父は伯爵で領主だと言うのに、収穫期には領民達と一緒に作業した。大雨の日には、一緒になって河川や作物を見回った。領民達からも愛される領主だったのだろう。

「私は、私の両親から教わった。言葉で、行動で、沢山のことを教わったんだ。レオ達にもそうありたいと思っているよ」

 そう話してくれたことを思い出す。両親は僕達に沢山の愛情と時間を掛けてくれた。それが普通で、この先も続くと信じて疑いもしなかった。両親が亡くなるなんて、考えもしなかったんだ。

 その当然の日々が、前触れもなく壊れた。一気に、足元が崩れ落ちる感覚を今も覚えている。

 あの叔父夫婦は、僕達の両親とは正反対だ。絶対におかしい。そう思い続けて、でも何もできなくて……1年だ。やっとディさん達の力を借りて、糸の先を摑むことができそうになってきた。

 この1年は、僕達の意識を何もかも変えていた。マリーがいてくれるから、まだこうして姉上と二人でクエストを受けられる。生活費を稼ぐことだってできる。マリーがいなかったら……まだ幼いニコとロロを連れて、どうしていたのか想像もつかない。

 僕達が家を出る時に、突然やって来たピカにも助けられた。いつの間にか、ロロに寄り添うように座っていた大きなワンちゃんがピカだ。そのロロの、刺繡が切っ掛けでディさんと出会った。

 僕は油断していたのかも知れない。ずっと、気を張り詰めていた姉上と僕。生活が軌道に乗って、冒険者としてもディさんやギルマスに認められて油断していたのかも。

 まさか、ピカが狙われてロロにあんなことが起こるなんて。いや、領主様に言ったように予測できたことなんだ。もっと、警戒するべきだった。なのに、そこからもまた縁ができた。

 ロロは酷い目に遭った。怖かっただろうに。なのに、ロロは相変わらずだ。毎日、ピカとチロと一緒に飄々としている。マイペースなのか? まだ、小さいから理解できていないのか? 僕達の方が、怖がりになっていたくらいだ。

 ピカに乗っていて攫われたと聞いた。だから、もうピカには乗らないかと心配していたのに。

 なのにベッドから起きられるようになったら、何の躊躇も無くピカに乗って表をうろついていた。それどころか……

「コッコちゃん、ちゅかまえにいくのら」

 なんて言っていた。まだ3歳になったばかりなのに、ロロは賢い。お利口なんて言葉じゃ足りない。賢いんだ。そして、強い。心が強くて、優しい。ロロは、主神である女神の加護を受けているとディさんが話していた。それを聞いた時に僕は、驚くよりも納得した。ああ、ロロだからと。

 これからニコやロロが大きくなっていく。僕は二人を支えられるのか? ニコは弟思いの優しい子に育っている。ニコの手が必要だと、近所のおじさん達に認められている。

 ロロは魔法の才がありそうだ。まだ3歳だというのに、テイムなんてしてしまった。その上、回復魔法だ。刺繡の付与だけでも、僕は驚いていたのに。これが、女神に加護を受けている所以ゆえんなのか? それとも、そんな才能をもったロロだから加護を受けたのか?

 こんな時に両親がいてくれたらと思うことがよくある。でも、いない。それでも僕は、両親ならこんな時にどうしただろう? と、思いながらニコやロロに接している。

 両親がいなくて寂しい思いをしているのだろう。まだ時々ロロが、夜泣きするのはその所為だろうと思う。両親はいないけど、でも守っていくんだ。ニコやロロだけでなく、姉上やマリー達を。

 今回のロロの事件で、僕はより一層そう思った。



 俺がお昼寝から目が覚めて、1階に下りて行くとマリーがいた。

「あらあら、起きましたか?」

「うん、まりー」

「果実水を飲みますか?」

「うん、ちょうらい」

「わふ」

「キュル」

「はいはい、ピカとチロもね」

 マリーはよく分かっている。ディさんはもう帰ったのかなぁ? と、ソファーに座って果実水を飲みながら思っていると、表からレオ兄の声が聞こえて来たのだ。

「ああ! ぜんっぜん敵わない!」

 ん? 何かやっているのかな? また訓練とかやっていそうな声だ。

「午後からは、レオ坊ちゃまとディさんですよ」

「しょうなんら」

「コッコッコ」

「うん、おひるねらよ」

 コッコちゃんが、何してたの? と、聞いてきた。もう、当たり前のように家の中にいるよね。いいのか? マリー、コッコちゃんがそこでお昼寝をしているよ? コッコちゃんがテーブルの下で寄り添ってお昼寝をしている。真っ白でモフモフなのだ。

