備しているからだ。それに対処法にも詳しい。だから、運ばれてくるらしい。皆、気を失っているみたいだ。
「ロロ、チロは状態異常も回復できたよね?」
「え……しらないのら」
「チロ、起きているかな?」
「キュルン?」
チロが呼ばれたものだから、何かしら? と、顔を出した。きっと眠っていたのだろう。つぶらな瞳がトロンとしている。そのチロを、ディさんが見た。
いつもはエメラルドの宝石のような瞳がゴールドに光った。精霊眼で見ている。
「よし、チロ。状態異常を回復させて欲しいんだ。頼めるかな?」
「キュル?」
チロはまだ理解できていないみたいだ。だって、チロだよ。いつも寝ている、まだちびっ子のチロ。そんな状態異常の回復なんてできるのか?
「ちろ、おねがい。れきる?」
「キュルン」
いいよ~、と言っていた。何が何やら、分かっていないみたいだけど大丈夫かなぁ。
「れも、でぃしゃん。ちろはへびしゃんらから……」
「そうだね、周りの人が怖がってしまうね。どうしようっか」
「俺の胸ポケットに入れるか? どうせ魔力を回復させるポーションも飲ませなきゃなんねー。その時に紛れて回復させてくれるか?」
「ちろ、わかる?」
「キュルン」
「わかったって」
「よし、頼んだぞ!」
ギルマスが手を出すと、チロがぴょんとその手に乗った。そのまま、ギルマスの洋服の胸ポケットに入れられる。大丈夫かなぁ? ディさんが見ていたから大丈夫なのだろうけど、チロはちゃんと回復できるのか? 俺も見に行こうかな? とっても心配だ。
「でぃしゃん、おろして」
「ロロ、人が多いから危ないよ」
「らいじょぶなのら。ちろがちゃんとれきるか、しんぱいなのら」
「大丈夫だよ。ちゃんとスキルを持っているから」
そう言いながらディさんは、ギルドの中に寝かされている人達の方へと移動して行く。ディさんも回復するつもりなのだろう。ギルドの中だけでも何人もの人が寝かされていた。これは大変だ。
やっぱちゃんと聞いてみよう。
「でぃしゃん、しょのまんなんとか」
「ん? マンドラゴラかな?」
「しょう、しょれ。なんなのら?」
「ああ、大根みたいなんだけど魔物なんだ」
なんですとッ!? 美味しそうな大根みたいなのに魔物なのか? この世界のお野菜は怖いのか?
「とても有名な魔物なんだよ。本当は森の奥深くかダンジョンにしかいないんだ」
そのマンドラゴラ。頭には瑞々しい立派な葉っぱがあって、体は大根みたいだけどちゃんと顔があり、体の先が二股に分かれていて足がある。
さっきディさんが、バシコーンと殴ってから抜いてぶっ刺していたやつだ。普段は、土の中に体が埋まっているから分からない。瑞々しい美味しそうな野菜じゃないか? と思って引っこ抜いたら、さっき聞こえたみたいな叫び声をあげるらしい。その叫び声が大変なんだ。
「その叫び声を近くで聞いたら状態異常を起こすんだ。同時に魔力を吸い取られてしまう。状態異常と、魔力の枯渇を起こして意識を失ってしまうんだ。魔獣が出る森の奥や、魔物がいるダンジョンで気を失うと命に関わる。だから、とっても危険なんだ」
なるほど。さっき俺も遠くからだけど叫び声を聞いた。それだけなのに、脳が揺さぶられそうだと思った。デンジャーじゃないか。
「冒険者なら知っていて当然なんだよ。まさか街道に生えているなんて、思いもしなかったんだろうね。油断だよ」
でも、そんなのどうやって退治するのだろう? 抜いたら駄目なのだろう? それに、体は土の中だ。どうするのだ? そのマンドラゴラの退治方法がちょっぴりオマヌケだった。
「少しだけ頭を出して生えているから、先に頭を思い切り殴って気絶させるんだよ。そうすれば叫べないから、何の危険もないんだ。僕もさっきそうしていただろう? 体は食べられるしね」
「ひょぉーッ!? たべるの!?」
「そうだよ。とっても美味しいんだ。アハハ」
笑い事ではない。じゃあ、その生えている場所を回って、バコンバコンと叩いて気絶させなきゃだ。よし、ミッション発動だ。
「アハハハ、ロロは面白いねー。そのマンドラゴラはね、土を選ぶんだよ」
自分好みの土を選んで、あの美味しそうなむっちりとした足でトコトコと移動し、ズボボッと自分から土の中に入っていく。まるで温泉にでも入るかのように。だから街道の脇の柔らかい土の場所に、ポツポツと生えているのが確認できたらしい。
