リア姉とレオ兄が庭で特訓を始めた。それを見ている俺の側で、自然にコッコちゃんが会話に入って来る。俺の足に体をスリスリしてくるのは良いんだけど、ふんわりとした尾羽がこそばゆい。

「コッコ」

「クック」

 もう行かなくてもいいよね~なんて言っている。何がいいのやら。分かっているのか?

「クック」

「しょう?」

「クッ」

 分かっているらしい。本当なのか? コッコちゃんはギルドとか知らないだろう?

 それよりも、俺はディさんに用事がある。

「でぃしゃん、みてほしいのがあるのら」

「ロロ、なにかな?」

 ちょいちょいと、ディさんを家の中へと誘う。

「でぃしゃん、ここ。しゅわって」

 俺はソファーを、手でペチペチと軽く叩いて示す。

「うん、なにかな?」

 取り敢えず、ディさんはソファーに座ってもらって、俺は自分のお道具箱にしている大きな木箱を棚から出してもらう。

「まりー、あれ」

「はいはい」

 マリーはもう分かっている。刺繡糸や生地やらが色々入れてある俺のお道具箱。そこから、四つ折りにした紙を広げてディさんに見せる。

「これみて」

「これ……ロロが描いたの?」

「しょうなのら。でぃしゃんのししゅう、かんがえたのら」

「凄いじゃない。上手だ」

 ディさんはそれをジッと見つめる。俺が描いた刺繡の図案だ。葉っぱが沢山描いてあって、その葉っぱはつるで繫がっている。地面から空を目指すかのように、大きくうねり這い繁る蔓に元気な葉っぱが何枚も生えている。

 ディさんが持って来たスカーフに刺繡する図案だ。どうだ? なかなか良い感じではないかと自分では思う。力作なのだよ。よくこの小さな手で描いたと自分でも思う。女の子だったら、葉っぱだけじゃなくてお花もプラスするのだけど、ディさんは男の子だからね。葉っぱだけなのだ。

「なになに? 私にも見せて」

「ロロ、いつの間にそんなの描いてたんだ?」

「ふふふん」

 ちょびっとお腹を……じゃなくて、胸を張ってみよう。色鉛筆があったら、綺麗に色を塗ったりできるのだけどね。そんな物は、無いし図案だからいいか。

「ロロ坊ちゃまは、毎日少しずつコツコツと描いていらしたんですよ」

「そうなんだ」

「ロロ! 上手だわ!」

 と、また抱き着いてくる。リア姉、本当に怒るよ。油断も隙もありゃしない。

「りあねえ、らめ。くっちゅくのはらめ」

「ロロ! 冷たいぃ!」

 ああ、もう。本当に泣き虫女神とそっくりだ。いかんよ、あんな大人になったら駄目だ。

「わふ」

「え、らってしょうなのら」

「わふぅ」

 ふふふ。ピカがそんなに女神は酷くないよ。とか言うけど、そんなことはない。

 気が良いのは、分かるのだけど言動が問題だ。あれだと駄女神と言われても仕方ないと思うよ。

「ししゅうは、まらこれからなのら」

「うんうん、急がないからいいよ。凄いね。楽しみだ」

 そうだろう? 頑張って刺繡するぞ。刺繡糸も色々買ってきたからね。マリーがちゃんと持って帰って来てくれていた。楽しみだ。

「レオ、私達もジッとしていられないわ! 特訓するわよ!」

「ええー、姉上。今日は槍でやろうよ」

「剣よ! 私は槍なんて使えないもの」

「なら、僕がレオの相手をするよ」

 なんだって? ディさんがレオ兄と槍で対戦するのか? それは見てみたい。

「ディさん、槍も使えるのですか?」

「僕は何でも使うよ。弓が一番だけどね」

 と、またバチコーンとウインクをする。長い睫毛で風が起こりそうだ。

「ディさん、じゃあ先に私と対戦して下さいッ!」

「いいよ~」

 あら、ディさんは楽勝ムードだ。リア姉は、ディさんの相手になるのかな? リア姉は張り切って外に出て行く。俺はまた、ピカとチロ、それに7羽のコッコちゃんと一緒に、家の前に並んで見学だ。コッコちゃん達は、もう普通に柵の外にいる。誰も何も言わないし。

「コッコッコ」

「クック」

「コッコー」

 あらら、また喋っているよ。

「わふ」

「キュルッ」

「え、しょう?」

「わふん」

 コッコちゃんやピカとチロは、ディさんが余裕だと話している。

 確かにディさんは、木剣で打ち合いながらリア姉にアドバイスをしている。良く見ているね。

「リアは剣も力任せなの? 剣筋が丸わかりだ」

「エイッ! そんなことないですッ!」

「ほら、右だ。次は左。もっと相手をよく見てみなよ」

「ハイッ!」

 おお、ディさんがとっても先生っぽい。いや、師匠だ。よく見ていると、ディさんの足元がほとんど動いていない。軽くかわしている。駄目だね、相手になってないや。

 俺はリア姉の特訓をみながら、土をコネコネ、ペッタンペッタン。庭の土でピカの土人形を作っている。土が硬すぎるから、ちょっとお水が欲しいなぁ。トコトコと畑の方へ行って、みずり用に溜めてあるお水を少しだけ器に入れて持って来る。

