「母上が、全てレベッカの思うままにさせていたそうなのです。可愛い、可愛いと。家族なのだから、私達は気付くべきだったんだ。もっとしっかりと、しつけなければならなかったんだ」

「クラウス、それは父親である私がしなければならないことだ。ロロくんが無事で良かった。本当にすまないことをした」

 ふむふむ。なるほど。後悔してるのだね。モグモグモグとまだ食べる。

「まりー、りんごじゅーしゅちょうらい」

「はいはい」

 ちょっと、お喉が詰まってしまった。

「フフフ……」

 また笑われてしまったぞ。何故に? そんな領主様が聞いてきた。

「君はニコ君と言ったか?」

「おう」

「ニコ君は何歳なんだ?」

「俺は9歳だ。ほら、ロロ。両手で持たないとこぼすぞ」

「あい」

 ニコ兄に言われた通り、両手でコップを持ってゴクゴクと飲む。

「ぷは……」

「ほら、口の周り」

「にこにい、またちゅくのら」

「分かってるよ。でも一度拭いとこう。かゆくなるぞ」

「ん……」

 と、俺は大人しくニコ兄に顔を拭かれる。

「レベッカも同じ9歳だ」

「そうですね。母上が甘やかし、私達が無関心だった。その所為です」

「それでも、駄目なことは駄目です。悪いことは悪いのです」

 リア姉が初めて発言した。いつもはとっても優しいダークブルーの瞳が冷たく光る。背筋を伸ばしりんとした表情のリア姉だ。

「いくら甘やかされたからと言って、人を傷付けることに罪悪感を持たないのは、その子自身にも問題があるのではないですか? 思いやりとか、想像力の欠如ですよ。痛いだろうなぁ、悲しいだろうなぁ、辛いだろうなぁ。それを考えることができないのですから」

 リア姉の声が、胸を突き刺すように聞こえる。リア姉だけでなく、みんな俺には何も言わないけどずっと怒っていたのだろう。

 その時、ノックもなしに玄関のドアが開いた。

「おや、朝からお客様なの?」

 吞気な声が聞こえた。毎度お馴染み、ディさんだ。口調は吞気なのだけど、眼はしっかりと領主様とクラウス様を見ていた。

「でぃしゃん、おはよ~」

「ロロ、おはよう。おやおや、お口の周りに卵が付いているよ」

「うん、あとれふくのら」

「そう、後でなの?」

「うん、またちゅくのら」

「アハハハ、そうなんだ~」

「さっき拭いたとこなんだよ」

 そう言いながら、ニコ兄がまた拭いてくれる。でも、また付くよ。マジでエンドレスなのだよ。

「コッコッコッ」

「わふ」

 それまで大人しくしていたピカが、コッコちゃんを見て声を出した。入ってきたら駄目だよと注意してくれている。

「あー、またコッコちゃん出てきてるぞ」

 本当にね、どうして自由に出入りできるのかな? どうやっていつも出てくるのだろう?

「フォーゲル卿、分かりますか? こんな温かい家庭を壊そうとしていたんですよ。こんな小さな子に酷いことをしたんだ」

 ディさんが入ってきた時の吞気な口調ではなく、とっても厳しい口調で言った。

「サルトゥルスル殿、それはもう……」

「兄弟四人とマリーさん達が、協力し合って健気に暮らしているんだ。あなた達が壊して良いものじゃない。あなた達は、自分の家族のことなのに無責任過ぎたんだ」

 ディさんはもしかして、領主様が来ているのを知って朝から来てくれたのかな?

 そんな気がする。だって、偶然なんて都合が良すぎる。

「わふ」

「コッコッコッ」

「キュルン」

 あれ、ピカとチロだけじゃなく、コッコちゃんまで俺の側にやって来たぞ。もしかして、みんな俺を守っているつもりなのか? コッコちゃんまでも、そうなのか?