それでもまだ大根みたいに白い状態なら、状態異常と魔力の枯渇による気絶だけで済む。もっと成長したものだと、人参のように赤くなる。そうなると気絶だけでは済まない。最悪、即死することだってあるらしい。そんなものは、ダンジョンの奥深くにしか生息しないという。でも実際に、まだ白い大根の状態だけどすぐそこの街道沿いに生えていた。とっても危険だ。
俺を抱っこしたまま、話をしながらもディさんは気絶している人達に回復魔法を施している。
器用だなぁ。そんなこともできるのか。流石、ディさんだ。状態異常を回復しても、まだすこし苦しそうに目を覚まさない。
もしかして、俺にもできるかな? むむむ……うむ、俺はチャレンジャーなのだ。
「ちちんぷいぷいの~ぷいッ!」
寝ている人達に、小さな手を向けて俺はそう言った。そうしたら、あら不思議。眠っている人達がペカーッと光って順にゆっくりと目を覚ました。
ふふふん、やっぱできたね。俺はやればできるちびっ子なのだよ。
「ロロ……」
「でぃしゃん、よかったね~」
「アハハハ、何なのそれ。呪文なの? ロロは可愛いや!」
いやいや、そんなことを言っている場合じゃない。ディさんは吞気だなぁ。まだ何人も残っている。早く回復してあげないと可哀想だ。
「でぃしゃん、かいふくしなきゃなのら」
「うん、そうだね。状態異常は僕が回復させるから、その後はロロに頼めるかな?」
「うん、まかしぇるのら」
俺も役に立ちたい。ドドンと任せるのだよ。
「アハハハ」
ディさんがまた笑っている。なのに、回復もさせている。ディさんは凄い。軽い感じで、何かをしながら普通に魔法を使う。
それから俺は数回、回復魔法を使った。それで気付いたのだけど、一人一人にしなくても大丈夫だった。一度に何人か纏めて回復できた。魔法って、とっても便利だね。
「ロロ、そんなことないからね。普通は一人ずつだよ。僕はエルフだから複数人纏めてできるけど、ヒューマン族でそんなことができる人なんてそうはいないよ。だから、人前でやっちゃ駄目だよ」
「え、しょう?」
「そうなんだよ。教会の偉い人に連れて行かれたくないでしょう?」
「うん、いやいやら」
「なら、こっそりだよ。秘密だ」
「わかったのら。ひみちゅにしゅるのら」
俺は短い人差し指を立てて、唇にムニっと当てた。なんて、もう何回も使っちゃったけど。
「今は僕がやったとみんな思っているだろう。まさかロロみたいなちびっ子が、回復魔法を使えるなんて誰も思わないよ」
「へぇ~」
「それに、それはロロの呪文なの? アハハハ。誰も詠唱だとは思わないさ」
そんなものなのか? あれは俺の前世ではとってもポピュラーなのだよ。ちびっ子の頃からみんな知っている。
そんなことより、他の人達はどれ位魔法が使えるのだろう? 俺はそれを知らない。俺の基準はレオ兄とディさんだ。きっと二人を基準にしては駄目なのだろうなと思った。
「ああ、そっか。ロロの基準はレオなのか」
「しょう。しょれと、でぃしゃん」
「あー、それは駄目だ」
もうギルドの中に、寝かされていた人達はみんな元気になった。だから、ディさんは表に寝かされていた人達を見に外に出た。その間もずっと俺を抱っこしている。軽々とだ。
ギルマスがいた。体が大きいからすぐに見つけられる。その上、声も大きいし。ギルドの外には、一般の人達が何人も寝かされていた。回復したばかりだろう人達が、上半身を起こしたりしている。
「ギルマス、こっちは終わったよ」
「おう、こっちもこの人で最後だ」
良かった。チロも役に立ったみたいだ。チロは寝起きだったから心配だった。こんなに回復させるのだって初めてだし。よく見ていると、ギルマスの胸ポッケが一瞬だけ光った。すると、すぐ目の前の人の体が白い光にフワリと包まれた。
ポッケからお目々をちょっぴり出して、チロが回復魔法を使っていた。
「ぎるます、ちろは?」
「おう、ちっせーのにスゲーな! どんどん回復してくれたぞ。ポーションが必要なかったんだ! 一瞬で状態異常も魔力も回復してくれたんだぜ!」
「おぉー、よかったのら」
チロがギルマスのポッケから、チョロッとお顔を出した。
「ちろ、がんばったねー」
「キュルン」
