「せめてわたしたちが、直交星群団クラスター の縁をかすめるような図にしてもらえない?」ヤルダはいった。「いまの図に描かれているほど奥深くまで入っていく必要は、わたしたちにはないわ」

 エウセビオはいわれたとおりに図を修正した。「自分は物理学者になるべきだったと思ったものです」エウセビオがいう。「世界について気に入らないことがあったら、自由にできるパラメーターを調節するだけで、すべては完璧になるんですから」

「わたしになにをさせたいの?」ヤルダはいった。「孫世代の全員を絶望させろとでも?」

「まったく違います。最悪を想像して、そして、どうしたらぼくたちがそれを生き延びられるかを教えてほしいんです」

 ヤルダは辛辣な短いうなりを漏らした。「最悪 ? 疾走星は到来を続けて、大きさは増す一方、数もどんどん増える一方で、ついにはこの世界に衝突する見こみが不可避なレベルに近づく。仮にわたしたちがそれを生き延びたとしても、今度はおそらく直交ガス塊と衝突して──世界を巨大な疾走星のようなものに変えるでしょう。その途中で重力崩壊が起きて、もしかするとこの星を太陽から完全に引き離すかもしれない──あるいは、太陽に放りこむかもだけれど。もしここまでの話が、どれもあまり恐ろしげに聞こえないというなら、遭遇そのものがわたしたちの時の矢をすっかり目茶苦茶にして、わたしたちには過去もなければ未来もなくなるかもしれない、というのはどう。この世界は最大エントロピー状態で、生命のない熱揺らぎの塊として終わりを迎えるでしょう」

 エウセビオはひるみもせず、まったく口をはさむこともなしに、ヤルダの話を最後まで聞いていた。それから、こういった。「それで、どうやったらぼくたちはそれを生き延びられますか?」

「どうやってもできないわ」ヤルダはぶっきらぼうに答えた。エウセビオの胸を指さして、「もしその遭遇がこの世界をかすめる以上のものになったら──衝突パラメーターを自由に選べないとしたら──そのときは、わたしたちはひとり残らず死ぬ」

「ぼくたちが自衛するのは、物理的に不可能だということですか?」

「物理的に不可能?」工学者がそのいいまわしを使うのを、ヤルダはそれまで聞いたことがなかった。「いいえ、もちろんそうじゃない。衝突のすべてからこの世界を守る盾を作ったり、脇にどいてよけたり、あるいは単に遭遇自体を回避したりするのは、物理的に不可能 じゃない。もしこの世界全体を安全な場所に移動させるとてつもないエンジンを作っても、それは物理学の基本法則になにも反しない。ただ、わたしたちはそんなものを作る方法を知らない。それに、その方法を学ぶ時間もない」

「どれくらいの時間がかかると思いますか?」エウセビオは落ちついて尋ねた。「ぼくたちが身の安全を守るために知る必要のあることを、学ぶには?」

 エウセビオの粘り強さに、ヤルダは感心するほかなかった。「責任のある答えはできないわ。一エラ ? 一エイジ ? わたしたちは物質について、いちばんの基礎さえまだ知らないのよ! その基本構成は? 化学反応で転位する仕組みは? 物質をひとつにまとめておいたり、引き離したままにしたりしているものはなに? 物質はどうやって光を作ったり、吸収したりしているのか? なのにあなたが求めているのは、無限の速度での衝突に耐える盾とか、世界丸ごとを動かせるエンジンとかを作ることなのよ」

 エウセビオがあたりを見まわした。食堂のそばで楽しそうに会話している学生の一団は、まるでヤルダが未解決問題を列挙したのをたまたま聞いて、それを挑戦として受けてたとうと決心したかのようでもあった。

「じゃあ、一エイジ かかるとしましょう」エウセビオがいった。「一大グロス年。危険が差し迫ったものになるまでには、実際問題あとどれくらいありますか?」

「憶測しかいえないわ」

「それでいいです」エウセビオは退 かなかった。

「二、三ダース年」ヤルダはいった。「ほんとうのところ、なにがこの世界にむかってきているとしても、わたしたちにはそれがまったく見えない。ひとつの惑星が、あるいは燃えさかるひとつの直交星 が、いまこのとき、明日にもこの世界にぶつかる位置にいるということだってありうる。でも、これまでの疾走星の大きさの変化から考えると、わたしたちがよほど不運でないかぎりは……」言葉が宙に浮いた。なにかが変わるというのだろうか? 六年か、一ダース年か、一グロス年かで? ヤルダには、知りようのない未来から目を逸らしたまま、一日また一日と生きつづけることしかできない。

 エウセビオがいった。「ぼくたちには一エイジ が必要だけれど、そんな時間の余裕はない」

「そういうこと」

「ぼくもそう考えていました」とエウセビオ。「でも、あなたからそれを聞くまでは、確信が持てなかった」

 エウセビオの口調は重々しいけれども、絶望からはほど遠いものだった。ヤルダは足を止めて、エウセビオとむきあった。「いい知らせを聞かせてあげられなくて、ごめんなさい」ヤルダはいった。「もしかすると、さっきからわたしのいったことは全部まちがっているかもしれない。わたしたちの幸運は、もしかするととんでもなく──」

 エウセビオが片手をあげて、ヤルダの言葉をさえぎった。「ぼくたちには一エイジ が必要だけれど、そんな時間の余裕はない」と繰りかえしてから、「だからぼくたちは、その時間をどこかよそで見つけるんです」

 エウセビオは衝突する星群団クラスター の図解を胸から消し去って、かわりに、二本の線を描いた。一本は直線、もう一本は曲がりくねっている。さらに、いくつかの説明が足された。