「らいじょぶなのら」

 ピカに手を伸ばして頭を撫でる。

「わふん」

「でぃしゃん、りょうしゅしゃまや、くらうしゅしゃまも、きじゅちゅいているのら。あやまってもらったのら」

「そう、ロロはもういいの?」

「うん。みんなに、たしゅけてもらった。かえってこられたから」

「ロロ……すまない。本当に申し訳ないことをした」

 クラウス様が涙を流しながら、頭を下げた。隣にいる領主様もそうだ。辛そうな顔をしている。自分の娘と奥さんがしたことだ。こんなことになって辛くない訳がない。

「君達にこれ以上、迷惑は掛けない。私達にできることがあるなら、なんでも言って欲しい」

 もう俺は充分だ。みんなはどうなのだろう? 見るとさっきまで怒りしか感じられなかったのが、辛そうな顔をしているのだ。

「では、フォーゲル卿。一つだけ力を貸してくれませんか?」

 ディさんが言った。何なのだろう? 俺は分からないから、黙って食べておこう。

「この子達が、何故兄弟だけで暮らしているのかご存知かな?」

「それは……私は教会で会った時にマリーから聞いている」

「そう。なら話は早いや。この子達を追い出した叔父夫婦のこと、爵位継承のことを調べるのに手を貸してもらえませんか?」

 領主様は知らないのだろう。意味が分からないといった顔をしていた。

 俺がマリーと一緒に、初めて教会に行った時だ。その時に、クラウス様と出会った。

 マリーが簡単にだけど、クラウス様には俺達の事情を話していた。

「レオ、勝手に進めてすまないね」

「いえ、ディさん。そんなことありません。僕はそこまで思いつかなかったから。僕達では、貴族簿を閲覧することができないんです」

 レオ兄とリア姉は、諦めていなかった。俺は何も知らなかった。のほほんと平和でいいね。なんて、思っていた。

 ニコ兄は食べ終えるとユーリアと、畑に出掛けて行った。マリーの作った大きなお弁当を持って。俺はというと、話を聞こうではないか。ムムムと、一生懸命お顔に力を入れてデンと座っていた。腕組みなんかしちゃおうか。ちょびっとお偉いさんぽくしてみよう。ちびっ子なのだけど。

「ロロ坊ちゃま、マリーと一緒にお庭へ出ましょう」

 えぇー、俺も話が聞きたい。だって、俺は当事者なのに。

「ロロ、コッコちゃんを柵の中に入れておいてくれるかな?」

「れおにい、わかったのら」

 仕方ない。俺はまだちびっ子だ。ディさんがいるから、大丈夫なのは分かっているのだけど。

 一度振り返ってディさんを見る。信じているのだよ、ディさん。

「こっこちゃん、ぴか、いくのら」

「わふ」

「コケッ?」

 マリーと一緒に外へ出る。コッコちゃんはみんな柵のお外に出ていた。「クックック」「コッコッコ」と鳴きながら、みんな俺を見ている。

 本当に、どうやって出るのだろう?

「柵の扉を木で引っ掛けて留めてあるでしょう。それを嘴で開けるみたいですよ」

「しょうなんら」

「はい。お利口さんですね。出ても他所よそに行きませんし、畑も荒らさないし。夜はちゃんと柵の中で眠ってますからね」

「しょうらね~」

「ロロ坊ちゃまの側にいたいみたいですよ」

「え、ボク?」

「はい」

 マリーがニッコリとした。そんなことはないだろう。レオ兄がテイムしたコッコちゃんもいるし。

「コッコッコッ」

「クックックッ」

 そんなことをマリーと話しながら、コッコちゃんの餌を用意していた。

 気が付けば、俺の周りには7羽のコッコちゃんがいた。勢揃いだ。よしよし、ご飯食べな。

「わふッ」

「ぴか、いちゅのまにかね~」

 ピカが、ロロの周りにコッコちゃんがみんな集まっている。と、言っている。

 俺が、畑の方に野菜の葉っぱを集めに行くと、コッコちゃんも後を付いてくる。

「コッコッコッ」

 首をちょびっと前後に動かしながら、並んでテケテケと付いてくる。俺が、薬草畑の方へ行くと、また付いてくる。

 分かっているのか知らないけど、コッコちゃんは薬草をついばんだりしない。お利口さんだ。

「クックックッ」

 まるで、カルガモのお引越しみたいだ。え? 俺は親なのか?

「こっこちゃん、ちゅいてくるの?」

「コッコ」

「コケッ」

「クックックッ」

「しょう」

 なるほど。側にいたいらしい。心配してくれているのかな?