「えらいえらい。もうしゅこし、れてきたららめらよ」
「キュル」
うん、お利口さんだ。チロも前よりずっと回復魔法が使えるようになっていた。俺が攫われた時はそれほど回復できなかったのに、今ではあの頃とは段違いで回復魔法が使える。
その時の印象があったから、余計に不安だった。でも、チロも凄く成長していた。まさかこんなに回復できるとは、俺は思わなかったのだよ。うんうん、良いことなのだ。
「ディ、ギルドに来るまでにも生えていたと言っていたな」
「そうなんだよ。ほら」
どこからか、ディさんがさっき来る時に抜いたマンドラゴラを出した。体をぶっ刺したやつだ。
今、どこから出した? 俺は狐に
「でぃしゃん、いまろっから、らしたの!?」
「ん? ロロ、前に言ったじゃない。マジックバッグだよ」
そう言って、腰のベルトに通していた小さなポーチサイズのバッグを見せてくれた。ああ、そうだった。確か、森に行った時に教えてもらった気がする。そっか、だからディさんはいつも手ぶらなのか。いつも何も持っていない。ディさんは冒険者だと言うのに、武器も持っていない。全部そこに入れているみたいだ。やっぱ、それいいなぁ~。
「たくしゃんはいるの? なんれも?」
「そうだよ。凄く沢山入るんだ。その上、重くならない。生きているものは入れられないけどね」
「ふょぉぉぉーッ!?」
それがあると、リア姉やレオ兄は便利だろうなぁ。欲しいなぁ~。
「でぃしゃん、たかいのらよね」
「そうだね、ヒューマン族の国ではとても高いかな」
んん? また引っ掛かることを言った。ヒューマン族はと言った。あれれ? でも、ディさんは貰ったと話していなかったか?
「そうだよ。エルフはみんな長老に貰うんだ。ほら、レオ達がギルドカードを持っているだろう? あれは身分証明の代わりになる。それと同じようなもので、エルフはタグを持っているんだ。国の長老に作って貰うんだけど、その時に杖とマジックバッグを貰うんだ。自分で作っちゃう人もいるね」
「ひょぉ~」
ヒューマン族とエルフ族ってそんなに違うのか。能力が全然違う。それになんだか、とても豊かな国に思えるぞ。
「エルフ族は少数民族だからね。国だって大きくない。でも、平和で優しくて良い国だよ」
でも、ディさんはその国を出て、わざわざヒューマン族の国に住んでいる。それはどうしてなのかな? そんなに、平和で良い国なら出る必要はないだろう?
「僕は変わり者らしいよ。刺激が欲しかったんだ。でも、ずっとこの国にいる訳じゃないからね。いつかはエルフの国に帰るよ」
「えー……でぃしゃんが、かえったらしゃみしいのら」
「アハハハ、ロロ達がいる間くらいはこの国にいるよ」
ならいいのだ。と、言うか……エルフ族は長命種なのだろう? 普通に俺達の方が先に寿命がくるのだよな? それって、ディさんは寂しくないのかな? そう思ってディさんを見ると、眼が合ってしまった。戸惑っている表情の俺を見て、分かったらしい。
「ロロは
ディさんが、少し目を細めながら俺の頭を撫でた。寂しい思いもしてきたのだろう。何百年と生きていると聞いた。ディさんは、親しい人の最後に立ち会ったことだってあるのだろう。仲良くしていた人達がみんないなくなる。自分より先に、寿命を迎える。長い時間を生きるということはそういうことだ。楽しいことも悲しいことも沢山あったのだろう。
「でぃしゃん、たくしゃんいっしょにいるのら」
「ロロ! 君は本当に良い子だ!」
ギュって抱きしめられちゃった。やっぱディさんはとっても良い匂いがする。
父さまはどうだったのだろう? 寂しい訳じゃないのに、こんな時はいつもそう思ってしまう。
「さあ、まだまだやることがあるよ」
何かな? もうみんな回復したよ? チロだって、回復を終えてポシェットの中でお昼寝中だ。
「ギルドに来るまでに、僕がパコンと殴っていただろう? あれを探して処理しないとね」
「ああ、まんどらごら」
「そうだよ」
「ディ、ギルドからも何人か出すが、頼めるか?」
「ギルマス、もちろんだよ。何も知らない一般の人達が、被害に遭わないようにしないとね」
「おう!」
そう言うと、ギルドを出た。来た道を戻る。そう、ミッションだ。
でも、今日ギルドに来たのは、違う理由だったのではなかったっけ?