「ロロ坊ちゃまが、上でお昼寝している時はみんな入ってくるんですよ。階段は上れないみたいですね」

「え、しょうなの? こっこちゃん、とりしゃんなのにとべないんらっけ? かいらんもむりなの?」

「クック」

「しょっか」

 全く飛べないらしい。確か、ピカがそう言ってた。2階にまで上がって来られるよりいいや。

 こうして話していると、コッコちゃんに表情があるように見えてくるから不思議だ。本当は全然変わっていないのに、嬉しそうだとかしょんぼりしているとか思ってしまう。

 あれだね、ペットを飼っている人ってこんな感じなのだろうね。どんどん可愛くなってしまう。

「こっこちゃん、おしょといこう」

「クック」

「コッコッコ」

「まりー、おしょとにいくのら」

「はいはい。お一人で家から離れたら駄目ですよ」

「らいじょぶなのら」

 俺が外に出ると、コッコちゃんもゾロゾロと付いて来た。本当、俺ってカルガモの親鳥みたいだ。任せなさい、みんなちゃんと面倒をみるよ。おや? チロさん、どこに乗っているのかな?

「キュルン」

「あ、しょう」

 いいけど。チロはコッコちゃんに乗っていたのだ。もう、どんどん馴染んでいく。いいけど。

「あ、ロロ! 起きたの?」

 ああ、しまった。レオ兄とディさんが対戦していると言うことは、リア姉が見学だ。案の定、抱き着いてきた。俺のぽよんぽよんしたお腹をムニムニしながら、ほっぺにスリスリしてくる。

「りあねえ、らからくっちゅくのはらめ」

「だって、ロロ!」

「らめ」

「分かったわよぅ」

 俺が軒下に座り込むと、リア姉も隣に座った。そうそう、大人しく普通にしていようね。黙ってじっとしていたら、クールビューティーなのだから。と、俺が一人で勝手に思っているだけだけど。

「りあねえ、れおにいちゅよい?」

「ダメよ、ディさんから1本も取れないわ」

「りあねえも、しょうらった」

「だって、ディさんって本当に強いのよ」

「えしゅえしゅらんくら」

「ふふふ、そうね。SSだもの、敵う訳ないわね」

 そうだよ。ディさんはSSランクだ。それに大人だから、リア姉やレオ兄とリーチも何もかもが違う。ちょっと、ディさんとレオ兄の対戦を見てみよう。

 刃の付いていない木製の練習用の木槍で対戦していた。本当、ディさんって何でもできるよね。

 ──カーン!

 ──カーン!

 木がぶつかり合う音がする。レオ兄もディさんの隙を突こうと果敢に攻める。

 でも、ディさんはお見通しだ。レオ兄の出した木槍を軽くなしている。

「レオ、まだ力が足りないね。筋トレしなきゃ駄目だ」

 なんて、冷静に見ていたりする。まだまだ訓練は続きそうだ。

 リア姉は、まだ動き足りないみたいだ。じっと見ていられなくなって、素振りをしたりしている。

 俺は朝の続きで土人形を作ろうかな。先にお水を汲んで来よう。水瓶が置いてある畑の方へと歩いていく。トコトコと。すると、やっぱりコッコちゃん達もテケテケと付いて来る。ピカは片目をチラッと開けて見ているだけで動かない。

 コッコちゃん、すぐに戻るからピカみたいに待っていてくれていいのだよ。

「コッコッコ」

「クックック」

「え、おみじゅのむの?」

「コッコ」

「ククッ」

「まってね」

 俺が家の方へと歩いて行くと、ちゃんと付いて来る。

「まりー、こっこちゃんが、おみじゅがほしいって」

「あらあら、柵の中になかったですか?」

「コッコ」

「もう、のんじゃったって」

「あらあら、入れますね」

 俺って、観光客の通訳さんか? いいけど。

「こっこちゃん、まりーがおみじゅもってきてくれるから、なかにはいってまってて」

「クック」

 おう、ちゃんと理解しているぞ。ゾロゾロと柵の中に入って行く。そうそう、そこがコッコちゃんの場所なのだ。とっても自由にしているけど。

 他のコッコちゃんはどうなのだろう? 『うまいルルンデ』とか教会に、連れて行ったコッコちゃん達はどうしているのかな?