「わふ」

 そんなこともないそうだ。コッコちゃんの好みらしい。

「ふふふ」

「まりー?」

「ロロ坊ちゃまの側にいたいのですね」

「しょうらしいのら」

「あらあら、やっぱり」

「ふしぎなのら」

「わふん」

「え、わかるの?」

「わふ」

 ほぉ~。どうやら、俺のテイマーってスキルに加えて、女神の加護があるかららしい。コッコちゃん好みの匂いでもするのだろうか?

 よしッ! なら、やっぱコッコちゃんに乗ってみるしかないのだ。俺は決意の拳を上げる。

「わふ」

「えぇー、らめ?」

「わふ」

 ピカに、また駄目だと言われてしまった。俺の決意の拳は、あっという間に砕かれてしまった。なんてへちょい決意なのだ。だって、これだけ俺に付いてくるのだから大丈夫だと思うぞ。大きな鳥さんと言っても、そんなに高さはないのだし速く走る訳でもない。大人しいし。

「わふん」

「わかったのら」

 危ないことは駄目だと言われてしまった。ピカも過保護になっちゃったよね。

 ディさんと、レオ兄達のお話はどうなったのかなぁ? 気になるのだ。



 ニコが畑に出て行き、ロロもマリーが外に誘ってくれた。良かった。これでちゃんと話せる。

 僕は領主様やディさんに向かって話し出した。

「ニコとロロには話してないんです」

「レオ、貴族簿のことかな?」

「はい。僕と姉上が、調べようとしていることも知りません」

「まだ、小さいからね。で、フォーゲル卿。どうかな?」

「他家の貴族簿を、見るためには申請をしないといけません。それで許可が下りないと閲覧できないのです。でないと、他家の情報が自由に閲覧できることになってしまう」

「そうだね。僕が城に行った時にも確認したんだ。僕はこの国での自由を保障されているけど、国内のことに過干渉はできない。僕も同じことを言われたよ、申請が必要だって」

 ディさんが城に行った時と言うのは、もしかして夫人と令嬢を転移で連れて行った時のことかな?

 以前、僕達が話したことを気にかけてくれていたんだ。有難い。

「ディさん、調べようとしてくれていたんですか」

「当然だよ。僕には、貴族に戻ることが必ず幸せだとは思えないけどね。この国の貴族には、しがらみが多いし領地を経営するのだって大変だ。今の方がずっと気楽で自由でいられるよ。でも、リアとレオは納得できないのだろう? なら、ハッキリさせるだけでもと思ってさ」

 ディさんは、城の文官に聞いてくれたらしい。その理由も話してくれたそうだ。

 僕達の家が、叔父によって不当に爵位を継承された可能性があるということを。

「そのことは、宰相の耳にも入れてある」

 宰相だって!? ディさんは一体、何者なんだ? だいたいエルフなのに、この国に滞在しているってことが不思議なんだ。どんな立場の人なのだろう?

 宰相なんて、貴族でも実際に会える人は少ないはずだ。もちろん、僕達はお会いしたことがない。両親はどうだったのだろう? あまり、貴族の社交や王城での仕事というものに、積極的な人達ではなかったように思う。どちらかというと、領地の経営の方に重きを置いている人達だったと記憶している。王都にいても、社交に出掛けることが少なかったように思う。