「でぃしゃん、くーちゃんのとうろくはまたこんろ?」
「ああ、そうだね。忘れていたよ。帰りに聞いてみよう」
「うん」
今日は本当なら、亀さんのクーちゃんの登録をするつもりだった。あれ? あれれ? でも、俺はまだ3歳だから登録できない。ギルドに登録ができないのだから。
「でぃしゃん、ボクまらぎるどに、とうろくしてないのら」
「あッ! そうだったよ! アハハハ!」
なんだよ、なんだよー。忘れていたのか? うっかりさんだなぁ。どっちにしろ、レオ兄がいないと駄目ということだ。
「帰りに会うといいのにね」
「ほんとうなのら」
今日はずっと、ディさんに抱っこしてもらっている。腕が辛くないか? 俺はもう赤ちゃんじゃないから重いだろうに。ディさんは涼しい顔で、抱っこしてくれている。
マンドラゴラの騒ぎの所為で、街は人が多かった。でも街の中心を過ぎて、もう家が見えている。ちびっ子の俺が歩いても危なくはないだろう。
「でぃしゃん、あるくのら」
「そう?」
下ろしてもらった足元に、よく見るとさっき見たお野菜のような葉っぱが生えていた。やっぱ瑞々しくて、美味しそうに見えちゃう。これで抜かせようと誘っているのだな。その手には乗らないぞ。
「でぃしゃん、まんどらごら」
「あった?」
「うん」
ほら、と俺はすぐ足元を指さす。短い人差し指だけどもね、分かるかな?
「おや、本当だね」
ディさんは、迷いもせずバシコーンと思い切りマンドラゴラを殴った。そして、ズボッと抜く。短剣を取り出して、グサッと刺す。はい、終了なのだ。
「かんたんら」
「対処法を分かっていたらね。でも、知らないで抜いたりしたら最悪だ」
「ほんとうなのら」
それにしても、本当に美味しいのだろうか? だって魔物なのだろう?
「美味しいよ。持って帰ってマリーさんに調理してもらおう。厚く切ったベーコンと煮たら美味しいよ。トマト味のポトフもいいね」
「おいししょうなのら」
すぐに家に着いてしまった。畑にドルフ爺がいる。この辺りはドルフ爺の畑だ。丁度、亀さんのクーちゃんを見つけた辺りだ。
「でぃしゃん、かえってきちゃったのら」
「本当だね。あれ? この辺りまでなのかな?」
ディさんが、地面をじっと見ている。街中からここまでは、さっきの1本しか見当たらなかったけど。もしかして、ここからまだ街まで行くつもりだったのかな? マンドラゴラってそんなに動くのか? あのくねったセクシーポーズの、むっちりとした短い足で?
「そんな訳ないよ。ロロも見ただろう? あの短い足で、森から街まで歩いて来るなんて考えられないよ。まさか、誰かが持ってきたのかな? いや、そんなことはできないはずだ」
畑を見ると、ドルフ爺がじっと何かを見つめている。畑を通っている小道の脇を見ている。何を見ているのかな? まさか、マンドラゴラじゃないよな? するとドルフ爺が、鉈を持っていた手を振り上げたかと思ったら、いきなり地面をバシコーンと殴りつけた。
「え……」
ドルフ爺は、何かをズボッと抜いた。手に持っていたのは、俺がまさかと思っていたマンドラゴラだ。持っていた鉈でザクッとぶっ刺した。
流石、ドルフ爺だ。マンドラゴラの対処方法を知っていた。完璧じゃないか。
「でぃしゃん、どるふじい」
「ん? ドルフ爺さんがどうしたの?」
「まんどらごらを、やっちゅけたのら」
「え? そうなの?」
「うん、あしょこ」
俺が指した場所にいるドルフ爺。また地面を殴っている。そんなにいるのか? またマンドラゴラなのか? ドルフ爺がズボッと抜いて手に持っていたのは、またもやマンドラゴラ。
マンドラゴラ祭じゃないのだから。どんだけいるのだよ。大安売りじゃないのだから。
「あー、本当だ。ドルフ爺さん分かってるじゃない」
「どるふじいは、なんれもしってるのら」
「凄いねー」
「ねー」
そうなのだ。忘れてはいけない、あの白いマッシュ、リカバマッシュ。あれを育てている。
リカバマッシュからドングリを砕いた物に菌を移して、それを小さく棒状に丸めた物を木に植え付けている。それをうちの家の横、陽が直接当たらない場所に並べて立て掛けてある。
まんま、椎茸の栽培方法と同じだ。よく、そんなことを知っていたものだ。絶対にただの爺さんではないと、俺は思っている。爺さんは、世を忍ぶ仮の姿だったりするのではないかと。ふふふん。