 俺は、お水を小さな器に入れて、俺の定位置軒下に戻る。ここが一番暑くもなくて丁度いい。俺用の、木でできた小さな椅子も置いてある。完璧なのだ。洗濯物を干す時は、洗濯物を入れた籠置きに早替わりしちゃうけど。そして、そこに座り込む。土を集めて、お水を掛けてコネコネコネ。

「キュルン」

「うん、ぴかをちゅくるのら」

「キュル」

「ちろは、ちゅくったら、ぼうみたいになっちゃうのら」

「キュルゥ」

「アハハハ、しょうらね。もっとおおきくなったらね」

「キュル」

 チロも作って欲しいと言ってきた。でも、チロは蛇さんだからなぁ。土で作るとただの棒みたいになっちゃう。だから、もっと大きくなってからだ。大きくなっても、蛇さんには変わりないんだけど。お水を足しながら、コネコネコネ。ペタペタペタ。うん、もう慣れたものだ。

 どんどんピカらしくなってきたぞ。尻尾とお耳が、取れやすいのだ。お耳が垂れ耳で、尻尾を上向きにして慎重に作る。仕上げに砂を掛けてスリスリして艶を出す。

「うん、れきた」

「わふ」

「うん、ぴから」

「わふぅ」

「しょう?」

 似てないね。なんて言われちゃった。でも、ちょっぴり強そうじゃない? 俺の中ではピカさんなのだよ。まだまだ作ろう。楽しくなってきた。

 この日俺は、3個作り合計5個のピカさんの土人形を作ったのだ。軒下に並べて乾かそう。

 壊さないように、そーっと両手で持って一つずつ移動させる。

「ロロ! ただいま!」

「にこにい! おかえりぃ!」

 俺は泥だらけの手をフリフリする。もう、そんな時間なのか。ニコ兄とユーリアが帰って来た。もうすぐ夕焼けの空になっちゃいそうだ。

「ロロ坊ちゃま、手が泥だらけですよ」

「うん、ゆーりあ。ちゅちのおにんぎょう、ちゅくってたのら」

 昨日作ったのとあわせて、デデンと5個並べてあるのを指差す。

「あれ、もしかしてピカか?」

「しょうなのら」

 へへん。なかなかお上手だろう? ちゃんと、仕上げに細かい砂を掛けて艶を出してある。俺の小さいお手々でやったから大して艶は出てないけど。

「ピカだって分かるぞ。上手にできたな」

「ふふん」

 ニコ兄に褒められちゃった。ちょびっと嬉しい。

「ロロ坊ちゃま、手を洗いましょう」

「うん」

「顔にも付いてるぞ」

 ありゃりゃ。気を付けていたのになぁ。どうして、付いちゃうのだろう。

 ユーリアが、水瓶に溜めてある水を手にかけてくれる。バシャバシャと、洗って仕上げに一言だ。

「くりーん」

 シュルンと、お顔や服に付いた泥も綺麗になる。よし、完璧だ。

「え? ロロ、クリーンができるようになったのか?」

「しょうなのら」

 むふふ。胸を張ってみようではないか。褒めても良いのだよ。

「まあ、ふふふ」

 ユーリアが笑っている。何故に?

「ロロ、凄いな!」

「えへへ」

 ニコ兄とお手々を繫いで家に入る。家のすぐ前の畑なのに、ニコ兄は手を繫ぐ。まだまだ心配性が健在だ。

「あらあら、ニコ坊ちゃま、ユーリア、おかえりなさい」

「おばあちゃん、ただいま。お弁当箱出すわね」

「はいはい。ユーリア、洗ってちょうだいね」

「分かってるわ」

 二人が帰って来て、一気に賑やかになった。

「コッコッコッコ」

「クック」

「コケッ?」

 またコッコちゃんが話しているぞ。

 毎日、ニコ兄は出掛けて行くね。どこに行くのだろうね? 四六時中だよね。て、話している。

「にこにいとゆーりあは、はたけにいくのら」

「クック?」

「しょうらよ」

「コケッ」

「うん、こんろいっしょに、いってみる?」

「コッコッコ」

 コッコちゃん達が見に行きたいと言っているので、今度行ってみようと話していた。

「コッコちゃんは、ロロの言うことをちゃんと聞くんだな」

「しょうなのら。ボクは、ていまーらから」

「アハハハ! それだけじゃないけどね」

「ディさん」

 ディさんと、レオ兄が戻って来た。レオ兄の方が汗だくだ。ディさんは、涼しい顔をしている。これが実力の差なのか?

