ある日、朝から突然のお客様がやって来た。玄関のドアをノックをする音が聞こえた。珍しい。近所のおばさんなら『朝からすまないね~』なんて言いながら、ドアを開けて勝手に入って来る。それが、ご丁寧にノックをされたから『誰だ?』とレオ兄が玄関を開けた。
レオ兄越しに、立派な馬車が見えた。その馬車で、みんなは分かったらしい。家の中の空気が、一瞬で凍り付き緊張したものに変わった。
「朝早くに突然すまない」
誰かと思ったら、この街を治めている領主様と息子のクラウスさんだった。
クラウスさんは、教会で会ったことがあるけど領主様は初めてだ。このルルンデの街がある領地を治めている領主様、ディートリヒ・フォーゲルさんという。伯爵位だったけど、俺の事件が切っ掛けで夫人や令嬢の罪が明るみに出て降爵となった。今は子爵様らしい。
そのフォーゲル子爵は、シルバーブロンドのサラサラとした髪を後ろで一つに結んでいる。瞳はクールなブルーグレーで、クラウス様は父親似なのだな。お顔が良く似ている。領主様をまんま若くしたら、クラウス様になっちゃうのだ。
「ロロ、元気になって良かった」
「くらうしゅしゃま」
「覚えていてくれたのか。今日は謝罪に来たんだ」
謝罪だって。もちろん、あの夫人と令嬢が仕出かしたことだろう。
「奥のソファーにどうぞ」
レオ兄が家の中へと招き入れた。レオ兄とリア姉はギルドへ行く用意をしていた。エルザはもう出掛けている。そんな朝早くだった。
「朝早くじゃないと、ご兄弟が揃っておられないだろうと思ってね。これ、皆さんでおやつにでもと思って持ってきたんだ」
手土産付きだ。でも、俺とニコ兄はまだモグモグと朝ごはんを食べていた。
ふと見ると、ニコ兄の顔が怖い。食べる手も止まっている。とっても怒っているのが分かる。そのニコ兄が大きな声で言った。
「なんだよ、何の用なんだ!?」
やっぱり怒っている。領主様とクラウス様を、喧嘩腰で睨みつけている。
「ニコ、失礼だよ」
「レオ兄、失礼なのはこいつ等じゃないか! 突然こんな朝早くからやって来てさ! ロロを酷い目に遭わせておいて……!」
「その通りだ。すまない」
「ニコ、やめなさい」
「だって……レオ兄!」
「ニコ、良いから話を聞こう」
不気味なのはリア姉とマリーだ。領主様とクラウス様を、見つめながらずっと黙っている。
いつもなら、マリーなんて『まあまあ!』なんて言いそうなのに黙っている。こんな時の二人は本気で怒っている。ユーリアまで冷ややかな目つきで見ている。
三人並んで、黙り込んでいる女子が怖い。家の中にブリザードが吹き荒れた。
「ロロ君に酷いことをした。申し訳ない」
「申し訳ない」
領主様とクラウス様が深く頭を下げた。貴族なのに、平民の俺達に向かって丁寧に頭を下げたのだ。それでも、みんなは黙っている。応対していたレオ兄の目まで怖い。
思わず、俺とニコ兄は椅子から下りてレオ兄の隣に並んだ。俺はレオ兄の足にしがみついた。すると、レオ兄が俺の頭をポンとした。でも、目は怒ったままだ。
「……謝罪を受け入れます」
「レオ兄!」
「ニコ、いいんだ。ただ……」
「要望があるなら、何でも言ってくれ」
「では、遠慮なく。今後はもう僕達家族に、近寄らないで頂けますか?」
「レオ……」
レオ兄が言ったことは、完全な拒絶だ。謝罪を受け入れるとは言ったものの、今後関わることはないと言っている。二度と目の前に現れてくれるなと。
領主様だけでなく、クラウス様が言葉を失くしている。まさか、お金でも要求されるとか思っていたのか? レオ兄は、そんな人じゃない。くれると言うなら、俺は貰っておくけど。
それとも、また何もなかったように仲良くなんて、都合の良いことを思っていたのだろうか?
「貴族の貴方方にとっては、僕達なんて人とも思わないのでしょうけど」
「そんなことはない。幼いロロを傷付けて、申し訳なかったと思っているんだ」
クラウス様が俺の前にしゃがんだ。膝を突き、俺と目線を合わせて言った。
「ロロ、すまなかった。痛かっただろうに……ごめんな」
俺の小さな手を握りながら、クラウス様の方が痛そうな表情をして謝ってくれた。これは、クラウス様も傷付いているのではないのか? そう思って、レオ兄を見上げた。
レオ兄まで、辛そうな顔をしている。だから、他のみんなを見た。リア姉、ニコ兄、マリー、ユーリア……みんな、レオ兄と同じような表情をして口を
こんなことは初めてで、張り詰めた空気に押し潰されそうだ。
俺は単純に、無事に戻って来られたからいいや。なんて、思っていたけど。そんな風に軽く無かったことにはできない、してはいけないことだったのだと今更気付いた。
傷付いたのは、俺だけじゃない。みんな傷付いたのだ。俺達だけじゃない。あの令嬢の父親である領主様や、兄のクラウス様も傷付いていたのだとその時初めて気付いた。
「ロロくん……本当にすまないことをした」
領主様までしゃがみ込み、ちびっ子の俺と目線を合わせてくれる。
「私がもっと早くに、気付かなければならなかったのだ。仕事が忙しいからと、妻に任せきりだったのが悪かった。妻と娘が、酷いことをしたと聞いた。怖い思いをしただろう、痛かっただろう。本当に、申し訳なかった」
「えっとぉ……」
どうしよう? 俺みたいなちびっ子に、こんなにちゃんと謝るなんて思いもしなかった。
「ロロ、言いたいことを言っていいんだよ」
「れおにい……えっとぉ……ボクは……かえってこられたから……けがもでぃしゃんに、なおしてもらったし……らから、らいじょぶなのら」
「ロロ……」
「れおにいと、りあねえにまかしぇるのら」
ちびっ子特典だ。困ったら、自分より年上の人に丸投げできる。ここで、その特典を使った。
だって息をするのも苦しくなるような空気の中、一番ちびっ子の俺に振られても考えられない。リア姉とレオ兄に振ったから少し安心して、ふぅ……と息を吐いた。その時だ。とっても凍り付くような空気で、誰も何も話さない。そんな中、俺の可愛いお鼻がムズムズしちゃった。
「う、うぇ、うぇっぷしッ!」
俺は盛大にクシャミをしてしまった。しかも、全身で思いっ切りだ。ああ、びっくりした。
「ロロ……」
「おはなが、むじゅむじゅしたのら」
「アハハハ」
「フフフ」
「あらあら、ロロ坊ちゃまったら」
なんだよぉ。俺はクシャミをしただけだ。だって我慢できないだろう? 出るものは仕方ない。
でも何故か俺のくしゃみが切っ掛けで、場の空気が少し和らいだ。狙った訳ではない、本当に。
「実は、私はリアを覚えているんだ」
クラウス様がそう話し出した。
リア姉だって学園に通っていたのだから、顔くらいは見たことがあるのだろう。
「アウレリア・レーヴェント……ある意味、有名な令嬢だったからな」
……なんだと? ある意味有名だって?
