スラム化進行中の異国フードランドで異界を垣間見る

 

 

 日本と大差ない韓国に暮らす私。店を経営する関係で、普段なかなか海外に出られないのが悩みだが、そんな私が韓国で気軽に冒険したくなったとき足を運ぶのが、いわゆる「韓国の中の異国」だ。

 

 東南アジア人のホットな出稼ぎ先として、日本以上に外国人移住者の比率が高い韓国は、ソウル市内にも観光化されていないガチの中国人街がいくつかあり、ベトナム人街、ロシア人街、ウズベク人街、ネパール人街なども多彩に形成されている。

 

 個人的に好きなのは、東大門市場付近にある「モンゴルタワー」と呼ばれる雑居ビルで(何はともあれプロレス技のようなネーミングが良い)、6階建ての雑居ビルにはモンゴル人によるモンゴル人のための店がぎっしり。ウランバートルに瞬間移動した気分が味わえる。

 見慣れぬ文字が並ぶストリートや建物をぶらぶら、韓国語の通じない、一体どうやって営業許可を得たのかわからない飲食店に足を運べば、ちょっとした異国気分が楽しめるというものだ。

 

 ところで最近、カンボジアのことが気になっている。

 本誌の影響を受けているのはもちろん、韓国では最近あまり見かけなくなった「ディープコリア」的なものに出会えるのではとの期待から、去年も今年もちょこちょこと旅行している。

 韓国に戻ってからも古い建物を見つけるたび、建築年がクメールルージュ前か後かで価値を判断する、プノンペン脳の自分がいる。

 

 当然のように、韓国でもカンボジア人街を探してみた。ソウル市内にはカンボジア料理店すらないが、ソウルから地下鉄で1時間ほどの隣町、水原(スウォン)市に存在するという情報を得る。

 水原といえば関東における蕨市のように、低所得の外国人居住者が集う郊外の町。そこに位置する、アジア料理店が集まる地下の食堂街「多文化フードランド」に、何軒ものカンボジア料理店が集まっているとのことだ。

 

 ところがこの多文化フードランドとやら、調べてみるとどうもきな臭い。

 外国人移住者をサポートするという名目で、行政が2011年に3億5000万ウォンで造成した食堂街に、タイ、ベトナム、バングラデシュ、ネパールなど、アジア各国の食堂が入店したが、行政は箱を作っただけで広報をろくにしなかった。

 

 駅前とはいえ奥まったところにある古い雑居ビルの地下ということもあり、周辺住民ですら、ここに食堂街があるのを知らない状況。そのため店はどこも開店休業状態で、2013年2月のニュースでは「1日の訪問者が多く見積もっても5人」と報道されている。

 酔っ払い客が凶器をふるう事件も定期的に起こり、薄暗い地下道はホームレスの居場所にもなっているとか。これは気になる……。

 

 異文化体験の前に営業時間を確認すべく、フードランドのカンボジア料理店「ハッピーカンボジア」に電話してみた。

 受話器を取ったカンボジア人のおばちゃん、さっそくカンボジア語で対応してくるではないか。

 韓国語で「カンボジア食堂ですよね、何時までやってます?」と聞いたところ、流ちょうな韓国語で逆に聞き返された。

 

「なぜ?」

 

 いや、なぜって言われても……。

 「食べに行くんですけど」と答えると、「ああはいはい、10時までやってますよ~」と教えてくれて、ひとまずほっとする。だが間髪入れず、

 

「で、あんた誰なの?」

 

 いや、誰って言われても……。

 「何というか、ただの人です……」と答えるしかない私に、おばちゃんは「ああはいはい、じゃあ後で会いましょね~」と陽気なノリで言い、電話を切った。

 謎すぎる対応だったが、いずれにせよ店が開いてさえすればいいのだ。ソウルを夕方出発しても、問題なく間に合うだろう。

 

 夜8時ごろ、水原駅に到着。駅前には唾を吐きまくる若いお姉ちゃんや、建物のちょっとした窪みでくつろぐホームレスの方も多く、韓国の地方都市ならではの野性的な盛り上がりを見せる。

 いや、野性的という意味では水原駅前は韓国でも群を抜いていると思う。駅前繁華街裏の赤線地帯もいまだ現役だ。

 

 ビルとビルの間の細い路地を抜けると、4階建ての古びた建物が登場。この地下1階こそが「多文化フードランド」だが、看板は目立たず、知っている人でなければたどり着けそうにない。

 天井が頭に届きそうな圧迫感のある階段を下りて地階へ。そこには、建物外の喧騒からは想像もつかないほど静まりかえった薄暗い食堂街が、異界への扉のように私を待ち構えていた。

 

 通路の両脇に、アジア各国の飲食店が8店舗ほど並ぶ。夜8時というゴールデンタイムにも限らず、どの店にも全く客がおらず、中には省エネのために電灯を半分消している店も。

 店員はやる気なさそうにテーブルに寝そべり、配達物の段ボールは未開封のまま店先に放置。ランド全体に漂うダメな気に、思わず圧倒されそうになる。これぞ逆パワースポットだ。