「ディさんから1本も取れなかったよ」

「僕から1本取るなんて、10年早いよ~」

 でも10年なのか。もっと100年位とでも言うかと思った。レオ兄は、なかなか強いのではないか?

「レオもリアも、充分強いよ」

「まだまだだわ」

「本当、全然敵わない」

 ほう。俺も、レオ兄みたいに槍でもやってみようかな? 子供用ってあるのかな?

「ズリーな! 俺も、手合わせして欲しい!」

「ニコは、何の武器を使うのかな?」

「俺は剣だ。リア姉に教えてもらってんだ」

「へえ~」

 そう言いながら、ディさんの瞳がキラランと光った。また、精霊眼で見ている。

「ニコ、魔力量はあるのに、魔力操作が全然できてない」

「あ……やべ」

 やぶへびだ。ニコ兄は、きっと魔力操作なんて忘れている。チラッと見ると、リア姉がソッと目を逸らした。これは、リア姉も忘れていたな。

「勿体無いなぁ。ニコは良い物を持っているのに」

 ディさんが、ニコ兄に話して聞かせる。例えば、ニコ兄が持っているらしい水属性魔法。これを応用すると、水遣りが楽になる。水属性魔法で、シャワーのように水を出せばいい。

「土属性魔法だってそうだよ。畑を耕したりするのに便利だ」

「えー、俺頑張るよ!」

 本当かなぁ? ニコ兄は前もそう言ってたぞ。

「リアもだよ。火属性魔法は攻撃魔法として一番代表的なものだ。剣に付与したら、威力が倍増するんだ」

「そうなんですか?」

 またまた前も、ディさんに色々教わったのに。覚えてないんだなぁ。

「レオとロロは、魔力操作が上手だね。努力したんだ」

「母に教わったんです」

「ボクは、れおにい」

「そうなんだ。偉いね~」

 ディさんに頭を撫でられちゃった。てか、ディさん。その、片手に持っている大きな籠はお野菜だね? いつの間に?

「今日も、ディさん特製のサラダだよ!」

 また、小躍りしているぞ。ディさんは、本当にお野菜が好きだ。

 その日の夕食でのレオ兄のお話だ。

「ニコ、ロロ、近いうちにお墓参りに行こうと思うんだ」

「レオ兄、父様と母様のか?」

「そうだよ。1年行けなかったから」

 お墓参りか。俺は葬儀のこともあんまり覚えてない。お墓にも行ったはずなのだけど、それも覚えてない。

「ロロは覚えてないだろう?」

「うん……」

 その通り、全然覚えていない。葬儀の時はまだ2歳だったから。

「ご両親のお墓は何処にあるんだい?」

 ディさんが聞いてきたから、レオ兄が説明をしたのだ。

 元々、両親が治めていた領地は、このルルンデの街がある一つ向こう側になる。王都を取り囲むように幾つかの領地があって、お隣はフィーネ達の家が治めている領地。王都とは反対側が、両親が治めていた領地だ。そこにある俺達の家。今はもう叔父夫婦の家だけど。家からは少し離れた、領地の端っこにある墓地に両親のお墓があるらしい。

「ルルンデからだと馬車で丸1日かかります」

 丸1日だ。朝早く出ても、夜遅くに着く。だから、皆一晩は野営をするか宿屋に泊まるらしい。暗くなってから、馬車を走らせるのは危険だからだ。

「ロロはまだ小さいのに大丈夫かな?」

「ギリギリ領地の外れまで行って、そこで早めに宿を取ろうかと思ってます。無理させたくないので、これからしっかり準備してゆっくり行って来ますよ」

「そう、ならいいけど」

 初めての遠出ってわけでもないのだけど、覚えてないから初めてということにしておこう。

 次の日から、両親のお墓参りのための準備が始まった。隣領だと言っても、馬車での旅になる。俺は慣れていない。しかも、まだ3歳で体力もない。だからできるだけいつもと同じ時間に起きて、途中で宿屋に一泊する。そして翌日、領地に入ることになった。

