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 待ち人が来るのを大学の中庭で待っているあいだに、ヤルダは鏡像的に対になった二ダースのおぼろな色の縞が午後の空を横切るのを数えた。速度が遅かったので、いまの疾走星群は特段近くはない──たぶん太陽自体よりも少し遠い──ことがわかったが、そんな距離でも日中に見えるのだから、夜にしか見ることのできない小片よりもはるかに明るく輝いていたということだ。

 より明るい ことはほぼ確実に、より大きい ことを意味する。

 ヤルダは中庭を横切ってくるエウセビオに気づき、片手をあげて挨拶した。「こんにちは、議員」

「また会えてうれしいです、ヤルダ」エウセビオがいった。

「わたしもよ」

 エウセビオはちらりと空を見あげた。「いまでは当たり前なことみたいになったと思いませんか? 人はどんな奇妙なことにでも慣れることができる」

「その特質が有益な場合もあるわ」

「でも今回は違う」エウセビオが先まわりするようにいった。

「たぶんね」

 ふたりは中庭を出て、大学構内を散策した。ヤルダは会議室を手配すると申しでていたが、エウセビオは、ふたりのどちらかでもが公的な立場で動いていると思われかねないことはいっさい避けようとした。これは、古い知り合いのふたりが思い出にふけっているだけだ、と。

「疾走星に関するあなたの説は、伝聞でしか知りません」エウセビオがいった。「でもそれだけで、不安にならずにいられませんでした」

「このアイデア全体が、まだまだ理論上のものでしかないわ」ヤルダはいった。「いまのところ、わたしはどこかに逃げだそうとは思わない」

 エウセビオは面白がっているように、「いまのところ? いいですか、早まった行動であろうがなかろうが、逃げるというのはぼくが目ざしている方向ではありません」

「でも、不安だといったでしょう」

「不安を感じているのはほんとうです。そこが重要なのでは? だからこそあなたは、ああいう可能性についていいだしたのでしょう?」

 それにどう返事をすればいいか、ヤルダはよくわからなかった。そのアイデアを数人の同僚たちと論じはじめた当初、ヤルダはそれをあまり本気で考えてはいなかったというのが、ほんとうのところだ。暗中模索の大胆な憶測にすぎないし、難解すぎるのでパニックの種を蒔く危険をおかすことにはならない、とヤルダは考えていた。

 エウセビオがいった。「ではまず、この問題を説明してもらうところからはじめましょうか。数年前、あなたはある講演で、宇宙は平らな、四次元円環体だという話をしました。その場合……もし来歴の束に沿って時間をたどっていったら、来歴はほとんど平行なままでいるんじゃないですか? そして束どうしが出会ったときには、単に環を形成するんじゃないですか?」エウセビオは二次元バージョンをまず正方形で描き、それから丸めて人為的な縁を取り除いた。

 ヤルダはいった。「平らな円環は単なる理想化よ──光方程式がうまく解けるような、もっとも単純なケース。宇宙の位相幾何学はもっと複雑だろうし、あるいは、幾何学は平面ではないのかもしれない。それとも、もしかするとさまざまな世界の来歴は、あなたがさっき描いたようには、きっちりした束にまとまったままではいないのかもしれない。最終的にすべてがひとつにまとまらなくてはならないのは確かだけれど、それが整然と おこなわれる必要はない。もし始源世界が存在して、それが両方向に分裂して──ひとつはわたしたちが未来と考える方向で、もうひとつはわたしたちが過去と考える方向──その破片自体がさらに分裂し、という風に続いていったなら……わたしたちは過去の破片と、ほとんどどんな角度ででも衝突することがありうる」