プロローグ


 みなづきは困っていた。

 困り果てていた。

 どうしてこんなことになったのだろうかと。運命の神様とやらに胸中で問いかける。

 まあ確かに、子どもは好きだ。

 無垢で無邪気なあの笑顔を見るだけで、優しく平和な気持ちになれる。か弱く、いとけなく、愛らしい、未来の詰まった子どもたち。そんな彼らを見守っていきたいと、保育園に就職してしまったくらいに、保志は子どもが大好きだった。

 ──人間の、子どもは、だ。

「ええっと……」

 さて、まずなんと言うべきか──向けられる、いくつもの目を前に思案する。

 ひどく珍しいものを見る目だ。興味深げな視線が、身体中に突き刺さる。

 保志からすれば彼らの方がよほど奇異に見えるのだが、こと、この世界においては保志の方が異端だ。おそらくは目前の子どもたち、その誰よりもか弱い存在だろう。

 背中に羽を生やした子どもがいる。

 巨大な眼球が額に一つあるだけの子どもがいる。

 蜘蛛の体躯に人の頭部の子どもがいる。

 うにゅうにゅとうごめく、不定形のスライムのような、子ども(?)がいる。

 下半身が巨大な蛇の尻尾の女の子。

 子どもの腰よりもちっちゃな小人。

 石くれを積み上げたような巨躯。この場所にいるということは、子どもだろう。

 魔物の辞典を開いたような、異形のオンパレードである。そんな彼らが三十人ほど、保育園を模して作られた一室で、床に座って、正面に立つ保志を仰ぎ見ているのだ。

 ごくりと、生唾を飲み込む。

 怖じ気づいている場合ではない。最初が肝心だ。保志は自分を奮い立たせる。

「初めまして」

 目の前にいるのは、魔物であろうと子どもだ。そして保志は保父である。

「今日から、みんなとここで遊びます。皆月保志です。よろしくね」

「はーい」「よろしくです」「ウゴウゴ」「おいしそうなイキモノだ」

 挨拶をしてみると、存外に素直な返事が戻ってきた。なんだか怖い一言もあったが。

 興味深げにこちらを見る、子どもたちの視線には、人間という種を見下す様子はなく、保志はひとまず胸を撫で下ろす。

 ──最後方。

 そこに座った彼女から向けられる視線はどこか鋭いものがあるけれど。

 みんなが床に座っているというのに、彼女だけは豪奢な椅子に腰掛けていた。赤いビロード張りで金縁に彩られた、なんというか、中世の王様が座る、玉座のような椅子だ。

 肘掛けに片肘を置いて、手のひらで顎を支え、わずかに身体を傾げて足を組む。

 優雅に座るその少女は美しかった。

 絹がごとき金の髪と、雪のように真っ白な肌。面貌はあどけなく、だがその、まるで血のように赤い瞳はすべてを睥睨するような覇気に満ちていた。

 頭部には山羊のような角が生えていて、銀色のティアラが乗っかっている。

「────────」

 まるで、王者のような雰囲気を醸すその少女に、束の間、見とれてしまった。

「あー、ええっと」

 ごほんと、咳払い一つ。

「ええっと。ここ、かいようどうえんは、この世界に初めてできた、君たちのための場所です。ここで、みんなに学んでほしいことは一つ。『みんな仲良く』。それだけです」

 居並ぶ異形の子どもたちは、保志に注目している。

 ──本当に自分はこれから、この、人でない子どもたちとともに過ごすのだろうか。

 やっていけるのか。まるで、わからない。

 ──魔界という、未知の世界で。