 それだけのことなのに、コッコちゃんは付いてくる。すぐ戻るから、待っていてくれていいのに。

「コッコッコ」

「うん、しゅぐなのら」

「クック」

 すぐそこでも付いてくるらしい。まあ、いいけども。元の場所に戻って、土にお水を少しだけ加えてまたコネコネペッタンペッタン。少しずつ形にして行く。ここら辺をちょっとね、もう少しふっくりとかな? ピカさんはとってもイケワンだよね。

「わふ?」

「かっちょいいワンちゃんなのら」

「わふぅ」

 だから、ワンちゃんじゃないよ。と、言っている。分かっているって。でも、まさかフェンリルなんて言えないだろう? みんなびっくりしちゃう。ニコ兄は喜びそうだけど。

「わふわふ」

「え? しょうなの?」

「わふ」

 きっとディさんにはもうバレてるよ。と、ピカに言われた。そうなのか? ああ、そっか。なんとか眼があるからだ。

「わふ」

「わかってるのら」

 精霊眼だね。と、突っ込まれた。分かっているよ。

 それにしてもどうして俺は、コッコちゃんやピカとばかり話しているのだ? 人間はどうした?あれ、いつの間にかチロがピカの背中で眠っている。ピカは、モフモフだから気持ちいいよね。少し離れたところで、レオ兄が集中してディさんの動きを見ている。お手本になるのだろう。

「よし、れきた!」

「わふッ」

「らね~」

 とっても上出来だと、ピカが褒めてくれた。ちゃんと、尻尾も上を向いている。土で作ったピカの土人形。俺の小さな両手に乗せられるくらいの大きさなのだ。

 ふふふん。なかなか良い出来ではないか? よし、もっと作ろう。

 また、コネコネ。ここで少しお水を足しておくといいのだ。つい鼻歌がでちゃうよね。

「ふっふふ~ん、ふっふふ~ふふん♪」

 何の歌なのか自分でも分からない。

 そんなことをしていると、コッコちゃん達は俺の周りで座って眺めている。相変わらず「コッコッコ」「クック」と話しながらね。

 コッコちゃん達の土人形も作って欲しいのだって。ちょっと待ってね。コッコちゃん達は羽が難しそうだ。足だって細いし、鶏冠とさかや嘴なんて激ムズだ。難易度が高すぎる。

 リア姉が特訓をしている間、ずっと作っていたらピカの小さな土人形が二つできた。乾いた砂を上から掛けて、スリスリすると少し艶が出てきた。知ってた? 泥団子の要領だよ。

 ちゃんと、小さな枝で、毛並みを描いたりもしたのだ。力作ではないか。

「ロロ、何作ったんだ?」

「れおにい、ぴかなのら」

「上手だね。でも、ほっぺに土が付いてるよ」

 あらら、いつの間に? 道理でほっぺが、カピカピするはずなのだ。

「アハハハ、お鼻にも付いてる」

 レオ兄が拭いてくれる。有難う。

「あらあらまあまあ、そろそろお昼にしませんか?」

 マリーが呼びに来た。そうか、もうそんな時間なのか。

 ──キュルルル

 おっと、これは俺の可愛いお腹の音だ。

「アハハハ。ロロ、お腹空いたんだね」

「うん、しゅいたのら」

 お腹が鳴ってしまった。さあ、お昼ご飯を食べよう。

「ロロ坊ちゃま、お手々洗いましょう」

「うん」

 マリーが、外に置いてある桶から水をすくって手に掛けてくれる。よし、チャレンジするのだ。

「くりーん」

 俺が試しにそう言うと、手がシュルンと綺麗になった。ついでに、泥がついた服も綺麗になったのだ。おお、超便利。

「まあまあ、ロロ坊ちゃま」

「れきたね~」

「はい、できましたね」

 ふふふん、これで俺もクリーンを使えることが分かった。

「ロロ、練習してたの?」

「ううん、ポカポカぐるぐるしてたのら」

「そうか、偉いなぁ」

「なになに?」

 ディさんとリア姉もやって来たから、レオ兄が説明してくれる。

「ロロが初めてクリーンできたんですよ」

「ロロ、凄いわ」

「ロロの魔力量なら当然できるよ」

 ディさんに、優しく頭を撫でられたのだ。

 むふふ。ちょっぴり嬉しい。父さまはこんな感じだったのかなぁ? なんて思ったりする。

「姉上が、初めてクリーンできたのって何歳だっけ?」

「レオ、それを言うんじゃないわよ」

「え? 何歳なの?」

10歳ですよ。僕の方が早くできたんだ」

「リア、君は本当に魔力操作を練習しなよ。その魔力量がもつたいないよ」

「ディさん、分かってますぅ」

 ふふふん。リア姉は10歳なのか。俺は3歳なのだ。へへん。

「あ、ロロ。何よ」

「ボクは、しゃんしゃいなのら」

「あー、ひどーい!」

 今日は朝から突然領主様がやって来て、家の中がブリザード状態になっちゃった。そこにディさんが来てくれて、場を収めてくれた。どんな話になったのか、俺は知らないけど。

 でも、穏和なムードでみんなが出てきたのだから、悪い話にはなっていないのだろう。

 それから、ディさんがリア姉の特訓に付き合ってくれた。今はみんないつもの笑顔だ。お昼もみんなで食べた。普段のお昼は、マリーと二人だけだから今日は賑やかで楽しいのだ。

