従って、単一の純粋な周波数で行ったり来たりする代わりに、このエネルギーの谷の中にある輝素は、無数の異なる周波数であらわす必要のある経路をたどるでしょうし、それはすべて異なる強さであらわれてきます」

「炎のあらゆる色の強さをあらわすみたいなものですか?」オーシリアが尋ねた。

「とてもよく似ています」とヤルダ。「最終的にわたしたちがしているのは、周辺光のもとでの固体の色と、その固体が放出すると期待される光のスペクトルの両方を予測しようとすることになるでしょう。その次の疑問はこうなります。わたしたちの予測は、なぜこれほど外れるのか ? 固体が光を少しでも発しはじめるために、なぜじっさいにある種の分裂が生じるのか?」

 授業のあと、議論を終わらせるつもりのないクラスの半分が、食堂へ移動した。そのうちの若い女たちが、パンといっしょにホリン二個を飲みこむのをヤルダは見守った。それぞれの立方体は、辺の長さが前の立方体よりも六分の一だけ小さくなっており、見た目にはわからないが、体積のほうはかなり大きく減っていた。しかし、ヤルダは人目につかない個室の中で、効力百パーセントの立方体を一ダース飲んでいた。たとえだれかに気づかれることがありそうにないとしても、大きさの違う薬を飲んでいることが恥ずかしかったので。

 ヤルダは生徒たちの興奮したおしゃべりに耳を傾け、その質問に注意深く答えた。自分でなければ、ほかにだれがこの人たちに、ネレオの位置エネルギーの調和解析を教えられるだろう? 〈孤絶〉が流浪を生き延び、凱旋するのに必要ないっさいを最後には理解することになる未来への道に、ほかにだれが人々を就かせられるだろう?

 イシドラ。サビノ。セヴェラ。たぶん乗員全員の中に一ダースはいる。自分は絶対不可欠な人材ではないのだ。

 グループのほかの面々が去ったあとも、ファティマは居残った。「ニノのことはもう頭にも浮かばないんですか?」彼女はヤルダに尋ねた。

「わたしが喜んで彼を釈放するのを知っているでしょう」ヤルダは答えた。「でも、そうするためには、力のある立場にいないといけないの。ニノはきっとわかってくれる」

 ファティマはかたくなだった。「あなたは同じ手で作物を救い、直交する塵を弾きとばしたんですよ! あなたが命の恩人だってことは、みんな知っています。どこまで強くなろうと思っているんです?」

「セイタカアワダチソウの問題が──」ヤルダは反論をはじめた。

「それはあなたのせいじゃありません」

「わたしのせいであろうとなかろうと、解決するまで人々は満足しないわ」不意に人目が気になって、ヤルダは後視線で食堂を見まわしたが、こちらに注意を払っている人はいなかった。

 ファティマがいった。「いつだってなにかが起きるんです。せめてニノに会ってくれれば、あの人と話をしてくれたら──」

「わたし以外の者だったら、いまごろ彼はこの世にいなかった」ヤルダはいらだたしげに断言した。

 ファティマは不信の目でヤルダを凝視してから、非難をこめた沈黙に落ちこんだ。

 ヤルダはいった。「本気じゃなかったのよ。ごめんなさい。物事がよくなったら、彼の状況を見直すから」

「以前あなたも牢獄にいたんでしょう?」ファティマが言葉を返した。それは修辞的疑問だった。彼女は答えを知っていた。「だれかが解放してくれるのを待っていたんでしょう?」

「ニノを見捨てはしないわ」ヤルダはいった。「約束する。せめて正しい時機を見つけさせて」


「セイタカアワダチソウの挿し穂のうち、十本が胴枯れ病に感染しました」ラヴィニオが宣告した。「残る二本は見たところ健康です。しかし、いまやその二本の挿し穂しかありません。四つのおもな薬草園のセイタカアワダチソウは全滅しました」

