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大学の数区離 西にある自宅で、ジョルジョがヤルダの送別会をひらいてくれた。ヤルダは六年間、フルタイムで〈孤絶〉の仕事をしてきたが、物理学科における役職を公式に解かれてはいなかったので、一種の離職のお祝いでもあった。ヤルダの学友のうちでただひとり学究生活にとどまったゾシモが、ヤルダの初期の発見にまつわる愉快なスピーチをした。「昔は科学雑誌を読んでいる人と出会って、その人がページを斜めにしたり逆さまにしたりしていれば、なにを見ているのか、さっぱりわかっていないしるしでした。いまでは、ヤルダのおかげで、回転物理学の専門家を前にしている証拠です」
招待客のあいだを歩きまわりながら、ヤルダは自分の感情が悲嘆や自己憐 憫 に陥らないように必死だった。式典なしで消えてしまったほうがよかったかもしれない。だが、それが手遅れだとしても、まだできるだけ痛みなしで別れようとすることはできる。前日、最後の手紙でルシオ、クラウディオ、オーレリオには別れを告げていた──簡潔な手紙だ。ルシオは彼の双のようにはうまく読み書きができないので──しかし、この別れの手紙がなくても、彼らはもういちどヤルダに会えるとは思っていなかっただろう。ジューストおじが亡くなっても、ヤルダが一族のもとを訪れて悲嘆に加わらなかったとき、彼らはヤルダが二度と戻らないのを理解したはずだ。ヤルダはいまも兄といとこたちの無事を祈っていたが、彼らの人生の一部にはなれなかった。いまやズーグマの友人たちについても、同じように考えはじめなければならない。
中庭でヤルダを見つけたダリアは、気を散らす雑談をする代わりに、その問題に正面から取りくむほうを選んだ。「その昔」ダリアがいった。「一ダース世代ごとに一族は分裂して、移住する側の人々ははるばる一大旅離 も彼方へ旅したものだった。機械化された輸送手段がないのに、そうしていたの。訪ねていく望みも、戻ってくる望みもなしに」
「なぜ?」その習慣は耳にしたことがあったが、ヤルダはその目的を理解できずにいた。
「それが健全だと考えたの、子どもたちに新しい影響をあたえることが」
「一中旅離 では足りないんですか?」ヤルダの父親が買い入れた新しい農場は、ヤルダが育った農場からその距離にあった。
ダリアが答えた。「当時は旅をする人が少なく、それ以外の理由で人々が混ざりあうことも少なかった。それを強制する方法だったわけ」
ヤルダは疑わしげに低い音を立てた。「そうする値打ちはあったんでしょうか? それで子どもたちの健全さは増したんでしょうか?」
「わからない」ダリアは認めた。「そういうことは研究になじまない。でも、影響が人から人へ広がるということは、あらゆる生物学者が認めている。人を病気にする影響もあれば、人をより強くする影響もある。あなたの搭乗者たちが、いろんな街の出身でうれしいわ。少なくとも、うまく混ざった状態からはじまることになるから」
「じゃあ、混ざらなくなったら、どうすればいいんです?」とヤルダ。
「新しいものを生みだすには、物事それ自体についてじゅうぶんに学ぶことよ」ダリアはあっさりと答えた。
「わあ、それは単純明快ですね」ある種の……ガスの影響はどうだろうか? 土埃の影響は? それはどうやって体を出入りしているのだろう? それが人の肉に出会うと、正確にはなにをするのだろう? だれにも見当さえついていない。
ダリアがいった。「もし〈孤絶〉がその仕組みを見つけずに帰ってきたら、わたしは自力でわかるようになるまで考えつづけなくてはならないだけ」
「ただ待っているつもりなんですか?」ヤルダは叱責するようにいった。「〈孤絶〉は、ほかのだれもが四年間の休暇を取るためのいいわけじゃありません。競争だと考えてください。あなたがたはできるだけたくさんの発見をして、〈孤絶〉の搭乗者たちを打ち負かそうとしなくてはならない。こちらは時間の面で優位かもしれないけれど、そちらにはつねに数の面での優位があります」
ダリアはこの考えを面白がったが、否定的にではなかった。「自尊心の問題になるわね」ダリアは認めた。「〈孤絶〉の帰還を出迎えるとき、少なくともひとつ、わたしたち自身の功績をあげているかどうかは」
リディアが、ヴァレリアとヴァレリオを連れて中庭に入ってきた。
「演説を聞き逃したわよ」ダリアが同居人たちに告げた。
「聞きたかった」リディアが答えた。ヤルダを抱きしめ、「空飛ぶ山の評議官になるというのはほんとうなの?」
「独裁者よ、たぶん」ダリアが訂正した。
ヤルダはいった。「工場の管理者のほうに近いわね。わたしに関するかぎり、おもな仕事は機械がまちがいなく無事に運転を続けられるようにすること。最初の一年か二年は、それがほかのなにより優先しそうだけれど、いったん技術的な問題をコントロールできるようになれば……永続的な統治機構の準備が必要になる」
「それは有望に聞こえるわ」リディアが熱をこめていった。「出奔者の街では、権力の公平な分割でなければだれも受けいれようとはしないはず」
「いっしょに来て、わたしの代わりにそれをまとめあげてくれない?」ヤルダは懇願した。「現状は、せめてわたしが死ぬまで、熱を帯びた論争がなにも起こらずにいてほしいと願うばかりよ」
リディアはその誘いを真剣に受けとるふりをしたが、返事は明らかだった。
子どもたちが後ろに控えて、リディアが挨拶を終えるのを待っていた。ヴァレリオはヤルダをぎごちなく抱きしめてから、食べ物を探しにいったが、ヴァレリアは逃げなかった。
「勉強を楽しんでいる?」ヤルダは尋ねた。
「レンズの設計が好き」ヴァレリアが答えた。
「それは重要な科目よ」ヴァレリアを火災監視プロジェクトの仕事に雇うとエウセビオが約束していた──安価で、軽量で、視野の広い望遠鏡は、あらゆる村に必要となる機材の一部となるだろう。
「贈り物を持ってきたの」ヴァレリアがいった。ヤルダに木製の筒を渡す。
「ありがとう」ヤルダは蓋を外して、紙切れを引っぱりだした。