「何か証拠があれば、話も進め易いんだけど」

「ディさん、証拠ですか?」

「そう。その時の状況や、その叔父夫婦のことを詳しく知っている人がいたりすると良いんだけどね」

「それは……執事のウォルターだ」

「でも、レオ。ウォルターはいつの間にかいなくなっていたでしょう?」

「そうなのかい?」

「はい。僕達が家を出る時にも、姿を見せませんでした」

「そうなの? もしかして、叔父夫婦とグルなのかな?」

「全く分かりません。今も何処にいるのかさえ分からないのです」

 ウォルターか……。それはもしかしたら、マリーの方が詳しいかも。僕達より、同じように長く仕えたマリーの方が、ウォルターのことをよく知っているだろう。

「あ、ちょっと待って。もしかして、マリーさんがオスカーさんに頼んでいた人捜しのことかな?」

「え? ディさん、マリーがですか?」

「そうだよ。『うまいルルンデ』でその話をしている時に会ったんだ。オスカーさんに、捜して欲しいと頼んでいたよ」

「じゃあ、マリーも行方ゆくえを知らないんだ」

「執事が、当主の指示以外で側を離れることはない。ご両親が亡くなった後は、レオ君達の側にいないといけないはずだ。しくは、今はその叔父に仕えているかだ」

 確かに、領主様が言うように、父の補佐をずっとしていた。確か、祖父の代から仕えてくれていると聞いた覚えがある。なのに、僕達が家を出る時には顔を見せなかった。だから変だと思ったんだ。

「宰相に聞いたんだけどね、何人かの貴族が連名で申立てをすると、調査をしてもらえるそうなんだ。僕はこの国の国民じゃないから駄目なんだよ。だから、その申立てにフォーゲル卿も協力してもらえたらと思うんだ」

「それは、もちろん私にできることなら協力します。しかし調査の申立ての方は、その前にもっと詳しく教えてもらえるか?」

「はい、もちろんです」

 僕は領主様に、僕達が追い出された時のことを詳しくお話しした。

 申立てをするとしても、ディさんが言ったように『何人かの貴族が連名』でないとできない。今は領主様だけだ。ディさんはできない。人数を集めないといけない。他に誰かいなかったか?

「姉上、フィーネ達はどうだろう?」

「そうね、頼んでみましょう」

 そうだ、フィーネ達がいた。兄君に相談してみると言ってくれていた。早速、手紙を書こう。

「レオ、フィーネって僕より1学年上のセラフィーネ嬢のことか?」

 クラウス様も同じ学園に通っているから、フィーネのことを知っているんだ。

「はい、そうです」

「フィーネの弟も一緒に、学園の休暇の間だけパーティーを組んでいたんです」

「パーティーを? ああ、あそこは武官家系だからか」

「そうです。一緒にダンジョンに挑んで、フィーネ達のランク上げをしていたんです」

 領主様が誰のことだ? という顔をしているので、クラウス様が説明をしている。

 同じ学園に通っている、隣領のアウグスト家の長女だと。

「騎士団におられるアウグスト卿か」

「父上、そうです」

「それは良い考えだ。卿は正義感が強い。放ってはおけないだろう」

 少し希望が見えてきたような気がする。今まで、何の手立てもなかったんだ。それが、申立てをする方法があると分かった。国に調べてもらえるんだ。

 ディさんのお陰だ。きっとディさんは、領主様がうちに来ていると知って来てくれたのだろう。

 僕達だけだったら、怒りに任せて追い返していたかも知れない。実際に僕は『僕達に近寄らないで欲しい』と拒絶の言葉を口にした。あれだけ調べたくて、なんとかしたかったことなのに。ロロのことで頭が一杯で、そんなことにも気が回らなかった。またディさんに助けられた。

「貴族簿の閲覧はすぐに申請をしておこう。それでまずは、君達の貴族籍がどうなっているのか確認しよう。調査の申立ての方は、私も心当たりの貴族に声を掛けてみよう」

「もちろん、僕も探しておくよ」

「でも……」

 僕達がこの街で暮らすようになって丸1年だ。何も進展がなかったのに。ロロの事件は不幸なことだった。

 今思い返しても、体が冷たくなり冷や汗が出る。だが、そこから縁ができた。複雑な気持ちだ。

 ディさんが気にかけてくれている。それだけでも、きっと進展しただろうけど。

 隣にいる姉上の顔を見る。姉上も微妙な表情をしている。本当は、領主様には世話になりたくないのだろう。その気持ちも分かるんだ。

「リア、レオ、借りを作るなんて思わなくて良いよ。当然の権利だと思っていれば良い」

「ディさん」

「君達は、年の割になんでもできる。こうして立派に自分達だけで生活している。それは凄いことだ。でも、もっと周りの大人を頼っていいんだ。少なくとも、僕は君達が大好きだ。力になりたいと思っているよ」

