ポルポト時代を生き抜いた ホモたち 後編
10年以上も昔の話だよ。舞台はいつも閑散として人がいない、プノンペン中心のオリンピック競技場。
日課にしていた健康ウォーキングの最中、仲代達矢そっくりの知的なカンボジア人医師から、親しげに声をかけられたんだ。
「キミ、若いうち何でも経験しなくちゃ……。良かったら案内してやろうか? 僕の知ってるいかがわしい店に」
ガリガリに痩せた仲代は、現役医師と思えない血走ったギョロ目をグリグリ動かしながら、僕の趣味などお見通しと言わんばかりの魅力的なオファーを繰り出してきた。
あの頃、プノンペン郊外の置屋探しに血道を上げていた僕は、思いもよらぬ提案に大喜び。特に深くは考えず、彼のバイクに飛び乗ったんだ。
「ポルポト時代、ホモセクシャルは弾圧対象だった……。友は皆、殺されてしまったんだよ」
バイクのハンドルを握り、謎めいたセリフを吐いた仲代は、僕のあそこのサイズを何度もしつこく訊ね、問答無用でプノンペン郊外にある自分の診療所に僕を連れ込むや、
「キミは具合が悪そうだ。折角ここまで来たんだから、性病の検査をしてあげよう。さあ、ズボンを脱ぎなさい」
と冷たく命じて診療所の扉に鍵をかけ、窓のカーテンを引いたんだよ……。でもって、燃え上がるような仲代のギョロ目にひるんだ僕は、命じられるがまま、パンツをおろしてしまったんだ。もしかすると尊敬する沢木耕太郎だって世界旅行中、何度かこんな目に遭ったのかもしれないね。
ゴクリとツバを飲む音がして、仲代の指が僕の大切な部分を包み込んだ。最初はやさしく撫で回し、そのうちふわり、ふわりと弄び、それでも僕が抵抗しないと見ると、一定間隔で機械的にしごきはじめた。
思いもしない流れに混乱したよ。けれどその日の僕は、未だ見ぬ「いかがわしい店」に期待マンマンで、ちょっとした異常状態にあったんだよね。
ただ、ここで間違って勃起なんかした日には、興奮した仲代と行くところまで行ってしまいそうな危うさもあった。そうなれば、どちらかの竿がどちらの穴に入るまで──。つまり、最悪の事態にハッテン……いや、発展しかねない。
「若いうちは何でも経験しなくちゃ……」
出会い頭に聞かされた、意味深なセリフが脳裏にリフレインした。うーん、そういうもんなのかなぁ……。せめて女装でもしてくれたら……。や、無理だ……やっぱりこのオッサンとするのは無理だよ!
育ててくれた父、母、代々の祖霊にまで祈りまくった。まかり間違えてポコチンが反応しないよう、力を貸してくれと……。
黙々とシコシコされること三分強。永遠に思える気の遠くなるようなひとときだった。
暗がりのなか、時折上目遣いで僕を見上げ、ニヤニヤしたり、ウィンクしたりする仲代。盛り上がる彼とは裏腹に、僕の竿はクラゲのようにフニャフニャのまま。
「チッ……。フーッ」
甲高い舌打ちと、重々しいため息。額にぐっと癇筋を這わせた仲代は、僕が矯正不能のノンケであることを悟った瞬間、指を止め、竿から手を離した。
肩を落として立ち上がった仲代は、挑むような眼差しでこちらを睨みながら、先程閉めたばかりのカーテンを勢い良く開いた。その瞬間、容赦ない陽射しが僕とチンポを真っ白に照らし、夢が覚めたような気がしたね。ああ、世界はこんなにも光に満ち溢れていたのか──と。
「安心しなさい。キミは性病じゃない」
薄暗い手仕事で性病の有無が分かるのか? もはや突っ込んでも仕方ないし、僕は性病の有無よりも、どうやってここを出るかで頭がいっぱいだった。
「そろそろ子供を迎えに行く時間だ。遠慮はいらないから、その気になったらまたいつでも遊びに来なさい。おっと、その前に約束通り、キミをいかがわしい店に連れて行ってやろう……」
さすがは高学歴……。気まずい空気を悟ったのだろう。輝きを失った瞳を伏せ、定型文のようなセリフを一気に語り終えた仲代は、ズボンとパンツを上げるよう僕を顎で促した。
やれやれ、とんでもない目に遭った……。でも約束通り「いかがわしい店」に案内してくれるみたいだし、まあいいか。
気まずさを吹き飛ばすよう、喜々としてバイクに跨った僕だが、目一杯膨らんだ期待とは裏腹に、国道沿いに点在するしょぼくれた按摩小屋に僕をいざなった仲代は、
「ほら、ここなら5000リエル(100円ちょっと)もあればセックスできる。安いけど性病が蔓延しているから注意しなさい」
僕がノンケと知ってどうでも良くなったのか、解説もあからさまに投げやり。
若くてキレイな娘がいれば、汚かろうとボロかろうと問題ないが、バイクの音に反応して小屋から飛び出してきたのは、丸々太った白塗りのババア。まったく、ホモが案内する置屋なんて来るもんじゃないね。わざわざ遠くまでオバケ屋敷を見に来たようなもんだよ。
がっかりした僕を、最初に出会ったオリンピック競技場まで送り届け、お決まりの「手の平コチョコチョ握手」を交わし、振り返りもせず、去っていった仲代。
沈む夕日を眺めながら、ちんぽ一本弄ばれた挙句、一日ムダにしたような、切ない気分を味わったよ。
もう二度と会うことはないだろう──と思っていたら、翌週、また同じ場所で遭遇。そのとき仲代は、3人の男友達と競技場の最上段で夕日を眺めていた。
「友達を紹介するよ。古い付き合いでね……」
2人とも、公家風のナヨナヨした男だった。作り笑いで適当に挨拶してその場を離れる僕。
ほっと息をついて周りを見渡すと、同様の雰囲気を漂わせる男性グループが、ここにも、あそこにも……いや、そこら中で等間隔にとぐろを巻き、夕闇のなか、カッと見開いた瞳を輝かせ、行き交う男の尻や股間に熱い視線を送っていた……。
過酷なポルポト時代をしぶとく生き延びた歴戦のホモたち。
そんな彼らのハッテン聖域・オリンピック競技場も、年を重ねるごとにサッカーや健康体操に興じる一般市民の姿が目立つようになり、今となっては、立派な健全スポットに変貌。
大勢いたホモたちは何処に消えてしまったのだろう?
(つづく)