巨星墜つ
9月26日未明、本誌連載中の井上太夫こと井上力也さんが、カンボジア・プノンペン市内で逝去した。
「井上」は彼の本当の姓ではないが、かつて日本で逮捕されたときも、取り調べの刑事がうっかり「おい、井上」と呼んでしまうほど、それは皮膚のように、彼の人生としっくり融合していた。
さてここで、シックスサマナが初めてという読者のために、軽く、本当に軽く、井上さんの略歴をおさらいさせてもらう。じゃないと何だかわからないからね。
齢40を過ぎてサラリーマン生活に終止符を打ち、90年代末、プノンペン郊外の売春無法地帯(当時)「スワイパー村」の、窓ガラスもない掘っ立て小屋に移住。そのムーミンめいた外見とは裏腹に、人々から「地獄の案内人」と呼ばれた男。それが井上さんだった。
村を訪れる変態たちの求めに応じる形で、もぐりの買春バスを筆頭に、様々な暗黒事業を展開。国際人道機関のターゲットとなって、毛唐から尾行され、変装、逃亡と、スパイ映画さながらの日々を送るも、遂に逮捕。
釈放後はベトナムの農村にひきこもり、エロアフィリエイト業をスタート。グーグルで「おまんこ」を検索すると彼のサイトがトップに躍り出るという快挙を成し遂げるも、過労が仇となって糖尿病を発病。そして両目の視力を失い、失意の帰国……。
故郷に戻り、障害者として両親の監視のもと、第二の人生を送ることになった井上さんだが、青春の地、カンボジアへの思いはどうしても捨てきれず、脱出の機会を密かに伺っていた。
2013年夏。そんな井上さんの宿願を、友人である資産家・PPカシンが聞きつけたことから「めくらの国外逃亡」が実現。心の故郷、プノンペンに凱旋した井上さんは、頭のおかしな70歳の日本人が経営する「極貧アパート」に暮らし、ここで3年の時を過ごした。
横柄でひねくれた、手くせの悪い大家から毎日のように嫌がらせを受け、しまいに殺されかけるも、ものぐさな本人は危機感ゼロ。
逆に周りの我々が彼の身を案じ、クラウドファンディングによる引っ越し資金の調達を発案。皆さんの支援もあって40万円超のお金が集まり、今年7月にようやく、清潔で文化的なアパートに引っ越すことができた(25号特集参照)わけだが……。
「女の人が国際電話をかけてきてくれたんです! ボクみたいな男に……」
女性支援者からのファンコールを受け(支援者には電話番号を公開していた)、いつもの敬語口調ながら、感激のあまり珍しく上ずった声で報告してくれた井上さん。結局、それが彼との最後の会話だった。
9月25日深夜、たびたび体調悪化を訴えていた井上さんが、「病院に行きたい」と大声で助けを求めた。
ふだん、医者をペテン師と呼んで憚らない、現代医療否定主義者の急なSOSに、只ならぬ事態を感じ取った家主は、シックスサマナ関係者を緊急招集した。
手配した救急車で市内の病院に移送された井上さんは、半ば意識を失い、問いかけにもうわ言を繰り返すばかり。
病歴や血液型はもとより、年齢や本名すら謎の(救急車を呼んだ友人たちも、井上さんの本当の名前は知らなかった)外国人がいきなり運び込まれ、集中治療室に入った時点で瞳孔は無反応(失明しているから)、心臓はかすかに動く程度、と暗闇のような状況のなか、医師たちは精一杯、命を繋ぐ努力をしてくれた。
懸命な救命活動も実らず、井上さんは午前2時過ぎに永眠。
わずかな時間差で死の瞬間に立ち会えず、翌日プノンペンに着いた私も含め、残された者たちは悲しむ間もなく、日本から来た遺族のサポートや、火葬、納骨の手続きに追われた。
チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマは、死後、新しい肉体を得て転生すると信じられている。
我々もまた、高僧のお告げをもとに生まれ変わりを探す捜索隊よろしく、井上猊下の化身を求め、プノンペン中を彷徨った。
その結果、猊下に匹敵する究極の貧困生活を送っていたある日本人に注目。協議の末、彼を二代目と認定した。
その男、ソニーさん(仮名)は、新進気鋭のエロマンガ家として単行本デビューまで果たしながら、運命のいたずらでカンボジアの魔力に魅せられてしまい、人生再インストールを決意。
ところが……。再インストールしたOSに重大な不具合でもあったのか、新たな就職先はどれも超弩級のブラック企業ばかり。200年前の黒人奴隷さながらにこき使われ、髪は真っ白、浦島太郎みたいになってしまったプノンペンでも五指に入る困窮日本人であるが、本人には全くその自覚がない。
井上さんの死とその原因。クラウドファンディングで集まった莫大な資金の行方。生まれ変わりとして認定されたソニーさんが、井上二世を継承するか否か……。追悼号となる次号では、幻の未発表原稿などと合わせ、これらの疑問全てに明確な答えを出すつもりだ。
というわけで、大事なことが最後になってしまったが、今回の特集は「ニッポン異国めぐり」。
日本に住む外国人の人口は年々増え続け、さる統計によると、100人にひとりが外国人。中国人だけで46万人もの在留者がおり、これは金沢市、尼崎市、横須賀市の全人口を上回る数である。
大都市周辺には外国人の集中するコロニーが点在し、そうした場所では街で日本人を見ることも少なく、道路標識からスーパーに並ぶ商品にまで異国の言葉が溢れ、もはや外国にいるのと変わらない雰囲気。
特集では関東を中心に、そうした場所へ実際に足を運び、どの程度「異国気分」を味わえるのか、村田らむ、吉倉慎一、ビリー高橋の3人と力を合わせ、我々なりの感性で調査してみた。
そしてもうひとつ、今夏の東京都知事選でマスコミからガン無視されつつ、捨て身の政見放送で注目を集めた「スーパー泡沫候補」のおふたり……後藤輝樹、武井直子両氏の独占インタビューをお楽しみ頂きたい。
苦労して用意した多額の供託金をドブに捨て、魑魅魍魎の政治の世界に、いばらの道からアプローチした理由とは? ハードコア・人生再インストーラーに直撃してみた!
(了)