「どーるーふーじいー!」
「おお! ロロか!」
「ドルフ爺さん!」
「なんだ、ディさんもいるのか!」
「ドルフ爺さん、マンドラゴラ?」
「おう! なんでこんな場所に生えてんだ!?」
「分からないんだ!」
大きな声で話しながら、ドルフ爺のいる畑の小道まで移動する。俺はまたまたディさんに抱っこされちゃった。ホント、早く大きくなりたい。
「こんな場所に生えてると危ねーんだ。処理の仕方を知らない者が、抜いたら気絶しちまう」
「そうなんだよ。それで、被害が出ていたんだ」
「そうなのか!? じゃあ、ここだけじゃねーのか?」
「森からこの街までの街道沿いに生えているらしい」
「畑は土がいいからだと思ったんだが」
「どるふじい、いっぱいぬいた?」
「おう、2~3本抜いたぞ」
「え? そうなの?」
「ああ、この辺りに集中していたんだ」
この辺り……おっと、プチゴーレム達が俺を見つけて走って来た。相変わらず走るのが速い。
尻尾をブンブンとふりながら、弾むように駆けて来る。覚えているかな? プチゴーレム達のお名前だよ。いっちー、にっちー、さっちー、よっちー、ごっちーだ。
「キャンキャン」
「アンアン」
可愛いぞぅ。小さいのに風を切って走っている。キャンキャンと鳴きながら。でも色は土色なのだけど。色を塗ってあげたら良かったかなぁ。
「みんなー、ぱとろーるしてくれてたの?」
「アンアン」
なるほど、なるほど。プチゴーレム達もマンドラゴラを見つけたらしい。それで、ドルフ爺を呼んだのだそうだ。賢いなぁ。
「ロロ、何て言ってるの?」
「まんどらごらをみちゅけたって。れも、みんながちいしゃくてむりらから、どるふじいをよんらんらって」
「おう、そうなんだよ。何キャンキャン鳴いてんだと思って来てみたら、マンドラゴラが生えていたんだ。こいつらお利口だぞ」
「よかったねー」
「アハハハ。それは凄いや。本当にパトロールしているんだ」
とっても心強いのだ。でも、強いのだろうけど何しろ小さい。だってプチだもの。俺の両手に乗る位なのだから。だから、マンドラゴラを引き抜いたりぶっ刺したりはできない。
ん? ちょっと待って。ドルフ爺が、この辺りでマンドラゴラを見つけたと話していた場所だよ。
「でぃしゃん、ここって」
「そうだよね」
なんだ、気付いていたのか。これはちゃんと本人に確認しないといけないだろう。本人……いや、本亀さんにだ。きっと今も家の軒下でお昼寝中だと思うけど。
「でぃしゃん、かえるのら」
「そうだね。ドルフ爺さん、マンドラゴラは任せてもいいかな?」
「おう、チビ助達もいるから大丈夫だぞ」
「じゃあ、頼んだよ」
チビ助だって。ちゃんとお名前があるよ。今度、ドルフ爺にも教えておこう。
家に到着すると、やっぱ眠っていた。のべっと手足やお顔を伸ばして幸せそうに眠っている。
森だといつも危険と隣り合わせだ。うちに来て、きっと安心しきっているのだろう。でも、ちょっと起きてほしいな。
「くーちゃん」
「すぴ~……シュルシュルシュル……すぴ~……」
これ、亀のクーちゃんの寝息だ。クーちゃんの寝息で俺の短い前髪が揺れる。本当、気持ち良さそうに熟睡している。
「くーちゃん、おきてー」
「シュルシュルシュル……すぴ~……」
「くーちゃん!」
起きてくれないから、俺はクーちゃんの甲羅をペチペチと叩いた。でも甲羅はとっても硬い。俺の手の方がやられてしまいそうだ。
「んん~、もうご飯なのかしらぁー? ムニャムニャムニャ」
ディさんがクスクスと笑っている。寝るか食べるかなのか? それ以外の選択肢はないのかな?
「くーちゃーんッ!」
「んん~……あらぁ、ロロちゃんじゃないのよーぅ。どうしたのかしらぁー?」
「あのね、くーちゃん」
俺は、亀さんのクーちゃんに聞いてみた。森から出て来る時にクーちゃんだけだったのかと。
何故なら、クーちゃんを最初に見つけた場所にマンドラゴラが集中して生えていた。もしかして、クーちゃんの大きな甲羅に乗ってきたのではないかと思ったから。
「そうねぇ~……」
やっぱ、喋るのが遅い。
「ええーっとぉ~……」
考えるのも遅い。
「……よく分かんないわよーぅ」
なんだよ。引っ張っておいて、その答えなのか?
