ニッポン異国めぐり なんちゃって海外旅行
シックスサマナ18号「おとなの修学旅行」の取材中、日本で最もブラジル人が多いというトヨタの城下町・愛知県豊田市で、通称「ブラジル租界」と呼ばれる「保見団地」を訪れる機会があった。
日本きってのブラジルゾーンは、看板ばかりか壁の落書きまでポルトガル語。日本人顔の通行人に声をかけたらインディオだった……というのは冗談だが、ブラジル濃度は特濃だった。
団地内のスーパー「フォックスマート」は客も店員もブラジル人。食料品も洗濯洗剤もブラジル製なら、冷凍庫の魚はアフリカの怪魚といった具合。
ブラジルレストランでシュラスコを喰い、ブラジル人のたむろする公園を眺めながら、ふと思った。30時間も飛行機に乗る必要なんか無いんじゃないか。ここで充分なんじゃないか? と……。
週に2日しか休めない企業戦士。出張でなければ精神を病んで診断書でももらわない限り、南米旅行など夢のまた夢。
それがちょっとした工夫ひとつで、日本にいながら、ささやかな南米気分を漫喫できるって、ウン、実に良い話じゃないか! というわけで、東京近郊の外国人ゾーンに片っ端から足を運び、なんちゃって海外を実感できる、価値ある場所を探してみたよ!
下町のインディアンベルト(秋葉原〜船掘〜西葛西)
大好きだったアキバが変わったのは、オウム真理教がパソコンを売り出した頃からかもしれない。
当時、アキバに「齋藤さん」という名物ホームレスがいた。アキバの隅々から集めた廃棄物を、今はなきヤマギワリビナ本館裏の稲荷の脇に広げ、叩き売っていた。
路上販売の元祖的存在だった齋藤さんだが、頭が少し弱かったせいか値付けはムチャクチャ。彼の店には掘り出し物がいっぱいで、いつも黒山の人だかりだった。
警察から注意を受けても、地回りにヤキを入れられても、頑なに店を守った齋藤さん。そんな彼がヤクザに襲われ、殺されたあたりから(あくまで噂ですが)、アキバは萌えとアイドルに支配され、気がつけば足が遠のいていた……。
わけあって一昨年、10年ぶりでそんなアキバを歩いてみた。
古き良きアキバの匂いを残す、山手線ガード下の「ニュー秋葉原センター」は未だ健在。だが、目玉だったパーツショップは需要低下で絶滅寸前。
かわりに増えたのが、リフレだの出会いカフェだの女装専門店。上の階はそんなのばっかで、まだまともな一階部分はインド人だらけだった。
インドから来た彼らは客ではなく、パソコンを売る者もいれば、インド雑貨やDVDショップの店員もいた。シンガポールやマレーシア、ソウルの電脳中心にも同様のインド電脳ゾーンがあるが、まさかアキバがこうなるとは……。
都内で働くインド人が激増したのは西暦2000年ごろから。
家賃の安いUR住宅(敷金と1年分の家賃を前払いすれば保証人不要で入居可)が林立する江戸川区にポツポツとインド人先達者が住み始め、彼らを追う形で、西葛西・船掘一帯にインド人コミュニティができた。
ガテン系の怪しげな職に就くことが多いアジア系移民だが、インド人に限っていえばホワイトカラーのIT系技術者ばかり。だからこそ、アキバという特殊な場所に店を出せたのかもしれない。
そんなアキバから、インド人の牙城・西葛西に移動した。
駅を出ると、早速インド人の家族連れと数組すれ違うが、噂とは裏腹にインド人濃度は高くなく、たまに見かける程度。
地元スーパーにインド食材コーナーがあったり、インドレストランも幾つかあるそうだが、そんなものならウチの近くにも沢山ある。
駅前は夜になると立ちんぼだらけだが、彼女らは皆、中国人。インドのストリートで見るような、小銭をタカるチンピラの姿は影も形もない。
考えてみれば、西葛西に住むインド人の9割が高収入の勤め人。彼らは日中を都心の職場で過ごし、会社が終われば駅からすぐのマンションに直帰する。つまり、あてもなく町をぶらぶらする理由がないのだ。
その西葛西から荒川を北上した船掘も、もうひとつのインド系ゾーンとして知られているが、訪れてみると、駅の改札を出るまでに2人も小人を見かけたり、インド女性のサリーも心なし、くたびれているような印象で、西葛西がデリーなら船掘はバラナシ。数倍インド的であった。
そんな船掘駅のすぐ近くに「ハレー・クリシュナ」というインド宗教の寺院がある。
インド神話のクリシュナを最高神とするこの宗教。セックスは月一度。コーヒー、ギャンブルは禁止と禁欲的だが、ギャンブル禁止と言いつつ、総本山が江戸川競艇場のお膝元だったり、ツッコミどころ満載である。
来訪者に気前よくタダメシを振る舞うことでも有名で、かのスティーブ・ジョブスも若かりし頃、旅行先のインドでこの教団のタダ飯を喰っていたことがあるそうだ。
日本でも古くから同様のエサで勧誘を行っており、私が高校生の頃も、タダメシに目の眩んだ同級生から何度か集会に誘われた記憶がある。
あのときはにぺもなく断ったけど、まさかそこに、自分から足を運ぶことになろうとは……。
ハーレー、ハーレー
クリシュナ、クリシュナ……
重厚な扉の向こうから、甲高い歓声や歌声が漏れ聞こえてくる。
お気軽にどうぞ……という貼り紙のとおり、外部の人も自由に参加できるルールだが、参加者のほとんどはインド人。数少ない日本人も民族衣装姿の気合いの入った人ばかりで、飛び入りするにはバンジー・ジャンプ級の勇気がいる。
踊って、歌っての後は、お楽しみのタダ飯タイム。しかしそれも教団の資金繰りが厳しいせいか、ひどく質素で辛気臭い。
折角ここまで来たのなら、寺院脇にある教会直営カレー店をぜひお試しいただきたい。ベジタリアン・ランチビュッフェが1500円と良い値段だが、インド人の間で「日本一ウマイ」と評判の隠れた名店である。
クリシュナ意識国際教会:東京都江戸川区船堀2ー23ー4