著者あとがき



 われわれの宇宙における物理についてわれわれが知っていることの多くは、時空の基本的な対称性という観点から理解することができる。宇宙空間に浮いている実験室内で完全に内包された状態でおこなえる実験を考えよう。どのような実験でも、実験室を異なる方向へむけたり異なる速度で移動させたりしても実験結果には影響がない。実験室がむいている、空間と時間における特定の方向が違いを生むことはない。

 しかし、われわれの宇宙の物理法則は、空間の方向と時間の方向を非常に明確に区別する 。空間を真北にむかって進みたいと思えばそうすることは可能だが、かならず時間においても(たとえばグリニッジ標準時GMT で測って)前進することになる。ガーナの首都アクラをGMT1時0000 に出発してグリニッジに到着し、そこで時計がまったく同じ時間を示しているのを見ようというのは──なぜなら「純粋に真北」に進むことにして、ほかの人にとっての時間の進展という面倒をいっさい排除するとしたのだから──若干楽観的であるというより、物理的に不可能である。「北」は「空間的スペースライク 」方向であるのに対し(ほかのいろいろな点は単なる慣例にすぎないかもしれないが)、「未来」は「時間的タイムライク 」方向である(相対論的速度で移動する人から見ていかに違った方向に見えようと)。いかなる大きさの相対的運動も、空間的方向時間的方向 に変換することはできず、逆もまたしかり。

〈直交〉三部作における物理は、時間と空間の区別を消去することで生起する、より対称性の高い幾何学を持つ時空において、抽象的な幾何学とわれわれの宇宙における実体を持った物理とを結びつける論理的思考と同様な推論を適用することで導かれる。

 作中で述べられたあらゆる現象は、そのような推論から完全な数学的厳密さをもって導かれるのか? もちろん違う! わたしよりはるかにすぐれた人々が何世紀も努力してきたにもかかわらず、われわれの宇宙の物理についてそのような厳密な基盤を構築することはできていない。そして異なる公理をもとに──実験結果なしに──すべてを再構築するのは大変な大仕事になるだろう。なので、本作品においてはいくつかのよく知られた一般的原理に従うようにしたが、いくつかの点についての詳細は単なる当て推量である。

 とはいえ、〈直交〉宇宙のもっとも目立つ特性のいくつか──

・真空中の光が、波長によって異なる速度で進む。

・粒子の質量エネルギーが、運動エネルギーと反対の性質を持つ。

・同じ符号の電荷が引きあい近づくが、距離が変わると引力と斥力のあいだを振動するような力を感じる。

・正と負の両方の温度の存在。

・宇宙旅行をする人は、地上に残る人々より長い時間を感じる。

 ──は、すべて作品の前提からまっすぐに導かれる帰結である。

〈直交〉宇宙に関する最初の考えは、マックス・テグマークの古典的論文「万物の理論は究極のアンサンブル理論にすぎないのか?」 Is the Theoryof Everything' Merely the Ultimate Ensemble Theory?Annalsof Physics 270,pp 1-51, 1998; オンライン版 arxiv.org/abs/gr-qc/9704009 )における、空間と時間の次元が変化した場合の帰結に関する議論によって明確になった。テグマークは時間次元のない宇宙を「予測不可能」と分類している(p.34)。しかし、彼は基盤となる時空がコンパクト多様体 で宇宙が有限である場合を考慮していなかったようだ。作中で議論されているとおり、特定のトポロジーを持つ有限の宇宙は予測を可能とする物理法則を持つことができる。ただし利用可能なデータの範囲が宇宙の全幅より小さいと、予測は不完全となる。とはいえこれはニュートン物理学の状況とそれほど違うものではなく、未来を予測しようとしている領域にいくらでも大きい速度を持った物体が突然入りこんでくる可能性があるという点では同じである。

 物理を学んだ経験のある読者なら、ウィック回転と呼ばれる数学的テクニックを思い起こすかもしれない。われわれの宇宙で成りたつ方程式を空間四次元の形式に変換し、もとの方程式を解くための戦略の一部として扱う手法である。しかし、このような「ウィック回転された」方程式は、〈直交〉宇宙の物理を支配するものとは同じでない ことは強調されるべきであろう。方程式のいくつかの符号が変化し、それによって非常に異なる解が出てくることになる。


 この小説の補助的な資料は、www.gregegan.net にある。