2016年都知事選
スーパー泡沫候補を追え!
世界有数の巨大都市・東京。
2016年夏、大東京の玉座から奈落の底へ転げ落ちた舛添要一前知事の辞任を受け、21人が立候補した東京都知事選挙。
主要メディアは大政党がバックについた小池百合子、鳥越俊太郎、増田寛也の3候補をえこ贔屓しまくり、連日、彼らの動向ばかりを報道。
これに激怒した他候補が、BPO(放送倫理・番組向上機構)と在京キー局4社に対し、報道姿勢の是正を求める要望書を出したのは皆さんもご存知の通り。
そんなマスコミの完全シカトを物ともせず、強烈な個性で東京都民の度肝を抜き、今回の選挙で一気に知名度を上げたのが、後藤輝樹、武井直子の二候補である。
どちらも知名度、組織力、街頭演説ゼロ。選挙ポスターまでほとんどゼロという、絵に描いたような泡沫候補。
これまでの選挙であれば、立候補したことすら誰にも知られないまま、静かに消えてしまうところ、狂気をはらんだ鬼気迫る政見放送がネットを通じて拡散。超弩級のキャラクターに魅了された人々が信者となって、一定の支持を集めた。
今回落選はしたものの、近い将来、既存メディアの影響力がさらに低迷した暁には、彼らのような「カリスマ」が何かの間違いで当選し、迷走する我が国を領導する権力者となる可能性も決して否定できない。
その来るべき日に備え、今のうち媚を売っておくのも悪くない……と思いついた独占インタビュー企画──というのは半分冗談だが、当選の可能性がゼロどころかマイナス500パーセントと分かっていながら、わざわざ数百万の供託金をドブに捨て、政界にデビューするというのは、平凡かつ生ぬるい人生から飛び降りる大博打であり、疑いようのない人生再インストールであろう。
チンコ主義ってなんだ? 後藤輝樹
今夏の都知事選を最もアブノーマルに戦った候補者といったら、若干33歳の無所属・後藤輝樹だろう。
肝心な候補者名がどこにも見当たらない、軍服姿の謎めいた選挙ポスター。政見放送ではチンポだのマンコだの、放送禁止用語を連呼。
暇さえあればユーチューブで過去のキチガイ政見放送を検索し、飽きるほど見まくっていた私すら、こんなもの放送して大丈夫なのか……とモニターの前で戦慄する凄まじさだった。
東京都知事候補といういかめしいプレートの後ろで、踊り、叫び、真夏のお茶の間の気温をマイナス300度まで瞬間冷凍してのけた男を、私は他に知らない。
世論の袋叩きに遭うリスクも顧みず、やりたい放題の姿に衝撃を受けた私は、その超然とした生き方を本人から直接学びたいと思い立ち、彼のサイトにアクセスした。
後藤さんの公式な肩書きは「便利屋業」だが、これは冗談ではなく、サイトには「便利屋 輝ちゃん」というリンクがあり、時間当たりの価格表と諸条件が明記されている。
「早寝早起きの生活サイクルなので、夜は基本働かないようにしています」
便利屋にしては敷居の高い不思議な注意書きが引っかかったが、色々こだわりの多い性格なのだろう。1時間3千円(交通費別)という価格も、知名度を考えれば全然高くない。
仮に私が自腹で都知事選に立候補したら、なんのメリットも無いシックスサマナの取材など絶対お断り。だからこそ今回は、あくまで便利屋の仕事として、このインタビューを受けてもらおうと考えた。それがちょうど、投票日2日前のことだった。
可能でございます──(中略)お金がかからない料金設定ですと、私の近所でやった方が金額は低くなります。ちなみに移動距離はヤフー地図で計算しています。
返事が来るのは投票日以降だろう──と油断していたら、送信ボタンを押した数時間後には返信が届いていた……。早すぎる!
申し入れはあっさりオーケー。後藤さんとは翌日(投票日前日)、そして投票日当日も、細かい打ち合わせのメールを何通もやりとりした。
7月31日深夜には小池百合子氏の当選が決まり、後藤候補は7031票を獲得しつつ落選。そんななか、私はインタビュー3時間分の料金、9千円を振り込んだのである。
約束の8月4日、横浜某所に出向いた私は、日傘をさしたマスク姿の後藤さんと対面を果たした。万全な日焼け対策を施した後藤さんの肌は、まるで少女のように透明だった。
落選直後のインタビュー。ピリピリした雰囲気を予想していたが、後藤さんはサービス精神の塊。カメラの前で落ち着きなく手足を動かしながら、ノリノリで語りまくってくれた。
「誰かに何かを相談すると、必ず反対されるんです。だから僕は人からどう思われようと平気だし、他人の評価とか評判は気にしないんです」
思ったことは言う、やりたい事はやる。という己のポリシーを突き詰めるうち、おかしいと感じたことを根本から変えるには政治家になるしかない──そう思い立った。
まずは政界進出の資金を稼ぐため、陸上自衛隊から汚部屋の掃除まで、あらゆる職場で黙々と金をためた。そして28歳の春、神奈川県議会選挙に初の立候補。実家に迷惑がかからないよう、縁切り状態での出馬だった。
今夏の都知事選出馬にあたり、後藤さんが納めた供託金は300万円。このお金は有効投票総数の10分の1を獲得できなければ問答無用で没収されてしまう。
参考までに、今回の都知事選で供託金没収を免れたのは、当選した小池百合子氏を含む、上位3名の候補者のみ。4位の上杉隆氏でも得票数は全体の3パーセント以下という厳しさで、10パーセントのハードルは思いの外高い。
ところがである。これが都議会、県議会、市議会議員選挙となると、わずか数十万円の供託金で立候補できる。しかも、有効投票総数の10分の1をさらに定数で割った票が獲れれば、供託金没収はない。つまり、お金はそのまま戻って来る。
定数が25人なら、10分の1のさらに25分の1でクリア。早い話、相当ヤバい奴でなければ供託金は返ってくるというわけで、初参戦の後藤さんも供託金没収とはならなかった。
逆に供託金没収をクリアすれば、ポスター印刷費なども公費負担となる。つまり、お金はほとんどかからない。
一方で、どうせ税金で払うんでしょ──と、あえて相場の数倍をふっかけてくる悪い印刷屋や、そうしたぼったくりの見積もりを二つ返事でオーケーしてしまう候補者も少なくない。大人の世界はどこまでも清廉潔白とはいかないようだ。
生まれ育った神奈川で人生初の落選を経験した後藤さんだが、その後も目黒区長選、港区長選、千代田区長選、東京都議選、千代田区議選と立て続けに立候補。全てに落選した!