「ディさん……有難うございます」

 そんな……ディさんにはとってもお世話になっている。ロロを助けてもらった。その後のことだって、ディさんだったから迅速に対処してもらえたんだと僕にだって分かる。こんなに良くしてもらって、甘えても良いのだろうかと思ってしまう。もちろん、ディさんのことは信頼している。


 僕や姉上が、周りの大人を頼らなくなったのは貴族達に原因があるんだ。

 僕達が追い出されて学園を退学した時だ。それまで友達だと思っていた人達から、冷たい仕打ちを受けた。姉上の元婚約者もそうだ。それだけじゃない。クラスメイトや教師達もそうだった。

 軽蔑するような目つきで僕達を見てきた。使用人になるなら雇ってやってもいいと、言ってきた奴もいた。

 やしきの使用人達の方が親身になってくれたんだ。みんな、学園の友達よりも付き合いが長いから当然といえばそうなのかも知れない。叔父夫婦がやって来て、使用人の半数が解雇された。なのに、僕達のことを心配してくれた。普通は、次の働き場所への紹介状を持たせるものなのだそうだ。知り合いの貴族等、を紹介するんだ。そんなこともなく、自分達だって次の職場に困っているのに。

 もしも役に立てることがあるなら、いつでも言って欲しいとまで言ってくれた。

 この街に住むことを決めたのもそうだ。マリーの知り合いがいたから、この家に住めた。僕達みたいな子供に、家を提供してくれるところなんてなかったんだ。

 やっとこの地で、冒険者としてやってきて暮らしも安定した。みんなと力を合わせて、今日まで暮らしてきたんだ。僕は弟達を守っていると思っていた。そんな時に起きたロロの事件だった。

「レオ、君達はよくやっているよ。ちゃんとニコやロロを守っているんだ」

「ディさん、でも……実際にロロは攫われたんだ」

「レオ、それは妹が……」

「違います。予想できたことなんです。レベッカ様の評判を知らなかった訳じゃない。ピカを狙っていることだって知っていた。なのに……」

「だから、レオ。普通ならそんなことはないんだ。君達は平和に暮らせていたんだ」

「そうだ、レオ。母上やレベッカが異常だったんだ」

「君達をそんなに追い詰めて、本当にすまない。どうか、私達にも償うチャンスをくれないか?」

「償うチャンスですか?」

「そうだ。私達は後悔している。そして、君達に辛い思いをさせたと悔やんでいる。償いたいんだ。本当に、申し訳ないと思っているんだ」

 そうか……ロロが言っていたように、この人達も傷付いているんだ。僕達に償うことで、無かったことになる訳じゃない。でも、何かしたいのだろう。

 ディさんが調べて来てくれたこと。貴族の連名が必要なら力を借りよう。そう思って、姉上を見る。

「レオ、私は良いわよ。それしか方法がないのでしょう。願ってもないことだわ」

「姉上……」

「でも、だからと言ってロロにしたことが帳消しになる訳じゃないわ」

「もちろんだ」

「私の妻と娘が仕出かしたことだ。この先、ずっと私が背負っていくことだと思っているよ。勿論、領地のことも今以上に努力するつもりだ」

「そう、ならいいわ」

 少し姉上が、ツンデレみたいになっていた。何故だ? 他に迷惑を掛けた人達にも謝罪に行くそうだ。まずはうちに来てくれたらしい。

 そうして僕達は、フィーネに連絡を取ることになった。



 俺はピカやコッコちゃんと一緒に、お庭でぼぉ~ッと日向ぼっこをしていた。だってもう、コッコちゃんに餌やお水もあげたし。大人しく柵に入っていてくれないし。することがないのだ。

 今日も良いお天気で、ピカにもたれて座っているとポカポカしてくる。と、気が付くと俺はコッコちゃんに埋もれていた。俺の周りにくっついてコッコちゃん達が座っている。モフモフだらけだ。コッコちゃんの、胸の部分がフワフワで高級羽毛のようだ。

