キューバという国に十年弱棲んで、様々な経緯を経た結果、西南アフリカに広く分布する「コンゴ系バントゥ族」の奴隷が齎した祖霊精霊信仰と関わることになり、一九八八年からですので今年で二八年の歳月が経過致しました。

 キューバ人はというと、多数派のナイジェリア・ヨルバ族の奴隷が齎した信仰「サンテリア」や「イファ」を重んじ、皆々躍起に成ります。

 

 私の信仰するバントゥ系の「パーロ信仰」は少数派で、更に其の中で三つに分派して居ります。

 KIMBISA(キンビサ)は基督教と混交し、BRILLUMBA(ブリジュンバ)は別名「頭蓋骨派」と呼称され、契約した霊の遺骨で有る頭蓋骨と大腿骨を後生身近に置いて生活する。強いて申せば祖霊に焦点を中てた派で御座います。

 MAYOMBE(マヨンべ)はブリジュンバ派の延長線で有り、孤高にて邪術を駆使し乍ら一生を送る生活を致します。

 簡易に云えば、キンビサは多数派・ブリジュンバは少数派・マヨンべは極めて少数派という感じです。変な云い回しですが、私は少数派の中の少数派を実践してきたわけです。

 

 キューバの首都・ハバナ郊外に在るグァナバコア管区は、パーロ信仰の謂わばメッカで有るが為、古の時代から町全体が信仰に協力する様な形態で形成されて参りました。

 表向き養豚や養鶏を営む場は、何故か他の獣も豊富に揃えて居る。フティア(大鼠)・ハゲワシ・梟・七面鳥・山羊・羊なぞ、欲すればあらゆる獣を短時間で用意し、また、動物園との密接な繋がりも有り、死んだ大型獣の骨や皮も同様に用意する。

 要するに、神霊や霊に供犠として供する生血の需要が多々有る為、他の地域とは異にする業務形態を採って居るのです。

 

 墓所も此れまた奇妙な形態を取って居ります。パロ信仰の聖地であるグァナバコアの墓地は、信仰者が墓守をして居る為に、僧または弟子が向かえば何時でも墓を暴いて死者の遺骨を持ち出し出来るのです。

 無縁・有縁は関係御座いません。親族が健在で在っても、グァナバコアの墓所に埋まった死骸は、今現在生きる人物と霊が契約を欲した場合、親族は異を唱える事をしないのが暗黙の了解。霊の意向を尊重するわけで有ります。

 キューバ在住時、私はゴッドファーザーの弟子、及び助手として、頻繁に墓所を訪れては墓暴きをして参りました。スコップを使うのも手慣れたもので、上手い事、遺骨に傷付けず掘り出す事が出来る様に成りました。

 

──キューバは社会主義国家だから宗教は御法度だろう? 其れ以前に野蛮なアフリカの信仰なぞ、政府が許さんだろう?

 

 などと、疑問に思う方も多々居るかと存じます。

 然り、全く持って「宗教はアヘン」と切り捨てたソビエト式社会主義の国。表向きは廃神主義です。ただ、其れは信者の集う場が有る基督教に限り、共産革命後は徹底的に廃止に追い込みました。

 同じく少数ですが、アラブ系移民の回教も廃止に追い込まれました。しかしアフリカ系の信仰はアフロ・キューバ文化とし、キューバの象徴と捉え、アフロ音楽や踊りとして残し、芸術というジャンルに組み込みましたが、其れは意図的なもので、国家がアフロ信仰の存続を御目溢したのです。

 実際、国家上層部の人物が多々アフロ信仰に関わって居ります。

 

 当時の私は、折からのバブル景気の影響からか、日本から来始めた団体旅行者や取材目的の記者・カメラマンなぞの通訳やガイドをした結果、濡れ手に粟の金銭を手にする様に成りました。

 余裕が出始めた己のオツムは、隣国のヴドゥを国教とするハイチは如何なるもんだろうか? 其の隣のバントゥ系奴隷の多かったドミニカ共和国のアフロ信仰は如何なるもんだろうか? と考える様に成ったのです。

 更に飛躍し、パーロ信仰の関係者から聞いた、私の信仰するパーロ・ブリジュンバ派の延長線で、西南アフリカのアンゴラ国に在るマヨンべ山と、其の周囲のジャングルを聖地とするマヨンべ派にも思いを馳せる様に成ってしまいました。