 ヤルダはそのニュースを吸収し、落ちついて結果を考えぬこうとした。挿し穂が大きく育つまで花びらを収穫することはできない。さもなければ、その植物を枯らすリスクをおかすことになる。ホリンが新しく生産されるまで、半年はかかるかもしれない──その後、供給量が正常に戻るまで、さらに一年か二年。

「それぞれの挿し穂を──数ステイント 後に──分割して、半分ずつ別々に育てたらどうなるの?」といってみる。

「収穫しても枯れないほど強くなるまでの時期が遅れるだけです」ラヴィニオが説明した。「肝心なのは、その二本の植物を強く保ち、感染させずにおくことです」

「なるほど」

「セイタカアワダチソウを完全に失わなかったのは、幸運だったんです」ラヴィニオがぶっきらぼうにいった。「注意していなかったら、いまごろはそうなっていたかもしれません」

 ラヴィニオが立ち去ると、ヤルダはデスクの脇のロープにしがみつき、こみあげてくる無力感と闘った。問題がどれほど深刻になったかという噂が広がるのに、時間はかかるまい。ヤルダが速やかな対処に失敗したら、大混乱が生じるだろう。

 備蓄されたホリンの配給をもっと厳しくしても、役には立たない。供給時期を遅くしすぎて効力が失われはじめたのでは、意味がないのだ。生産が再開されるまでの待ち時間を生き延びる方法はひとつだけ──残っている分をじゅうぶんな量だけ徴発し、薬の劣化を埋めあわせるために、時間が経つにつれて服用量を増やすことだった。

 しかし、ホリンがふたたび新たに作られるようになっても、行きわたるほどの量はないだろう。

 いちばん年長の女を救うための計画を立ててくれとセフォラに頼み、ほかの者は運を天にまかせるようにすることはできる。とはいえ、〈孤絶〉に子どもは乗っていない。つまり、運まかせというリスクはだれも免れられないということだ。ホリンの不足は山全体に損害をもたらすだろう──けれど、年長の女ひとりを生かしておく薬で、年下の乗員仲間を半ダースも守ることができる。

 ヤルダは必死に頭をすっきりさせようとした。自分はどうやって選択肢を比較して、正しい決定に達するつもりなのか? エウセビオはリーダーシップという重荷を分かちあうようにフリドを用意してくれた。だが、自分はふたりのあいだに信頼が芽生えるチャンスをつぶし、フリドから率直な助言をもらう望みをなくしてしまった。

 ヤルダはロープを伝ってオフィスの前部へ行き、ドアを閉じた。体から完全に力が抜けるようにすると、自分が全身を小刻みに震わせ、ブンブンと音を立てはじめるのを感じた。

 さっきの自分はもう少しで、自分自身のためにあと数年をむしりとるために、前途にまだ人生がある若い女たちすべての未来を危険にさらすところだったのではなかろうか? プロスペラや、オーシリアや、ファティマがやっと手に入れた有望そうな前途を、もう少しで盗みとってしまうところだったのでは? とくにファティマだ。ヤルダに対して忠誠以外のなにものも示したことがなく、ヤルダを宇宙空間から連れもどすための愛と勇気を備えていた、ファティマの前途を。

(自分がどんな役割を演じることになると想像していたのだろう?)旅を最後まで見届けることか? ズーグマへ帰還して、エウセビオと勝利を分かちあい、失われた友人すべてといっしょに祝典に参加することか? 自分は選択をした。〈孤絶〉が自分を必要とすると信じるほどうぬぼれていた。しかし、〈孤絶〉が自分を必要としたのは、針路を定めるためだけだった。ほかのいっさいは、あとに続く世代のものなのだ。

 ヤルダは心を落ちつけた。ひとたび体がまた静かになると、穏やかで澄みきった気分になった。

 自分は自分の役割を演じてきたが、それは終わりかけている。だが、いまわかった──やらなければならないことが。


 イシドラの双が薬剤部で働いていた。彼は故郷でも八年間、同じ仕事に従事していた。ヤルダはイシドロに会って、忠誠度を判断した。セフォラが責任者でいるあいだはその指示に従うつもりだが、ヤルダにはセフォラを交替させる権利がある、とイシドロは認めた。そして自分自身の双が体を制御できなくなる事態を望まなかった。