「こっこちゃん、おりこうらね」

「あらあら、ロロ坊ちゃま。コッコちゃんに埋もれてますよ」

 庭先で、お洗濯物を干していたマリーが俺を見て言った。

「うん、モフモフなのら。きもちいいのら」

「ふふふふ」

 俺は、デデンと体ごとピカに凭れている。ちょっとウトウトとしかけたところに、ディさんやクラウスさん達が家から出て来た。お話は終わったらしい。

「ロロ、凄いことになってるよ?」

「でぃしゃん、ポカポカなのら」

「アハハハ、ロロは好かれているね~」

「しょお?」

「そうだよ」

 コッコちゃんの中から、ディさんがヒョイと俺を抱き上げてくれた。そのまま抱っこだ。

「良い子だね。君達は本当に良い子達だ。マリーさん、これからも頼むよ」

「はい、もちろんです」

 何なのだろう? なんだか、しんみりしていないか? 来た時とは雰囲気が違っている。

「この鳥がフォリコッコなのか?」

 領主様が聞いている。コッコちゃんを知らないのかな? そうだ、確かコッコちゃんは用心深い鳥さんで、滅多に人前には出ないとレオ兄が話していた気がする。

「そうですよ。森で捕まえて来たんです。全部で7羽います」

「毎朝卵を産んでくれるから、助かってますよ」

 と、マリーが言った。そうだね、毎朝美味しい卵料理が食べられるようになった。

「毎朝産むのか?」

「はい、そうです。複数個産みます」

「それは、凄いな」

 領主様も驚いている。7羽いて毎朝卵を複数個産む。お陰で卵には全然困らなくなった。これでも、ご近所の数軒と分けている。もちろん、コッコちゃんのお世話も当番制だ。でも結局、一番時間のある俺がよく側にいる。面倒をみているかというと、ただ一緒にぼぉ~ッとしているだけなのだけど。お庭でコッコちゃんに囲まれて日向ぼっこ。最近の俺のお気に入りなのだ。

「レオ、卵をかえしてみたりはしないのか?」

 ん? クラウス様が言い出した。何か思いついたのかな?

「え? 孵化させるのですか?」

「そうだよ。そうしたら態々森まで捕獲に行かなくても増える」

「これ以上、増やすつもりはないですね」

「7羽もいるのだからそうだよな」

 そうそう、もう充分だ。これ以上、コッコちゃんを増やしても卵を消費できなくなってしまう。売るのだったら話は別だけど。

「そうか、コッコちゃんを育てて卵を売ろう」

 またまた、突然ディさんが言い出した。

「え? ディさん?」

 レオ兄が驚いている。だって、俺達はそんな商売をするつもりなんてないのだから。

「ああ、ごめん。突然だったね。ほら、教会にもコッコちゃんを連れて行っただろう。それで、教会で試してみてもらおうかと思ってさ」

 なるほど。それなら、子供達だってお世話ができるから良い考えだ。

 孤児院の収益になったら良いのではないか? ナイスアイデアだ。

「ディさん、教会ってことは孤児院にですか?」

「そうなんだよ。物は試しだ。やってみよう」

 そう簡単に孵化させられるのか? 難しいと俺は思うぞ。でも、チャレンジしてみることは良いことだよね。それができたら、孤児院のみんなもオヤツが増えると喜ぶのだ。

「それは、サルトゥルスル殿。良い案だ。子供達ができる仕事として、領内で普及できれば餓えに苦しむ子供達が減るかも知れない」

「れも、でぃしゃん」

 俺は、ディさんに下ろしてもらって声を掛けた。

「なんだい、ロロ」

「ていむしなきゃらめら」

「そうだね、でもニルスでもできたんだ。大丈夫じゃない?」

 ああ、そうだった。ニコ兄より1歳年上のニルスがテイムできたのだった。

 それでも、ディさんの協力は必要だ。きっとディさんの、精霊眼は必要になるだろう。

「僕は協力を惜しまないよ」

 やっぱ、ディさんは良い人だ。コッコちゃんを育てて、卵を売ることも先を考えている。

 子供達が自分達の手でお金を稼ぐことができる。それは、凄いことだ。

「それにね、子供達が集まるのだったら、教育だってついでにしてしまえば良いんだ」

「サルトゥルスル殿、教育ですか?」

「そうだよ。この国は平民の子供達の教育が成ってない。識字率だって低い。せめて、文字の読み書きを覚えて簡単な計算もできるようになってほしい。それが子供達の、将来の武器になるんだ」