 

 今思えば、無作為にアフリカ繋がりと捉える思考で有りましたが、「善は急げ」方式で有る私の資質は、決めたが吉日という感じで其の数日後には目的地に向かって居りました。

 

 先ずは、ハバナから比較的簡易に行けたドミニカ共和国へ向かいました。

 此処では端折りますが、私とドミニカ共和国とは無縁では無いのです。私はドミニカを皮切りに同じ信仰を目的とするバントゥの末裔探しを始めました。

 ……が、若かった私は全身生殖器でも有り、街を行く全身プリプリ女にばかり目が行ってしまい、来る日も来る日も混血美人の実践フィールドワークと成ってしまったのです。

 

 同じく、イスパニョーラ島をドミニカと二分するハイチにも陸路で参りましたが、結果は同様で、此方は別名アフリカの飛び地と云われる程、黒人だらけです。

 しかし、話す言葉はパトゥワ語というクレオール仏語。キューバやドミニカより滑らかな上に、がつがつした感じが無い。それが新鮮で、ヴドゥの事も忘れ黒色美人を堪能してしまったのです。

 

 キューバから大枚叩いて渡ったアフリカのアンゴラも同様でしたが、此方は少々不運も重なったのです──。

 首都ルアンダと、或る地域を占有する当時の政権は、首都に限って社会主義に邁進して居り、見た目は平穏を保って居りましたが、ソ連やキューバの駐留軍が常に監視する未だ戒厳令下の状態で有り、私が行きたいバコンゴ族の居るパーロ・マヨンべの聖地・マヨンべ山の地域は、アメ公と南アフリカが支援する反政府軍の支配地域で在った為、遂に行けず終い。

 従って、此処アンゴラでも褐色のプリプリをフィールドワークする羽目と成ってしまいました。

 

 当時の三国を巡って、本来の目的で有った信仰のフィールドワークは三割、後七割は女体のフィールドワークでした。

 そんな態たらくでキューバに戻り、まずはゴッドアンクル(聖なる叔父とでも申しましょうか)へ顛末を話すと……。

 

「いやあ、良い体験をしたじゃないか! アフリカの血が混じった女を抱いたんだろう? きっちり生で放出したんだろう? それなら種を残しただろうし、相手が妊娠せずとも、御前の要素は相手の肉体に残り、其の女が別の男で妊娠したとしても、御前の要素が多少は赤子に入り込むんだ! 此れもフィールドワークの一環、御前は実践にて自然信仰の掟の一部を実行した事に成る!」

 

 そう絶賛されたのです……。

 

 其の後、私のゴッドファーザーからも顛末を問われ、渋々乍ら話をしたところ、彼は冷静な表情を保ち乍ら、訥々と話を切り出しました。

 

「医師の受け売りだが……。蛋白質というのは、分解して体外に放出できないと云って居った。山羊や牛なんぞの偶蹄類の脳味噌を好んで喰う輩がどうなるか知って居るか? 動作や表情、更に言動まで鈍く成り、性質が偶蹄類の様な態と化す──。其れと同じで、御前が精魂込めた射精は女の体内にスペルマとして残るだけで無く、御前の気魄として残る。向後、其の女達が孕んだ赤子は、御前の遺伝子を取り込んで行く……。単に受精して、其れが赤子に成ると云う常識で交尾を考えるな。強靭な先達の霊と契約した御前の精子は、そんじょ其処らの男共の精子とは格が違う。そして其れは、契約した霊が望んだ方向性でも有る。今の御前は、強靭な種を撒いて強靭な人間を後世に残す事が出来る身体で在る事を忘れるな。」

 

 と、更なる絶賛をされてしまいました。

 なんと馬鹿げた話だと、鼻白む方が多々居るかもしれません。正直、当時の私は信仰より先に女に目が行ってしまい、フィールドワークどころでは御座いませんでした。しかし、本能に忠実に邁進する事も自然信仰の一環なのです。

 此れぞ正に「瓢箪から駒」。其れから年月を重ね、信仰に忠実(?)に生きる内、瓢箪なぞ元から無く、常に駒だけを持ったり得たりする事に成るなぞ、考えも及ばなかった青き歳頃の私で御座いました。

(了)