「輝素は、隣の輝素のエネルギーの谷に落ちつくことができます」とヤルダ。「そしてわたしは最初の谷に輝素を置きました。最初の谷よりも浅い、もっと遠くの谷のどれかではなく。しかし、それはほんとうにいちばん深い場所でしょうか?」
数停隔 の沈黙が下り、やがてプロスペラが「縦穴のほうが深いはずです」といった。
「そのとおり」ヤルダは答えた。「輝素そのものの中心にある縦穴は、底なしです。もっとも、図に描いたのは、ごく浅いところまでですが。ひとたびじゅうぶんに近づけば、ふたつの正の輝素は、ひたすら強く引きつけあって、最後には衝突します。それなら、なぜ一個の岩の中にあるすべての輝素が、岩全体が微小片に縮んでしまうまで、おたがいのエネルギーの縦穴に落ちこんでしまわないのでしょう?」
「それは、なぜ世界が太陽に激突しないのかと訊くのに似ていませんか?」とファティマ。「横むきの動きがあれば、ふたつの輝素はじっさいには衝突しないでしょう。もしはじめに縦穴の外側にいたのなら、縦穴をすれすれに迂回するだけで、また外に出てくるでしょう。たとえ縦穴の中にとどまるのにちょうどいい量のエネルギーを持っていたとしても、おたがいのまわりをぐるぐるまわるだけじゃないでしょうか? ちょうどジェンマとジェンモみたいに」
「そのとおり」ヤルダはいった。「でも、ふたつの輝素がおたがいのまわりをぐるぐるまわることになったら、もう少し考えることがあります。行ったり来たりする輝素は光を作る のです。輝素が光を生みだすなら、そのために真のエネルギーを供給しなければなりません。しかし、真のエネルギーを供給する ためには──つまり、自らは真のエネルギーを失って、それを光に変えるためには──運動エネルギーか位置エネルギーを得なければ ならないのです。ならば、なぜ輝素はどんどん速く動いて、固体全体をばらばらにして終わらないのでしょう?」
ふたたび沈黙。やがてジョコンド──ヤルダには名札の名前しかわからない若い男──がいった。「輝素が、光を作れないほど速く動いているとしたらどうでしょう?」
ヤルダは一停隔 待って、ほかの生徒にそれをじっくり考えさせてから、「続けて」といった。
「光の周波数には最大値があります」ジョコンドがおずおずといいはじめた。「光の方程式において、四つの方向の周波数の二乗和は、ある定数と等しくなければなりません──従って、個々の周波数のいずれも、二乗がその定数よりも大きくなることはありえません。もし輝素がそれよりも大きな周波数で行ったり来たりしていれば……その動きに一致した光を生みだすことはできません 。なぜなら、そのような光がないからです」
ヤルダはいった。「正解です。最終的にわたしたちは、振動する輝素が光の場にあたえる真のエネルギーの量について、一連の計算をすることになるでしょう。そしていまジョコンドが述べた閾 値 を周波数が超えたら、エネルギーの流れがゼロまで低下することを示すでしょう」
「そうすると、ひとつわからない点があるんですが?」オーシリアが尋ねた。「ええと……なぜすべての輝素が、たったひとつのエネルギーの縦穴をぐるぐるまわることにならないんでしょう?」
プロスペラがいった。「なぜなら、その縦穴のまわりの峰がひたすら高くなるからよ。もしかしたら二、三の輝素は、同じ縦穴の中でぐるぐるまわっている のかもしれません。でも、輝素をいっしょに投げこめば投げこむほど、その周囲のエネルギー障壁は高くなります」
「そうです」ヤルダはいった。「輝素の数が多ければ多いほど、それらがおたがいの縦穴か谷の中に落ちついているかぎり、位置エネルギーはひたすら加算されていきます。すべての谷はより深くなり、すべての峰はより高くなります。従って、最終的に縦穴は到達不能になります。なぜなら、越えられない峰に囲まれるから」
ファティマがいった。「それなら、すべての輝素がいっしょに落ちこむわけではなく、残りはおたがいの縦穴の中ではなくて、おたがいの谷の中に落ちつくことになるんですか?」
「続けて」ヤルダは促した。
「たぶんそれらは谷の中でも転がりまわるでしょう。縦穴のまわりをぐるぐるまわるのとまったく同じように」ファティマが考えをめぐらせながらいった。
「そして、もし谷の中でじゅうぶんに速く転がれば」ジョコンドがつけ加える。「そこでも安定するでしょう。光を発することはなく、固体をばらばらにすることもない」
ヤルダはうれしくてたまらなかった。「すばらしいわ、みんな! 授業をはじめて二、三分隔 で、固体がまたほとんど固体になりました」
オーシリアが、「ほとんど、ですか? なにが引っかかっているんです?」