先ほど、都議会、県議会、市議会議員選挙を「あまりお金のかからない選挙」と解説したが、さすがに市区長選ともなると、供託金没収の基準は都知事選並みに厳しい。
それでも立候補せずにはいられないというわけで、これまで後藤さんが没収された供託金は、しめて600万円超。
親の遺産でもなければ、資産家でもない、あぶく銭でもない、アルバイトや便利屋業でコツコツ貯めたお金を豪快にぶっ込みまくる後藤さん。しかし、豪快にぶっこむのは供託金だけで、選挙費用のやりくりは意外と慎ましい。
「お金が無いんで、都知事選のポスターは100枚しか刷らなかったんです……。100枚オーダーすると、試し刷りなのかオマケなのか、印刷所から10数枚余分に届くんですけど、実はこれもあてにしてました」
選挙ポスターを貼る掲示板は、都内に約1万4千箇所。2名の支援者が手伝いを申し出てくれたそうだが、人手もポスターも圧倒的に不足していた。
少ないポスターをむやみに貼り散らかしても意味がない。だからこそ、有権者がネットに拡散してくれる奇妙なデザインを考えるわけだが、さらに貼り出す場所にもこだわって、駅前や繁華街、イベント会場周辺など、ここぞという場所を厳選した。
そのポスターも、今回の都知事選ではあくまで脇役。後藤さん自身は、テレビの政見放送に全てを賭けていた。
「もともとダラダラ喋るタイプなんで、話の内容を5分半の制限時間にきっちりまとめるのは大変。パソコンのカメラで録画しながら、何十回もリハーサルしました」
ところがその決死の賭けが、NHKで行われた最初の収録であっけなく玉砕してしまう。
緊張を解きほぐすため、収録直前までやさしい言葉をかけてくれた温かいスタッフ。そんな和やかなスタジオの空気が、一世一代の収録を終えた途端、パキパキと音を立てて凍りついた。
「放送できません」
NHKからも、長々待たされた選管からも「ノー」と言われてしまったのだ。
「ポコチンなんて地上波でも言ってるじゃないか!」
1983年、参議院選に立候補した「伝説のオカマ」こと東郷健が、政見放送でメカンチ、チンバ等の差別用語を連呼。大揉めにモメた末、該当部の音声を削除された映像がなんとなく放送された。
東郷健がオーケーで俺はだめなのか! 必死で前例を訴えるも、担当者は「次元が違います」とにべもない。
ダメと言われて代わりの原稿があるわけもなく、その日は帰宅。総務省に電話して「憲法で保証された表現の自由はどうした!」と叫んでみたが、果たして効果があったのか……。
結果、二度目の収録をすることになったが、内容を大人しくするつもりはなく、最初のバージョンとほとんど同じセリフ、同じ流れでやり通した。
「二度目の収録のとき、NHKのスタッフが一度目の台本のコピーを持ってたんです。見たら、ヤバい部分が黄色の蛍光ペンでマーキングされてるんですけど、それが多すぎて、黄色い紙みたいになっちゃってましたよ……」
収録後、NHKから「公職選挙法第150条に則ってやらせていただきます──」という謎の電話があった。
公職選挙法第150条の2
公職の候補者、候補者届出政党、衆議院名簿届出政党等及び、参議院名簿届出政党等は、その責任を自覚し、政見放送をするに当たっては、他人、他政党、その他政治団体の名誉を傷つけ、善良な風俗を害し、特定商品の広告、営業に関する宣伝をする等、いやしくも政見放送として品位を損なう言動をしてはならない。
放送禁止になるのか、ならないのか、本人も分からないまま放送日がやって来た。
結論から言うと東郷健よろしく、該当音声が軒並みカットされたものが放送されたわけだが──該当部分があまりに多すぎたせいで、流された映像はほとんど意味不明。それが本人も想像しない怪しげな効果を生み出し、前代未聞の作品に昇華した挙げ句、有権者の注目を集める結果となった。
「この国を本気で正してくれる人がいたら、僕は政治家なんて目指さず、ひっそり目立たず生きてましたよ……。でも、そういう政治家が見当たらないんです。それなら、僕が神輿になるしかないなと──」
NHKをはじめ、選管や総務省のエリート役人どもをしどろもどろに難儀させた、ややこしい泡沫候補……その正体はガラスのように純粋な男だった。
今や、グーグルでもユーチューブでも、「政見放送」という検索ワードで真っ先に現れるのは後藤輝樹。この知名度を武器に、次回こそは……。