 

 誰ともすれ違わない通路を奥まで進むと、無駄に大きい広場が登場。その一角がステージとなっているがのが哀愁をそそる。

 今は幸い誰もいないが、きっと全ての店が閉店する頃には、ストリートのおじさんたちがここを寝床にするのだろう。その広場の一角に、さきほど電話をかけた店「ハッピーカンボジア」があった。

 

 窓のない壁で覆われ、開口部は事務的な鉄の扉があるのみで、中の様子は一切分からない。

 ただし、外壁に雑に貼られたチープな壁紙や、浮かれたアンコールワットの写真を見るに、内部もぐだぐだであろうことが容易く予測できる。

 

 勇気を持ってドアノブに手をかける。が、思いっきり鍵がかかっていた。さっき「後で会いましょう」って言っていたのは何だったのか……。

 

 ちなみにこの店の他にも2軒のカンボジア料理店(店名がわからないためB店、C店とする)があるが、どちらも扉の鍵ががっちりしまっていた。

 特にB店(隣は韓国式犬肉屋)は、ガラス戸の裏から包装紙やカレンダーを貼って目隠しした貧民街の飲み屋のようなつくりで、隙間から中をのぞくと、煌々と光る蛍光灯の下、誰もいないテーブルには、食べかけの料理とビールの空き瓶が散乱していた。

 まるで出入国管理局の抜き打ち検査を事前に察知したかのような、見事なもぬけの殻っぷりだった。

 

 

 それから半年後となる今夏、あのカンボジア料理店にもう一度チャレンジするため、また水原市まで足を運んだ。

 今回は先方に逃げられないよう事前に連絡せず、ちょっと早めに7時ごろ訪れた。

 再訪したフードランドはますます店が減っていた。営業を続けているだけで、逆にすごい経営センスを持ち合わせているのではと思ってしまう。

 

 くだんの「ハッピーカンボジア」は、今日も鍵がかかっている。もはや閉店したのかもしれない。

 犬肉屋の隣のB店は、「カンボジア」と書かれた看板を隠すようにブロックが置かれ、店内には什器すらなかった。こちらは明らかに閉店だ。それでも相変わらず蛍光灯はつけっぱなしだった。

 

 前回閉まっていたもうひとつの店、比較的まともそうなC店は幸い営業しているようだが、そのC店の隣にある、以前訪れた時はネパール料理店だったが店舗が、新たにカンボジア料理店となっていた(D店とする)。

 こちらも営業中だが、看板に「カンボジア」と書いてあるにも関わらず、掲示されているメニュー写真は韓国の刺身やサムギョプサルだ。わけがわからない。

 

 というわけでC店を利用することに──。

 店内はエアコンが稼働しておらず、暑さだけはカンボジア並み。メニューを見せてもらったが、写真に添えられた料理名はカンボジア語のみであり、何が何なのか全く分からない。

 店員のカンボジア人は韓国語が流ちょうな人懐っこいお姉さんで、悪い気はしない。しかし、おすすめメニューなど訊ねても、「どの料理も似たようなもの」とあいまいな答えを返すばかりで、全くらちが明かない。

 

 カレーっぽい料理やスープっぽい料理の写真を指差し、注文してみるが、「今日はない」「外国人の口にはあわない」「時間がかかる」などの理由で、断られまくる。

 あてずっぽうに指さしまくり、「肉入り焼き飯」と「パイナップルと肉の炒め物」と「焼き鳥みたいなもの」をようやく注文。

 やがてやってきた料理(全て牛肉料理だった……)は、店員のアドバイスの通り、どれも似たような、ぼんやりとした甘い味付け。うまいとは少しも思わなかったが、確かにカンボジアでもこんなのを食べたような気がするので良しとしよう。

 

 ちっぽけな異国体験をそそくさと終え、クレジットカードを手渡すと、お姉さんは機械の操作が分からないとつぶやき、隣のカンボジア料理店(D店)から人を連れてくると言って出て行った。

 別のカンボジア人がやってくるものとばかり思っていたが、現れたのはコワモテな韓国人のおっさん。堅気ではなさそうな雰囲気だが、ここのカンボジア人を統括(みかじめ?)するポジションなのだろうか。

 彼はごそごそと機械を動かし、私に領収書をよこした。その手には親指以外さっぱりなかった。

 

 おっさんは私を店の外に促し、「うまかったか?」と気さくに話しかけてくる。自分の店(カンボジアという看板を掲げるD店)の前を通りがかりながら、私にこう言った。

 

「さっきの店、肉がちょっとしか出ないのに1000円もとられただろ? 俺のところは、3人でサムギョプサル食べても1000円だぜ、がはは!」

 

 サムギョプサルって、カンボジア料理じゃないのでは……。もはや何の店なのか全くわからなかったが、そこは突っ込まないほうがいいだろうと本能的に感じるものがあった。

 サムギョプサルなるカンボジア料理を売る彼の店こそ、フードランドの最果ての異国なのかもしれなかった。

(了)