「えぇー、くーちゃんほんとに?」
「だってぇ、勝手に背中に乗られちゃっても分からないのよーぅ」
「しょうなの?」
「そうなのよーぅ。だって重くないのだものぉ」
そうなのか? え? 本当に? 重くないの? だったら俺が乗っても大丈夫なのか?
「アハハハ。ロロ、無理だね。でもきっと、クーちゃんの知らないうちに乗って来たのだろう。でないと、マンドラゴラが自分でこの距離を移動するのは無理だよ。乗って来たのは良いけど、途中で落ちちゃったんじゃない? だから仕方なく街道沿いに生えていたんじゃないかな?」
「しょうらね」
お騒がせなクーちゃんだ。自分では分かっていないし、クーちゃんの所為でもないのだろうけど。
「ねえねえ、ロロちゃーん。もうご飯かしらぁ?」
「まららよ。まらまらなのら」
「あら、そうなのぉ? じゃあ、もう少し寝ようかしらぁ~」
はいはい、お昼寝のお邪魔しちゃってごめんね。とってもマイペースな亀さんだ。大らかと言うか、鈍感と言うのか。細かいことには拘らないと言うのか。
「あー、らから、ながいきれきたのら」
「アハハハ! ロロったら」
何故に笑う? その通りだと思わないか? 細かいことに拘らない、ストレスフリーのあの性格がきっと長生きの秘訣なのだろう。
「じゃあ、少し街道の方へ行ってみよう」
俺はディさんと手を繫いでトコトコと歩く。畑の中の小道を通って街道に出る。今度は街とは反対方向、森に向かって歩く。だけど、そう簡単には生えていない。と、言うか俺が歩くのが遅い。なにしろ、まだちびっ子だからね。
畑の横を歩いていると、キャンキャンとプチゴーレム達の声が聞こえて来る。きっと、ここにも生えているよとドルフ爺に知らせているのだろう。やっぱ畑の土がいいのかな? 土がフワフワだもの。プチゴーレム達の声がした方へと、ドルフ爺が走っている。元気なお爺さんだ。
んん? キャンキャンという声に交じって、ピヨヨッて声が聞こえたぞ。
「ま、ましゃか……」
「アハハハ!」
ディさんが歩きながら爆笑している。あの鳴き声は、フォーちゃん、リーちゃん、コーちゃんだ。
ドルフ爺と一緒に、畑の小道を爆走している。ああ、本当に元気がいい。そりゃ、親コッコちゃん達の手に余るよ。親コッコちゃん達は大人しく、クーちゃんと一緒にお昼寝しているもの。
確かに、あの子達を統率する子が必要だ。俺はそう確信したのだ。なら、あの子達と同等の身体能力があって、統率する能力も持ち合わせていないといけない。
ああ、だからレオ兄なのか。なるほど、納得したよ。
ディさんは俺の歩く速度に合わせてゆっくりと歩いてくれる。森が遠くに見えてきた。その手前にある防御壁も見えている。ギルドへの往復で、マンドラゴラは2体見つけてディさんがやっつけた。いくらクーちゃんが大きいと言っても、甲羅に乗れる数は限界があるだろう。
「ロロ、抱っこしようか? 疲れない?」
「まら、らいじょぶなのら」
「そう? 沢山歩けるようになったね」
「ふふふん。ボクもせいちょうしてるのら」
「アハハハ。成長かぁ。そうだね、ヒューマン族は成長が早いもんね」
んん? またまた引っ掛かることを言ったぞ。
「でぃしゃん、えるふはちがうの?」
「そうだね。ちびっ子の頃は変わりないかな」
「いちゅからちがうのら?」
「10代から20代だね。見た目や身体的には、ほとんど年をとらないんだ」
「へえ~」
そうなのか。ディさんの見た目は20代前半だ。でも、違うのだ。
「20代の見た目で、ほとんど止まるんだ。それからとてもゆっくりと老化していくんだよ。エルフの長老なんて何歳だろう? たしか2000歳を過ぎていたと思うな。でもまだ全然元気だ」
「ふぇぇぇーッ!? にしぇん!」
「そうだよ。エルフ族は長命種だからね」
それは凄い。俺達とは全然違う。そう言えば……
「でぃしゃんのおみみ、ながいのら」
「ああ、人よりはね。でも僕はハイエルフだからまだ短い方なんだ」
「はい? はいえるふ?」
