訳者あとがき



山岸 真  


 本書は二〇一一年に Night Shade Books 社(米)と Gollancz 社(英)から刊行された、グレッグ・イーガン The Clockwork Rocket の全訳であり、〈直交〉Orthogonal 三部作の第一巻である。

 この三部作の最大の特徴は、われわれが住むのとは別の宇宙が舞台であること。だがその設定に関する話をする前に、ストーリーに少しだけ触れておこう。

 三部作を通じて物語の背景に位置するのは、ある惑星(とくに固有名詞はなく、単に「この世界」と呼ばれたりする)に迫る天文学スケールの危機と、それを回避する方策である。ただし、それが浮上してくるのは本書の中盤になってから。本書の1章と2章は、主人公の女性ヤルダの幼少期の姿を通して、舞台となる世界や社会を垣間見せるとともに、主人公の気質を読者に伝えていく。

 3章からは、成人して光学物理学者の道を歩みだしたヤルダが描かれ、やがて彼女は科学の半分を書きかえるような、「回転物理学」という理論を完成させる。その一方で、「疾走星」と呼ばれる謎の天文現象がクローズアップされてきて、これが惑星に迫る危機につながっていく。

 この先の展開は、〝逆ウラシマ効果〟ともいうべきものを利用した計画が軸となる(SF読者にはおなじみでしょうが念のため。ウラシマ効果とは、亜光速で飛ぶ宇宙船が、船内時間で数年間旅をして出発地点に戻ったら、そこでは何十、何百年もがすぎていた、という思考実験上の現象)。この計画には、文字どおり驚天動地のサプライズが含まれているので、ストーリー紹介はここまでにしておきます。

 では設定の話に戻ると、〈直交〉三部作の舞台となる別の宇宙というのは、歴史がどこかの時点で分岐した改変世界とかではない。物理レベルで異なった宇宙なのだ。

 物理レベルでの別宇宙が舞台のSFというと、重力定数がこの宇宙の十億倍の世界を描いたスティーヴン・バクスター『天の筏』などの例があるが、〈直交〉三部作ほど、架空の設定とそこから生じる〝空想科学〟を、質だけでなく量的にも(なにせ各巻が四百字千枚弱の長篇三冊だ)徹底して展開した作品はないだろう。まさにハードSFの中のハードSFである。

 その物理レベルでの違いというのが、理論面で、また現象面で、具体的にどういうものなのか──については、著者あとがきや板倉充洋氏の解説をご覧ください。

 とはいえ、〈直交〉三部作で描かれる〝風景〟は、むしろ基本的には、われわれの宇宙や地球とよく似ている(それは細かくいえば、「補遺2」の最初で色について触れられているように、作中の宇宙をイーガンが英語に〝翻訳〟した結果、ということになるのだが、そこまで気にして読む必要はないだろう。動植物名の大半が地球のそれと同じなのも、よく似た生物程度にお考えください)。

 けれど、一見 してこの宇宙と違うことがわかる部分も、1章からあれこれ描写されている。たとえば、星空の眺め(じつは本書の表紙画にその要素が入っています)であるとか、花が夜に発光する こと(これが光合成にあたる)などだ。

 直接目に見えない点での違いとしては、〈直交〉三部作の宇宙には電子がない。電気製品が出てこないのも(照明器具は鉱石ランプだ)、コンピュータ等の電子機器が使われていないのも、それが理由である。科学技術がその段階に達していないからではない。

 ないものといえば、本書には水やそれに由来する言葉──海、川、雨、雲など──が出てこない。原文では、たぶん ship という言葉を避けて spaceship を使っていないので、翻訳でも小説本文では「宇宙船」を使わなかった(ただ、「水」という漢字を含む「水平」という言葉を使ったことはお断りしておきます)。なお、本書では「液体(liquid)」という言葉が一回だけ出てくる。また、樹脂という粘性の高い物質が存在する。

 さて、先ほど名前をあげた『天の筏』は別の宇宙に迷いこんだ人類の子孫の話だったが、〈直交〉三部作の登場人物は人類やその子孫ではなく、別の宇宙で誕生した知的生物だ。しかし思考や感情は人間とほぼ同じだし、社会や文化、日常生活にも人類そのままな部分が多い。なので、あまりエイリアン種族ということを意識せずに読めるのだが、後述するように決定的に違う部分もある。