 この世界では、一泊とはいえ馬車で移動するのは大変だ。うちは兄弟四人、それにマリー達三人での旅になる。乗り合い馬車もあるのだが、一台小さな馬車を借りることになった。普通なら、護衛のために冒険者を雇ったりするらしい。道中、何があるか分からないからだ。でも、うちはリア姉とレオ兄が冒険者だ。Cランク昇格確実だろうと言われている腕前だからね、大丈夫なのだ。

 マリー達も一緒に行く理由。それはマリーの息子夫婦も、同じ墓地に埋葬されているからだ。エルザとユーリアの両親だ。俺達の両親に同行していた二人も、同じ時に亡くなったらしい。

「本当は、もっと早くに行きたかったんだけどね」

 と、レオ兄が話していた。このルルンデの街に住み始めた頃は、まだリア姉とレオ兄は仕事を決め兼ねていたみたいだった。邸から持ち出した物を売って生活はできていたものの、それだけに頼っていては先が不安だ。エルザは早々に、『うまいルルンデ』での仕事を決めてきた。

 ニコ兄とユーリアも、何か仕事を探そうとしていたのだがまだ子供だ。ろくな仕事がない。そのうちニコ兄が、家の前に畑を作り出し家の横では薬草を育て出した。それを見ていた近所のおじさんやおばさん達が、畑を手伝ってくれたら助かると声を掛けてくれた。

 リア姉とレオ兄も、何を思ったのか冒険者として登録してクエストを受け出した。

 そんな感じで、少しずつ安定してきた。俺はというと、初めの頃はピカやマリーの側から離れなくて、その上夜は夜泣きした。俺が一番みんなに迷惑をかけている。

「ロロはまだ小さいから仕方ないよ」

 そんな風に、レオ兄から言われる度に情けなくて胸が締めつけられる。だけど、みんなの生活リズムが決まり、それが当たり前になると共に俺も落ち着いてきたのだ。マリーと一緒におやつを作ったり刺繡をしたり、家の前でピカと日向ぼっこをしたり。俺の夜泣きもだんだんと少なくなった……はずなのに。

「うぇ、うぇ……ええーん! うえーん!」

 ああ、また泣いている。どうして俺はまた泣いているのだ? 寝惚けた頭で考える。

「ロロ、ロロ。大丈夫だ。僕が抱きしめているからね」

「れ、れおにい……びぇ……ご、ごめんなしゃい……うぇーん」

「大丈夫だよ。謝らなくていいんだ。大丈夫だ。みんな一緒だ」

「……ヒック……れおにいぃ」

 俺はまた夜泣きをしていた。何がそれ程悲しいのか自分でも分からない。なのに、泣いてしまう。

 攫われたことの後遺症か? と、いうとそうでもない。とても心がキュッとなって、寂しくて不安になってしまうことが時々ある。

「よしよし。ロロ、良い子だ。何も不安になることはないよ。みんな一緒だ」

「くぅ~ん」

 レオ兄がそう言って、抱きしめながら俺の背中を撫でてくれる。ピカまで心配してくれている。でも、レオ兄の体温と匂いで安心するから大丈夫。

 そんな夜の次の日は、決まってマリーが抱っこしてくれる。もうお決まりになってしまった。

「まりー、ごめんなしゃい」

「あらあら、何を言ってるんですか。マリーの役得ですよ」

 何が役得なのか分からないけど。俺はマリーに甘えて、お膝の上に乗り抱っこしてもらう。レオ兄とは違う、体の感触。フワンフワンしている。それに、ほんのりとさっき食べた朝食のオムレツの匂いがするエプロン。何故か、それがとっても落ち着く。中身は大人だというのに、甘えん坊で情けない。

 この世界の俺は、母親の温かさも、父親の力強さも知らない。前世の俺も、肉親の温かみをあまり知らずに育って、そのまま一人暮らしをしていた。その分も取り戻そうとしているのだろうか? いや、そんなに寂しく思っていた訳ではないはずだ。確かに一人暮らしだったけど、趣味を通じて友達もいて楽しくしていた。

 それでも、この世界の3歳児の気持ちは正直だ。寂しいと……温かみが欲しいと泣いている。前世よりずっと家族らしい温かい家だというのに。これ以上望んだら、贅沢というものなのだ。

「まりー、ありがと。らいじょぶら」

「そうですか?」

「うん、ししゅうしゅるのら」

「はいはい、じゃあお道具箱を出しましょうね」

 ディさんに頼まれた刺繡。頑張るのだ。