 ヤルダは一ダースの若い女を選んで同行させた。その女たちは主要交替勤務シフト がはじまる一 前に行動に出た。下級の薬剤師たちは本気の抵抗をするそぶりすらなく、セフォラが出勤してきたときには、ヤルダのチームがホリンの在庫を包囲していた。

「あなたに頼まれたことをしたかど で、わたしを罰するんですか?」セフォラは怒気のこもった声で答えを迫った。支持を求めて同僚たちに目をやったが、すでに新しい守衛の側についていたので、だれも目を合わせようとしなかった。

「あなたを罰するわけじゃ全然ない」ヤルダは答えた。「あなたは〈孤絶〉によく尽くしてくれた。でも、いまこの仕事には新しい人が必要なの。あなたは引退して、楽な生活を送れるのよ」

「ほんとうに?」セフォラは面白くなさそうにブンブンと低い音を発した。「あなた自身もそうするつもりなんですか?」

 ヤルダはいった。「わたしの計画は集会で聞かせてあげる。ほかのみんなといっしょにね」


 ヤルダは集まった乗員たちの顔を見渡し、「全員に行きわたるだけのホリンが山にあればいいのですが」といった。「しかし、それはいま、わたしたちではどうにもなりません。従って、その大部分を使うわたし自身のような女たちが脇へ退き、失うものがいちばん多い人々に残っているものをゆだねるときがきたのです」

 ヤルダは一ダースの幹部の交替要員を列挙した。一抹の不満が群衆に広がったが、受けいれる表情も見てとれた。痛みを伴わずにこのホリン不足を乗り切る方法はない。だが、これ以外の計画の末路は暴動だ。

「リーダーとしてのわたしの地位をだれが受け継ぐべきかという問題に関しては」ヤルダはいった。「周知のとおり、明らかな選択肢があります」ヤルダは、会場の最前列に近いロープにしがみついているフリドのほうに片腕を伸ばした。「しかし、後継者を指名する前に、いくつかの条件を飲む気があるかどうかを彼に尋ねなければなりません」

 フリドがいった。「望みをいってください」

「わたしが退いたとき」ヤルダはいった。「わたし自身の代理双を選ぶ権利がほしい。そしてわたしがいなくなるとき、わたしの家族に危害が及ばないでほしい。わたしの代理双と子どもたちを、あなたが尊重し、保護してほしい、そして復讐をしないでほしい」

 フリドは傷ついた恐怖の表情でヤルダをまじまじと見た。「わたしをどういう怪物だと思っているんです? ヤルダ、あなたはここのだれからも敬愛され、尊重されています。あなたの家族に危害を加える人はいません」

「約束してくれますか、乗員全員の前で?」ヤルダは念を押した。

「もちろん。あなたに頼まれたことすべてを実行すると約束します」

 フリドの心をなにが去来しているのか、ヤルダには見当もつかなかったが、ほかになにがいえただろう? ヤルダはたったいま若い出奔者たちに、ホリン不足を乗り切るためにその人たちが望める最高の将来像をあたえたのだ。ヤルダの選んだ代理双を拒否するという権利──強引なタイプの父親がいいだしそうな、〈孤絶〉にはそぐわない権利──を主張できる、とにおわせでもしようものなら、フリドは若い出奔者たちにばらばらに引き裂かれるだろう。

 ヤルダはいった。「それなら一件落着です。あなたにリーダーの役目を譲ります。もし乗員たちが認めれば、〈孤絶〉はあなたの手中にあります」

 フリドが演壇のほうへ進みでた。その背後で、乗員たちの半分がヤルダの名前を連呼しはじめた。ヤルダの決断を支持しているのであり、ヤルダの後継者を拒否しているわけではなかったが、それでもフリドはたじろいだ。

(背中に気をつけなさい)ヤルダは思った。(それに慣れることよ)これからあなたの人生は、そういうものになるのだから。