 ああ、とっても楽しいし嬉しい。お昼はマリー特製の兎肉のバターソテーだった。今日は、はちみつバター味のソースだ。皮がパリパリで中はジューシー。ナイフで切ると、そこから透明な肉汁が出てくる。沢山食べた。きっと、マリーも張り切って作ったのだろう。二人だと、ついついパンに挟んで手間を掛けないようにしてしまう。

 ディさんはやっぱり、自分でお野菜を採ってきて特盛サラダを作って食べていた。満足そうだ。マリーの、特製玉ねぎドレッシングもお気に入りだ。

 ディさんに、とってもお世話になってしまっている。有難いなぁ。ディさんと出会えて良かった。

 レオ兄とリア姉の、肩の力も抜けたのじゃないかな? 今迄は二人で頑張ってくれていたから。

 俺がもっと大きかったら、何か手伝えるのに。俺はまだ3歳だ。でも、俺にでもできることをしようと思う。

 そして、俺はお昼寝だ。いつの間にかウトウトとして、レオ兄にベッドへ運ばれた。



「ロロは眠ったのかな?」

「はい。ディさん、今日は有難うございました」

「いいって。僕がやりたくてお節介を焼いてるんだから」

「そんなことないです。ディさんにはお世話になってばかりだわ」

「ふふふ。僕は君達をエルフの国に連れて行きたいよ。こんな堅苦しい国じゃなくてさ、自由に生きて欲しいな」

「エルフの国ですか?」

「そうだよ」

 ディさんが話してくれた。エルフの国は大陸の中央にある大森林の真ん中にあるのだそうだ。エルフしか辿り着くことができない森の最深部。そこに、エルフの国がある。貴族や平民という身分制度のない国。そんな国があること自体が信じられない。あまり知られてもいない。身分制度のある国で生まれ、貴族から平民になった。僕達は身分差別というものが身に染みている。その身分制度自体がないそうなんだ。そして、勿論差別はない。何より、エルフは子供を大切にするそうだ。

「エルフはね、子供が少ないんだ。出生率が低いんだよ。その所為もあるけど、子供に対する考え方がこの国とは違うんだよ。子供は未来を担う宝だ。みんなで可愛がり育てる。エルフはそうなんだよ。君達みたいに才能豊かで素直な良い子は、連れて行きたくなるね。本当にこの国で幸せなのか? と思ってしまう」

 でも、それなら何故ディさんはこの国にいるのだろう?

 確かエルフは、この国にはディさん位しかいないと聞いた覚えがある。

「そんなことはないよ。この国には、僕以外に大使として駐在しているエルフがいるよ。商人だっている。王都にいるから、知らないだけだよ。それでも、僕は変わり者らしいけどね」

 そう言って、ディさんは笑う。きっとディさんは、これまでにも同じように手助けをしてきたのだろう。僕達みたいな子供を助けてきたのではないかな? そう思う。

 ディさんは懐が深い。そして、温かい。愛情が豊かなのだと思う。ディさんを見ていると、父上を思い出す。父上には、厳しいという印象はなかった。どんな時でも、僕達を見守ってくれている感じだった。実際、父上に酷く叱られた記憶がない。

「坊ちゃま達がお利口だからですよ」

 なんてマリーは言ってたけど、姉上は結構お転婆さんだったと思うんだ。その証拠に、母上にはよく叱られていた。父上も一緒に母上に叱られたりしていた。

 でも母上は、姉上が父上から剣術を習うことに反対はしなかった。反対どころか……

「女の子でも、自分を守るすべを身に付けることは大切よ」

 と、言っていた。母上は剣術なんて全くできなかった。自分ができないから、姉上には身に付けて欲しいと思ったのかも。

 いや、母上は魔法が得意だった。だから魔法で、自分の身を守れたのかも知れない。

 剣術だけじゃない。領地経営だって、僕と同じように姉上は教わっていた。僕が成人するまでの、ほんの数年でも必要になった時のためと話していた。まさか、こんなことになるなんて想像もできなかっただろう。

 姉上と僕が学園に通うからと王都に出て来た。父上は領地と半々の生活になってしまった。それでも、子供達の側を離れる選択肢はないと話していた。僕達が長期休暇に入ると、家族揃って領地に戻る。きっと両親は王都よりも領地の方が好きだったのだろう。僕はそれも楽しみだった。僕も、王都よりも領地の方が好きだったから。