ヤルダは一本ずつ線を引きながら、単純な図表を描いた。「化学者たちは」とヤルダはいった。「エネルギーの階層について多くの問題をかかえてきました。もし化学者たちの計算を信じるなら、燃料の化学エネルギーと、それが燃えたあとの気体の化学エネルギーの差は、気体の熱エネルギーを説明するのにはまったくほど遠いものです。わたしたちは化学者たちに、あなたがたはまちがいをおかしているのだ、そして測定の精度を向上させるべきなのだといいつづけてきました。ですが、化学者たちが正しくて、わたしたちがまちがっていたのです。燃料自体は、気体を熱するためにエネルギーを供給する必要 はなかった……なぜなら、そのためのエネルギーは、光を作りだすことによって生じていたからです。
光はそれ自身の四次元運動量を方程式に持ちこみます。その方程式を 釣りあわせる必要があるから、気体の粒子はとても速く動かされることになるんです。燃料が燃やされるとき、作りだされる光と熱は、どちらも化学的エネルギーが解放されることで生じている、とわたしたちは考えてきました──しかし、真実はそれとはまったく違います! 光エネルギーと熱エネルギーは、正反対のものです 。片方を作りだすことで、もう片方がもたらされるんです。
また、わたしたちは、植物が土から食物を作るとき、光は単に意図されない副産物、非効率さのあらわれだと考えてきました。しかし、食物の中のエネルギーは土から抽出されたものではないし、花びらから輝く光は、浪費されたエネルギーが漏れだしているのでもありません。光エネルギーと、食物の中の化学エネルギーも、正反対のものなんです。もし光を作らなかったら 、植物にはなんのエネルギー源もなくなるでしょう」
ヤルダは言葉を切って、ジョルジョに反応する機会をあたえたが、相手は黙ったままだった。ヤルダの提示しているのが、物理学の基盤に関わるどれほど過激な概念だとしても、もっともショッキングなのは食物と燃料に関する主張だ。抽象度がもっとも低い分、もっとも実感しやすい。
「なぜわたしたちは、光を放射することで体を冷やせないのか?」ヤルダは先に進んだ。「〈孤絶山〉をのぼりながらわたしが自問自答していたのは、そのことでした。しかしいまや、答えは明らかです! 光を放出したら、それを開始した時点以上の 熱エネルギーをあたえることしかできないから。あまりに大量の光を放出するという行為そのものが、生体を燃える太陽石並みに熱くしてしまいます」ヤルダの祖父の衰えた体には、森をひとつなぎ倒すほどのエネルギーを貯めることは不可能で、むしろ、光の生成の制御ができなくなっていた。
ジョルジョがいった。「もし光の放出が熱エネルギーを発生させるなら……逆に、光を吸収する ことで体を冷やせないのはなぜだ? わたしたちの体を冷やすのに、日光が寝床のように役立たない理由は?」
その質問も予想の範囲内だった。「エントロピーが理由です。光は一定の量のエントロピーを運びます──だから、光を吸収したら、エントロピーも当然増えます。けれど体が冷えるときには、エントロピーは減少している んです。日光が体に当たっているときなにが起きているかというと、わたしたちはそれを吸収しているのではなくて、単に散乱させているのだと思います。そのようにして、わたしたちは純粋に日光の運動エネルギーのみを利用し、体を温めることができるのです」
ジョルジョはヤルダを問いただすのを中断して、考えこんだ。「ふむ、きみの話を聞いて、化学者たちはきっと喜ぶだろうな」ジョルジョはいった。「この話が正しければ、きみの栄誉を讃える像を造るかもしれない。一方、生物学者たちもきみのエネルギー論のアイデアに興味をそそられるだろう。きみの頭がおかしくなったと思う生物学者も、半分はいるかもしれないが。ルドヴィコを喜ばせる要素さえあるかもしれない」
ヤルダはその点は疑問だったが、ジョルジョがいおうとしていることはわかった。いかなる通常の媒体を通って移動する波も、媒体の運動エネルギーと位置エネルギーを増加させるが、真のエネルギーは増加しない。もし、光を作りだすのに真のエネルギーが必要なら、光は、あらかじめ存在するなんらかの媒体の中に立つさざ波ではありえない。あらゆる炎が生じるごとにその中で新たに作りだされる、まったく新しい物質なり存在なりでなくてはならない。だが、そこから〝光粒子〟という用語が想起されるとしても、ヤルダの説では光はまだ波長 を持っていた──だからルドヴィコはこの説に傲慢と偽善という言葉を投げかけ、彼のお気に入りのメコニオの勝利とは見なさないだろう。
「次は、数学者から出るだろう質問だ」ジョルジョがいった。「きみは波面の幾何学の方程式を提示したわけだが、波そのものの方程式はどうなんだ──それは弦の波動方程式と類似したものなのか?」
「それは幾何学的に求められます、かんたんに」ヤルダは答えた。「単一の波では、四つの次元すべての周波数の二乗の和は、ある定数と等しくなります。けれど、それぞれの方向での波の二次の変化率 は、周波数の二乗に比例した負の係数を、もとの波にかけたものであることもわかっています」
ヤルダはいくつかの例をスケッチし、波の周波数を倍にすると、二次の変化率が四倍になる ようすを示した。周波数の二乗と、二次の変化率は、同じことをふたつの方法で語っているだけだ。