 この生物(本書中に種族名は出てこない)の外見は、具体的な描写はあまりないが、基本的にヒューマノイドを思い浮かべていただいていい。ただし、腕や脚や指の数を増減させたり、腕を脚に、足を手に作りかえたりといったことが可能なのだが、おおむね腕が二本ないし四本、脚が二本というのがふだんの形態であるようだ。

 そのほかの器官では、目が頭の前後にふたつずつ、計四個ある。振動膜という発声と聴覚を担う器官があり、口は消化管の入口としての役割のみを果たしている(3章の「肛門を遡ったところから」云々の悪口はここに由来)。また、この星の生物は呼吸をする必要がない。しかし(科学的な設定から導かれる結果として)放っておくと体温がどんどん上昇して死にいたるので、体を冷やすために空気を必要とする。

 この生物は、皮膚に絵や文字を描きだすことができる。これには学習と訓練が必要で、描く場所としてはおもに胸部が使われるが、熟練すれば腕や背中にも描くことができる。本書中に多数出てくる図やグラフは、その場面で登場人物たちの皮膚に描きだされたものなのである。

 衣服は着ないが、役職を示す帯を身につけることはある。身体や知性の発達・成熟は、年齢的には人間よりもだいぶ早いようだ。

 性は男女のふたつ(この星のほかの動物のほとんどには、雄が存在しないらしい)。女性のほうが体が大きく力が強いという以外、外見上の違いに言及はない。女は名前の最後がa(翻訳ではア段の音)、男はo(翻訳ではオ段の音)で終わる(次の段落で触れる「双」どうしの名前はその部分以外は同じ)。

 人間と大きく違うのは、出産に関すること。この生物は、男女ふたりずつ、計四人がいちどに生まれる。より正確には、男女のペアがふたつ同時に生まれ、このペアの相手を「双」という。人間だとふたごでも兄・弟、姉・妹という呼びかたをするが、この生物は同時に生まれたペアについてその種の区別をしているようすがないので、たがいに兄・姉と呼びあうことにして、弟・妹という訳語は使わなかった。なお、双を持たない女性が生まれる場合があり、この女性は「単者」と呼ばれる(この場合その母親からは、ひと組の双と単者の計三人が生まれる)。主人公のヤルダは単者である。

 生殖は、双のペアを単位としておこなわれるのが基本(ちなみに夫、妻という言葉はない)。だが双以外の男でも出産を誘発することは可能である。また出産可能な年齢になった女性は単独で(生殖行為を伴わずに)、自発的に(という呼びかたをされているが本人の望みと無関係に)出産することがあり、年齢とともにそれが起こる可能性は高くなっていく。

 人間とこの生物の決定的な違いは、出産の形態(出産がなにを意味するか)にある。本書の冒頭近くからそれを示唆する記述はあるのだが、作中世界では当然のこととされているためもあってか、中盤でそれそのものの場面が描かれるまでは明確には語られない(何度か出てくる「八分裂」という罵倒表現は、八つ裂きのことではなく、この出産と関わっている)。なのでここでも具体的には説明しないでおくが、その場面を読めば、それが作中の社会の構造(女性の地位)と根底で関わっていることは一目瞭然だろう。本書ではその問題についての議論が深められる場面は多くはないものの、言及は随所に見られる。本書終盤にも伏線が張られているが、三部作の第二部・第三部では、この問題がプロットの中でも大きな比重を占めていくことになる。


 本書の翻訳は、1章から11 章までを山岸真が、12 章から20 章までを中村融氏が訳したあと、各種の統一などそれ以降の作業は山岸がおこなった。板倉充洋氏には今回も科学や数学が関わってくる部分を中心に、用語や訳文について全面的なチェックやアドバイスをしていただいた。本書の編集は早川書房の東方綾氏が、校閲は清水晃氏が担当された。表紙は本叢書の『白熱光』に続いて Rey.Hori 氏にお願いした。山岸のいたらなさから各氏にはとくにスケジュール面で大変なご迷惑をおかけしてしまった。深くおわびするとともに、各氏にあらためて心から感謝します。翻訳上のまちがいをはじめとする不備のすべての責任は、山岸にある。

 著者あとがきにあるように、作者ホームページでは本書と三部作についての専門的な説明がおこなわれている。また『白熱光』のときと同様、板倉充洋氏が http://d.hatena.ne.jp/ita/00000201 に本書のホームページを作っている。

 三部作の第二部『永遠の炎(仮)』The Eternal Flame と第三部『時の矢(仮)』The Arrows of Time は、二〇一六年に《新☆ハヤカワ・SF・シリーズ》から刊行の予定である。