エルフはエルフでもハイエルフというらしい。俺達ヒューマンに、一般的に認識されている耳が長くて尖っているエルフとは少し違う。ずっとずっと昔、まだこの国だってなかった頃はハイエルフしかいなかったそうだ。その中で魔素を沢山浴びて、能力が少し退化してしまったエルフがいる。「その子孫が、みんなが知っているエルフだ。僕達ハイエルフよりまだ少しミミが長い。コッコちゃんから進化したハイコッコちゃんとは逆だね」
そう言って、またバチコーンとウインクをした。これはきっとディさんの癖だ。ディさんはよくウインクをする。そのウインク攻撃に、やっと少し慣れてきた。最初は、あまりにも綺麗なのでクラクラしちゃった。そんな気持ちってことだけど。
でも、エルフ族にも色々あるのだと初めて知った。俺はまだまだ何も知らないのだ。
「ハイエルフはこの大陸の中央にある大森林から、滅多なことでは出てこないから区別がつかないんだろう」
「へえ~、えらいの?」
「アハハハ、僕は偉くないよ。僕の父は少し偉いかも」
「ほぉ~」
エルフ族の国かぁ。この国からはとてもとても遠くにある国だ。何日かかるのだろう? でも、大人になったら行ってみたいなぁ。
「でぃしゃん、ボクれもいける?」
「ん? エルフの国にかな?」
「うん。いってみたいのら」
「そう! ロロが行きたいなら僕が案内するよ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。嬉しいよ」
ふふふ。本当に嬉しそうにディさんが笑った。俺まで笑顔になる。俺が大きくなって、リア姉やレオ兄、ニコ兄が家庭を持ったりして。俺ももっと強くなったら行ってみたいな。うん、強くならないと。ヨワヨワなままでは駄目だ。
ディさんに、おんぶに抱っこでは駄目なのだ。何故なら俺はチャレンジャーなのだから。
「でぃしゃん、ボクもちゅよくなるのら」
「どうしたの?」
「ちゅよくなって、でぃしゃんといっしょに、えるふのくににいくのら」
思わず、拳を上げた。うん、俺の目標が一つできた。ディさんが、平和で優しい良い国だと言った国を見てみたい。そう思った。
「ロロ、有難う」
何で『有難う』なのかな? 有難うはこっちだ。
「僕が生まれ育った国に、行ってみたいと言ってくれて嬉しいよ」
「らって、ボクはでぃしゃんが、しゅきらから」
「僕もロロが大好きだー!」
抱き付いてきたディさんは、そのまま俺を抱っこした。ディさんは俺の父さまではない。ヒューマンでさえない。でも、俺はディさんが大好きだ。お野菜の畑で嬉しそうに小躍りしているディさんも。攫われた時に泣きそうな顔をして助けに来てくれたディさんも。一緒に幸せそうにお昼寝しているディさんも。爽やかな森のような良い匂いのするディさんも。全部、全部、大好きだ。
ディさんに抱っこされて防御壁を通り過ぎ、森の近くまでやって来た。もうここまで来たら良いだろう。て、思っていた時だ。
どこからか、戦っているような音がしてきた。
「あれ? 誰か獣と戦っているのかな?」
まだ森に入っていない。ここまで聞こえてくるのだから、森に入ってすぐの場所だろうと思った。そんな森の浅い場所には魔獣は出てこない。大抵が獣だ。だから大丈夫だろうと思いながら、ディさんは音のする方へ歩いて行った。
──ブギブギィッ!
「なんなのよ! どうしてこんな場所に魔獣なんか!?」
「姉上! 角が2本だ! 気を付けて!」
「分かってるわよ!」
え、この声って!?
「でぃしゃん!」
「ああ、リアとレオだ!」
ディさんが慌てて声のする方へと走る。見えてきた。確かにリア姉とレオ兄だ。大きなボアを相手にしている。畑に出てきたのは角のない獣のボア。このボアは額に2本角がある魔獣だ。
「もしかして、このボアの魔獣が親玉だったのかな?」
大きな魔獣が鼻息も荒くブギブギと鳴きながら、リア姉とレオ兄にロックオンしている。眼が赤黒くて不気味だ。口には大きな牙があり、角の辺りから血を流した痕がある。あれ、確かクーちゃんもブギブギ煩いと言っていなかったか? この魔獣の鳴き声だったのかな?