「ジョコンドが提起したアイデアは非常に好奇心をそそります」ヤルダはいった。「そしてわたしたちの計測が導いてくれるかぎりでは、真実のように思えます。じっさいの固体におけるエネルギーの縦穴と谷は、運動する輝素の固有振動数が、光の最大周波数よりも大きくなるような形をしていると思われます。
ひとつだけ問題があります。もし輝素がまったく光を出さない のなら、縦穴の中でぐるぐるまわるときも、谷の中で転がりまわるときも、ふらつきがあってはならないのです。もしその運動にほんのわずかでも不完全なところがあり、それがじゅうぶんに低い周波数で進行するなら、その運動が 光を生成しはじめるでしょう」
「そうすると不完全さが増しますね」オーシリアが気づいた。「従って、どんどん速く真のエネルギーを失うようになり、不完全さはますます速く増していき……なにもかもが制御不能になります」
ヤルダがいった。「まさしく。じつをいうと、ネレオの方程式から得られる位置エネルギーの形では、完璧な周回軌道を描くことも、谷の中で完璧な回転運動をすることもできないのです。主サイクルは光の生成を避けられるほど高い周波数を持つかもしれません。しかし、位置エネルギーにはもともと欠陥が備わっていて、もっと低い周波数の運動もかならず生じてしまいます。それは避けがたいことのようです」
「でも、固体はひとりでに吹き飛んだりしません 」ファティマがいらだたしげに断言した。「解放剤がなければ無理です」
「もちろんです」とヤルダ。「従って、話の大部分がつながったように思えても、計算は合ったも同然 なのだけれど……わたしたちはなにかを見逃しているに違いありません。まだだれも理解していないなにかを」
しばらく生徒たちに考えさせてから、さっさと次の話題に移った。あなたがたは、新天地を拓かないかぎり先へ進めない地点に達したのだ──生まれてはじめてそんなことをいわれたときに、たじろぐのも無理はない。
「第二の謎は」ヤルダは言葉を続けた。「気体の粒子の構造です。あらゆる頂点に輝素を置くと、力学的に安定した輪郭をとる対称な多面体がたくさんあります──それは、気体を構成すると考えられる物質の小さな球の、よい候補であると思われます。しかし、そうした多面体は固体と同じ問題をかかえています。輝素がエネルギーの谷の中で転がりまわると、その運動にはつねに低い周波数の成分が含まれるので、光を発して、構造全体を吹き飛ばしてしまうのです。
けれど、問題はほかにもあります。サビノの実験が示したように、固体の純粋な微小片はひっつきあいます。しかし、空気を構成する気体は、まったくひっつかないように思えます。まるで周囲の場が、どういうわけか、ほぼ完全に打ち消されているかのように。
故郷でわたしの若い友人ヴァレリアが、ちょうどいい大きさの球殻状に配置された輝素は外部の場を持たないことを示しました。従って、同じような大きさの多面体は、その完璧な打ち消しあいに近いことができると考えたくなります。厄介なのは、力学的安定性のために必要な多面体の大きさと、外部の場を打ち消すために必要な大きさが異なることです。両方の基準を同時に満たすことは不可能に思えます」
生徒たちの中には、うろたえた顔をしはじめる者もいた。輝素でできた正二十面体の力学的安定性を証明するのも、かんたんな演習問題ではなかったのに、今度は、あれほどの刻苦勉励が、さらに大きな未知の領域への第一歩でしかなかったことを認めなくてはならないのだ。
「第三の謎は」ヤルダはいった。「もっとも奇妙で、もっとも危険なものです。〈孤絶〉は細かな塵に囲まれていますが、これはわたしたちが故郷にいたときに、太陽風の中で無限に近い速度で燃えつきるのが疾走星として見えていた物質と、同じ種類の物質だと信じられます。しかし、わたしたちはいまその速度とおおむね一致しています……だとしたら、なぜそれはわたしたちに対して、ほかの塵とは違うふるまいをするのでしょう?」
タマラ──これまたヤルダのよく知らない生徒──が耳にしたことのある理論は、〈孤絶〉の回転が衝突閃光を止めたというニュースの数日後に流布しはじめたものだった。「輝素が入れ替わっているからです」タマラがいった。「あたしたちの物質の中にある正の輝素は、その塵にとっては負になり、その逆も成りたちます」
「なぜそういえるの?」ヤルダが先を促す。
「あたしたちのところまで……宇宙を一周して来るからです」タマラは頭を絞り、片手でぐるっと円を描いた。
「では、なぜそれが大事なの?」ヤルダはさらに訊いた。「どうやってそれが輝素を入れ替えるの?」
「わかりません」タマラは降参した。
ヤルダは一般的な概念をスケッチした。