「姉上……」
「わ、私、何もしていないわよ」
えぇ~……みんな疑いの眼差しだ。フィーネだってリア姉のことを覚えていたのだろう? 学年が違うのに。なんだっけか……たしか『令嬢なのに、やたら剣が強いと有名』て、言ってなかったっけ? クラウス様は、リア姉と同い年だ。学年が同じなのだから、フィーネより覚えていても不思議じゃない。
「最初は気付かなかったんだが……」
クラウス様がリア姉と会ったのは、教会のバザーの時だ。あの時、すぐには思い出せなかったらしいのだが、学園へ戻った時にふと思い出したそうだ。
「突然退学したと、噂になっていたのを思い出したんだ」
なるほどね。ところでさ……。
「れおにい……」
「ロロ、どうした?」
「ちゅぢゅき、たべてもいい?」
「ああ、まだ途中だったんだね。いいよ。ニコも食べてしまいな」
「おう」
忘れられていたけども、ニコ兄と俺はまだ食べ終わってなかった。だから、食べよう。
「あらあら、お茶を入れましょうね」
出た……マリーのお茶攻撃だ。誰にでも、どんな時でもお茶を出す。そして、皆を巻き込む。マリーの必殺技だ。
「どうぞお掛け下さい。珍しいフォリコッコの卵がありますよ、召し上がりませんか?」
レオ兄まで勧めているぞ。まあ、いいか。重い空気より、ずっといい。
「なんと……フォリコッコか!?」
「レオ、それは魔鳥じゃないか」
「はい、庭で飼っているんですよ。表の柵の中にいたでしょう?」
「なんと……!?」
「魔鳥を飼うのか? 飼えるものなのか?」
「ええ。毎朝、卵を産んでくれるんです。美味しいですよ」
「そ、それは食べてみたいな。ね、父上」
「いや、そんな。謝罪に来たのに頂く訳には……」
「構いませんよ。なんせ1個が大きいんです」
そんな話をしている間に、マリーが出してきた。ご自慢のお茶と、コッコちゃんのふわとろオムレツ。今日はチーズ入りバージョンで、トマトとフレッシュバジルを細かく刻んたトッピング付きだ。爽やかなソースと、濃厚なコッコちゃんの卵のマリアージュがとっても美味しいぞぅ。
「さあさあ、どうぞ」
「かたじけない」
「いただきます」
ほら、フォークを入れると中からトロットロのチーズが出てくるだろう? 半熟加減もベストだ。お口に入れたら感動するのだよ。
「むふふ」
「ロロ、どうした?」
「らって、にこにい。じぇったいに、うまうまなのら」
「そうだな」
まあ、ニコ兄と俺はまだ食べるよ。モグモグモグと大人しく食べる。
「ロロ、口の周り」
「にこにい、ちゅいてる?」
「うん」
「あとれ、ふくのら」
「そうだな、またすぐに付くしな」
「しょうしょう」
そんないつもの会話をしながら、モグモグモグと食べる。
「クフフフ……」
クラウス様が、俺達を見て笑っている。何故に?
「クラウス、どうやら私は忘れていたらしい……」
「父上?」
「とても美味しい……心まで温かくなる」
「父上……」
「いかんな、涙もろくなってしまって……」
目頭を押さえながら、領主様が少しずつ話し出した。
「毎日、朝食は慌ただしくて戦争のようだった」
「ええ、確かに。料理を味わうなんて、できませんでしたね……」
朝から令嬢が、お付きの侍女に当たり散らすらしい。少しでも気に入らないことがあると、ギャンギャン喚き、物を投げつける。その音が邸宅に響くのだそうだ。そんな中で、取り
「あらあら、また何かしたのかしら? 仕方ないわねぇ」
と、優雅に笑いながら、お茶を飲んでいるらしい。余りにも、それが日常になっていて、異常なのだと思うことさえ忘れていたと。その内忙しいこともあって、領主様は別に食事を取るようになっていたそうだ。家が、安らげる場所ではなかったのだ。
「レベッカは赤子の頃から、よく泣いて愚図る子だった。それが、成長と共に収まるのではなく、成長と共に愚図り方も酷くなっていった」