「魔獣になりたてなんだと思うよ。それに、気が立っている」
ディさんは余裕に構えて見ていた。リア姉とレオ兄なら倒せると思っているのだろう。それにピカがいるから大丈夫だ。
リア姉が剣を振り上げボアの魔獣に向かって行く。その後ろからレオ兄が、矢を放ち弱らせようとしている。その矢がボアの体に当たっているのに、そのまま下に落ちる。通らないのだ。
「でぃしゃん、かたいのら!」
「うん、これは魔獣になって強化されたのかな?」
まだ分析をする余裕を持っている。ディさんがそんなだから、俺も全然心配していなかった。
リア姉が、高くジャンプしボアに切り掛かる。が、その剣までガキーンと音を立てて弾かれてしまう。よく見ると、体毛の一本一本が鈍く光っている。え、どういうことなのだ? ボアの魔獣ってそんな体毛になるのか? それだけじゃない。俺にはそのボアの体の周りに、ぼんやりと黒いモヤモヤが纏わりついているように見えた。
「何だあれは!? これは異常だ」
ディさんの表情が険しくなってきた。ディさんにはもっとはっきりと見えているのだろう。もう任せていられないとばかりに、ピカがレオ兄の前に出て吠えた。
「わおぉーんッ!」
ピカが風属性魔法の大きな槍を放ちボアの体を貫く。
──ブギャーッ!
断末魔の叫びとはこのことなのだろうと思うような、何とも言えない苦しそうな声を出してボアは倒れた。やっぱピカは強い。
「ぴか、しゅごいのら!」
思わずディさんに抱っこされたまま、手をパチパチと叩いた。
「ロロ! ディさん!」
「りあねえ、れおにい」
「驚いたね、こんな森に入ってすぐの場所で魔獣なんて」
「そうなんです。ディさん、マンドラゴラを見つけてここまで出て来たんです」
「ああ、そうなんだよ。それで僕達もここまで来たんだ」
もうピカの魔法の槍でボアの魔獣を倒した。誰もがそう思っていた。だから油断していたのだ。
──ブ……ブギ。
小さく鳴いたボアの魔獣は、最後の力を振り絞って側にいたレオ兄に飛び掛かって行った。
「うわッ!」
咄嗟のことで、完璧に躱せなかったレオ兄の脇腹の辺りをボアの鋭い牙が
「れおにい!」
「やだ、レオ!」
俺とリア姉は、驚いて声を上げた。そこで冷静だったディさんが、大きな魔法の刃を飛ばしボアの首をスパンと斬り落とした。今度こそボアは、ドサッと音を立てて倒れ絶命した。
レオ兄の腰から血が流れている。駄目だ、駄目なのだ!
「れおにい! れおにい! いたいのいたいのとんれけー!」
俺は思わず眼をギュッと瞑りながら、手を翳してそう叫んでいた。レオ兄の腰の部分が白い光に包まれたかと思ったら、ボアに引っ掛けられた傷が綺麗に跡形もなく消えていた。
傷は治った。ちゃんと出血も止まり傷跡だってない。なのに、レオ兄が立ち上がらない。
「れおにい!」
「レオ! 大丈夫か!」
俺を抱っこしたまま、ディさんが駆け寄る。どうして? どうしてレオ兄はこんなに辛そうなんだ? 俺はブルブルと震え出した。
だって、見ている内にどんどんレオ兄の顔色が悪くなる。青くなるのではなくて、土気色になっていく。これは駄目だ。ヤバイ。俺は眼の前のことがショックで焦っていた。
「レオ、レオ!」
レオ兄の身体を細い腕で支えながら、しゃがみ込むリア姉。リア姉だって泣きそうな顔をしている。ボアの牙が掠った。その傷は癒した。なのに、どうしてこんなことになっているのだ?
レオ兄の眼が閉じていく。嫌だ、嫌だ。レオ兄! 俺はディさんに抱っこされたまま、レオ兄に向かって手を伸ばす。
「れおにい! れおにい!」
「ロロ、落ち着くんだ」
そんなことを言われても、こんなの落ち着いていられる訳ない。目の前のレオ兄の状態がどんどん悪くなっていくのが分かるのに。どんどん視野が狭くなり、身体の震えが止まらない。眼の前が真っ暗になるとはこのことだ。
その時、冷静だったのはディさんだけだ。魔獣の力は確かに普通の獣よりも強い。だけど、嚙まれた訳ではない。ただのかすり傷だ。それなのにおかしいと思ったディさんは、レオ兄を精霊眼で見ていた。
「どうして……信じられない。この森で一体何が起こっているんだ」
「ディさん、レオは!?」
「大丈夫だよ。僕が治す。ロロ見てごらん。ロロなら見えるだろう?」