 ニコ兄や俺は、レオ兄に教えてもらっている。それも、レオ兄が元貴族で教育を受けていたからできることだ。そのお陰でニコ兄や俺も、文字の読み書きや簡単な計算ができる。まあ、俺は前世で大学を卒業している。この世界の文字さえ覚えたら、計算なんてお手の物だ。

 でも、この世界の子供達は違う。貴族なら、早いうちから家庭教師に教わる。そして、王都にある学園へ進学する。平民だとそうはいかない。子供だって立派な労働力だ。そんな時間があるなら仕事を手伝えということだ。その親だって教育を受けていない。だから、当然といえば当然なのだろう。なら、平民はどこで学ぶのか? 各地の領主が、無料で小さな学舎を開いてる領地もある。教会が担っていたりもする。

 例えば、ルルンデならビオ爺とハンナが教えている。でも、集まりは悪いらしい。

 それとは別に、裕福な平民だったら個人的に家庭教師を雇う。そして、姉達が通っていた学園だ。学園は貴族だけのものではない。入学試験に合格し、学費が払えるのなら平民だって通うことができる。だが、なにしろ学費がお高い。実質的に貴族の子息子女しか通えない。国的には平民が気軽に通える学舎のようなものがないのだ。

 それを、ディさんは言っている。教育が成っていないと、領主様の前で言い切った。

「サルトゥルスル殿、それは耳が痛い。だが、良い考えだ」

「そうでしょう? フォリコッコを育てるという仕事をするんだ。その合間に読み書きと簡単な計算を教える。それなら、親だって文句はないだろう? それに、孤児院に入っていないけど両親のいない子達だっている。まずはその子達の救済にならないかな? 孤児院に資金があれば、そんな子達も受け入れられるよね」

 なんだと? 両親がいないのに孤児院にも入っていないのか? そんなの、どうやって生きていくのだよ。それはいかん。何なのだ? この世界は、平民の命の扱いが軽すぎる。

 子供達には、とっても生き難い世界だ。俺はそう思う。


 領主様とクラウス様は、ディさんと少し話をして帰って行った。

「ロロ、また来てもいいかな?」

「うん、くらうしゅしゃま」

「レオ、リア、いいだろうか?」

「平民なんかを、相手にしていてもいいんですか?」

 またぁ、リア姉は素直じゃないのだから。そんな嫌味を言うのはやめようね。

「姉上」

「私達は、ほとんど毎日クエストを受けているもの。家にはいないわ」

「毎日なのか?」

「はい。食べていかなければいけませんから」

「レオ君、貴族簿の閲覧希望の申請は出しておく。それを見てまた考えよう」

「はい、有難うございます」

「レオ、学園が休みになったらまた来るよ」

「はい」

 立派な馬車に乗り込むと、窓から顔を出してくれた。俺は、いつものように手をフリフリしておく。

 確かに、夫人とレベッカのしたことで何人もの人が傷ついた。でも、こんな縁も良いじゃないか? そう俺は思う。

「ロロは優しいね」

「でぃしゃん、しょお?」

「そうだよ。あんなに酷いことをされたのに」

「らって、りょうしゅしゃまもくらうしゅしゃまも、ちゅらしょうな、おかおをしてたのら」

「そうだね」

「わじゃわじゃきてくれたし」

「うん」

「らから、もういいのら」

「ロロー!」

 ああ、まただ。またこの姉は、何かというとすぐに抱きついてくる。そして、俺のプニプニしたお腹を触りながらほっぺにスリスリする。俺は呆れてしまって、されるがまま棒立ちだ。

「りあねえ、やめれ」

「また、ロロ。冷たいわ」

 なんだか、ふと泣き虫女神を思い出してしまった。似たようなやり取りをした気がするぞぅ。あの女神が抱きついてきたら、けてやるけど。

「りあねえ、きょうはもういかない?」

「行くわよ!」

 なんだ、行くのか。遅くなったから、もうギルドには行かないのかと思ったのに。

「姉上、今日はもう遅くなったからいいんじゃない?」

「レオ、駄目よ。行かないなら特訓するわよ」

「えぇー」

 リア姉はあれなのか? じっとしていると、死んでしまう病にでもかかっているのか?